源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第六章 夕霧の物語(三)

第六段 歳末、夕霧の衣装を準備

【現代語訳】
 年の暮には、正月のご装束などについて、大宮はただこの冠君の君の一人だけの事を余念なく準備なさる。何着もたいそう立派にお仕立てになったのを見るのも、ただもう億劫に思われるので、
「元旦などには、特に参内すまいと思っておりますのに、どうしてこのようにご準備なさるのでしょう」と申し上げなさると、
「どうしてそのようなことがあってよいでしょうか。年をとって気落ちした人のようなことをおっしゃいますね」とおっしゃるので、
「年はとっていないけれど、何もしたくない気がすることよ」と独り言をいって、涙ぐんでいらっしゃる。
「あのことを思うのだろう」ととてもかわいそうで、大宮も泣き顔になってしまわれる。
「男は、取るに足りない身分の人でさえ、気位を高く持つものです。あまり沈んで、こうしていてはなりません。どうして、こんなくよくよ思い詰めることがありましょうか。縁起でもない」とおっしゃるが、
「そんなことではありません。六位などと人が軽蔑するようなので、少しの間だとは思っていますが、参内するのも億劫で…。亡くなられた祖父大臣が生きていらっしゃったならば、冗談にも人からは軽蔑されることはなかったでしょうに。何の遠慮もいらない実の親でいらっしゃいますが、たいそう他人行儀に遠ざけるようになさいますので、いらっしゃる所にも、気安くお目通りもかないません。東の院においでの時だけ、お側近く上がります。対の御方だけは、やさしくして下さいますが、母上が生きていらっしゃったら、何も思うことはなかったでしょうが」と言って、涙が落ちるのを隠していらっしゃる様子は、たいそう気の毒なので、大宮は、ますますほろほろとお泣きになって、
「母親に先立たれた人は、身分に応じて、みんなそのように気の毒なことなのですが、自然とそれぞれの前世からの宿縁で、成人してしまえば、誰も軽蔑する者はいなくなるものですから、思い詰めないようでいらっしゃい。亡くなられた大臣がせめてもう少しだけ長生きをしてくれればよかったのに。この上ない後ろ盾としては、父上を同じように頼りに思い申してはいますが、思いどおりに行かないことが多いですね。内大臣の気持も、普通の人とは違って立派だと世間の人も褒めて言うようですが、昔と違う事ばかりが多くなって行くので、長生きも恨めしい上に、生い先の長いあなたまで、このようなちょっとしたことにせよ、身の上を悲観していらっしゃるので、とてもいろいろと恨めしいこの世です」と言って、お泣きになる。

 

《今や夕霧だけが生き甲斐となった大宮は、彼のために元日の参内用の衣裳を用意することに打ち込み、「何着もたいそう立派にお仕立てになっ」て呼び寄せます。

何事かと思って出かけた夕霧は、目の前に並べられた衣裳を見て、かえって憂鬱が募ってしまいます。「なぜなら、それらはすべて六位の衣裳であったから。この衣裳で大勢の前に出ることを思うと耐えられないほどの屈辱を覚える」(『評釈』)のです。

大宮は夕霧の憂鬱を、「あのことを思うのだろう」、つまり雲居の雁とのことがうまくいかないのを悲観してのものと思って慰め、諫めます。彼女の言う中にそれと分かる言葉はありませんが、夕霧の「そんなことではありません(原文・何かは)」は、それと察して、否定する言葉のようです。

夕霧の否定を単純にそのまま聞くことはできないでしょう。彼は、学問の方は進んでいるようですが、実生活においては雲居の雁も惟光の娘も取り上げられて、気持ちの晴れないままに正月を迎えようとしていたのです。

そういうベースがあって、この六位の衣裳のことだったわけです。そして思えば、二人の姫(娘)とのことがうまくいかないのも、「六位」ということが少なからず影を落としているのです。

夕霧は、語り出すと、日ごろの思いがあふれ出て、屈している気持をやさしい祖母にぶつけます。「父は一体なぜ私を六位などにおいたのか」、恨めしい思いが昂じてくるだけではなく、「何の遠慮もいらない実の親」であってほしいのに、そのあまりの立派に威圧される感じなのでしょうか、「気安くお目通りもかないません」と訴えます。

民主主義のこの頃は友だちのような父親が多いようですが、家長という考え方があった頃は、父親は一家で特別な存在であり、特に長男の父親を見る目は特別で、他の子供があまり感じない、独特の距離感、疎外感を抱くことがあるようです。その根底には、いずれその地位を奪う(!)ことになる者としてのライバル心と、しかし現在到底かなわないというコンプレックスとがあるのではないでしょうか。そこに息子として甘えたいという気持が加わりますから、思いは複雑です。

そして夕霧の場合は、源氏が、ある考え(それを夕霧はまだ知りません、それは後に、野分の巻第一章第二段で、夕霧の推察として語られますが、驚くべき、またかなり滑稽なものです)があって彼を居所の東南の邸に厳しく近づけさせないということがあって、いっそう増幅されているようです。

その父への満たされない気持は、これまであまり思ったことのない(少なくとも物語の中では語られたことのない)、母がいないことへの悔しさ寂しさを思い起こさせます。

彼の祖母への訴えようは、まさに思いの昂じるままに、その声が聞こえるようであって、ほとんどだだをこねているようですが、その分、子供らしく率直で、聞く人(大宮)や読む者の胸を打ち、あわれです。

大宮はなだめよう、励まそうとして語り始めるのですが、その思いにほだされ、自分も不満に思っていることもあって、話しているうちに、孫と一緒になって恨み言を言い、涙に暮れるのでした。

しかし、この夕霧の憂鬱もまた、このまま暫くはほどけないままに、物語は源氏の話に戻ってしまいます。》

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第五段 花散里、夕霧の母代となる

【現代語訳】
 あの若君は、手紙をやることさえおできになれず、もっと大事な方のことが心にかかって、月日が経つにつれて、無性に恋しい面影に二度と会えないのではないかということばかり思っている。大宮のお側へも、何となく気乗りがせず参上なさらない。いらっしゃったお部屋や長年一緒に遊んで馴染んだ所ばかりが、ますます思い出されるので、里邸全てを疎ましくお思いになられて、学問所に籠もっていらっしゃる。
 大殿は、東院の西の対の御方(花散里)に、お預け申し上げなさったのであった。
「大宮のご余生も永くはなさそうなので、お亡くなりになった後も、こうした子供の時から親しんで、お世話してください」と申し上げなさると、ただおっしゃるとおりになさるご性質なので、親しくかわいがって上げなさる。
 ちょっととなどお顔を拝見しても、
「器量はさほどすぐれていないな。このような方をも、父はお捨てにならなかったのだ」などと思い、

「自分が、むやみに、つれない人のお顔を忘れられずに心にかけて恋しいと思うのもつまらないことだ。気立てがこのように柔和な方をこそ愛し合いたいものだ」と思う。

また一方で、
「向かい合っていて見てもかいのないと思うのも気の毒な感じだ。こうして長年連れ添っていらっしゃったが、殿が、そのようなご器量とお人柄を承知なさったうえで、『浜木綿(直接には顔を合わせない)』ほどの隔てを置き続けて、何やかやとなさって見ないようにしていらっしゃるらしいのも、もっともなことだ」と考える心の中は、大人顔負けであることだった。
 大宮が、お顔は尼姿でいらっしゃるが、まだたいそう美しくいらっしゃって、こちらでもあちらでも、女性は器量のよいものとばかり目馴れていらっしゃるが、この対の御方はもともとさほどでなかったご器量が、少し盛りが過ぎた感じがして、痩せてみ髪が少なくなっているのなどが、このように難をつけたくなるのであった。

 

《夕霧は愛しく思う雲居の雁に会えないつらさから、思い出多い大宮邸に行く気もしなくなって、学問所に籠もってしまいます。これまでは大宮が守り役という格好だったのですが、学問所が二条院東院になってました(第二章第四段)ので、源氏は、東院を仕切る役を与えられていた花散里に夕霧の今後を託します。

親代わりの花散里に会って、夕霧は生まれて初めて、美しくない女性を見たのでした。

そこで彼はいろいろなことを思います。

まず第一に、父がこんな美しくない人も、こうして大事にしていることに感心して、父の心の大きさを感じたようです。庶民感覚からすれば、ひと歳とればどうでもいいことだと思われますが、貴族の感覚はそういうものではないようです。

そこからさらに、彼は、そういう美人ではない女性は、その女性のためにまともに見てはならないものなのだと悟り、源氏が彼女に直接には顔を合わせないようにしているのを、なるほどと思うのです。

そして彼にとって最も大きなことは、やはり女性は、顔ではなくて気立てが大切なのかも知れないと思い、自分は雲居の雁の「お顔を忘れられず心にかけて恋しい」と思っているが、それはつまらないことだとも思った、ということでしょう。

そう言えば彼女の弟に手紙を頼む時も「顔がたいそうよかったので、無性に恋しい」と、随分具体的に言っていた(前々節)のが思い出されます。まるで本当に彼は顔だけを見ていたようで、そうするとここでの認識は彼にとっては大事件であったわけです。

ただ、読者にとっては、もう一つの驚きがあるのであって、それは彼が自分の恋について、そういう反省をしたという事実です。

父の源氏は、他のことでもそうですが、こういう反省をしたことが一切ありません。末摘花とのことは源氏の失敗談ですが、あの時も彼は自分のしたことが間違っていたなどとは思わず、ただ相手の女性の容貌や振る舞いに呆れていただけでした。朝顔の君や斎宮の女御への恋心は不首尾に終わりますが、それは相手の拒否と世間体を憚った結果であって、自分の思い自体に対して疑問や反省があったわけではありませんでした。

源氏がひたすら行動の人であるのに対して、夕霧は内省の人で懐疑派であるようで、新しいタイプの人が登場していることになります。

 

※ この物語には直接の関わりはないことですが、時事に触れて、書き置きます。

六月五日、衆院憲法審査会で現在審議中の安保法制について、自民党推薦の長谷部氏が、野党推薦の二氏とともに、違憲だと述べられたことについて、学者の良心と、深く感銘しました。

そしてこの方は、実は同党が、初めに推薦した佐藤幸治氏に断られて、代わりにお願いした人だそうで、その佐藤氏も、その翌日、「立憲主義の危機」というシンポジウムで、戦前の天皇機関説を引き合いに出しながら、同じように違憲という見解を述べられたそうです。

安保法制の改定は、多分いずれは本当に必要なのではないかいう気がします。

しかし、この専門家の身を挺しての見解は、今次の作業について一般の私たちが何となく感じていた疑問とか不安に、明確な形を与えました。学者という人の良心を、大変心強く思いましたし、それを大衆は応援しなければならないのではないでしょうか。こうした見解が決して少数ではなくある以上、ここはやはり一度踏みとどまらなくてはならないと思います。

そして、こうした意見表明が、安心してできる社会を守らなくてはならないと思いました。》

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第四段 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す~その2

【現代語訳】2
 娘は、年齢よりはませていたのであろうか、すばらしいと思って見たのだった。緑色の薄様に、取り合わせのいい色を重ねて、筆跡はまだとても子供っぽいが、将来性が窺えて、たいそう立派に、
「 ひかげにもしるかりけめやをとめ子が天の羽袖にかけし心は

(日の光にはっきりとおわかりになったでしょう、あなたが天の羽衣も翻して舞う姿

に思いをかけた私のことを)」
 二人で見ているところに、父殿がひょいとやって来た。恐くなってどうしていいか分からず、隠すこともできない。
「何の手紙だ」と言って取ったので、顔を赤らめていた。
「けしからぬことをした」と叱ると、男の子が逃げて行くのを、呼び寄せて、
「誰からだ」と尋ねると、
「大殿の冠者の君が、これこれしかじかとおっしゃってお与えになったのです」と言うと、すっかり笑顔になって、
「何ともかわいらしい若君のおたわむれだ。おまえなどは、同じ年齢だが、お話にならないくらい頼りないことよ」などと褒めて、母君にも見せる。
「この若君が少しでも一人前にお考えになってくださるならば、並の宮仕えよりは差し上げたいものだ。大殿のご配慮を見ると、一度見染めた相手を、お忘れにならないのがたいそう頼もしい。明石の入道のようになるだろうかな」などと言うが、皆は宮仕えの準備にとりかかっていた。

 

《預かってきた夕霧の手紙を子供たち二人で見ているというのが、何とも庶民的な感じです。

そこに父親の惟光がいきなり顔を出して見つけ、かねて「以前からこのようなことはするな」と言いつけておいた(前節)ことなので、大声で叱りつけます。

「何の手紙だ(原文・なぞの文ぞ)」というのは、『評釈』によれば、荒い男言葉で、「少し身分の低い男」が使う言葉と言います。源氏の屋敷内とは違った言葉が交わされ得ているということで、次の「誰からだ」の「誰がぞ」も同じです。

「男の子が逃げて行く」は、原文では「兄逃げて行く」とあり、「兄」は兄弟どちらとも意味しますが、「逃げて行く」という振る舞いからは、弟の方が向いていそうです。

その弟(ということにします)から、若様からの手紙と聞いて、惟光はいっぺんに態度を変えて、それなら、なまじっかな宮仕えよりも、その方がいいと言うのですが、周囲は彼の考えをよそに、宮仕えの準備を進めています。

ここでも主人の思惑はすぐには通らないようです。あるいは惟光の言葉も、ちょっとそういうことを思った、というだけのことなのでしょうか。

そして、この結末もまた、雲居の雁の話同様に、ずっと後、藤裏葉の巻まで待たなくてはなりません。

ここで、惟光が、「(父親の源氏が)一度見染めた相手を、お忘れにならないのがたいそう頼もしい」というところから、その息子に期待を掛けているというのは、作者の言葉としては幾度か出てきた内容ですが、登場人物が源氏をそう語るのは初めてで、広く当時の女性や娘を持つ親にとって、男の庇護の続くことがどれほど大きな気がかりであり、願望であったかと、思わせます。

と同時に、これまで源氏の女性遍歴を、忠実にフォローしてはいたものの、半ば呆れる思いで語ることの多かった(夕顔の巻第一章第一段4節など)惟光が、そういう目でも見ていたのかと、少々新鮮です。》

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第四段 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す~その1

【現代語訳】1
 そのまま皆宮中にお残しになって宮仕えするようにとのご内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、摂津守のは難波で祓いをしにと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上なさる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それもお残しになる。摂津守が、

「典侍が空いているので」と申し上げたので、

「そのようにこの度の労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君はお聞きになって、とても残念だと思う。
「自分の年齢や位などが、このように人並みでないようでなければ、所望を願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。
 娘の兄弟で童殿上する者がつねにこの君のところに来てお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、
「五節はいつ宮中に参内するのか」とお尋ねになる。
「今年のうちと聞いております」と申し上げる。
「顔がたいそうよかったので、無性に恋しく思われる。おまえがいつも見ているのも羨ましいが、もう一度合わせてくれないか」とおっしゃると、
「どうしてそのようなことができましょうか。私も思うように会えません。男兄弟だといって近くに寄せませんので、ましてあなた様にはどうしてお会わせ申すことができましょうか」と申し上げる。
「それでは、せめて手紙だけでも」といってお与えになった。

「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思って持って行った。

 

《ここの初めのところ、「お咎めがあったが、それもお残しになる」までは、どういう意味があるのでしょうか。

帝の、舞姫達をそのまま宮中に残すようにという「ご内意」があったが、良清と惟光はそれぞれの国でのお祓いがあるからとお断りして退出させたというのです、まず、帝のそういう思し召しに対して、守くらいの身分でお断りできたというのが驚きです。

また、左衞門督の場合、お咎めを受けながら、なお宮中に残されたという話は、何か意味があるのかということです。

そしてさらに、その両方が、この後に何ほどの影響もないようなのに、どうして書かれる必要があったのか、ということも気になります。

あるいは下敷きにした五節にこういう事実があって、それを書いたということなのでしょうか。

さて惟光は、退出させておいて、最初の目論見どおり、「典侍」にしたい旨を源氏に伝えます(これも「ご内意」を受ければそれでよさそうな話でもありますが)。それを源氏が快諾したと知って、夕霧は、そうなってしまっては会えなくなると、その娘の兄弟に手引きの話を持ちかけました。

しかし彼は「特別強く執心しているのではない(原文・わざとのことにはあらねど)」のでした。雲居の雁のことに添えて、ここでも思いが叶わないことになったと、彼は少々意固地になっているようです。》

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第三段 宮中における五節の儀

【現代語訳】

 浅葱の服が嫌なので、宮中に参内することもせず塞いだ気持でいらっしゃるのだが、五節だからということで、直衣なども特別の衣服の色を許されて参内なさる。いかにも子供らしく美しい方であるが、お年のわりに大人っぽくて、しゃれてお歩きになる。帝をはじめ参らせて、大切になさる様子は並大抵でなく、世にも珍しいくらいのご寵愛である。
 五節の参内する儀式は、いずれ劣らずそれぞれがこの上なく立派になさっているが、舞姫の器量は、大殿と大納言のとは素晴らしいとほめそやす。なるほどとても美人であるが、おっとりとして可憐なさまは、やはり大殿のにはかないそうもなかった。
 いかにも美しい感じの当世風で、惟光の娘とは分からないよう飾り立てた姿などが、めったにないくらい美しいのを、このように褒められるようである。例年の舞姫よりは、皆少しずつ大人びていて、本当に特別な年である。
 大殿が宮中に参内なさって御覧になると、昔目をおとどめになった少女の姿をお思い出しになる。辰の日の暮れ方に手紙をおやりになる。その内容はご想像できるだろう。
「 をとめ子も神さびぬらし天つ神ふるき世の友よはひ経ぬれば

(少女だったあなたも歳を取っただろう、天の羽衣を着て舞った昔の友の私も長い年

月を経たので)」
 歳月の流れを数えて、ふとお思い出しになられたままの感慨を堪えることができずに差し上げただけのものだが、胸をときめかせるのも、はかないことであるよ。
「 かけて言へば今日のこととぞ思ほゆる日陰の霜の袖にとけしも

(五節のことを言いますと、昔のことが今日のことのように思われます、日蔭のかず

らを懸けて舞い、お情けを頂戴したことが)」
 青摺りの紙をよく間に合わせて、誰の筆跡だか分からないようにして、濃くまた薄く、草体を多く交えて書いているのも、あの身分にしてはおもしろいと御覧になる。
 冠者の君も、少女に目が止まるにつけても、ひそかに思いをかけてあちこちなさるが、側近くにさえ寄せず、たいそう無愛想な態度をしているので、もの恥ずかしい年頃の身では、心に嘆くばかりであった。器量だけはとても心に焼きついて、つれない人に逢えない慰めにでも、手に入れたいものだと思う。

 

《正装である束帯なら浅葱色でなくてはなりませんが、この祭の日は平常服の直衣でよく、それなら違う色でよかったようで、夕霧は五節の儀の当日、気持も晴れ晴れと参内します。服の色さえ変われば、さすがは源氏の息子で、周囲の目を引かずにはいません。帝も眼をお止めになるほどでした。

舞姫達もまたいずれ劣らぬ美しさの中で、源氏が出した惟光の娘は格別でした。

そういう様子を見ながら源氏は、昔心を寄せていた、当時の舞姫を思い出します。筑後の五節と言われる女で、澪標の巻第三章第二段では、源氏への思いもあってでしょうか、夫を持たないままで生きようと決心していることが紹介されていました。そういうことを知ってか知らずか、源氏はその女に手紙を出します。忘れた頃にこうしてちらちらと声を掛けられるのは、女性からすればなかなか辛いことであるように思いますが、作者としては、一度関わりのあった女を決して見捨てないという意味でいい話として書いているのでしょう。

一方息子の方は、なんとか惟光の娘に近づこうとするのですが、娘もまだ初心なのでしょう、「たいそう無愛想な態度をしている」ので、まじめな夕霧はそれ以上どうしいいのか分かりません。家臣の娘なのですから、若い頃の父親ならもっと強引に振る舞ったのでしょうが…。

『伊勢物語』四十段、仲を割かれた恋人同士が思いのあまりに死んでしまった話の後の「むかしの若人は、さるすけるもの思ひをなむしける。今の翁まさにしなむや」という言葉が思い出されます。

華やかな祭の催しの背後を彩なすように、夕霧と今日の舞姫の、そして源氏とかつての舞姫の、それぞれに思うままにならない恋模様が淡く描かれます。》


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