【現代語訳】

 お行きになったので女房たちが少しお側から散った時に、侍従が近づいて、
「昨日のお手紙は、どのようにあそばしましましたか。今朝、院が御覧になっていた手紙の色が似ていましたが」と申し上げると、びっくりなさって、涙が止めどもなく出て来るので、お気の毒に思うものの、話にならない方だと拝し上げる。
「一体どこにお置きあそばしましたか。女房たちが参ったので、子細ありげに近くに控えているのはよそうと、それくらいの用心でさえ気が咎めますので慎重にしておりましたのに、お入りあそばしました時には、少し間がございましたが、お隠しあそばただろうと、思っておりました」と申し上げると、
「いいえ、それがね。見ていた時にお入りになったので、すぐにしまうこともできないで、差し挟んで置いたのを、忘れてしまったの」とおっしゃるので、何ともまったく申し上げる言葉もない。近寄って探すが、どこにもあろうはずがない。
「まあ、大変。あの方もとてもひどく恐れ憚って、素振りにもお耳に入るようなことがあったら大変と恐縮申しておられましたのに、まだいくらもたたないのに、もうこのような事が起きてしまったことですね。全体、子供っぽいお振る舞いで、人にお姿を見られあそばしたので、あの方が長年あれほどまで忘れることができずずっと恨み言を言い続けていらっしゃったのでしたが、こんなことになるとまで思いもしませんでした。どちら様のためにも、困った事でございますよ」と、遠慮もなく申し上げる。気安く子供っぽくいらっしゃるので、ずけずけと申し上げたのであろう。お答えもなさらず、ただ泣いてばかりいらっしゃる。

とても気に病んで、まったく何もお召し上がりにならないので、
「このようにお苦しみでいらっしゃるのを、放ってお置き申し上げなさって、今はもうすっかりお治りになったお方のお世話に、熱心でいらっしゃること」と、薄情に思って言う。

 

《源氏が二条院に帰っていって女房たちも少なくなった隙に、小侍従は寝ていた姫宮の側によって、手紙の処置を訊ねます。

よく似た手紙を源氏が読んでいたと聞いて、姫宮はすぐに自分のしたことを思い出し、返事するよりも早く、泣き出してしまいました。

それと察して小侍従は、もしこのことが源氏に知られて、自分が咎められるようなことになったら大変だと思ったのでしょう、彼女は、まず、あの源氏が入って来られた時に、私があの場にいるのは周囲の目によくないから引き下がったので、私はあの手紙を処置する立場になかったのだと、無罪を宣言します。そしてそんなふうにやむなく下がるのでさえも「気が咎めますので慎重にしておりました」とずいぶん気を使って来たことを強調します。そうしておいて、それなのに当のあなた様は、「少し間がございました」から、十分お隠しになれたはずなのに、何という無神経で不用意なことをなさったのか…、と、自分の不在証明から、姫ひとりの罪であることに話を展開します。

心幼い姫は簡単に追いつめられて、おろおろするしかありません。姫からやっと話を聞いて、小侍従は手紙の場所を探してみますが、あるはずもありません。一大事は確定的となりました。

小侍従はさらに姫に追い打ちを掛けます。

あの方もお困りになりますよ。そもそもこういうことが起こったのも「人にお姿を見られあそばした」からなので、そういう不用意なことをなさったから、私が手引きなどしなくてはならなくなったのです。私だって「こんなことになるとまで思いもしませんでした」から、したことで、あなたがここまでことのお分かりにならない方とは思いませんでした、原因はすべてあなたにあるのです、と、さらに追い打ちをかけます。

責められて、姫宮はただ泣いているばかりですが、他の女房たちはそれを見て、そんなことが起こっているとは夢にも知らず、悪阻に苦しんでいるのだとばかり思って、そそくさと帰っていった源氏への恨み言を、ささやき合っています。》

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