【現代語訳】

「今夜の風流なお振る舞いについては、誰もがお許し申すはずのことでございます。これということもない昔話に紛らわせておしまいなるばかりで、『玉の緒にせむ(命の延びる料にする)』思いもしませんでしたのが、とても残念です」と言って、御贈り物に笛を添えて差し上げなさる。
「この笛には、たいへん古い由緒もあるように聞いておりましたが、このような蓬生の宿に埋もれているのはかわいそうに存じまして、御前駆に負けないほどにお吹き下さる音色を、よそながらでもお聞きしたく存じます」と申し上げなさると、
「似つかわしくない随身でございましょう」とおっしゃって御覧になると、この笛もなるほど身につけて大切にしていて、
「自分でもまったくこの笛の音のすべては吹きこなせない。大事にしてくれる人に何とか伝えたいものだ」と、おりおりにお口にしていらっしゃったのをお思い出しになると、さらに悲しみが胸に迫って、試みに吹いてみる。

盤渉調の半ばほどでお止めになって、
「昔を偲んで和琴を独り弾きましたのは、下手でも何とか聞いて戴けました。この笛はとても分不相応で」と言って、お出になるので、
「 露しげきむぐらの宿にいにしへの秋にかはらぬ虫の声かな

(涙にくれていますこの荒れた家に昔と変わらない笛の音を聞かせて戴きました)」
と、御簾の内側から申し上げなさった。
「 横笛の調べはことにかはらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね

(横笛の音色は特別昔と変わりませんが、亡くなった人を悼む泣き声は尽きません)」
 出て行きかねていらっしゃると、夜もたいそう更けてしまった。

 

《夕霧が「故人の咎めがあろうか」(前段)と言ったことを受けて、御息所は、ご懸念なく、もっとゆっくりしていただきたいくらいですが、と応じました。併せて、昔話ばかりではなく、今後もお頼り申しますので、ぜひまたおいで下さいという気持です。

 そして贈り物に添えて、柏木愛用の横笛を夕霧に贈ります。「笛は、男のもので、女は扱わない。ここにおけば誰も吹かない」(『評釈』)ということがあるのだそうです。

「似つかわしくない随身」も洒落た言葉で、日常、こういう会話が普通にできると、楽しいだろうが、と思います。「横笛」ならぬ横道ですが、外国映画を見ていると、しばしば気の利いた会話が聞かれて、それだけで楽しく見ることができるものがあります。そう言えば、シェイクスピア劇はその連続で、息も切らさず、といった趣があったと記憶しますが、前にも触れた歌舞伎の中で聞かれるいなせな啖呵も同じで(松風の巻第二章第一段)、やはり、現実の日常にそういう会話が飛び交っているわけではなくて、台本があってのことということなのでしょうか。

出された笛は、柏木の生前、夕霧も見たことがあるものでした。遠慮しながら、受け取り吹いてみますが、不相応と思って返して出ようとすると、御息所の歌が呼び止めます。「もとの主の笛の音と少しも変わりません、どうぞ遠慮なくお持ち下さい」。

夕霧は、それでは、と受け取って(とは書かれませんが、こう言われて返すことは、不作法でしょう)、笛の調べは同じかも知れませんが、亡くなられた人を偲んで泣く音は尽きないことですと別れの挨拶をしたものの、すぐには行きかねて、しばらく佇んで庭を眺め渡します。》

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