【現代語訳】1

あまり遅くまで起きているのも、いつにないことと、皆が変に思うだろうと気が咎めて、寝所にお入りになったので、侍女が御衾をお掛けしたのだが、なるほど独り寝の寂しい夜々を過ごしてきたのも、やはり穏やかならぬ気持ちがするけれども、あの須磨のお別れの時などをお思い出しになると、
「もう最後だとお離れになっても、ただ同じこの世に無事でいらっしゃるとお聞き申すのであったらと、自分の身の上までのことはさておいて、惜しみ悲しく思ったことだった。あのままあの騷ぎの中で、自分も殿も死んでしまったならば、お話にもならない二人の仲であったろうに」とお思い直しになる。
 風が吹いている夜の様子が冷やかに感じられて、すぐには寝つかれなされないのを、近くにいる女房たちが変に思いはせぬかと、身動き一つなさらないのも、やはりまことにつらそうである。夜深いころの鶏の声が聞こえるのも、しみじみと哀れを感じさせる。

 ことさら恨めしいとお思いになるのではないが、このようにお心を乱されたためであろうか、あちらの御夢に現れなさったので、ふと目をお覚ましになって、どうしていることかと胸騷ぎがなさるうちに、お待ちになっていた鶏の声をお聞きになったので、まだ夜の深いのも気づかないふりをして、急いでお帰りになる。

とても子供子供したご様子なので、乳母たちが近くに伺候していた。妻戸を押し開けてお出になるのを、お見送り申し上げる。明け方の暗い空に雪の光が見えてぼんやりとしている。後に残っている御匂いに、「闇はあやなし(いい香りだこと)」とつい独り言が出る。
 雪は所々に消え残っていてそれが、真白な庭とすぐには見分けがつかぬほどなので、「なほ残れる雪(ずっとあなたのことを思っていましたよ)」とひっそりとお口ずさみになりながら、御格子をお叩きなさるのも、長い間こうしたことがなかったのが常となって、女房たちもみな空寝をして、ややお待たせ申してから、引き上げた。

 

《平気を装って夜更かしをした紫の上は、ここでは、そうかと言ってあまり遅くまで起きているのも不自然、と寝所に入ります。細心の気配りです。

源氏も気配りの人ですが、それは結局は自分がいい思いをするためのもので、もっとはっきり言えば、そのほとんどは女性を口説く上での気配りでした。

しかし彼女の場合は、もちろん半分は「自己防衛」でもありますが、それがそのまま六条院の女主人公の矜持であり、勤めとしてのもののように見えます。女主人の動揺は、六条院の秩序を乱すことになると思うから、彼女は、最もよい頃を見計らって安らかさを装って床につきます。

独り寝の床で彼女が思い出すのは須磨流謫の時、あのまま二人とも死んでしまっていたら、その後の栄耀は何ひとつ無かったのだと思うと、ともかくもそこを過ごして、今がある、とすれば、ここもまた一つの試練、通過点かも知れない、いやいや、ひょっとしてそうではなくてこれまでの自分の栄花は実は幻だったのかも知れない、輾転反側、紫の上の夜は容易に過ぎてくれません。

古代、ある人を思う気持ちが強いと、そう思う人の魂は肉体を離れて、その相手の所に飛ぶと考えられていました。かつて、六条御息所の魂は物の怪となって葵の上の許に飛びました(葵の巻第二章第三段)。

今また、紫の上の思いが魂となって寝殿の西の放ち出で、女三の宮と一緒にいる源氏の許に飛んで、彼の夢の中に現れます。さいわい、御息所の時のようなおどろおどろしい、物の怪といったようなものではなかった(それも紫の上の人柄によるのでしょうか)のですが、源氏の目を覚まさせました。彼はまた、早くもこの姫に飽いて夜明けを待っていたころでもあったのでしょうか、ちょうど鶏が鳴いたのを潮に、そそくさと帰っていきます。

「なほ残れる雪」は、早朝、高楼に上がっての望郷の思いを歌った詩の一節のようで、この時の源氏にしてみれば、その「郷」は紫の上、といったようなところでしょうか。

しかし、「女房たちもみな空寝をして、ややお待たせ申してから、(格子を)引き上げ(部屋にお入れし)た」のでした。女房たちの源氏への当てつけの意地悪です。『光る』が、「丸谷・こういうところを平安朝の貴族たちは読んで、なるほどそういうわけだったのか、と自分の場合に思い当たるわけですね」と、笑っています。》

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