源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 紫の上の物語

第二段 源氏、紫の君に姫君を養女とする件を相談

【現代語訳】

 その夜は宮中にご宿直の予定であったが、直らなかった紫の上のご機嫌を取るために、夜が更けたけれども退出なさった。先ほどのお返事を持って参る。お隠しになることができないで、御覧になる。特別に紫の上が気に障りそうなところも見えないので、
「これを破って始末して下さい。厄介なことだ。こんなものが散らかっているのも、今では不似合いな年頃になってしまったね」と言って、御脇息に寄り掛かりなさって、お心の中では実にしみじみといとしい気持におなりになるので、明かりをぼんやり御覧になって、特に何もおっしゃらない。手紙は広げたままあるが、女君は御覧にならないようなので、
「無理して、見て見ぬふりをなさるお眼つきが気になることですよ。」と言って、微笑みなさる魅力は、あたり一面にこぼれるほどである。
 側にお寄りになって、
「実を申すと、かわいらしい姫君が生まれたものだから、宿縁は浅くも思えず、そうかといって一人前に扱うのも憚りが多いので、困っているのです。私と一緒に考えて、あなたのお考えで決めて下さい。どうしたものでしょう。ここでお育てになって下さいませんか。『蛭の子』の三歳にもなっていて、無邪気な様子も放って置けなくて。幼げな腰のあたりを、取り繕ってやろうなどと思うのだが、嫌だとお思いでなければ、腰結い(袴着)の役を勤めてやって下さいな」とお頼み申し上げなさる。
「思ってもいないふうにばかりお取りになる、ご理解のないお気持ちを無理に気づかないふりをして、無心に振る舞うこともないと思いますので。幼い姫君のお心には、私はきっととてもよくお気にめすことでしょう。どんなにかかわいらしい年頃なのでしょうね」と言って、少し微笑みなさった。子どもを大変かわいがるご性格なので、「引き取ってお育てしたい」とお思いになる。
 「どうしようか。引き取ろうか」とご思案なさる。お出向きになることはとても難しい。

嵯峨野の御堂の念仏の日を待って、一月に二度ほどの逢瀬のようである。年に一度の七夕の逢瀬よりは勝っているようであるが、御方は、これ以上は望めないことと思うけれども、やはりどうして嘆かずにいられようか。

 

《宮中から退出した源氏が懸命に紫の上の機嫌をとろうとしているところに、明石の御方からの返事が届きます。源氏はドキリとしたでしょうが、人に見られても差し支えのない程度のことしか書いてありません。こういうこともあろうかという、御方の賢明な配慮なのでしょう。

 続いての源氏は、「これを破って…」以下の言葉と「御脇息に寄り掛かりなさって…」の振る舞いがちぐはぐで、大変愉快な、絵になる光景です。

紫の上も、そう言われて、はいはいと手紙を手に取るほど厚顔ではなく、ちょっと気まずい空気が流れます。 

 そこから一転して、「無理して、見て見ぬふりをなさるお眼つきが…」と、微笑みながら話しかけるあたりは源氏の見事な現状転換で、一家の主人たる者は、このくらいの度量を身につけておきたいものです。

私には、「微笑みなさる魅力は、あたり一面にこぼれるほどである」という様子が、彼の屈指の魅力的な姿に思えるのですが、どうでしょうか。

 紫の上もきっと、夫のそういうおおらかで美しい姿に満足して、内心、不機嫌のトゲが収まったに違いありません。

そこでやっと「実は」と源氏の素直な話となります。それも一度は「あなたのお考えで決めてください」と言いながら、すぐその続きで「ここでお育てになってくださいませんか」と言うあたり、まことにうまい話の持って行き方と思われます。

 『光る』は、こういう源氏について「言葉が自然で、しかもだんだんと女の人がそれを認めるように話を運んでいく」として「家政的才能」と評価し、そこに彼の政治的手腕の投影を見ながら、「大野・実は昔から『源氏物語』の好きな人は『松風』という巻が好きなんです。男と女の切った張ったではなく、男が非常に心を遣って事態を全体として運んでいく様子がとっても快いんですね」と言っています。

この養女の話も現代的感覚からは紫の上が納得するには相当の時間が必要だという気のする話だと思いますが、幸い紫の上は子供好きだったということもあって、このわずかな対話であっさり機嫌も直り、対話もスムーズになります。

この人は男性にとって大変都合のいい人であり、それでいてそれが愚かしくも卑しくも見えず、明朗で素直な感じで、確かにかわいく思われる人です。

 源氏の「どうしようか。引き取ろうか」は、明石の御方を思い遣って思いでしょう。

そんな話が進んでいるとは知らないまま、御方は、源氏の月に一、二度という間遠なおいでを寂しく待って、わびしい嵯峨野の秋の終わりを、嘆きながら過ごしている、と語って、この巻が終わります。》


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第一段 二条院に帰邸

【現代語訳】

 邸にお帰りになって、しばらくの間お休みになる。山里のお話などを紫の上にお話し申し上げなさる。
「お暇を頂戴したのが過ぎてしまったので、とても心苦しくて。例の風流人たちが尋ねて来て無理やりに引き止めたのに負けて、今朝はとても気分がすぐれない」と言って、お寝みになった。

例によってご機嫌がお悪いようでいらっしゃったが、気づかないふりをして、
「比較にならない身分を、お比べになさるのも、みっともないことでしょう。自分は自分と思っていらっしゃい」と、お教え申し上げなさる。
 日が暮かかるころに宮中へ参内なさるが、脇に隠すようにして急いでお書きになるのは、あちらへのお手紙なのであろう。はた目にも細々と心を込めてお書きのように見える。ひそひそと言い含めて使いをお遣わしになるのを、紫の上の女房たちは、憎らしいとお思い申し上げる。

 

《初めの部分は、ちょっとはなしの順序が分かりにくい書き方です。

最初の「しばらくの間お休みになる」は、後の「と言って、お寝みになった」と同じことを、先に言っておいたのでしょうか。

源氏は帰ってきて、まず紫の上と「山里の話など」をしたとあります。

対話の最初の言葉は「お暇を頂戴したのが過ぎてしまったので、とても心苦しくて」という挨拶だったのでしょう。

そして、実際の「山里の話」は「例の風流人たちが…」ということになりますが、これだけでは「山里の話」とは言えませんし、焼きもちを焼き、腹を立てている妻にこれだけで終わろうとするのは、無神経というものです。源氏のことですから、「例の風流人たちが…」の前に、それなりに話をして聞かせたと考えなくてはならないのでしょう。

しかし、機嫌は直らないので、「例の風流人たちが…」と言って話を切り上げて、「お寝みになった」、つまり逃げようとしたわけです。その立ち際に「比較にならない身分を、…」と言った、という順序と考えればいいでしょうか。

帝から便りを受けていたので、ご挨拶に行かなくてはなりません。それが夕方になりました。日中、寝ていたわけで、出がけに、急いで明石の御方へ手紙です。

「紫の上の女房たち」は原文では「御達」とあって、『評釈』によれば「『人々』だと若い女房だが、上臈や年配の女房も」、つまり「紫の上方の女房一同が大騒ぎをしていることがわかる」と言います。

妻の前で別の女に対する手紙を書くなど、「、脇に隠すようにして」いるにしても、「はた目にも細々と心を込めてお書きのように見える」というあたり、ずいぶん露骨な態度ですが、源氏としては、この二人をまったく別々のレベルに考えていたのだというふうにも考えられます。》


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