源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 末摘花の物語(三)

第四段 末摘花と再会~その2

【現代語訳】2

 お泊まりになろうにも、お邸の様子をはじめとして、目を背けたい有様なので、体よく言い逃れをおっしゃってお帰りになろうとなさる。「引き植ゑし」の歌ではないが、松の木が高くなった程の長い歳月がしみじみと思われて、夢のようであったお身の上の様子も自然とお思い続けられる。
「 藤波のうち過ぎがたく見えつるは松こそ宿のしるしなりけれ

(松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは、その松がわたしを待つというあ

なたの家の目じるしであったのですね)
 数えてみると、すっかり月日が積もってしまったようですね。都で変わったことが多かったのも、あれこれと胸が痛んで。そのうちのんびりと、田舎に別れて下った苦労話もすべてお話し申し上げましょう。長年過ごして来られた折節のお暮らしの辛かったことなども、私以外の誰に訴えることがおできになれようかと、心から思われますのも、考えてみればおかしなことに思われますが」などとお申し上げになると、
「 年を経て待つしるしなきわが宿を花のたよりに過ぎぬばかりか

(長年待っていた甲斐のなかったわたしの宿を、あなたはただ藤の花を御覧になるつ

いでにお立ち寄りになっただけなのですね)」
とそっと身動きなさった気配も、袖の香りも、昔よりは成長なされたかとお思いになる。

 月は入り方になって、西の妻戸の開いている所から、さえぎるはずの渡殿のような建物もなく軒先も残っていないので、たいそう明るく差し込んでいるため、ここかしこが見えるが、昔と変わらないお道具類の様子などが、忍ぶ草に荒れている外観よりも、雅やかに見えるので、昔物語に塔を壊したという人があったのをお考え併せになると、それと同じような状態で歳月を経て来たことも胸を打たれる。ひたすら恥じらっている態度がさすがに上品なのも奥ゆかしくお思いになって、それを取柄と思って忘れまいと気の毒に思っていたのに、ここ数年のさまざまな悩み事にうっかり疎遠になってしまった間、さぞ薄情者だと思わずにはいられなかっただろうと、不憫にお思いになる。
 あの花散里も人目に立つ当世風になどはなやかになさらない方なので、比較しても大差はないので、この姫の欠点も多く隠れるのであった。

 

《ここでは姫に対する源氏の評価が少し上がってきます。それは姫自身が以前より成長していることが分かったことが大きかったでしょう。

前節では、姫が自分から返事をされたことが書かれていました。そしてここではその歌の出来映えです。末摘花の巻では侍女に教えられたものばかりで、自作は一首、それも場違いの作でしたが、この巻の姫の歌はいずれも自作のようで、しかもみなそれなりの出来で、特にここの歌は、気持の上で源氏と対等に渡り合った形の、恋人同士の皮肉による甘えになっている歌だという気がします。

つまり源氏にとって姫が、一応話すに足る人になっていたようなのです。

その姫を源氏は「昔物語に塔を壊したという人」になぞらえて「胸を打たれ」ました。この典拠について『集成』は「未詳」としながら、「昔、顔叔子という婦人が、夫の留守中、夫の疑いを避けるために、塔の壁を壊し、夜通し明かりをつけていたという、貞淑な女」の話という説を挙げています。それによれば、姫が貧困にもめげず(これはただその才覚がなかったというだけとも言えますが)、叔母の勧めも聞き入れず、ひたすら源氏を信じ続けていたことに対する感動でしょう。

そしてもう一つの要点、「ひたすら恥じらっている態度がさずがに上品なのも奥ゆかしく」思ったというのは、末摘花の巻の言葉で言えば、状況としては「ただ『うふふ』とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにない」(第一章第八段2節)とあったのと同じことなのでしょうが、受け取る側の気持次第でこのようにも異なるものなのです。

こうした源氏の変化を『評釈』が「須磨で人の世の苦難を味わった源氏は、…人間としての味わいが身についていた」と言い、『構想と鑑賞』も「人間的に生長してきた」と考えていますが、それはいかがかと思われます。そのことは次節で触れます。

実はこの頃が、澪標の巻での頃で、源氏の周辺では、明石では姫が生まれて、乳母が送られ、五十日の祝が催されていたころです。源氏の気持ちが高揚していたに違いなく、そうしたことが彼をいっそう優しくさせていた、ちょうどいい折でもあったのでしょうか。

最後に「あの花散里も、…」とあって、この日、どうやら源氏はここを辞した後、初めの予定どおり、花散里の所に行ったらしく、これはそこでの感想です。

そして、澪標の巻で花散里を訪ねた(第三章)のは、この時からさらに一ヶ月後のことになると、『評釈』が指摘しています。》

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第四段 末摘花と再会~その1

【現代語訳】1

 姫君は、あれでもと待ち過ごしておいでになっていた期待どおりで嬉しいけれども、とても気の引ける有様で、面会するのもたいそうきまり悪くお思いである。

大弐の北の方が差し上げておいたお召し物類も、不愉快にお思いであった人からの物ゆえに、見向きもなさらなかったが、この女房たちが、香の唐櫃に入れておいたのが、とても快い香りが付いているのをお出しして差し上げたので、仕方がなくお着替えになって、あの煤けた御几帳を引き寄せてお座りになる。
 源氏がお入りになって、
「長年ご無沙汰していました間にも、気持だけは変わらずにご案じ申していましたが、それほどには何ともおっしゃって来て下さらないのが恨めしくて、今までお気持ちを確かめていたのですが、あの『しるしの杉』ではありませんが、ここの木立がはっきりと目につきましたので、通り過ぎることもできず、根くらべにお負け致しました」とおっしゃって、帷子を少しかきやりなさると、例によって、たいそうきまり悪そうにすぐにも、お返事申し上げなさらない。こうまでして草深い中をお訪ねになったお心の浅くないことに、勇気を奮い起こして、かすかにお返事申し上げるのであった。
「このような草深い中にひっそりとお過ごしになっていらっしゃった年月のおいたわしさも一通りには思われませんし、また私も心変わりしない性分なので、あなたのお心中も知らないままに露を分け入って参りましたことなどを、どのようにお思いでしょうか。長年のご無沙汰は、それはまた、どなたからもお許しいただけることでしょう。今から後のお心に適わないようなことがあったら、言ったことに違うという罪も負いましょう」などと、それほどにもお思いにならないことでも、深く心を寄せているふうに申し上げなさることも、いろいろあるようだ。

 

《突然の源氏の訪れに、屋敷内の右往左往のさまが思われますが、作者はそこには触れません。逆に、姫の、戸惑いがありながら、いやに落ち着いたふうに見える姿が描かれて、かえって違和感があって滑稽です。

その中で彼女は、叔母が置いていった、彼女としては大変気に入らない、しかし実際には「とても快い香りが付いている」、彼女の容貌とは違って気の利いた着物を着て、ということは総じていかにもぎこちない様子で、「煤けた御几帳」越しに源氏の前に現れます。

 何から何までアンバランスな姫の有様です。

 そういう場面で、源氏はもっともらしく、ほとんど嘘八百といっていいことを並べ、あらゆる言葉を尽くしての口説きの挨拶を長々とするのです。『評釈』は、「(源氏の挨拶の)こういう口上手は、むしろ色好みの美徳なのである」とも言います。

嘘でもいいから、愛していると言ってほし思うのが、愛されたい者の普通の気持で、それに応えるのが、色好みなのです。

ただしその時に妙な悪意が入り込んではもちろんいけないでしょう。こういう時の源氏は、きっと、その時の気持として精一杯の努力と工夫を凝らして、それをすらすらと語っているのです。例えば子供をあやし、なだめすかすように語るわけで、それがうまくいった時に、言わばかけひきの勝利者として自分の腕前に自得するわけです。

女性の作者は「それほどにもお思いにならないことでも、深く愛しているふうに申し上げなさる」とはっきり言って、よく承知しています。

そしてしかし、彼は言ったことの責任をきちんと取って、後々まで面倒を見るのです。いや、責任をとって、などという気持もなく、それが好ましい男性のあり方だと考えているのでしょう。それが色好みの色好みたる所以です。好きで集めたものはいつまでも大切にするのが道理です。

「このような草深い中に…」は、前に「勇気を奮い起こして、かすかにお返事申し上げるのであった」とありますから、誰もが当然姫の言葉と思って読み始めそうですが、読み進めるとすぐに、これも源氏の言葉と分かります。『評釈』が「あの姫だからどうせ感心できる返事ではないはずで、そんなものをここで披露しては、せっかくの雰囲気がこわれるから、姫の返事は源氏一人が聞いたことにしておくのである」と、明解に、そして面白く言います。》

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第三段 源氏、邸内に入る

【現代語訳】

「どうしてひどく手間がかかったのだ。どうだったか。昔の面影も見えないほど雑草の茂っていることよ」とおっしゃると、
「これこれの次第で、なんとか会って参りました。侍従の叔母で少将と言いました老女が、昔と変わらない声でおりました」と、その様子を申し上げる。

ひどく不憫な気持ちになって、

「このような蓬生の茂った中に、どのようなお気持ちでお過ごしになっていられたのだろう。今までお訪ねしなかったとは」と、ご自分の薄情さをお思いになっている。
「どうしたものだろう。このような忍び歩きも難しいであろうから、こういう機会でなかったら、立ち寄ることもできまい。昔と変わっていない様子ならば、いかにもそうであろうと想像できるお人柄だ」とはおっしゃるものの、すぐにお入りになることはやはり気が引けるお気持ちがなさる。

きちんとした消息も差し上げたくお思いになるが、かつてご経験されたお返しの遅いのも、まだ変わっていなかったなら、お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった。惟光も、
「とてもお踏み分けになれそうにない、ひどい蓬生の露けさでございます。露を少し払わせて、お入りになりますように」と申し上げるので、
「 尋ねてもわれこそとはめ道もなく深き蓬のもとのこころを

(捜し捜ししてでも私は尋ねよう、道もなく深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を) 」

と独り言をいって、構わず車からお下りになるので、御前の露を馬の鞭で払いながらお入れ申し上げる。
 雨の雫も、やはり秋の時雨のように降りかかるので、
「お傘がございます。本当に『木の下露は雨にまさりて』で」と申し上げる。

御指貫の裾はひどく濡れてしまったようである。昔でさえあるかないかであった中門などは、もちろん跡形もなくなって、お入りになるにつけても格好がつかないのだが、その場にいて見ている人がないので気楽であった。

 

《源氏は惟光の報告を聞いて、「ご自分の薄情さ」を反省します。作者とその周囲が、男性はこうでなくてはならないと思っているのです。

 さて、「どうしたものだろう」は源氏の自問の気持でしょう。あの姫の人柄からすれば、惟光の言葉から推して、屋敷の内はさぞかし大変な状態だろう、…。

 「きちんとしたご消息も…」は、挨拶の和歌を届けさせようとの意味ですが、「かつてご経験された返歌の遅いのも、…お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった」というのが、また妙にふうに気の利いた配慮で、源氏の胸中が察せられます。使いの者を気遣った態ですが、彼自身の気持ちでもあるでしょう。折角立ち寄ろうという気持になっているのに、返事を待たされた挙げ句に、墨黒々と書かれた返事(末摘花の巻第一章第六段2節)では、気持の腰も折れようというものです。

結局彼は惟光の進言も聞かずに自ら屋敷に入っていくのですが、なるほど大変な八重葎でした。

 「中門などは、もちろん跡形もなくなって、…」の一文は、自分がいかにも場違いなところに立っているという違和感でしょうか。若い頃は、そういうところに通うのが一つの夢でもあった(帚木の巻第一章第三段2節)のですが、ひと年取り、今の立場になると、それよりも、門がないような所では、きちんとした姿の格好がつかないという気持の方がさきになるのでしょう。内大臣ともなるとその振る舞いはなかなか大変で、こんな荒ら屋に自ら出入りすることは憚らずにはいられません。

もともと彼は、「大変にひどく世間を気にし、まじめになさっていた」(帚木の巻冒頭)のであって、貴公子の中でも彼は特にそういう気配りをする人で、そういうところは今も変わりません。

しかし、昔の縁がある人となると、そんなことで背を向けることができないのも、またこの人であるわけで、ここは「その場にいて見ている人がないので気楽」だと思うことにして、露を踏み分けながら、そっと入っていきます。》

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第二段 惟光、邸内を探る

【現代語訳】

 惟光は邸の中に入って、あちこち廻り歩きながら人の音のする所はないかと見るのだが、人の気配もない。

「やはりそうだ、今までに行き帰りに覗いたことがあるが、人の住んでいる様子もないものを」と思って、戻って来る時に、月が明るく照らし出したので、見ると、格子を二間ほど上げてあって、簾の動く気配である。やっと見つけた気持で、恐ろしくさえ思われるが、近寄って、咳払いをすると、ひどく老いぼれた声で、まずは咳こんでから、
「そこにいる人は誰ですか。どのような方ですか」と聞く。名乗りをして、
「侍従の君と申した方に、お目に掛かりたい」と言う。
「その人は、他へ行っておられます。けれども、同じように考えてくださってよい女房はおります」と言う声は、ひどく年とっているが、聞いたことのある老女だと聞きつけた。
 室内では、思いも寄らず、狩衣姿の男がひっそりと振る舞い、物腰も柔らかなので、見馴れなくなってしまった目には、「もしや、狐などの変化のものではないか」という気もしているが、惟光が近く寄って、
「はっきりとお話を承りたい。昔と変わらないお暮らしならば、お訪ね申し上げなさるべきお気持ちも、今も変わらずにおありのようです。今宵も素通りしがたくて、お止まりあそばしたのだが、どのようにお返事申し上げましょう。どうぞご安心を」と言うと、女房たちは笑って、
「お心変わりあそばすような姫のご気性ならば、このような浅茅が原をお移りにならずにおりましょうか。ただ推察してお伝えください。年老いた女房にとっても、またとあるまいと思われるほどの、珍しい身の上を拝見しながら過ごしてまいったのです」と、ぽつりぽつりと話し出して、問わず語りもし出しそうなのが、厄介なので、
「よいよい。まずは、そのように申し上げましょう」と言って帰ってきた。

 

《惟光は中に入ってみます。前の節で、源氏が惟光に「ここは常陸宮であったな」と訊ねると、「さようでございます」と即答するあたり、さすがは惟光と思わせたのですが、ここを読むと、都に帰ってからの長くない間に、彼はどうやらここを、一度ならず覗いてみたことがあるようです。

その時も人の気配がなかったのですから期待はできませんが、今日は主人の命ですから、覗くだけでは済みません。しかしそこは、「盗人などという情け容赦のない連中も、想像するだけで貧乏と思ってか、この邸を無用のものと通り過ぎて、寄りつきもしなかった」くらいの「ひどい野原、薮原」(第一章第三段)ですから、あまりの荒れ果てた様に、さすがの彼もほとんどおっかなびっくりの態です。

屋敷を歩き回って、諦めてもう帰ろうとする時、折良く月が出て、たまたま簾の動く気配が見えて人の気配がした、と、物語の常套的展開です。

惟光は声を掛けます。「咳払いをする」は、原文では「こわづくる」とあり、『辞典』によれば「出立や訪問のしるしにせきばらいをする」ことですから、この場合、誰がいるか分からないので、それとなくこちらの存在を知らせて相手の出方を窺うといった気分でしょうか。

聞こえてきた応答が、「まずは咳こんでから」だったというのが、芸の細かいところで、それだけであの愚痴を言っていた老女(第二章第四段)なのだろうと、読者は思います。

「お心変わりあそばすような姫のご気性ならば…」という妙に理屈っぽく皮肉っぽい返事の滑稽さも、あの時の侍従を思い遣った口調によく似ています。

その言葉を「女房たちは笑って」言うというのが、また滑稽です。「はっきりとお話を承りたい。昔と変わらないお暮らしならば…」という惟光の挨拶があまりに四角四面で、見れば分かるでしょうに、と思ったのです。

ともあれ、さすがに惟光は、果たしてあの姫の屋敷だったことを確かめて源氏の許に帰ってきます。》

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第一段 花散里訪問途上

【現代語訳】
 四月のころに、花散里をお思い出し申されて、そっと対の上に挨拶をしてお出かけになる。数日降り続いていた名残の雨がまだ少しぱらついて風情ある折に、月が差し出ている。昔のお忍び歩きが自然と思い出されて艷な感じの夕月夜に、道すがらあれこれの事柄が思い出されていらっしゃるうちに、見るかたもなく荒れた邸で、木立が鬱蒼とした森のような所をお通り過ぎになる。
 大きな松の木に藤が咲いてかかって月の光に揺れているのが、風に乗ってさっと匂うのが慕わしく、そこはかとない香りがする。橘の花とはまた違って風趣があるので、車から顔を出して御覧になると、柳もたいそう長く垂れて、築地も邪魔しないから、枝先が地面に乱れ臥しているのが見える。
 見ことのある感じのする木立だなとお思いになるのは、それもそのはず、この宮邸なのであった。ひどく胸を打たれて、お車を止めさせなさる。例によって惟光はこのようなお忍び歩きに外れることはないので、お供していたのであった。お召しになって、
「ここは常陸宮であったな。」
「さようでございます」と申し上げる。
「ここにいた人は、今も物思いに沈んでいるのだろうか。訪ねなくてはならないが、わざわざというのも大げさだ。こんな機会に入って挨拶をしてみよ。よく調べてから、言い出しなさい。人違いをしてはみっともない」とおっしゃる。
 こちらでは、ひとしお物思いのまさるころで、つくづくと思いに沈んでいらっしゃると、昼寝の夢に故宮がお見えになったので、目が覚めて実に名残が悲しくお思いになって、雨漏りがして濡れている廂の端の方を拭かせて、あちらこちらの御座所を取り繕わせてなどしながら、いつになく人並みになられて、
「 亡き人を恋ふる袂のひまなきに荒れたる軒のしづくさへ添ふ

(亡き父上を恋い慕って泣く涙で袂の乾く間もないのに、荒れた軒の雨水までが降り

かかる)」
その有様もお気の毒な、ちょうどその折りなのだった。


《四月は初夏です。源氏は前年秋に帰京して以後およそ半年、「あれこれと関わりになるお忍び歩きなども(権大納言という)身分柄窮屈にお思いになっていた」(澪標の巻第五章第一段)ので、お出歩きもほとんどなかったようなのですが、季節柄、花散里(「花」は橘でしたから初夏の花です)を思い出したのでしょうか、こっそり訪ねてみることにしました。

「そっと…」のところ、原文は「忍びて対の上に御暇聞こえて出でたまふ」です。もちろん「お忍びで」出かけたのですが、「忍びて」は、紫の上にだけこっそり出かけるからと話して、という意味にとりたい気がします。二人の間ではもはやそういうことが問題にならなくなり、上もそういうことに理解を示す、そういう親密な間柄になったということでもあります。

 前の節が「年も替わった」と終わっていましたから、読者はここの始めを、末摘花はこの三ヶ月、あのまま辛い暮らしをしているだろうか、どうなっているのだろうと思いながら読むことになります。

そして「見るかたもなく荒れた邸で、木立が鬱蒼とした森のような所」を通りがかった、とあるこで、やっと源氏が見つけてくれそうだと、ちょっとほっとする気持になります。

その屋敷の「柳もたいそう長く垂れて、…」というところ、原文は「柳もいたうしだりて、築地もさはらねば、乱れ伏したり」ですが、手元の訳はそのまま訳してあるだけで情景が理解できず、我流で考えてみました。このように訳すと「築地もさはらねば」がなかなか面白い言い方ですし、「枝先が地面に乱れ臥している」というのも、荒れた雰囲気がなかなかすごくて、いい感じのような気がするのですが…。

源氏がその屋敷に声を掛けることにしたのは、ちょうど姫が故父宮を夢に見て覚めたところでした。『評釈』は、「(こういう姫の)孝心こそ、…この源氏の不意の訪問を読者に共感をもって受け入れさせるものであった」、つまり、「父宮の霊の助け」によって、源氏が姫の方を振り向いたのだというのです。

なるほど、当時の感覚としてはそうだったのだろうと思わされます。》


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