源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

若いツバメ

第三段 源氏、関わった女性たちを語る~その1

【現代語訳】1

「多くではありませんが、人柄はそれぞれにとりえがあるものだと分かって行くにつれて、ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいないものであると思うようになりました。
 大将の母君を若いころに初めて妻として、大事にしなければならない方とは思ったが、いつも夫婦仲が好くなく、うちとけぬ気持ちのまま終わってしまったのが、今思うと気の毒で残念な気がします。
 しかしまた、私一人の罪ばかりではなかったのだと、自分の胸一つに思い出します。きちんとして重々しくて、どの点が不満だと思われることもありませんでした。ただ、あまりにくつろいだところがなく几帳面で、少し賢すぎるとでも言うべき人であっただろうと、離れて思うと信頼が置けて、一緒に生活するには面倒な人柄でした。
 中宮の御母君の御息所は、人並すぐれてたしなみ深く優雅な人の例としては、第一に思い出されますが、会うのに気がおけて、気苦労するような方でした。恨むこともなるほど無理もないことと思われる点をそのままいつまでも思い詰めて、深く怨まれたのは、まことに辛いことでした。
 緊張のし通しで気づまりで、自分もあの方もゆっくりとして、朝夕睦まじく語らうには、とても気の引けるところがあったので、気を許しては軽蔑されるのではないかなどと、あまりに体裁をつくろっていたうちに、そのまま疎遠になった仲なのです。
 たいそうとんでもない浮名を立て、ご身分に相応しくなくなってしまった嘆きを、ひどく思い詰めていらっしゃったのがお気の毒で、確かに人柄を考えても、自分に罪がある心地がして終わってしまったその罪滅ぼしに、中宮をこのように、前世からのご因縁とは言いながら、取り立てて、世の非難、人の嫉みも意に介さず、お世話申し上げているのを、あの世からであっても考え直して下さっているでしょう。今も昔も、いいかげんな気まぐれから、気の毒な事や後悔する事が多いのです」と、亡くなったご夫人方について少しずつ仰せいだされて、

 

《途中ですが、一度切ります。

源氏は、「(あなたのように)ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいない」ということを語ろうとしてなのでしょう、これまでに出会った女性の話を始めました。『集成』が「源氏の既往が総括されている観があるが、それを紫の上に語るのは、彼女への愛に証しであろう」と言います。

確かに物語としては、源氏がこれまでの女性をどう評価しているかということを総括的に語るという意味があり、読者として関心のないところではありませんが、実際の場面として紫の上の側から見れば、彼女の出家懇望を何とか逸らそうとして、下手の長談義を始めた感が否めないのではないでしょうか。

「源氏はこの段で紫の上に変わらぬ愛情を強調するが、この殊更言わねば気がすまないのは、自分に弱みがあるためである」(『構想と鑑賞』)というのが当たっているでしょう。なお、このあたりのこの書の女性論は大変に読み応えがあって、この後しばらく、しばしばこの書を引くことになります。

さて、最初は葵の上です。今思えばあんなに意地の張り合いのような生活(例えば紅葉賀の巻第一章第四段)をしなければよかったと悔いているようですが、それも、葵の上がくつろがせてくれなかったからだった、と言います。若い頃の彼は夕顔のように自分の思い通りになってくれる女性を求めていたのでした。

次は六条御息所。この人についての気持はなかなか面白いものです。この人は夕顔とは反対に、「人並すぐれてたしなみ深く優雅な人」であって、当代きっての風雅な人で地位もまた申し分ない人でした。源氏にしてなお、「緊張のし通しで気づまりで(原文・心ゆるびなくはづかしくて)」、つまり圧倒されていたのです。

葵の上に比べてずいぶん多くのことを語っていますが、関わりのあった期間が長かったというだけではありません。

彼は彼女に文字どおり「はづかし(自分の能力・状態・行為などが、相手や世間一般に及ばないという劣等意識を持つ意・『辞典』)」という気持を抱いていたわけで、そうだとすればそれは登場人物中唯一の人でしょう。

おそらく交際の初め、源氏は御息所にとって「若いツバメ」(平塚雷鳥の手紙が語源なのだそうですが)といったところだったのでしょうが、そのツバメが相手の心を捕らえたあとになって束縛されるのが嫌になり、避けたい思いと離れがたい義務感の交錯したままの交際となり、後に思えばかえってつらい思いをさせてしまったという反省しかないと語り、今その娘を「皇族が二代続けて后に立ち、かつ先に入内した弘徽殿の女御をも越えての立后」(『集成』)と批判されるのを圧して中宮にまで押し上げ支えているのは、その罪滅ぼしなのだと、私的内幕まで聞かせます。》

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第五段 女三の宮、柏木の手紙を見る

【現代語訳】

 御前には女房たちがあまりいない時なので、この手紙を持って行って、
「あの方が、こんなにも忘れられないといって、手紙をお寄こしになるのが面倒なことでございます。お気の毒そうな様子を見るに見かねる気持ちが起こりはせぬかと、自分の心ながら分らなくなります」と、笑って申し上げると、
「とても嫌なことを言うのね」と、無邪気におっしゃって、手紙を広げたのを御覧になる。「見もせぬ」という歌を引いたところを、不注意だった御簾の端の事に自然と思い当たられたので、お顔が赤くなって、大殿があれほど何かあるごとに、
「大将に見られたりなどなさらないように。子供っぽいところがおありのようだから、ついついうっかりしていて、お見かけ申すようなことがあるかも知れない」と、ご注意申し上げなさっていたのをお思い出しになると、
「大将が、こんなことがあった、とお話し申し上げるようなことがあったら、どんなにお叱りになるだろう」と、この人が拝見なさったことについてはお考えにならないで、まずは叱られることを恐がり申される心の内は幼いことだった。
 いつもよりもお言葉がないので、はりあいがなく、特に無理して催促申し上げるべきことでもないから、こっそりといつものように書く。
「先日は、そ知らぬ顔をなさっていましたね。失礼なことだとお許し申し上げませんでしたのに、『見ずもあらぬ』とは何ですか。まあ、思わせぶりなことです」と、さらさらと走り書きして、
「 いまさらに色にな出でそ山桜およばぬ枝に心かけきと

(今さらお顔の色にお出しなさいますな、手の届きそうもない桜の枝に思いを掛けた

などと)
 無駄なことですよ」とある。

 

《小侍従は、先に「(姫宮の)乳母子」とあった人で、これまで幾度も柏木から、仲立ちをするよう責められてきました(前章第三段)が、どうやらその頼みを聞き入れたことはないようです。

しかし今、彼女は柏木の手紙を姫に見せることにしました。手紙にあった歌の意味が理解できれば、そんなことはしなかったでしょうが、「猫の騒ぎの善後処置をあやまった女房連の一人らしい」(『評釈』)軽率さです。

柏木の気持ちをただの色好みの懸想くらいに軽く考え、もちろん姫宮もまともに相手するはずもないと思い、「面倒なこと」だと言い、ひょっとすると仲立ちしますよと、姫をからかい気味に「笑って」渡します。「小侍従は柏木を笑いものにするつもり」(『評釈』)のようなのです。

姫もそれを理解して「無邪気に」受け取りますが、引き歌の意味を理解して、ひとり青ざめます(文中には「お顔が赤くなって」とありますが)。しかしそれは、わが姿を見られたことの意味を理解して恥じ入ったのではなく、源氏に叱られることを恐れて、ということで、本筋を逸れた、何とも子供じみた怖れだったのでした。それも、「いつもよりもお言葉がない」と小侍従が感じるほど、しばらく口もきけないような動揺です。

小侍従は、もちろんその理由が分からず、自分の冗談にも乗って貰えないので拍子抜けの格好で、部屋に引き下がり、しいて姫からの返事もいらないと考えて、自分からの返事を書きました。

「見ずもあらぬ」は、あの引き歌の初句で、小侍従からすれば、実際に姫宮をみたわけでもないのに、まるで見たような言い方をしているのが「思わせぶり」だというのでしょう。

このあたり、『光る』は、「大野・小侍従はもはや柏木と関係があると思う。だから少し相手をなめて無礼に扱っている」と言い、「丸谷・『及ばぬ枝』っていふときに、『およぶ枝』は自分なんですよ。(笑)」と言います。先の「笑いものにする」というのとつなげてみると、どうやら小侍従は、源氏正室の側近ということから、柏木に対しては上から目線の対応ということのようで、最後の「無駄なことですよ」は、ほとんど姉さん女房が若いツバメを叱りつける格好に聞こえます。

さて、話が小侍従の方へ変に逸れて、さまざまにボタンの掛け違いのような格好で、この巻が終わります。それを『光る』が、「丸谷・読者をじらす。…実に手慣れた小説的な進行のさせ方になっていますね」と言います。

ただし、同書は先に「丸谷・(小侍従は、あの蹴鞠の)当日は留守で、このとき、現場を見ていなかった」と言っていますが、この返事の「先日」というのはあの日もことを言っていると考えるのが普通で、小侍従も現場にいてなお気がつかなかったのだと読む方が、この人の軽さが表れて、話としておもしろいように思います。》

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