【現代語訳】

 大夫も泣いて、
「まったく、お二方の事は詳しくは存じ上げません。物の道理もわきまえていませんが、類無いご寵愛を拝見しましたので、あなた方ともどうして急いでお近づき申し上げることがあろうか、いずれはお仕えなさるはずの方だ、と存じていましたが、何とも言いようもなく悲しい出来事の後は、個人的にお寄せする気持ちもかえって深さがまさりまして」と懇ろに言う。
「わざわざお車などをご配慮いただいて、お差し向け申し上げなさいましたのを、空のままでは大変困ります。せめてお一方でも参上なさい」と言うので、侍従の君を呼び出して、
「それでは、参上なさい」と言うと、
「私などまして何を申し上げることができましょう。そうするにしても、やはりこの御忌の間にはとんでもないことで。お忌みなさらないのでしょうか」と言うと、
「ご病気で大騒ぎをして、いろいろなお慎みがあるようですが、忌明けをお待ちになれないようなご様子です。また、このように深いご宿縁では、忌籠もりなさってもよかったのでございましょう。忌明けまでの日も幾日でもない。やはりお一方は参上なさい」と責めるので、侍従は、以前のご様子もとても恋しく思い出し申し上げるので、

「いつの世にかお目にかかることができようか、この機会に」と思って参上するのであった。

 

《腰を上げてくれそうにない右近に、大夫(時方)は、一緒に泣きながら、別の角度から懐柔に掛かります。自分自身としてもあなたにお近づきを得たいと思っていたのだが、どうせそうなるのだから急ぐ必要はないと思っているうちに、今度のことがあって、「個人的に(あなたに)お寄せする(私の)気持ちもかえって深さがまさ」った、というのは、なかなかうまい挨拶です。

 そして、もし右近がどうしてもだめなら、侍従においでいただきたいと、方向を変えますが、侍従は、右近を措いて自分が行っても何も話せないだろうと、こちらも断りました。

 それでも時方は、「忌明けまでの日も幾日でもな」く、もう「忌みも薄くなる」(『集成』)ころでしょうから、わずかな数日はいいじゃないですか、となおも誘います。

 「このように深いご宿縁では、忌籠もりなさってもよかったのでございましょう(原文・かく深き御契りにては、籠らせたまふひてもこそおはしまさめ)」と言った意味がよく分かりませんが、侍従が言った「お忌みなさらないのでしょうか」(この言葉は普通、浮舟の死に触れて穢れている自分たちを近づけることについて言っていると解するようです)を、宮御自身は喪に服すことをなさらないでいらっしゃるのか、という問いだと考えると、それに対する弁明になっている、とは言えます。

すると、時方が侍従の意見に、そうですよねと同調しているということになって、私はあなた方と同じ気持ちなのですよと、近さをアピールしていることになります。

 ともあれ、時方の懇切な説得を受けて、侍従は考えを変えて同行することにしました。実はこの人は初めて匂宮を見た時から匂宮ファンで(浮舟の巻第四章第四,五段)、「とても恋しく思い出し申し上げ」ていましたから、この機を逃すと、二度とお会いできないかもしれないと考えたのでした。やはり右近とは全く違うキャラクターとして描かれています(同第二段)。》

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