【現代語訳】

「匂宮が、たいそう不思議とお恨みになることがあるのですよ。おいたわしいご遺言を一言承りましたことなどを、何かのついでにちょっとお洩らし申し上げたのだったでしょうか、あるいはとてもよく気の回るお方で、推し量られたのでしょうか、私からうまく申し上げるようにと当てにしているのに、冷淡なご様子なのは、うまくお取り持ち申さないからだと、度々お恨みになるので、心外なこととは存じますが、山里への案内役はそうきっぱりとお断り申し上げることもできかねるのですが、どうしてそのようにおあしらい申し上げなさるのでしょう。
 好色でいらっしゃるように人はお噂申し上げているようですが、心の底は不思議なほど深くいらっしゃる宮です。戯れ言をお掛けになる女たちで軽はずみに靡きやすいような者などを、珍しくもない女として軽蔑なさるのだろうか、と聞くこともございます。

何につけても成り行きにまかせて、我を張ることもなく穏やかな人こそが、ただ世間の習わしに従ってどうなるもこうなるも適当に過ごして、少し思いと違ったことがあっても、仕方のないことだ、そういうものなのだ、などと思うようにするようですので、かえって長く添い遂げるような例もあります。いったん壊れ始めると、『龍田川』ではありませんが名を汚し、言いようもなく縁が切れてしまうようなことなどもあるようです。

ご執心が深いところがあるお心にかない、特に御意に背くようなことが多くおありでない方には、全然、軽々しく始めと終わりが違うような態度などを、お見せなさらないご性格です。
 人が存じ上げていないことをよくよく存じておりますから、もし似つかわしく思い、そうしたこともあるかとお考えになるなら、その取りなしなどは、できる限りのお骨折りをきっと致します。仲介は、脚の痛くなるまで尽力しましょう」と、実に真面目にいろいろとおっしゃるので、ご自身のことは思いもかけずに、

「親代わりになって返事しよう」とご思案なさるが、やはりお答えすべき言葉も出ない気がして、
「何とも申し上げようがありません。意味ありげにいろいろおっしゃるので、かえってどのようにお答えしてよいか分かりませんが」と、ほほ笑みなさるのが、おっとりとしている一方で、その感じが好ましく聞こえる。

 

《さて薫が最初に話し始めたのは匂宮の姫への執心の話でした。『評釈』は「意外である」と言い、一応はそうですが、ありがちな心の動きとも思われます。

前段で自分の恋心に気付いた彼は、それが決して自分の「意志」ではなく、ただそういう気持ちになってしまったのであって、主体的意志としてはあくまでも俗事に心は動かされないのだと思いたいのです。そしてそれを自分に対して証明し言い聞かせる必要がありますし、姫君からもそういう人間として見られたいという気持もあります。

だから、ことさらに匂宮自身とその執心の様を姫君に美しく語って聞かせて、仮にそこで彼との間に縁が生じても自分は平気なのだ、いやむしろ自分はそうなることを願っているのだという態度を取っている、ということなのだと考えられます。若者らしい無意識のうちの衒い、とも言えましょうか。

さて、薫の話ですが、匂宮は、世間では好色だと言っているようだが決してそうではないと強調します。「軽い冗談などを…」は、こんな噂もあって、それが好色といわれている所以だろう、あなたがたならその心配はない、という意味でしょうか。

次の「どのようなことも」以下は、ちょっと分かりにくく思われます。

「何につけても…」以下の話は普通女性についてのことと考えるようで、そうすると、あなた方は結婚ということをあまり頑なに窮屈に考えない方がいいという話しになり、後の「いったん壊れ始めると…」は、もっともたまにはうまく行かなくなる場合もあるが、という例外の話ということになりそうです。しかし、それでは、「ご執心が深いところがあるお心から…」以下の匂宮の話とうまく繋がらない気がします。

『評釈』はそれを「男と解してみた」として訳しています。つまり、鷹揚な男との間柄は普段はまあ普通にやれるようだが、「いったん壊れ始めると…」取り返しがつかない、それに比べて色好みの匂宮は常に本気だから、「いったん壊れ始めると…」というようなことがないのだ、ということになりそうで、つまり色好みを擁護している、分かりやすい比較の話になります。しかし、普通に読めば、「穏やかな人」の話がよろしくない例としては読みにくく、いかがかという気もします。

「心から深く…」は、宮はいつも本気で女性に向かわれるので、女性の方に「御意に背くようなこと」がある場合には、その分厳しくお心が離れることがあって、浮気だと言われるのだが、あなた方ならその心配はない」と言っているようです。

そうして、あなたがたにその気持があるなら取り次ぎの労をとろうと約束します。

この控えめな人には珍しく思える長口舌で、しかも途中少し話の筋が乱れる感じもあって、何かいかにも敢えてする話のように思われなくもありません。

薫が二人の姫のどちらを考えて話したのか分かりませんが、大君は自分のこととは「思いもかけず」、中の君の話として聞きました。もちろん悪い話はありませんが、いかにも急な話で、また薫が普通ではないことも思ったのでしょうか、こういう時はこの手の話は笑っていったん逸らすのが穏やかです。

いや、実際は彼女自身にも経験のない話であり、また避けたい話でもあって、困惑しているようにも思えますが、ともかくも大君の鷹揚に見える様子に、薫の心は、やはりまたざわめくのです。》

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