源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 光る源氏の物語

第二段 光る源氏体制の夜明け

【現代語訳】
 二十日過ぎの月がさし出して、こちら側はまだ明るくないけれども一面の空の美しいころなので、書司のお琴をお召し出しになって、和琴を権中納言がお引き受けなさる。源氏を名手とは言うが、こちらも他の人以上に上手にお弾きになる。帥親王が箏の御琴、源氏の大臣が琴の琴、琵琶は少将の命婦がおつとめする。殿上人の中から勝れた人を召して、拍子を仰せつけになる。たいそう興趣深い。
 夜が明けていくにつれて、花の色も人のお顔形などもほのかに見えてきて、鳥が囀るころは心も晴れ晴れとして、素晴らしい朝ぼらけである。禄などは中宮の御方から御下賜なさる。親王は御衣をまた重ねて頂戴なさる。

 その当時のことぐさには、この絵日記の判定でもちきりである。
「あの浦々の巻は、中宮にお納め下さい」とお申し上げなさったので、この初めの方や残りの巻々を御覧になりたくお思いになったが、
「いずれそのうちに、ぼつぼつと」とお申し上げになる。帝におかれても、御満足に思し召していらっしゃるのを、嬉しく見申し上げなさる。
 ちょっとしたことにつけても、このように梅壺の女御をお引き立てになるので、権中納言は、「やはり、世間の評判も圧倒されるのではなかろうか」と、悔しくお思いのようである。帝のお気持ちは初めから弘徽殿に馴染んでいらっしゃったので、変わりなく御寵愛厚くお思いの御様子を人知れず見申し上げてお知りになって、やっと頼もしく思い、「いくら何でも」とお思になるのであった。
 しかるべき節会などにつけても、「この帝のご時代から始まったと、末の世の人々が言い伝えるであろうような新例を加えよう」とお思いになり、私的なこのようなちょっとしたお遊びも、珍しい趣向をお凝らしになって、大変な盛りの御代である。

 源氏の大臣は、やはり無常なものと世の中をお思いになって、主上がもう少し御成人あそばすのを拝したら、やはり出家しようと深くお思いのようである。
「昔の例を見たり聞いたりするにも、若くして高位高官に昇り、世に抜きん出てしまった人で、長生きはできないものなのだ。この御代では地位も声望も身のほどを過ぎてしまった。途中で零落して悲しい思いをした代わりに、今まで生き永らえたのだ。今後の栄華は、やはり命が心配である。静かに引き籠もって後の世のことを勤め、そうして長生きをしよう」とお思いになって、山里の静かな所を手に入れて御堂をお造らせになり、仏像や経巻のご準備をさせていらっしゃるらしいけれども、幼少のお子たちを、思うようにお世話しようとお思いになるにつけても、早く出家するのは難しそうである。

どのようにお考えなのかと、まことに分からない。

 

《この時代の貴族たちは実にタフです。一体何時寝るのでしょうか。今夜もとうとう夜明かしで、夜明けになってなお、管弦の遊びを始めるのです。さっきまで兄弟二人の語らいだったのですが、そこにいろいろの人が集まってきたようです。

「書司」というのは楽器など管理する係ですが、一番眠たかったであろうこの時間に呼び出されて(叩き起こされて?)琴を持ってくるように言いつかり、楽士も同じように呼ばれて、夜明けの琴四重奏のコンサートが始まります。

中宮が禄を与えたとありますから、彼女も起きていたのでした。男ばかりではやはり絵になりませんが、出家の身でも女性が、それも美しく高位の女性が加われば、興趣の加わることこの上ないでしょう。

さて、こうして「心も晴れ晴れと」なった源氏は、いよいよわが世の春を迎えることになります。須磨の日記の評判が世に拡がり、帝も絵合わせの催しを気に入られて、権中納言が自分の立場を心配するほどです。

ところがそんな時、源氏は出家を考え始めて、自分の御堂を建て始めるのでした。話がちょっと唐突で、『構想と鑑賞』などは「何のためにここで説いたのか分からない。…官位を極めたわけでもないのに、…急に年寄りじみたことを言い出すのもおかしい。…せいぜい一時の気紛れの感傷程度にしか、受け取れないものである」と酷評しています。

たしかに唐突で場違いな印象を受けますが、しかしまったく初めてというわけではなくて、葵の上が亡くなった時にも一度、同じようなことを思ったことがあります(葵の巻第二章第七段2節)。そこでも触れましたが、当時の人一般にとって、出家というのはまじめな大きな願望だったのではないでしょうか。三十代半ばが平均寿命だったとすれば、源氏ももうそれに近く、葵の上と御息所のことから人の世を心憂く思う気持ちもあり、身近に藤壺の中宮というお手本もあって見れば、実行はともかく、ちょっと考えてみるくらいのことにそれほど目くじらを立てなくてもいいような気もします。

それに、人の決心はこのようにある時ちょっと芽生えて忘れられ、それが繰り返されて、後に思いがけない形で実現に至るということもよくあることでもあります。

ともあれ、こうして源氏の都における地位は確固たるものになりました。

源氏は次の課題に向かう手配をしなくてはなりません。そこではこの「御堂」の建立がちょっとした役割を果たします。実は、出家の話はこのためだったのではないと、という気もするのですが。》

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第一段 学問と芸事の清談

【現代語訳】
 夜明けが近くなったころに、何となくしみじみと感慨がこみ上げてきて、お杯など傾けなさる折に、昔のお話などが出てきて、
「幼いころから、学問に心を入れておりましたが、少し学才などがつきそうに御覧になったのでしょうか、父院が仰せになったことに、『学問というものは、世間で重んじられるからであろうか、たいそう学問を究めた人で、長生きで幸福だった人は、めったにいないものだ。高い身分に生まれ、そうしなくても人に劣ることのない身分なのだから、むやみにこの道に深入りするな』とお諌めあそばして、正式な学問以外の芸を教えてくださいましたが、出来の悪いものもなく、また特にこのことはと上達したこともございませんでした。

ただ絵を描くことだけが、妙なつまらないものながら、どうしたら心のゆくほど描けるだろうかと、思う折々がございましたが、思いもよらない賤しい身の上となって、四方の海の深い趣を見ましたので、まったく思い至らぬ所のないほど会得できましたが、絵筆で描くには限界がありまして、心で思うとおりには事の運ばぬように存じられましたが、機会がなくて御覧に入れるわけにも行きませんので、このように物好きのようなのは、後々の噂になるのではないでしょうか」と、親王に申し上げなさると、
「何の芸道も、その気がなくては習得できるものではありませんが、それぞれの道に師匠がいて、学びがいのあるようなものは、度合の深さ浅さは別として、自然と学んだだけの事は後に残るでしょう。

書画の道と碁を打つことは、不思議と天分の差が現れるもので、深く習練したと思えぬ凡愚の者でも、その天分によって、巧みに描いたり打ったりする者も出て来ますが、名門の子弟の中には、やはり抜群の人がいて、何事にも上達するとよく分かりました。

故院のお膝もとで、親王たちや内親王のどなたにも、いろいろさまざまなお稽古事を習わせなさらない方はありません。その中でも、特にご熱心になって、伝授を受けご習得なさった甲斐があって、『詩文の才能は言うまでもなく、それ以外のことの中では、琴の琴をお弾きになることが第一番で、次には、横笛、琵琶、箏の琴を次々とお習いになった』と、故院も仰せになっていました。

世間の人はそのようにお思い申し上げていまして、絵はやはり筆のついでの慰み半分の余技と存じておりましたが、たいそうこんなに不都合なくらいに、昔の墨描きの名人たちが逃げ出してしまいそうにお上手なのは、かえってとんでもないことです」と、酔いに乱れて申し上げなさって、酔い泣きであろうか、故院の御事を申し上げて、皆涙をお流しになった。


《宴の後の兄弟の、しみじみとした語らいです。

初めの「しみじみとした感慨」は、もちろん源氏の気持ですが、須磨の日記の思いを引きずっていて、それが酔いの中で思い返されたのでしょうか。

しかしその話をするのではなく、それを読者との間の含みとしておいて、父院の思い出話をするあたりが大人の態度と言えて、いい感じです。

話は学才のことで、『評釈』は、源氏が自分は「正式な学問以外の芸」を教えられたと言っていることに意味を考えていますが、実は源氏の幼少時(桐壺の巻第三章第二、三段)の漢学の教養は、既に渡来人を驚かすほどであったわけで、「この道に深入りするな」と考えていた父院が、その上改めて教えることをしなかったのは、異とするに足らないのではないでしょうか。源氏の言葉は普通の謙遜と考えればいいように思います。

終わりの「このように物好きのようなのは、後々の噂になるのではないでしょうか」も照れくさそうな謙遜で、「まったく思い至らぬ所のないほど会得できました」という自信と表裏して、これもまた、なかなかいい感じです。

それに対する帥宮の話も、簡単に言えば、まったく素晴らしい天与の才能をお持ちです、ということなのですが、そう言わないで、例え話と伝聞で語るあたり、これも大人の対応で、気持ちよく読めます。あの人があなたのことをこう言っていた、という話は、言っていた当人から直接聞くより間違いなく効果的です。

ただし、後に少女の巻で源氏が語る息子の教育方針は、ここの父院の教えとはまったく異なっていることになります。》


 また私事ですが、帥宮の書画と碁は天分という説はまことに耳痛く、生来悪筆で絵画音痴にして、目下、ネットで碁の腕を磨いているつもりながら、これまたとんと級の上がらない私には、ちょっと応えます。私的には、まったく意図的な組み合わせのように感じられます。



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