【現代語訳】2

「年を取って、世の中の様子をあれこれと分かってくるにつれて、不思議に恋しく思い出されるご様子の方なので、深い契りの夫婦では、どんなにか感慨も深いことであろう」などとおっしゃる機会に、

「この夢物語もお思い当られることがあるかも知れない」と思って、
「たいそう変な梵字とか言うような筆跡ではございますが、お目に止まるようなこともあるでしょうかと存じまして。これが最後と思って別れたのでしたが、やはり思いは残るものでございました」と言って、見苦しからぬ態でお泣きになる。

手紙を手にお取りになって、
「実にきちんとしていて、まだまだぼけたりはしておられないようですね。筆跡なども、総じて何につけても、ことさら有職と言ってもよい方で、ただ世渡りの心得だけが上手でなかったことです。
 あの先祖の大臣は、たいそう賢明で世にも稀な忠誠を尽くして、朝廷にお仕え申していらっしゃったが、何かの行き違いがあって、その報いでそのような子孫が絶えたのだと、人々が噂するようでしたが、娘の血筋であるけれども、このように決して子孫がいないというわけでないのも、長年の勤行の甲斐があってなのでしょう」などと、涙をお拭いになりながら、あの夢物語のあたりにお目を止めなさる。
「変に偏屈で、無闇に大それた望みを持っていると人も非難し、また私自身も、身分に相応しからぬ振る舞いをかりそめにもすることよと思ったことについては、この姫君がお生まれになった時に、前世からの宿縁だと深く理解したが、目の前に見えない遠い先のことは、どうなるかとずっと思い続けていたのだが、それでは、このような期待があって、無理やり婿に望んだのだったな。
 無実の罪によって、酷い目に遭い、流浪したのも、この人一人の祈願成就のためであったのだな。どのような祈願を思い立ったのだろうか」と知りたいので、心の中で拝んでお取りになった。

 

《いくらリップサービスと言っても、ここの初めの言葉は、それなりの実感がこもっているように聞こえますし、御方にしてみれば、前段の言葉も含めて、源氏が入道についてこれだけ多くのことを語ってくれるだけでも、嬉しいことでしょう。彼女は、この機会に、と膝を乗り出し、実は、と入道の手紙と願文を差し出しました。

まず手紙に目を通した源氏は、入道の背負った壮大な「夢物語」の一部始終を理解しました。そしてその結果が今、若宮誕生という形で現実に目の前にあってみると、あの明石で、入道が手を尽くして源氏の意を迎えて、分不相応にも娘を差し出そうとしたこと、そして源氏自身、初めは「相手から進んで参ったような恰好ならば」(明石の巻第二章第七段2節)と思っていながら、結局は自分から通うことになって姫をもうけたことの不思議が理解できますし、一方で、この「夢物語」があるのなら、生まれた若宮の将来は神仏の加護を受けているはずで、「遠い先のこと」も何の心配もいらないという喜ばしい話でもあります。

その一切が「無実の罪によって、酷い目に遭い、流浪した」ことから始まったのであり、ここに至る宿縁の道程だったと合点が行くのでした。

そしてそれは、すべて入道がその「夢物語」の成就を、たった一人で強く祈願してくれたお陰だと思うと、さっきまでのリップサービスが本物の気持になって、手紙は置いて、今度は「心の中で拝んで(その願文を)お取りになった」のでした。

ところで、源氏が入道の先祖のことを知っていたというのは意外です。

明石で入道の問わず語りの身の上話を聞いた時(明石の巻第二章第六段2節)にも、「そのような(あなたのような)人がいらっしゃるとは、うすうす聞いてはいた」と言っていましたが、それはかつて北山で良清から聞いた(若紫の巻第一章第二段)入道個人の範囲だと思っていましたが、明石の後、縁ができてから知ったのでしょうか。》

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