【現代語訳】

 顔立ちも人柄も、憎むことができないほどかわいらしい。はにかみようも大げさでなく、いい具合におっとりしているものの、才気がないでなく、近くに仕えている女房たちに対しても、たいそう上手に姿を見られないようにしていらっしゃる。

「何かものを言うのも、亡くなった姉君のご様子に不思議なまでに似申しあげていることだ。あの身代わりを捜していらっしゃる方にお見せ申し上げたい」と、ふとお思い出しになったちょうど折しも、
「大将殿がお見えです」と、女房が申し上げるので、いつものように御几帳を整えて気遣いをする。この客人の母君は、
それでは拝見させていただきましょう。ちょっと拝見した人が、大変にお誉め申していましたが、宮のご様子にはとてもお並びになることはできますまい」と言うと、御前に伺候する女房たちは、
「さあ、とてもお定め申し上げることができません」と申し上げ合っている。
「どれほどの人が、宮を負かせ申すでしょうか」などと言っているうちに、

「今、車からお降りになっている」と聞くうちに、うるさいほど先払いの声がして、すぐには姿をお見せにならない。待ち申し上げているうちに、歩いてお入りになる様子を見ると、なるほど、何ともご立派で、色めかしい風情とは見えないが、優雅で上品に美しい。
 うっかり対面するのもはばかられて、つい額髪などもつくろってしまって、気がひけるほど嗜み深い態度で、この上ない様子をしていらっしゃった。内裏から参上なさったのであろう、ご前駆の様子が大勢いて、
「昨夜、后の宮がご病気でいらっしゃる旨を承って参内しましたら、宮様方がお傍にいらっしゃらなかったので、お気の毒に拝見して、宮のお代わりに今まで伺候しておりました。今朝もとても怠けて遅く参内あそばしたのを、失礼ながら、あなたのご過失とお察し申し上げまして」と申し上げなさると、
「なるほど、大変に行き届いたお心遣いをいただきまして」とだけお答え申し上げなさる。宮は内裏にお泊まりになったのを見届けて、思うところがあっていらっしゃったようである。

 

《前段の話からの続きですが、こう書かれると、そこに浮舟が同席しているとしなければなりません。しかし、このあと薫が来て中の宮が対面するときは当然引き下がるのでしょうが、その進退が全く語られません。北の方は「それでは拝見させていただきましょう、…」と物陰にさがったようですから、この時に一緒に動いたのでしょうか。いや、これも十九世紀リアリズム文学学徒の些末なこだわりというべきでしょうか。

ともあれ、中の宮が浮舟を見ての品定めですが、読者にとっても初めて、じっくりとこの人を見ることになります。

宮からは、かわいらしく、振る舞いには嗜みがあって、それなりに才気もありそうと、なかなか高い評価が得られました。おまけにしゃべり方が大君にそっくりに思われたのです。ものを言うの「も」似ていたと言いますから、見た目はもちろん、ということでしょう。中の宮が大君に似ているというのは、ほとんど薫の思い込みに過ぎないようですが、この人はそうではなく、妹が見て姉に似ているというのですから、本物です。

中の宮がぜひ薫に会わせたいものだと思っていると、ちょうどそこに薫がやって来ました。それを聞いて北の方は、立て続けに、二人目の噂に高い貴公子をのぞき見する機会を得てうきうきと、そうは言ってもさっきの匂宮にはとてもかなうまいと、傍の女房に語りかけます。普段見慣れている女房も、こういう新入りが話に加わると、得意な気持ちもあって改めて気持ちも弾んで、ちょっとからかうような返事になります。

間をおいて、おもむろに薫が入って来ました。匂宮が、美しさとともにその圧倒的な権威を示して北の方を感服させたのに対して、こちらはひたすらその高貴な優雅さによって北の方を圧倒しました。彼女は隠れていることも忘れて、思わず我と我が「額髪などもつくろってしま」ったほどでした。

 その薫は、中の宮をちょっときわどい軽口でからかいますが、中の宮は気付かぬふうに型どおりの返事で返します。こういう素晴らしい人を相手に対等に言葉を交わしている異母姉をのぞき見していて、母と娘は何を思ったでしょうか。

 しかし語り手はもうそういうことには触れないで、薫の話を先に急ぎます。》

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