【現代語訳】
 今朝は、いつものようにこちらでお目覚めになって、宮の御方にお手紙を差し上げなさる。特に気を使うというわけではないご様子であるが、お筆などを選んで、白い紙に、
「 中道を隔つるほどはなけれども心乱るる今朝の淡雪

(私たちの仲を邪魔するほどではありませんが、降り乱れる今朝の淡雪に私の心も乱

れています)」
 梅の枝にお付けになった。人を呼び寄せて、「西の渡殿から差し上げよ」とおっしゃる。そのまま外を眺めて、端近くにいらっしゃる。白い御衣類を何枚もお召しになって、花を玩びなさりながら、「友待つ雪(消えてしまいそうな雪)」がほのかに残っている上に、雪の降りかかる空をながめていらっしゃった。鴬が初々しい声で、軒近い紅梅の梢で鳴いているのを、「袖こそ匂へ(こちらに来い)」と花を手で隠して、御簾を押し上げて眺めていらっしゃる様子は、少しも、このようなお子様もあって、重い地位のお方とはお見えでなく、若々しく優美なご様子である。
 お返事が少し暇どる感じなので、お入りになって、女君に花をお見せ申し上げなさる。

「花と言ったら、このように匂いがあってほしいものだな。桜に移したら、少しも他の花を見る気はしないだろうね」などとおっしゃる。
「この花も、多くの花に目移りしないうちに咲くから、人目を引くのであろうか。桜の花の盛りに比べてみたいものだ」などとおっしゃっているところに、お返事がある。

紅の薄様に目も鮮やかに包まれているのでどきりとして、ご筆跡のまことに幼稚なのを、
「しばらくの間はお見せしないでおきたいものだ。隠すというのではないが、軽々しく人に見せたら、身分柄恐れ多いことだ」とお思いになるが、お隠しになるというのもきっと気を悪くなさるだろうから、片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら、物に寄り臥していらっしゃる。
「 はかなくてうはの空にぞ消えぬべき風にただよふ春のあは雪

(頼りなくて中空に消えてしまいそうです、風に漂う春の淡雪のように)」
 ご筆跡は、なるほどまことに未熟で幼稚である。

「これほどの年になった人は、とてもこんなではいらっしゃらないものを」と、目につくが、見ないふりをしておしまいになった。他人のことならば、「こんなに下手な」などとは、こっそり申し上げなさるにちがいないのだが、気の毒で、ただ、

「安心していらっしゃい」とだけ申し上げなさる。

 

《新婚五日目の朝ですが、源氏は、昨日に続いて今日も、宮の御方に行かれないと断りの歌を送ります。「『心乱るる』に『乱りごこち』(病気)の意を暗示し、病気のためにあなたに逢えないので思い乱れている、という」と『集成』が言います。仮病の続きです。

歌を梅(白梅)の枝に付けたのは「淡雪」の白さの縁とされます。

「西の渡殿から」届けよと指定したのは、この東の対からだと遠回りになりますが、紫の上に見られないようにしたのだ、という説もあるそうですが、不詳のようです。

使いを送り出してそのまま、残りの梅の枝を玩びながら端近から庭を眺めていますが、白い衣裳が梅と淡雪の中にすがすがしい、絵になる立ち姿、といったところです。

庭に鶯が来たのを見て、この袖も先ほどの梅の残り香が香るぞと、小枝を後に隠して袖を広げて見せて呼び寄せる風情は、まるで純真な少年のようでした。

「お返事が少し暇どる感じ」と言いますから、こういう時は、そのくらいの間に返事をするのが望ましいようで、これはなかなか大変なことだと思われます。女三の宮の未熟さを言ってもいるのでしょう。

待ちあぐねて部屋に入った源氏は、送った梅の花をタネにして、紫の上にとりとめもないことを話しかけます。すべて上の気持をなだめようとの尽力です。

そこに返事が届きます。それは「紅の薄様に目も鮮やかに包まれて」いて、「いかにも恋文らしい」(『集成』)ものでした。紫の上がいるのは分かっているのですから、もう少し配慮がほしいと源氏は思いますが、もう遅い。

しかも、その文の文字はちらっと見ただけで、とても姫君のものとは思えない、なんとも幼稚な字で書いてあるようで、紫の上などに見られてはたまらないものでした。なにしろ上は、源氏が当代屈指の名筆と認める人なのです(梅枝の巻第二章第三段)。しかし、すっかり隠してしまうのも具合が悪い。そこで「片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら」と、まことに半端なことになりました。上からは、内容はわからないながら、文字の幼さくらいは分かるというところでしょう。源氏が隠そうとした訳が分かるほどで、あとは気づかないふり、というのが彼女のゆかしさです。

源氏もそのことを承知して、この程度の人なんです、あなたが気を揉まねばならないような人ではないのですよ、「安心していらっしゃい」となだめるのでした。》

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