源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 内大臣家の物語

第三段 大宮、内大臣を恨む

【現代語訳】

 大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのもかわいいとお思いになるが、内大臣が思い遣り無くひどいことのようにおっしゃったのを、
「どうしてそんなに悪いことであろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、私が姫をこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのだろうが、思いどおりにゆかないで、臣下とばれる前世からの縁ならば、この男君以外にまさった人がいるはずもない。器量、態度をはじめとして、肩を並べる人は決していないだろう。この姫君以上の身分の姫君でも相応しいと思うのに」と、ご自分の愛情が男君の方に傾いているせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにかお恨み申し上げなさることであろうか。

 このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、姫に思っていることもお申し上げになることができないままになってしまったので、いつもよりも恋しくお思いになったので、夕方いらっしゃったのであろう。
 大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさるうちに、
「あなたの事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、人に心配をおかけになりそうなことが案じられます。こんなふうには申し上げたくないと思いますが、そのような事情もご存知なくてはと思いまして」と申し上げなさると、気に掛かっていたことについての話なのですぐに気がついた。顔が赤くなって、
「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じますが」と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくもいたわしく思って、
「よろしい。せめて今からはご注意なさい」とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。

 

《こうして大宮の言い分を聞いてみると、必ずしも「男君へのご愛情がまさっていらっしゃる」というわけではなく、どうも内大臣よりも筋が通っているようです。ことに、これまで内大臣はこの姫をそれほどかわいがったというわけでもないのに、今になって、というあたりは、内大臣の痛いところでしょう。が、息子といえども一家の長ともなれば、母が自分の考えを押しきることはできないのは世の常のようで、ただ息子を「恨めしくお思い申し上げなさる」しかありません。

そんな大騒ぎがあっているとも知らずに、夕霧は大宮を訪ねやって来ます。一ヶ月に二三度という約束(第二章第四段)にしては、間近のようですが、それほどの日が経っているのでしょう。してみると、夕霧の気持には止むに止まれぬものがあったことでしょう。

何気ない話をしているうちに、大宮も思っていることを口にせざるを得ない気持になったのでしょう、とうとう話し始めます。

初めの「とてもお気の毒です」のところ、原文は「いとなむいとほしき」で、手元の書の解釈は、「気の毒」(『評釈』)、「困っている」(『集成』)、「心配だ」(『谷崎』)と三者三様です。「いとほし」という気持の向かう対象は、それぞれ順に、内大臣、大宮自身、夕霧ということになるでしょうが、ここは「感心されないことにご執心なさって」と続くところを見ると、恨んでいる息子に一応同心した形で語っている、と考えるのがよいように思います。

大宮としては、そういう従兄妹同士の結婚が、息子の言うように外目には安易に見え、必ずしも外聞のいいことではない、ということも思うのですが、実は、いずれもかわいく思っている二人の若者がいい仲になってくれることが、一番嬉しいことなのでしょう、はっきり止めることができません。「そのような事情もご存知なくては」と至って遠回しの注意喚起です。

次の、どきりとした夕霧の反応と緊張した様子の返事は、いかにも少年らしいもので、読んで微笑まれます。大宮が追い打ちをしないで、「他の話にしておしまいになった」のも、無理ありません。》

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第二段 内大臣、乳母らを非難する

【現代語訳】

 姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。
「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。
「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ちする人が、隙を窺ってするのでしょう。

この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、年のゆかぬ人でも、人目をごまかして、どういうものか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いもかけませんでした」と、お互いに嘆く。
「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいなどとは思わなかっただろう」とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、
「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考えて望んだり致しましょう」と申し上げる。
 姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、
「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。

 

《内大臣が姫の部屋を覗くと、姫は至って「何もご存知でなくていらっしゃる(原文・何心もなくておはする)」と言います。これは、内大臣が事実を知って憤っていることを知らないという意味でしょうか。ちなみに『評釈』は「無邪気でいらっしゃる」ともっと子どもっぽく訳しています。

 さらに、「とてもかわいらしいご様子(原文・いとらうたげなる御さま)」だったと進んでいくので、どうも、先の「幼児遊戯の延長の形で性的にも結ばれていた」(第三章第二段)という解釈とうまく繋がらないように思われて、気になりますが、内大臣の憤りから見ると、やはりそのくらいのことがあったと思うしかないようにも思われます。姫が事の重大さを理解しないまま、素直に振る舞っているさまを言うのでしょう。

内大臣は、姫の部屋を覗いたついでに、この事態を知っていたはずなのに見逃していた乳母達を厳しく咎めます。

乳母達はひたすら恐縮ですが、内々には言いたい気持はあります。ちょっと分かりにくいので、「このようなことは」以下を言い換えてみます。

大切な姫君が適切でない男性といい仲になってしまうというようなことは、よくあることだが、普通その時は手引きする人があってのことだから、その人は咎められてもしかたがない、しかしこの二人の場合は、誰が手引きしたわけでもなく、幼い時から大宮の側に一緒にいたので、二人が仲良くすることは大宮以外の誰も止めることはできず、私たちのせいではないはずだ、それに「一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わ」った(第三章第二段)こともあって安心していたし、また普通の若者なら隠れて上手に隠れてそういうことをしでかす人があるものだが、夕霧に限ってはまじめな人なので、そんなことなどあるはずがないと気にも掛けなかったのだ…。

おおよそこういう気持のようです。

内大臣は、ここには任せておけないと、ともかく姫を自分のところに引き取ることを宣言します。

それは乳母達にとっては、瓢箪から駒と言いますか、もっけの幸いです。何と言っても内大臣邸に移るということは、世の中の表舞台に出ることであり、これまでの引き籠もった暮らしが一転して、彼女たちにも華やかな場が与えられることになるはずだからです。幼い二人にとっては「困ったこと」とではありますが、自身にとっては「嬉しいことをおっしゃる」ということになりました。

続く「とんでもありません」は、内大臣の「いくらなんでも、こうなって欲しいなどとは思わなかっただろう」に対する反応でしょう。「立派な人ではあっても、臣下の人であっては、」には、当時、内大臣の娘なら、まずは入内することを考えて、「臣下の人」は相手にしないといったことが常識であったことが窺われて、ちょっと驚きです。

内大臣は姫にいろいろと心得を話して聞かせるのですが、幼い姫はとんとわからないようで、内大臣は「お泣きにな」ったというのですが、これもどういう意味の涙なのか理解しづらいところです。

このあたり、内大臣の感情の起伏が激しく、どうも今ひとつの人物という感じを免れません。やはり一方に源氏を意識して描いているように思われます。》

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第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む~その2

 

【現代語訳】2

大宮は夢にも御存知なかったことなので、あきれておしまいになって、
「なるほど、そうおっしゃるのもごもっともなことですが、ぜんぜんこの二人の内心を知りませんでした。なるほどとても残念なことですが、それは、こちらこそあなた以上に嘆きたいくらいです。子どもたちと一緒に私を非難なさるのは、恨めしいことです。
 お世話致してから、特別に大事に思いまして、あなたがお気づきにならないことも立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年端もゆかないうちに、親代わりの心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。
 それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、容赦なくおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない噂で姫君のお名に傷がつくのではないでしょうか」とおっしゃると、
「どうして、根も葉もないことでございましょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているようですのに、とても悔しく、面白くなく思われるのですよ」とおっしゃって、お立ちになった。
 事情を知っている女房どうしは、実におかわいそうに思う。先夜の陰口を叩いた女房たちは、それ以上に気も動転して、「どうしてあのような内緒話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。

 

《婿の源氏に夕霧の教育について説かれた時は、嘆きながらも引き下がった大宮でしたが、息子の愚痴っぽい恨み節には真っ向から反論します。

 もちろん息子の方が遠慮がいらないということもあるでしょうが、やはりその話の内容によることが大きいでしょう。

あの娘(雲居の雁)をかわいく大切だと思うのは私の方が上だと言わんばかりです。私は「あなたがお気づきにならないことも立派にしてやろう」と考えていた、つまり、あなたはあの子を私に預けっぱなしで、何にもしてこなかったではないですか、それを今、そういう疑いがあるからと言って、「つまらぬ世間の噂」をもとに私を責めるのは筋違いだ、という気持でいるわけです。

しかし、そうでなくても苛立っている息子の方は、収まりません。「世間の噂」ではなく、すぐ身近の女房たちの陰口だと言ってしまいましたから、今度は当の女房たちも巻き込むことになりました。側耳を立てて成り行きを窺っていた、陰口の覚えのある女房たちは、この後どういう顔をして大宮の前に出られようかと、「気も動転して」しまいます。

内大臣の怒りから、大山鳴動、大宮邸は蜂の巣をつついた、といった案配です。》


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第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む~その1



【現代語訳】1

 二日ほどして、内大臣は大宮邸に参上なさった。頻繁に参上なさる時は、大宮もとてもご満足され、嬉しく思っておいでである。尼削ぎの御髪に手入れをなさって、きちんとした小袿などをお召し添えになって、わが子ながら気づまりなほど立派なお方なので、直接には向き合わないでお会いになる。
 大臣は御機嫌が悪くて、
「こちらにお伺いするのも体裁悪く、女房たちがどのように見ていますかと、気がひけてしまいます。たいした者ではない私ではありますが、世に生きていますうちは、常にお目にかからせていただき、どうしておいでか分からないようなご無沙汰はないようにと思っています。不出来な娘のことで、お恨み申さずにはいられないようなことが起こってまいりましたが、こんなにはお恨み申すまいと一方では存じながらも、やはり抑えがたく存じられまして」と、涙をお拭いなさるので、大宮はお化粧なさっていた顔色も変わって、お目を大きく見張られた。
「どうしたことで、こんなに年をとった末に、お恨みなさるのでしょう」と申し上げなさるのも、今さらながらお気の毒であるが、
「ご信頼申していたお方に、幼い子どもをお預け申して、父親の私をむしろ幼い時からなつきませんで、まずは身近にいた姫君が宮仕えなど思うようにいかないのを、心配しながら奔走して、それでもこの姫君を一人前にしてくださるものと信頼しておりましたのに、意外なことがございましたので、とても残念で。
 相手はまことに天下に並ぶ者のない優れた方ではいらっしゃるようですが、近しい間でこういうことがあるのは、世間が耳にして思うところも浅薄な感じがして、たいした身分でもない者どうしの縁組でさえ考えますのに、あの方のためにも、たいそう見苦しいことです。まったくの他人で、豪勢な初めての関係の家で、派手に大切にされるのこそ、よいものです。縁者どうしの馴れ合いの縁組みは、まともでない感じに大臣もお思いになることがあるでしょう。
 そうなるにしても、これこれですと、私にお知らせくださって、格別なお扱いをして、少し世間でも関心を寄せるような趣向を取り入れたいものです。若い者どうしの思いのままに放って置かれたのが、心外に思われるのです」と申し上げなさると、


《文の途中ですが、長くなりますので、一度区切ります。

「頻繁に参上なさる時は、…」というのは、「二日ほどして」やって来たのが、その「頻繁」に当たるので、その日大宮は大喜びだったということでしょうか、「小袿などをお召し添えて」、つまり、威儀を正してお会いになります。

それにしても「わが子ながら気づまりなほど立派」というのはよいとして、あまり素晴らしい我が子に、「直接には向き合わないでお会いに」なった(諸注は「横向きに」と言い、『谷崎』は「几帳などを隔てて」と訳しています)というのは、随分大仰というか、他人行儀というか、で、理解しにくい対応のように思われます。

そしてそれにしては、続く内大臣の話がとてもそれほどの大物に見えない愚痴っぽさです。しかし、母親の前で息子が恨み言を言うと、何を言ってもそういう調子になるのかも知れません。

結局入内させたいという自分の計画が頓挫しそうであることの愚痴だと思われます。

もっとも、近しい者どうしが結婚するのは、外聞も浅薄な感じ、というのも、普通に考えればあまり重大な障害とは思われないとしても、確かに、まったく新しい立派な家と縁戚関係ができるというのは、父親の腕の見せ所という面があるので、内大臣の言っていることも理解はできます。この人はそういう華々しさが好きな人なのです。

のみならず、この内大臣は、あの絵合わせ時以来、源氏と張り合う気持が顕著のようなのです。出自の違いはいかんともしがたいながら、若い頃は先輩として恋愛指南をしたり(帚木の巻)、源典侍や末摘花の一件(紅葉賀の巻第四章第四段と末摘花巻第四段)では、互角に丁丁発止とやりあったりしたこともあったのですが、今は、何かと言えば源氏に先んじられるということがあって、なんとか一矢報いたいという気持が、彼にはあるのでしょう。

そういう時に、今度は、こともあろうに、そのライバルの息子に、期待を寄せていた娘を取られた格好ですから、面白くないのは当然です。

しかし、それをそのまま言うことはできませんから、その憤懣が母上への愚痴になるわけでしょう。

大宮こそお気の毒です。「目大きく見張られ」たまま、取りあえずは聞くしかありませんでした。
 思えばこのあたり、作者は、源氏が先ごろ同じ大宮に、夕霧の大学寮入りについて、一応論理としては、理路整然と熱弁を振るった場面(第二章第一段2節)と対照させて、そしてやはり源氏の方が上だ、と言いたげです。》

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