【現代語訳】

 大殿がこちらを御覧になって、
「上達部の席には、あまりに軽々しいな。こちらに」とおっしゃって、東の対の南面の間にお入りになったので、皆そちらの方にお上りになった。

兵部卿宮も席をお改めになって、お話をなさる。それ以下の殿上人は、簀子に円座を召して、気楽に、椿餅、梨、柑子のような物が、いろいろないくつもの箱の蓋の上に盛り合わせてあるのを、若い人々ははしゃぎながら取って食べる。適当な干物ばかりを肴にして、酒宴の席となる。
 衛門督はたいそうひどく沈みこんで、ややもすれば花の木に目をやってぼんやりしている。大将は、事情を知っているので、

「妙なことから垣間見た御簾の透影を思い出しているのだろう」とお考えになる。
「とても端近にいた姿を、一方では軽率だと思っているだろう。いやはや。こちらの御方のご様子は、あのようなことは決してないであろうものを」と思うと、

「こんなふうだから、世間の評判が高い割には、内々のご愛情は薄いようなのだった」と合点されて、
「やはり、他人に対しても自分に対しても不用心で、幼いのはかわいらしいようだが不安なものだ」と、軽んじられる。
 宰相の君は、いろんな欠点に少しも思い至らず、思いがけない御簾の隙間からちょっとその方と拝見したのも、

「自分の以前からの気持ちが報いられるのではないか」と、前世からの約束でもあるかと嬉しく思われて、どこまでもお慕い続けている。

 院は、昔話を始めなさって、
「太政大臣がどのような事でも私を相手に勝負の争いをなさった中で、蹴鞠だけはとても敵わなかった。ちょっとした遊び事に伝授などあるはずもないが、血筋はやはり特別だったよ。たいそう目も及ばぬほど、上手に見えた」とおっしゃると、ちょっと苦笑して、
「公の政務にかけては劣っております家風が、そのような方面では伝わりましても、子孫にとっては大したことはございませんでしょう」とお答え申されると、
「とんでもない。何事でも他人より勝れている点を、書き留めて伝えるべきなのだ。家伝などの中に書き込んでおいたら、面白いだろう」などと、おからかいになるご様子がつやつやとして美しいのを拝見するにつけても、
「このような方と一緒にいては、どれほどのことに心を移す人がいらっしゃるだろうか。どうしたら、かわいそうにとお認め下さるほどにでも、気持ちをお動かし申し上げることができようか」と、あれこれ思案すると、ますますこの上なくお側には近づきがたい身分の程が自然と思い知らされるので、ただもう胸の塞がる思いで退出なさった。

 

《源氏は蹴鞠に飽いたのでしょうか、夕霧と柏木が階段の途中に坐っているのを「軽々しい」と上に招じ入れるのを潮に、東の対の南面に一同を誘いました。

とりあえず茶菓が出て、すぐに酒宴となるのは、現代でもしばしばあることです。

さて、柏木がふさぎ込んでいるように見えますが、もちろんさっきの女三の宮の面影を追いかけているのです。夕霧は、内心、軽率な女三の宮を「こちらの御方」、義母の紫の上と比べて改めて批判しています。

が、柏木には姫宮のそういう振る舞いさえも僥倖に思われて、ほとんど上の空といった感じです。

そんな二人の胸中に思い及ぶよしもない源氏は、のんびりと昔話を始めます。柏木の蹴鞠が大変巧みだった(前章第四段)ことから、太政大臣が、この道だけは源氏も及ばないと認めるほどうまかったことを話して、さすがに血筋と感心して見せます。太政大臣は和琴も卓越していたはずですが、こうした趣味の点でも、本格的なことは源氏が優れていて、太政大臣の方は第二ランクのことの達人と、やはり差が付けられています。

柏木が、こんなことがうまくても、と謙遜すると、源氏は、「家伝などの中に書き込んでおいたら、面白いだろう」と、上から目線のからかいです。

それがまた柏木にとって「つやつやとして美し」く見えるのですから、彼としては立つ瀬がありません。両家の間にそういう隔絶された権勢の差があるということなのです。

柏木はすぐに女三の宮を思い浮かべて、この人と張り合っても、到底過勝ち目はなさそうだと、「ただもう胸の塞がる思いで退出」するしかないのでした。》

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