【現代語訳】2
「ずいぶん長かったので、身もすっかり冷えてしまったよ。お恐がり申す気持ちが並々でないからでしょう。あなたは何も悪くありませんよ」と言って、御衾を引きのけなどなさると、少し涙に濡れた御単衣の袖を引き隠して、素直でやさしいものの、うちとけようとはなさらないお気持ちなど、とてもこちらが恥ずかしくなるくらいで情趣がある。
「この上ない身分の人と申しても、これほどの人はいないだろう」と、つい比べておしまいになる。
いろいろと昔のことをお思い出しになりながら、なかなか機嫌を直してくださらないのをお恨み申し上げなさって、その日はお過ごしになったので、お渡りになれず、寝殿にはお手紙を差し上げなさる。
「今朝の雪で気分を悪くして、とても苦しゅうございますので、気楽な所で休んでおります」とある。御乳母は、
「さように申し上げました」とだけ、口上で申し上げた。
「そっけないお返事だ」とお思いになる。
「院がお耳にあそばすこともおいたわしい、しばらくの間は人前を取り繕おう」とお思いになるが、そうもできないので、「それは思ったとおりだった。ああ困ったことだ」と、ご自身お思い続けなさる。
女君も、「お察しのないお方だ」と、迷惑がりなさる。
《簀子でしばらく待たされて、源氏はすっかり冷え切ってしまいました。
次の源氏の言葉は、古来諸説のある所のようで、『評釈』は、①格子を開けなかったのは女房が紫の上の気持を忖度したのだろう、かわいいものだ、②あなたが怖くて早く帰ってきた、もっとも私に罪はないのだが、という二つを挙げています。
それとは別に『の論』所収「若菜上巻、源氏のいう『罪もなしや』について」が、源氏は「(女房たちが、紫の上の)酷烈な内面を忖度し、…腫れ物にさわるような恐懼の思いであった」から、戸を開けなかったのだろう考え、「彼女たちをそうさせた紫の上の心内をいたわしく思わずにはいられない。…そのような紫の上が、いま源氏にとって一途に愛着の対象である。掻き抱き慰撫してやりたい、その思いが彼をして『罪もなしや』といわせた」と言います。見事な解釈と思われ、ここはそれによる訳にしました。
彼が布団をのけると、そこには上の涙顔がありました。もちろん、上は「素直でやさしいものの、うちとけようとはなさらない」のですが、源氏は、自分の罪悪感とともに、そういう上が一層いとおしく思われます。
先ほどまで一緒だった女三の宮とつい比べてみて、その幼さとの隔たりを思って、嬉しく、とうとうご機嫌取りで一日を過ごしてしまいました。
仮病を使って、今日は姫宮の所には行かないことにするのですが、送った手紙への乳母の返事も「そっけない」もので、あの姫にしてこの女房だと、かさねてがっかりします(嘘の手紙に、気の利いた返事を求めるのはどうかと思われますが、それでも歌の一つも詠むのが貴族なのでしょうか)。
いずれにしても、三日が過ぎただけで、源氏の心はもうこの姫宮からすっかり離れてしまったようです。いくら何でもちょっと早すぎるような気もしますが、もともとが形を求めての結婚でしたから、仕方がないとも言えます。
こんな様子を院がお聞きになったらまずいので、当面は取り繕おうと思ってもみますが、どうも、それもできそうにないほどの姫宮への失望です。
一方紫の上は、こうして源氏がここにいてくれるのは嬉しいことに違いないのですが、それは自分が引き留めているのだと周囲に「誤解される立場にあることを察してほしい」(『集成』)と思って、困っています。》