【現代語訳】

 うまく行きそうだと、嬉しく思う。
「何やかやと気づかいなさることではございません。あの方のお気持ちは、ただあなたお一方のお許しがありますことを願っておいでで、『子供っぽくまだ幼くいらっしゃっても、実のお子で大切に思っていらっしゃるお方こそが、希望に叶うように思う。まったくああいう周辺のことにすぎないような話には乗るべきでない』と、おっしゃいました。
 人柄はたいそう立派で、評判は大した方でいらっしゃる公達です。若い公達といっても、好色がましく上品ぶっていらっしゃらず、世間の実情もよくご存知でいらっしゃいます。所有するご荘園もたいそうたくさんあります。まだ今は大した財はないようですが、自然と高貴な人の雰囲気が備わっていることは、普通の人の莫大な財産というような威勢よりまさっていらっしゃいます。来年は、きっと四位におなりになるでしょう。今度の蔵人頭への任官は疑いなく、帝が直におっしゃったものです。
『何事にわたって申し分なく結構な朝臣が、妻を持っていないとのこと、早く適当な人を選んで、後見人を設けよ。上達部には、私がいるので、今日明日にでも昇進させよう』と仰せになったと言います。どんな事も、ただこの君が帝にも親しくお世話申し上げていらっしゃると言います。
 お考えはまた、たいそう立派で、重々しくいらっしゃるようです。もったいなくも立派な婿殿を、このようにお聞きになった今、ご決心なさるのがよいでしょう。あの殿には、われもわれもと婿にお迎え申したいと、あちこちに話がございますので、こちらで渋っているご様子があったら、他のところにお決まりになりましょう。これは、ひとえに安心な縁談を申し上げているのです」と、たいそう言葉多く、いかにもよいように言い続けると、まことにあきれるほど田舎人めいた介なので、にっこりして聞いていた。

 

《介が乗り気である様子をみて、仲人役は一気にまくしたてました。

 「介と北の方の間には、娘のことでは、隙があると知った」(『評釈』)ので、「ただあなたお一方のお許しがあります」れば、と、ここでも介の自尊心をくすぐっておいて、「人柄は」以下は、一般に仲人口と言いますが、ここはずいぶんひどく、「虚実とりまぜ、というより、ほとんどよいことずくめのでまかせ」(『講座』所収「常陸介と左近少将」秋山虔著)の、少将とは別の人物の話をしているようです。

 中でも「帝が直におっしゃったものです」とは、ずいぶん思いきったことを言ったもので、どうせ田舎暮らしの受領だから、何も知りはすまいとほとんど介をなめていると言ってもいいくらいです。いや、ひょっとしたら、この男はしゃべっている間に、本当にそういうこともあったかも知れない、くらいの気持ちになっているのかも知れません。

 最後に、早く決めないと他家の娘に取られてしまいます、あなたのために申しているのですと、まるで催眠商法の手口のような喋りです。

 それを「まことにあきれるほど田舎人めいた介なので、にっこりして聞いて」います。

 この三人の戯画的なやりとりはもう少し続きますが、前掲「常陸介と左近少将」は、そこでは「いわば伝統的貴族的価値観を明確に相対化し否定しつつ異質の価値観を押し立てる人間群像が進出し、彼らのドラマが演出されていることに注意したい」と指摘しています。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ