源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 光る源氏の物語

第四段 源氏、大井の明石を訪う



【現代語訳】

「山里の人も、どうしているだろうか」などと、絶えず案じていらっしゃるが、窮屈さばかりが増していくお身の上で、お出かけになることは、まことにむずかしい。
「自分との仲をつまらなくつらいと思っている様子だが、どうしてそのように考える必要があろう。気安く出て行って、いい加減な生活はすまいと思っているが、思い上がった考えだ」とはお思いになる一方で、不憫に思って、いつものように不断の御念仏にかこつけて、お出向きになった。
 住み馴れていくにしたがって、とてももの寂しい場所の様子なので、たいして深い事情がない人でさえ、きっと悲哀を増すであろう。まして、お逢い申し上げるにつけても、ままならぬ源氏との仲とはいえ、姫までなした浅くない縁を思うと、かえって慰めがたい様子なので、なだめかねていらっしゃる。
 たいそう茂った木立の間から、いくつもの篝火の光が、遣水の上を飛び交う螢のように見えるのも趣深く感じられる。
「このような生活に馴れていなかったら、さぞ珍しく思えたでしょうに」とおっしゃると、
「 いさりせしかげ忘られぬ篝火は身の浮舟やしたひ来にけむ

(あの明石の浦の漁り火が思い出されますのは、あの浦でのつらい思いが、私を追っ

てここまでやって来たのでしょうか)
 あの頃と間違えてしまいそうでございます」と申し上げると、
「 浅からぬしたの思ひを知らねばやなほ篝火のかげは騒げる

(私の深い気持ちを御存知ないからでしょうか、今でも篝火のようにゆらゆらと心が

揺れ動くのでしょう)
 『誰憂きもの(あなたこそ私に辛い思いをさせているのですよ)』」と、逆にお恨みになっていらっしゃる。
 だいたいに気持ちもしみじみと落ち着く思いのなさる季節なので、尊い仏事にご熱心になって、いつもよりは長くご滞在になったのであろうか、少し物思いも慰められただろう、とかいうことである。


《さまざまなことのあったこの巻ですが、明石の御方の姫との別れから始まった巻を、その方で閉じようということでしょうか、久々の大井の山荘の話です。

御方はこうした寂しい暮らしを辛く思っているのですが、源氏としては、自分は松風の巻冒頭以来ずっと、御方を早く二条院東院に迎えたいと言っているのに、御方の方が、間遠なおいでを辛く思いながら、それでも「気安く出て行って、いい加減な生活はすまい」と考えていて動こうとしないのだから、どうしようもない、プライドが高いからいけないのだ、と少々おもしろくなく思っています。

『評釈』は、「花散里のように、自分の運命はこの程度のもの、とあきらめて、あっさり源氏にすべてをまかせるという、そんな態度ならかわいいのだが、明石の御方は違う。身分こそ低いけれども、人がら、経済力という点ではばかにできない。それだけに、あっさり二条の院の東の院に移って紫の上や花散里よりも下に見られるような生活はすまいと思っている」と説明しますが、それはそうだとしても、現在彼女が実際にそういう財力を頼りとして振る舞っているのではなく、(もしそうなら、本当に鼻持ちならない人ですが)、そういう財力を背景として、明石で彼女の内面がそのように作られて来ているのであって、今の彼女はそういう素振りを見せることも恥ずべき事と考えるような人であるようだ、という点が大切なところです。

現代の読者としては快哉を言いたいような、理想的に誇り高く、あっぱれな心映えだという気がしますが、当時の源氏びいきの読者としては、やはり源氏同様に「思い上がった考えだ」と思って読んだのでしょうか。

さて、彼女は、大井に来た当座は、新しい生活の物珍しさもあって、気の紛れることもあったのでしょうが、慣れてくると生活は単調になり、土地柄も寂しく、娘は取り上げられ、源氏の訪れは次第に間遠になり、明石以来、ただただ待つばかりの生活です。

源氏は、しかしそうは言っても、姫を取り上げてしまった負い目もあって、いとおしくも思われて出かけていきます。

そうしたたまさかの訪れがあると、改めてつらい自分の運命が思われ、また一方で姫までなしたことを思えば、こんなにも浅くない縁なのにとも思われて切なく、「かえって慰めがたい気持」になります。

今日の訪れのために庭には「いくつのも篝火」が焚かれて、興を深め、その中で二人は歌を交わします。そして二人の会話は、いつも、この都では二人にしか分からない、あの明石のことです。そのことだけが御方に源氏を独り占めしている実感を抱かせるものなのです。

篝火は漁り火に見えて、御方は、それを見ながら一人で過ごした三年の悲しみになぞらえて、恨みを歌い、源氏もまた、自分こそと、それに答えます。

この時は、「いつもよりは長くご滞在になった」のでした。

『評釈』が、「明石の姫君は、源氏の運命を背負う女性として、藤壺のあと継ぎをするのである。…一人が死に、その後継者が登場する。それを一巻にまとめようとする作者の意図を知ることができる」と、この巻の鑑賞を結んでいます。》



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第三段 源氏、紫の君と語らう

【現代語訳】

 西の対にお渡りになって、すぐにもお入りにならず、たいそう物思いに耽って端近くに横におなりになった。燈籠を遠くに掛けて、近くに女房たちを伺候させなさって、話などをさせになる。
「このように無理な恋に胸がいっぱいになる癖が、まだ残っていたことよ」と、自分自身ながら思いお知りになる。
「これはまことに相応しくないことだ。恐ろしく罪深いという点ではこれ以上であっただろうが、昔の好色は思慮の浅いころの過ちであったから、仏や神もお許しになったことだろう」と、心をお鎮めになるにつけても、

「やはり、この恋の道は、危なげなく過ごす思慮深さが増してきたものだ」と自分でよくお分かりになる。
 女御は、秋の情趣をいかにも分かっているようにお答え申し上げたのも、悔しく恥ずかしいことと、独り心の中でくよくよなさって、五期分も優れないふうにさえなさっているのを、実にさっぱりと何くわぬ顔で、いつもよりも親らしく振る舞っていらっしゃる。
 女君に、
「女御が、秋に心を寄せていらっしゃるのもよく分かるし、あなたが春の曙に心を寄せていらっしゃるのももっともです。季節折々に咲く木や草の花を鑑賞しがてら、あなたのお気に入るような催し事などをしてみたいものだと、公私ともに忙しい身には相応しくないが、何とかして望みを遂げたいものと、ただ、あなたにとって寂しくないだろうかと思うのが、つらいのです」などと親密にお話申し上げなさる。


《ちょっと話の繋がり方が分かりにくく思われる節です。

大事に思う義理の娘から思いがけない冷たく厳しい対応を受けた源氏は、紫の上にいる西の対にやって来ます。

『評釈』が「斎宮の女御は源氏一門の代表者として後宮に入内しているので、一家の中ではもっともたいせつに扱われ、住まいも寝殿、主人格である。それに対して紫の上は、正夫人ではないので、西の対に住む」、そして「源氏もつねはここにいる」と言います。

源氏は、そこにやって来ても「女御との対面のあと、心がもどっていず、すぐ紫の上に会う自信がない」(同)ので、「すぐにもお入りにならず、たいそう物思いに耽って端近くに横におなりにな」り、女房たちにとりとめなく話をしながら、自分の心の整理をしています。

そして気を鎮めて紫の上に会ったという話になりそうなところですが、ここはそうではなくて、次の、女御に対して「いつもよりも親らしく振る舞っていらっしゃる」とか、女君に語りかけたりしたのは、後日のことと考えなくてはならないようです。

『評釈』が、その後、源氏は「対の屋(紫の上の居所)と寝殿(女御の居所)を行ったり来たりして、女御の世話をやく」と言っています。

その女君に話した内容もとびとびの話で、文がうまく繋がっていないように思われます。

初めは「あなたのお気に入るような催し事などをしてみたいものだ」という話で、その後の「何とかして望みを遂げたい」というのは、普通には「出家したい」という意味と思われますが、その繋がりがまったく唐突に感じられますし、その前の「催し事」の計画とも噛み合わないでしょう。あるいは「何とかして望みを遂げたい(原文・いかで思ふことしてしがな)」は、その「催し事」のことなのでしょうか。『評釈』と『谷崎』はやはり出家として解し、『集成』は「思いどおりの暮らしがしたい」と、どちらにも取れる傍訳を付けています。

その他にも気になることがいくつかあります。

まず、源氏が自分の年甲斐もない恋心を反省したこと(そんなことはかつて一度も無かったことです)です。ただしかし、それによって彼が新しい生き方を始めるわけではなく、一つの通過点に過ぎません。彼はこれから後、そういう「年甲斐もない恋心」に幾度か振り回される、いや、それを楽しむようになるのです。

二つ目。その流れの中の話として、女御は義父からの思いがけない振る舞いにショックを受けているのですが、源氏はそれを知ってか知らないでか、「実にさっぱりと何くわぬ顔で」世話をするのです。

 作者はそういう源氏の態度をよしとして書いているのでしょうか。私には、朧月夜尚侍との場を右大臣に見つけられた時(賢木の巻第七章第一段1節)の「臆面もな」い様子と同じように見えるのですが。

ともあれ、紫の上に「お気に入るような催し事」の計画を語って、後の少女の巻の伏線が張られたことになりました。》

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第二段 女御に春秋の好みを問う


【現代語訳】
「将来的な望みはそれとして、一年の間の移り変わる四季折々の花や紅葉、空の様子につけても、心ゆく楽しみをしてみたいものです。春の花の林や、秋の野の盛りについては、いろいろ優劣を論じていますが、その季節について、なるほどと納得できるようなはっきりとした判断はないようです。
 唐土では春の花の錦に匹敵するものはないと言っているようです。和歌では秋のしみじみとした情緒を格別にすぐれたものとしていて、どちらも季節折々につけて見ますと、目移りして、花や鳥の色彩や音色の美しさの優劣も判別することができません。
 狭い邸の中だけでも、季節毎の情趣が分かるように、春の花の木を一面に植え、秋の草をも移し植えて、聞く者もない野辺の虫たちをも棲ませて、人々に御覧に入れようと思っていますが、どちらをお好きでしょうか」と申し上げなさると、とてもお答え申し上げにくいこととお思いになるが、全く何もお答え申し上げなさらないのも気が利かないので、
「私などにどうして判断できましょうか。お言葉どおり、いつとも決められない中で、『あやし(不思議に秋はあの人が恋しく思われる)』と聞いた秋の夕べが、はかなくお亡くなりになった露の縁につけて、自然と好ましく存じられます」と、改まったふうではなくおっしゃって言いさしなさるのが、実にかわいらしいので、お気持ちを抑えかねて、
「 君もさはあはれをかはせ人知れずわが身にしむる秋の夕風

(あなたもそれでは思いを分かって下さい、人知れずしみじみと秋の夕風を身にしみ

て感じているのです)
 我慢できないことも度々ございますよ」と申し上げなさるのだが、どのようなお返事ができよう。変だとお思いのご様子である。この機会に、抑えきれずにお恨み申し上げなさることがあったにちがいない。
 もう少し無体な口説きもなさりそうにもなるけれども、女御がとてもいやだとお思いなのももっともだし、またご自分でも「年甲斐もなく好くないことだ」とお思い返しになって、溜息をついていらっしゃる様子が、思慮深そうで優美なのも、女御はうとましくお思いになった。少しずつ奥の方へお入りになって行く様子なので、
「何ともひどくお避けになるのですね。ほんとうに情愛の深い人は、このようにはしないものと言います。どうぞ今からは、お憎みにならないでください。つらいことでしょう」 とおっしゃってお立ちになった。
 しっとりとした香が残っているのまでが、不愉快にお思いになる。女房たちは御格子などを下ろして、
「この御褥の移り香は、何とも言えないですね」
「どうしてこう、何から何まで柳の枝に花を咲かせたようなご様子なのでしょう」
「気味が悪いまでに」とお噂申し上げていた。


《源氏は話を転じて、いわゆる「春秋優劣論」と言われる話を始めます。季節の中で春と秋ではどちらがよいか、どちらにより風情があるか、という議論は、古く『古事記』の時代から意識されてきたようで、その系譜は手近には、楽天ブログ「『源氏物語』における春秋優劣論」が詳しく説いています。

この物語でも、ここだけではなくて、後に少女の巻末に紫の上とこの女御(その時は中宮)の間で、その優劣を論じる歌の応酬がされます。

つまりここのこの議論は、今単に口をついて出たその場の話題というのではなく、文化的レベルがその人の価値を左右する時代の、文化人として避けて通れない大きな命題であったのであって、どちらを選ぶかは別にして、その選び方、答え方はその人のレベルを計る重要な目安だったようです。そういう季節観(感ではなく観)の意味については、唐木順三著「日本人の心の歴史」が詳細に説いています。

問われた女御は、「とてもお答え申し上げにくいこと」と思いながら、私事にして秋を選び、「改まったふうではなくおっしゃって言いさしなさるのが、実にかわいらしい」のでした。源氏はいっそう心を引かれる思いで、もう一押しの歌を詠みます。

ここから後の女御の対応は、源氏がこれまで出会ったことのない厳しいもので、「(源氏が)思慮深そうで優美なのも、女御はうとましくお思いになった」ほどだったのでした。

母の愛人だった男に対する娘の反応の一つの形とも言えそうです。近しい気持がある分、率直で遠慮のない態度で、控えめながら、しっかりした意識を持った女性に見えます。》

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第一段 斎宮女御、二条院に里下がり~その2

【現代語訳】2

「ひところ、身を沈めておりましたとき、あれこれと考えておりましたことは、少しずつ叶ってきました。東の院にいる人が頼りない境遇で、ずっと気の毒に思っておりましたのも、安心できる状態になっております。気立てがよいところなど、私も相手もよく理解し合っていて、とてもすっきりしています。
 このように都に帰って来て、朝廷のご後見を致します喜びなどはそれほど心に深く思いませんで、このような好色めいた心はたいそう鎮めがたいのですが、並々ならぬ我慢を重ねたご後見とは、ご存知でいらっしゃいましょうか。せめて同情するとだけでもおっしゃっていただけなければ、どんなにか張り合いのないことでしょう」とおっしゃる。困ってしまって、お返事もないので、
「やはり、そうですか。なんとも情けない」と言って、他の話題に転じて紛らしておしまいになった。
「今では、何とか心安らかに、生きている間は心残りがないように、来世のためのお勤めを思う存分にして籠もって過ごしたいと思っておりますが、この世の思い出にできることがありませんのが、何といっても残念なことです。人数にも入らない幼い姫君がおりますが、将来が待ち遠しいことですよ、恐れ多いことですが、何といっても、この家を繁栄させて下さって、わたしが亡くなりました後も、お見捨てなさらないで下さい」などと申し上げなさる。
 お返事はとてもおっとりとした様子で、やっと一言ほどわずかにおっしゃる感じがたいそう優しそうなのに聞き入って、しんみりと日が暮れるまでいらっしゃる。

 

《源氏の斎宮の女御への話が続きます。

彼はとうとう自分の年来の女御への思いを、「並々ならぬ我慢を重ねた」と、間接的にではありますが、言ってしまうのでした。実は彼は「下向なさった時から、ただならずお思いであった」(第五章第三段2節)のです。

しかしここの話の持って行き方は、彼らしくなく、話に筋道がなく、少々唐突に感じられます。

それかあらぬか、このあたりの話については、諸評いずれも芳しくありません。面白いので列挙してみます。

『構想と鑑賞』・源氏物語が主として好色恋愛を取扱っているから、止むを得ないのかもしれないが、源氏が我子の后妃にまで思いを寄せる構想に、好感はもてない。…作者が「あながちに引き違へ」(帚木の巻冒頭)たこと(やむにやまれない予想を狂わせる気苦労の多い恋)を書くために、秋好女御までも対象としたのであろうが、いささか趣向があくどすぎるようである。

『光る』・丸谷・「光源氏は…王命婦に詰問する。…その先が変なんです。そういうこと(帝に秘密を知られたということ)があって、光源氏は自分の昔のしたことの恐ろしさ、父親の女に子供を産ませたことを深刻に感じそうなものですが、その光源氏が斎宮の女御、自分の実子の奥さんに言い寄る。これを実に平然として紫式部は書いています。ここは私が気が弱いせいなのか、よくわからない(笑)。」大野・「なんで斎宮の女御にこれほど執着しているのか、私にもわかりませんね。」。

『評釈』・最高の男性が最高の女性に対する挨拶である。読者よ、とがめたもことなかれ。

作者は、この種の源氏の振る舞いに、折々困ったものだなどとからかうような批評をしながら、基本的には源氏を理想的な男性として描いていますから、ここも同様に、理想の男性はかくあってほしいということなのでしょう。女御としても、困るのは困るとしても、女性として悪い気持ちはしないという点が大事なのでしょう。

さて、さすがに女御は返事をしません。できないというのが本当のところでしょう。そして源氏もさすがに、一旦矛を収めてそれ以上には押さず、話題を転じ、自分の老後、死後の話をして女御のせめてもの同情を求めるのですが、女御の応対が優雅で、何となく立ち上がり難いふうです。このままではちょっと源氏らしくありません。》

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第一段 斎宮女御、二条院に里下がり~その1

【現代語訳】1
 斎宮の女御は、ご期待どおりのご後見役で、たいそうな御寵愛である。お心づかい、態度なども、思うとおりに申し分なくお見えになるので、源氏はもったいない方と大切にお世話申し上げなさっていた。
 秋ごろに二条院に里下がりなさった。寝殿の拵えをいっそう輝くほどになさって、今ではまったくの実の親のような態度で、お世話申し上げていらっしゃる。
 秋の雨がとても静かに降って、お庭先の前栽が色とりどりに咲き乱れ、露がいっぱい置いているので、昔のことがらがそれからそれへと自然と思い出されて、お袖を濡らしながら、女御の御方にお出向きになった。濃い鈍色のお直衣姿で、世の中が平穏でないのを口実になさってそのまま御精進なので、数珠を袖に隠して、体裁よく振る舞っていらっしゃるのが、限りなく優美なご様子で、御簾の中にお入りになった。
 御几帳だけを隔てて、女御ご自身でお話し申し上げなさる。
「前栽も残りなく咲きほころびましたね。まことに諒闇で何の興もない年ですが、得意そうに時節を心得顔に咲いているのが、胸打たれますね」と言って柱に寄りかかっていらっしゃる夕映えのお姿は、たいそう見事である。昔のことを、あの野宮をさまよった朝の話など、お話し申し上げなさる。大変に悲しくお思いである。
 宮も、「かくれば(思い出すと)」ということであろうか、少しお泣きになる様子が、とても可憐な感じで、ちょっと身じろぎなさる気配も驚くほどたおやかで女らしくていらっしゃるようだ。「拝見しないのは、まことに残念だ」と胸の騒ぐのは、困ったことであるよ。
「過ぎ去った昔、特に思い悩むようなこともなくて過せたはずでした時分にも、やはり性分で、好色沙汰に関しては、物思いも絶えないことでしたよ。すべきではなかった恋愛事で、気の毒なことをしたことが多数ありました中で、最後まで心も打ち解けず、思いも晴れずに終わったことが、二つあります。
 一つは、あなたのお亡くなりになった母君の御ことですよ。私のことをあきれた者だと思いつめたままお亡くなりになってしまったことが、生涯の嘆きの種と存じられましたけれども、このようにお世話申して親しくしていただけるのを、せめて罪滅ぼしのように存じておりますが、『燃えし煙(恨みの気持)』が解けぬままになってしまわれただろうことは、やはり気がかりに存じられてなりません」とおっしゃって、もう一つは話されずに終わった。



《久々に斎宮の女御の登場です。六条御息所の忘れ形見で、源氏の娘となって冷泉帝に入内した人です(澪標の巻第五章第四段)。

ご期待どおりのご後見役で」というのは、入内当時冷泉帝は十一歳で、すでに弘徽殿の女御(かつての頭中将の娘)がおられましたが十二歳と幼く、この人は二十歳、お世話役として望ましいと、藤壺と相談して入内させたといういきさつを踏まえたものです。

絵合の巻ではその趣味の好さを示したりしながら、立派に役目を果たしていて、たまたま里下がりをしてきたというわけです。 

源氏は、大きな問題が密かに一件落着のようで身辺も落ち着き、藤壺を忍びながら、平穏な生活の中にいます。と言っても彼女を失った悲しみは深く、「世の中が平穏でないのを口実になさってそのまま御精進」生活を続けているのですが、それでもこの女御と会えば、やはり思い出すのは母の御息所のことであり、特にこの人の伊勢下向の折の辛い別れです。折しも同じ秋のことでした(賢木の巻第一章)。

しかし源氏が思うのはそのことだけではありません。御簾越しに感じられる女御の「ちょっと身じろぎなさる気配も、驚くほどたおやかで女らしくていらっしゃる(原文・うち身じろぎたまふほども、あさましくやはらかになまめきておはす)」らしい様子に「拝見しないのは、まことに残念だ」と胸を騒がせているのでした。どうも父親感覚ではない趣で、作者は「困ったことであるよ」と嘆いて見せます。

ともあれ最初の話は母君のことです。女御としてもそのことは、娘として、また身近な女性として、恐らく聞きたい話であったことでしょう。源氏は彼女に対しては負い目がありました。物の怪の一件があってやむを得ないとは思うものの、彼女を絶望させたことは色好みの男としてやはり「思いも晴れ」ないことです。「気がかりに存じられてなりません」というのは、あの世の御息所を思っての言葉ですが、またこの娘が同じように母の側に立って「『燃えし煙(恨みの気持)』が解けぬまま」かも知れないことを思っての弁解の気持も含まれていて、「私も辛いのですよ」と言っているのでしょう。

「話されずに終わった」「もう一つ」の話というのは、もちろん、どんな事情があろうとも決して口にできない、藤壺とのことであろうというのは、諸注を待つまでもないことと思われます。》




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