【現代語訳】

 あの衛門督は、このような御事をお聞きになって、ますます消え入るようにおなりになって、まったく回復の見込みもなさそうになってしまわれた。

落葉宮のことがおいたわしく思われなさるので、こちらにお越しになることは、今さら軽々しいようであり、母上も大臣もこのようにぴったり付き添っていらっしゃるので何かの折にうっかりお顔を拝見なさるようなことがあっては困る、とお思いになって、
「あちらの宮邸に、何とかしてもう一度参りたい」とおっしゃるが、まったくお許し申し上げなさらない。
 皆にもこの宮の御事をお頼みになる。最初から母御息所はあまり気がお進みでなかったのだが、この大臣が自分で奔走して熱心にお願い申し上げなさって、そのお気持ちの強かったことにお折れになって、院におかれてもしかたないとお許しになったのだが、二品の宮の御事にお心をお痛めになっていた折に、
「かえって、この宮は将来安心で、実直な夫をお持ちになったことだ」と、仰せられたとお聞きになったのを、恐れ多いことだと思い出す。
「こうして後にお残し申し上げてしまうことになるようだと思うにつけても、いろいろとお気の毒だが、思い通りには行かない命なので、添い遂げられない夫婦の仲が恨めしくて、お嘆きになるだろうことがお気の毒なことだ。どうか気をつけてお世話してさし上げて下さい」と、母上にもお頼み申し上げなさる。
「まあ、何と縁起でもない。あなたに先立たれては、どれほど生きていられる私だと思って、こうまで先々の事をおっしゃるの」と言って、ただもうお泣きになるばかりなので、十分にお頼み申し上げになることができない。右大弁の君に一通りの事は詳しくお頼み申し上げなさる。
 気性が穏やかでよくできたお方なので、弟の君たちもまだ下の方の幼い君たちは、まるで親のようにお頼り申していらっしゃったのに、このように心細くおっしゃるのを悲しいと思わない人はなく、お邸中の人達も嘆いている。
 帝も惜しがり残念がりあそばす。このように最期とお聞きあそばして、急に権大納言にお任じあそばした。喜びに気を取り戻して、もう一度参内なさるようなこともあろうかとお考えになって仰せになったが、一向に好くおなりにならず、苦しい中ながら、お礼を申し上げなさる。大臣も、このようにご信任の厚いのを御覧になるにつけても、ますます悲しく惜しいとお心を乱される。

 

《さて、こちらは柏木です。

女三の宮から嬉しい返書をもらって「しみじみともったいないと思」っていた(第一章第四段)彼が、宮の出家の話を聞いて、ますます容態を悪くしたというのは分かりますが、そこからすぐに「落葉宮のことがおいたわしく思われなさる」と続くのは、ちょっと理解しにくく思われます。

いよいよ終わりかという気持が、自分がかろうじて責任を持ちうる範囲のことに思いを致させたのでしょうか。

彼は約束どおり(若菜下の巻第十二章第三段)、最後に妻に会いたいと考えます。しかし今、父の邸に養生していて、ここに宮を呼んだのでは「軽々しいよう」だし、両親に顔を見られても困るので呼べない、と言います。両親が嫁の顔を見るのが駄目というのは意外な気がしますが、思えば息子でさえ駄目なのですから、当然でしょうか。

もちろん柏木が宮のところに行くことなど、この両親が許すはずもありません。

彼は、もともと院も御息所もこのことには不同意だった(皇女が臣下に嫁ぐことは、女三の宮のときにも問題になりました・若菜上の巻第二章第三段)ことを思い出し、それでも一時は「二品の宮」(女三の宮)が源氏とうまくいっていないと聞かれた院から、「かえって、この宮は将来安心で…」と喜んで貰ったこともあって、責任を感じるのでしょうか、自分がもしもの時には、くれぐれもよろしくと母に頼みますが、母はそれには応えず、ただ息子を案じるばかりで、やむなく右大弁の君(柏木の弟)に「一通りの事は詳しく」頼まざるを得ません。

さて柏木の容態が好くないとあって、その人柄から弟たちを初め一族郎党が嘆いているのですが、それが帝のお耳にも入り、急に権大納言に昇進のご沙汰がありました。元気づけて、あわよくば御礼に参上する気力を出させたいという叡慮だったのです。しかし、思うようにならず、ご配慮がありがたいだけに、応えられない悲しみもまた大きいのでした。》

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