【現代語訳】2

大将は、
「その事を申し上げようと思っておりましたが、よくも弁えぬくせに偉そうに言うのもどうかと存じまして。古い昔の勝れた時代を聞き比べていないからでしょうか、衛門督の和琴、兵部卿宮の御琵琶などは、最近の珍しく勝れた例に引くようです。

 なるほどまたとない演奏者ですが、今夜お聞きしました楽の音色が、皆同じように耳を驚かしましたのは、やはりこのように特別のことでもない御催しとかねがね思って油断しておりました気持ちが不意をつかれて騒ぐのでしょう。唱歌など、とてもお付き合いしにくうございました。
 和琴は、あの太政大臣だけが、このように臨機応変に巧みに操った音色などを思いのままに掻き立てていらっしゃるのは、とても格別上手でいらっしゃいましたが、なかなか飛び抜けて上手には弾けないものですのに、まことに勝れて調子が整ってございました」と、お誉め申し上げなさる。
「いや、それほど大した弾き方ではないが、特別に立派なようにお誉めになるね」とおっしゃって、得意顔に微笑んでいらっしゃる。
「なるほど、悪くはない弟子たちだ。琵琶は私が口出しするようなことは何もないが、そうは言っても、どことなく違うはずだ。思いがけない所で初めて聞いた時、珍しい楽の音色だという気がしたが、その時からは、また格段上達しているからな」と、強引に自分の手柄のように自慢なさるので、女房たちはそっとつつきあう。

 

《夕霧はこれまで何につけても、源氏からこのように判断を求められるというようなことは、ほとんどありませんでした。それが、今、今日の出来映えをどう思うかというおたずねです。

源氏は、今日の催しがうまくいって、いい気持ちなのでしょう。婦人たちの演奏も素晴らしかったが、息子が興が乗ったらしく、思いも懸けないことに自分の「唱歌」に合わせて歌っていた(第四章第三段)し、先ほどの春秋論もなかなかのことを言ってのけた、どうやらこの子もそれなりのものになってきたらしいと、考えたのでしょうか、その子が今日の演奏をどのように聴いたのか、聞いてみようという気になったようです。

夕霧もまた、一人前に扱われたらしいという喜びもあったでしょうか、待っていましたとばかりに語ります。

気軽な家庭内の音楽会と思っていましたのに、四人の方の演奏はまったく驚くばかりでしたと、まずその感動を語りましたが、これは挨拶としては、なかなかうまい出だしで、この人は父親が考えているよりも、こういう一般的社交性では優れているようです。さすがはかつて太政大臣が「はっきりと人より抜きん出て大人びておられる点では、父の大臣(源氏)よりも勝っているくらいだ」と褒めた(藤の裏葉の巻第一章第四段)だけのことはあります。そういうことは父にはなかなか分からないものです。

もっとも、この日、彼の耳に残ったのは、紫の上の和琴の音ばかりだったようなのです。彼は他のことには触れず、ただ憧れの義母の演奏を、当代の名手と源氏も認める太政大臣に匹敵すると絶賛します。

源氏はその返事に満足して、逆に自分が直接教えたわけではない明石の御方の琵琶の見事さを取り上げますが、しかしそれも自分の傍に来てから一層うまくなったのだと、自分の無言の影響力をさりげなく仄めかして、その得意そうな様子が女房たちの笑いを誘います。そこにいる誰にとってもほのぼのとした幸せな夕暮れです。》

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