【現代語訳】
大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのもかわいいとお思いになるが、内大臣が思い遣り無くひどいことのようにおっしゃったのを、
「どうしてそんなに悪いことであろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、私が姫をこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのだろうが、思いどおりにゆかないで、臣下とばれる前世からの縁ならば、この男君以外にまさった人がいるはずもない。器量、態度をはじめとして、肩を並べる人は決していないだろう。この姫君以上の身分の姫君でも相応しいと思うのに」と、ご自分の愛情が男君の方に傾いているせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにかお恨み申し上げなさることであろうか。
このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、姫に思っていることもお申し上げになることができないままになってしまったので、いつもよりも恋しくお思いになったので、夕方いらっしゃったのであろう。
大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさるうちに、
「あなたの事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、人に心配をおかけになりそうなことが案じられます。こんなふうには申し上げたくないと思いますが、そのような事情もご存知なくてはと思いまして」と申し上げなさると、気に掛かっていたことについての話なのですぐに気がついた。顔が赤くなって、
「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じますが」と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくもいたわしく思って、
「よろしい。せめて今からはご注意なさい」とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。
《こうして大宮の言い分を聞いてみると、必ずしも「男君へのご愛情がまさっていらっしゃる」というわけではなく、どうも内大臣よりも筋が通っているようです。ことに、これまで内大臣はこの姫をそれほどかわいがったというわけでもないのに、今になって、というあたりは、内大臣の痛いところでしょう。が、息子といえども一家の長ともなれば、母が自分の考えを押しきることはできないのは世の常のようで、ただ息子を「恨めしくお思い申し上げなさる」しかありません。
そんな大騒ぎがあっているとも知らずに、夕霧は大宮を訪ねやって来ます。一ヶ月に二三度という約束(第二章第四段)にしては、間近のようですが、それほどの日が経っているのでしょう。してみると、夕霧の気持には止むに止まれぬものがあったことでしょう。
何気ない話をしているうちに、大宮も思っていることを口にせざるを得ない気持になったのでしょう、とうとう話し始めます。
初めの「とてもお気の毒です」のところ、原文は「いとなむいとほしき」で、手元の書の解釈は、「気の毒」(『評釈』)、「困っている」(『集成』)、「心配だ」(『谷崎』)と三者三様です。「いとほし」という気持の向かう対象は、それぞれ順に、内大臣、大宮自身、夕霧ということになるでしょうが、ここは「感心されないことにご執心なさって」と続くところを見ると、恨んでいる息子に一応同心した形で語っている、と考えるのがよいように思います。
大宮としては、そういう従兄妹同士の結婚が、息子の言うように外目には安易に見え、必ずしも外聞のいいことではない、ということも思うのですが、実は、いずれもかわいく思っている二人の若者がいい仲になってくれることが、一番嬉しいことなのでしょう、はっきり止めることができません。「そのような事情もご存知なくては」と至って遠回しの注意喚起です。
次の、どきりとした夕霧の反応と緊張した様子の返事は、いかにも少年らしいもので、読んで微笑まれます。大宮が追い打ちをしないで、「他の話にしておしまいになった」のも、無理ありません。》