【現代語訳】2
 歯の生えかけたところに噛み当てようとして、筍をしっかりと握り持って、よだれをたらたらと垂らしてお齧りになっているので、
「変わった色好みだな」とおっしゃって、
「 憂き節も忘れずながらくれ竹のこは捨てがたきものにぞありける

(いやなことは忘れられないがこの子はかわいくて捨て難く思われることだ)」
と、引き取ってお話しかけになるが、にこにことしていて、何心もなくとてもせかせかと、這い下りて動き回っていらっしゃる。
 月日が経つにつれて、この君がかわいらしく不吉なまでに美しく成長なさっていくので、本当に、あの「憂き節」が、すべて忘れてしまいそうである。
「この人がお生まれになるためのご縁で、あの思いがけない事件も起こったのだろう。逃れられない宿命だったのだ」と少しはお考えが改まる。ご自身の運命にもやはり不満のところが多い。
「大勢集っていらっしゃるご夫人方の中でも、この宮だけは不足に思うところもなく、宮ご自身のお身の上も物足りないと思うところもなくていらっしゃるはずなのに、このように思いもかけない尼姿で拝見するとは」とお思いになるにつけて、過去の二人の過ちを許し難く、今も無念に思われるのであった。

 

《前段にあったように比類なく美しい若宮ですが、そこはまだ一歳ということで、そういう自覚はありませんから、目の前の珍しい物は手当たり次第に口に運びます。

とは言っても、筍に齧り付くなどということがあり得るのか、ちょっと疑問だという気もするが、と思ってみて、いや、これは煮物の筍なのだと気がつきました。だとすると、しゃぶり甲斐のあるもので、よだれをだらだら垂らしながらというのも、いかにもありそうな光景と思います。

「変わった色好みだな」は、源氏は前段でこの若君が女性との問題を起こしそうに美しい「色好み」となるだろうと認めていますから、それにしては、筍にかぶりついたりよだれをたらしたりして、おかしなことだと戯れます。

この時はまだ、「憂き節も忘れずながら」だったのでしたが、月日が経つに従ってどんどん馴染んでいくとともにかわいさが増して、「あの『憂き節』のすべてを忘れてしまいそう」です。

と、ここまでは、さもありなんと思われるのですが、そこから次への転換が急転直下です。「この人がお生まれになるためのご縁で、あの思いがけない事件も起こったのだろう。逃れられない宿命だったのだ」と、源氏の思いは突然転換します。

この薫を膝にして幸福いっぱいのような気持でいる源氏の胸に、ある時、ふと「こんなかわいい子が生まれるためには、あの残念な密通事件が必要だったのだ、それが運命だったのだ」という思いが湧きました。

このかわいらしい子供を抱くために、自分が将来を嘱望していた若者と「不足に思うところも」ない妻との不義を見ることは、「逃れられない宿命」だったのだと思うと、「ご自身の運命にも不満のところが多い」という気がします。

膝の上の子が急に重さを増したような気がします。

この子が本当の自分の子であれば、何の思いもなく抱けるのだったものを、自分があれほど目をかけた柏木と、あれほど大切に世話した宮のために、わだかまりを持ってこの子を抱かねばならず、尼姿の正室を目の前にしなくてはならないことになった、ふと湧いた黒雲は、どんどん拡がっていきます(ちょっと唐突の感がありますが)、なんという晩年にしてくれたことか、…。》

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