源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 末摘花の物語(二)

第五段 常陸宮邸の寂寥

【現代語訳】

 霜月ころになると、雪や霰の降る日が多くなって、他では消える間もあるが、朝日、夕日をさえぎる雑草や葎の蔭になるので深く積もって、越前の白山が思いやられる雪の中で、出入りする下人さえもおらず、所在なく物思いに沈んでいらっしゃる。

とりとめもないお話を申し上げてお慰めし、泣いたり笑ったりしながらお気を紛らした人さえいなくなって、夜も塵の積った御帳台の中も、独り寝のお側が寂しく、もの悲しい気持におなりになる。
 あちらの方は、久々に再会した方にますます夢中なご様子で、たいへんに重要だとお思いでない方々には、特別ご訪問もおできになれない。まして、「あの人はまだ生きていらっしゃるだろうか」という程度にお思い出しになる時もあるが、お訪ねになろうというお気持ちも急ごうとはお思いにならないままに、年も替わった。

 

《冬になって、この屋敷は隈々まで雪が積もって、延び放題の植え込みの日陰になって消えやらず、雪に埋もれた屋敷となっています。

「越前の白山が思いやられる」について、『集成』と『評釈』が同じ古今集のそれぞれ別の歌を典拠として挙げていますが、『集成』の「消え果つる時しなければ越路なる白山の名は雪にぞありける」(躬恒)の方が直接的だと思われます。加えて、作者が娘時代に二年ほど越前で過ごした時の冬を思い出しながら書いたのでしょうか。

「とりとめもないお話を申し上げてお慰めし、泣いたり笑ったりしながらお気を紛らした人」というのがいい言葉で、こうした冬を過ごすのに欠かせないものですが、今や、そういう人も彼女の側にはいません。

雪に埋もれて冷えびえとした、そしてもう掃除をする人さえいなくなった荒ら屋同然の屋敷に、鼻の頭のいやに赤い姫君が、一人つくねんとして過ごしているのです。

その彼女が、あれでもと期待を寄せている源氏は、長い間離れて暮らして、いまやっと心おきなく一緒に過ごせるようになった紫の上との生活に満ち足りて、この姫のことを思い出さないわけではないのですが、行ってみようなどとはつゆ思いません。

その源氏の生活が語られた分だけ、対照的に前の姫の生活の侘びしさがあらためて印象づけられるところです。

そしてそのまままた暫くの時が経ち、年が替わって、源氏が須磨下向に当たって最後にこの姫のもとを去ってから、間もなくまる三年になろうとしています。》

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第四段 侍従、叔母に従って離京

【現代語訳】

けれども、動きそうにもないので、一日中いろいろと説得したものの困りはてて、
「それでは侍従だけでも」と日が暮れるままに急ぐので、侍従は気がせいて、泣く泣く、
「それでは、ともかく今日のところは。このようにお勧めになる方のお見送りにだけでも行って参ります。あのように申されることもごもっともなことです。また一方、お迷いになることもごもっともなことですので、間に立って拝見するのも辛くて」と、小声で申し上げる。
 この人までが自分を見捨てて行ってしまおうとするのが、恨めしくも悲しくもお思いになるが、引き止めるすべもないので、ただもうますます声を立てて泣いていらっしゃる。
 形見にお与えになるべき着衣も垢じみているので、長年の奉公に報いるべき物がなくて、ご自分のお髪の抜け落ちたのを集めて鬘になさっていたのが、九尺余りの長さで、たいそうみごとなのを、細工を凝らした箱に入れて、昔の薫衣香のたいそう香ばしいのを、一壺添えてお与えになる。
「 絶ゆまじき筋を頼みし玉かづら思ひのほかにかけ離れぬる

(あなたを絶えるはずのない間柄だと信頼していましたが、思いのほかに遠くへ行っ

てしまうのですね)
 亡くなった乳母が遺言なさったこともあったので、不甲斐ない我が身であっても最後までお世話してくれるものと思っていたのに。見捨てられるのももっともなことだけれども、この後誰に世話を頼んで行くかと、恨めしくて」と言って、ひどくお泣きになる。

この人も、何も申し上げることができない。
「母の遺言は、もとより申し上げるまでもありません。長年の堪えがたい生活を堪えて参りましたのに、このように思いがけない旅路に誘われて、遥か遠くにさすらい行くことになるとは」と言って、
「 玉かづら絶えてもやまじ行く道の手向の神もかけて誓はむ

(お別れしてもお見捨て申しません、行く道々の道祖神にかたくお誓いしましょう)
 寿命だけは分りませんが」などと言うと、
「どうしたの。暗くなってしまう」とぶつぶつ言われて、心も上の空のまま車を引き出したので、ただもう振り返りばかりされるのであった。
 長年辛い思いをしながらもお側を離れなかった人が、このように離れて行ってしまったことを、たいそう心細くお思いになって、世間では役に立ちそうにもない老女房までが、
「いやはや、無理もないことです。どうして侍従がお残りになることがありましょうか。私たちも、とても我慢できそうにありませんわ」と、それぞれに関係ある縁故を思い出して、残っていられないと思っているのを、体裁の悪いことだと聞いていらっしゃる。

 

《結局叔母の説得は無効に終わりましたが、侍従は叔母にせき立てらるままに、「泣く泣く」旅立っていくことになりました。

侍従は姫の気持や自分の立場が分かっているので、正直な別れの言葉が言えず、「それでは、ともかく今日のところは。このようにお勧めになる方のお見送りにだけでも行って参ります」という言葉で席を立とうとします。もちろん引き返してくることは想定していないでしょう。『大鏡』にある、花山院の剃髪の後の道兼の言葉「まかり出でて、大臣も、変らぬ姿今一度見え、斯くと案内申して、必ず参り侍らむ」(「帝王本紀 六十五代花山院」)を思い出します。

彼女は、道兼のように欺こうと思っているわけではありませんが、そうとでも言わなければ立てないのでした。『評釈』は「決して彼女の口実とか逃げ口上とかいうものではない。事実下向と決めた心が、いまだに決めかねた心の未練を表すものである」と言います。侍従の側からすればそういうことなのでしょうが、姫は、さすがにこの言葉をまともに受け止めるほど「世間離れ」はしていません。あるいは言われた姫からすれば、はっきり言われるより余計に辛い言葉だったのではないでしょうか。

悲しみとうらみで泣きながら、それでも彼女は、侍従に何か贈り物をしなければ、と考えます。九尺にあまる自分の髪で作った鬘と「昔の薫衣香のたいそう香ばしいのを一壺」です。『評釈』によれば、いずれも貴重な物ですが、本来、香は四壺を一組として贈る物だそうで、それを一壺というのは彼女の貧しさの程度を物語っているということのようです。

侍従も、もう気休めを言ってもいられず、いっそう叔母にせき立てられながら、「遥か遠くにさすらい行くことになるとは」と、嘆きを供にします。

侍従は発って行き、残された姫の側では「世間では役に立ちそうにもない老女房」が愚痴を呟いているだけになりました。》

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第三段 叔母、末摘花を誘う

【現代語訳】

「いよいよ旅立とうと思いながらも、お気の毒な様子がお見捨て申し上げにくいのですが、侍従の迎えに参上しました。情けないことによそよそしくお思いで、ご自身では少しもお越しにならないにしても、せめてこの人だけはお暇をいただきたく思いまして。どうしてこのような寂しいさまで」と言って、つい泣き出してもしまうはずのところだ。けれども旅先に思いを馳せて、とても気分よさそうである。
「故宮がご存命だった時、姉が私を不名誉な者とお思いになってのけ者にしておられたので、疎遠なようになってしまいましたが、今までにも、どうして粗略に思ったでしょうか。高貴なお身の上に気位高くお持ちになり、大将殿などがお通いになるご運勢のほどを、もったいなくも存じておりましたので、親しく交際させていただきますのも遠慮いたすことが多くて、ご無沙汰しておりましたが、世の中がこのように定めないものなので、人数にも入らない身の上は、かえって気安いものなのでございました。及びもつかないと拝見しましたご様子が、今は実に悲しくお気の毒なのを、近くにいますうちは、御無沙汰いたしていた折も、そのうちにと呑気に思っておりましたが、このように遥か遠くに下ってしまうことになると、気がかりで悲しく存じられます」などと話を持ち掛けるが、心を許してはお返事なさらない。
「とても嬉しいことですが、世間離れしたわたしなどには、どうして一緒に行けましょうか。こうしたまま朽ち果てようと存じております」とだけおっしゃるので、
「なるほど、そのようにお思いになるのもごもっともですが、せっかく生きている身をだいなしにして、このように気味の悪い所に暮らしている例はないのではないでしょうか。大将殿がお手入れしてくだされば、うって変わって元の美しい御殿にもなり変わろうと、頼もしうございますが、ただ今のところは、式部卿宮の姫君より他には、心をお分けになる方もないということです。昔から浮気なお心で、かりそめにお通いになった人々は、みなすっかりお心が離れておしまいになったということです。ましてや、このようにみすぼらしい様子で、薮原にお過ごしになっていらっしゃる人を、貞淑に自分を頼っていらっしゃる様子だと、お訪ね申されることは、とても難しいことです」などと説得するのを、本当にそのとおりだとお思いになるにつけてほんとうに悲しくて、しみじみとお泣きになる。

 

《叔母の言っていることも、ずいぶん下手に出た、なかなか聞かせる話です。

しかしその様子は、『評釈』が言うように、「気味のわるいほど丁重な物言い」で、「つい泣き出してもしまうはずのところだ。けれども旅先に思いを馳せて、とても気分よさそう」と、大変皮肉っぽく語られます。

 その中に、生前の姉の見下した態度への恨みが込められ、またことさらに幾度も源氏の名を出して姫のひそかな期待の気持ちを当てこすって上手に揶揄する気持が表され、底意のある話しぶりが巧みに描かれています。

それに対する姫について、作者は初めに「心を許してお返事もなさらない(原文・心解けてもいらへたまはず)」と言って、あたかも姫がこの叔母の言葉を信じていないような口ぶりです。しかしこの姫にこういう老練な叔母の裏に隠した思いを見抜いていたとは思われませんから、ここもこれまでと同じように、ただ自分の凝り固まった心のままに応対をしたという意味なのでしょう。

そして姫の叔母への初めての返事が語られます。というより、これは、これまで常に周りの者に勧められてそれらの言うとおりにしか返事をしてこなかった姫が、自分の気持ちを始めて語った言葉です。

それはいつもの「世間離れした」様子と違って、まず「とても嬉しいことですが」と始まる、なかなかにきちんとした返事です。『評釈』はこれを「社交辞令である」と言いますが、この姫が社交辞令を口にすることなど、これまでには考えられなかったことです。なにしろ源氏に帰り際に歌を詠み掛けられて「ただ『うふふ』とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにない」(末摘花の巻第一章第八段2節)といった具合だったのです。

特に「こうしたまま朽ち果てようと存じております」などは、自分の行く先をよく理解した覚悟の感じられる言葉で、作者は「とだけおっしゃる」と言いますが、しっかりした内容だという気がします。

この叔母のように語られると、聞かされる人はさぞ溜まらないだろうと思われますが、姫は実に素直に「そのとおりだとお思いになるにつけてほんとうに悲しくて、しみじみとお泣きになる」のでした。

ところで叔母の言葉の中の「式部卿宮の姫君」は、話からして紫の上のことであるのは間違いないでしょうが、これまではその父は「兵部卿宮」とされてきていました。『評釈』によれば、かの兵部卿宮が式部卿になるのは少女の巻からで、これもまた作者の勇み足であろうということのようです。》


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第二段 法華御八講

【現代語訳】

 冬になってゆくにつれて、姫はますます、すがりつくべきてだてもなく、悲しそうに物思いに沈んでお過ごしになる。あの殿におかれては、故院の御追善の御八講を世間でも大騷ぎとなって盛大に催しなさる。特に僧侶などは普通の僧はお召しにならず、学問に優れ、修行を積んだ高徳の僧だけをお選びになったので、この禅師の君も参上なさっていたのだった。帰りがけにお立ち寄りになって、
「これこれでした。権大納言殿の御八講に参列していたのです。たいそう立派で、この世の極楽浄土の装飾に負けず、荘厳で興趣のぜいをお尽くしになっていた。仏か菩薩の化身でいらっしゃるのだろう。五濁に深く染まっているこの世に、どうしてお生まれになったのだろう」と言って、そのまますぐにお帰りになってしまった。言葉少なで、世間の人と違ったご兄妹どうしであって、ちょっとした世間話をさえお交わしになることができない。

「それにしても、このように情けない身の上を、悲しく不安なままに放ってお過ごしになるとは、辛い仏菩薩様だわ」と、辛く思われるが、

「本当に、これきりの縁なのだろう」と、だんだんお考えになっているところに、大弐の北の方が、急に来た。

 いつもはそんなに親しくしないのに、お誘い申そうとの考えで、お召しになるご装束など準備して、よい車に乗って、顔つきや態度も得意げで物思いのない様子で、予告もなくやって来て、門を開けさせるや、見苦しく寂しい様子はこの上もない。左右の戸もみな傾き倒れてしまっていたので、男どもが手助けして、あれこれと大騷ぎして開ける。どれがそれか、この寂しい宿にも必ず踏み分けた跡があるという三つの道はと、探し当てて行く。
 やっとのことで南面の格子を上げている一間に車を寄せたので、姫はますますどうしてよいか分からなくお思いになったが、おどろくほど煤けた几帳を差し出して、侍従が出て来た。容貌など、衰えてしまっていた。長年のうちにひどくやせ細っているが、やはりどことなく品のある感じで、恐れ多いことであるが、姫君と取り替えたいくらいに見える。

《源氏の催した「故院の御追善の御八講」に姫の兄の禅師が、「学問の優れ修行を積んだ、高徳の僧」として招かれました。

しかしこの人は「世にもまれな古風な方で、同じ法師という中でも、処世の道を知らない、この世離れした僧でいらっしゃって、生い茂った草、蓬をさえ、かき払うものともお考えつきにならない」(この巻の第一章第三段)という人だけあって、かくも窮状にある妹を訪ねて来ながら、その暮らしを案じるふうもなく、法要の折の源氏の立派さを語っただけで、「そのまますぐにお帰りになってしまった」のでした。

源氏の催す法要に呼ばれること自体が、彼の暮らしが決して人並み以下ではないことを物語っているでしょうし、呼ばれたのなら布施や下し物もなまなかなものではなかったでしょう。が、彼はこれまでも援助の手を伸ばすことはなかったようですし、今も妹の窮状を現に目の前に見ながら、頂き物を妹に分けたとも書かれません。それでも僧としては立派な人だったようです。

そこで『評釈』は「似合いの兄妹とも言える。性質、人生態度、よくも兄妹ともども世俗ばなれしていることよ。二人とも常陸宮の御子らしく精神の高尚な貴族である」(もちろん皮肉でしょう)と言います。

おそらく作者は源氏の威勢の大きさを姫に伝えることで、ちょうど明石の君が住吉で源氏を見て絶望したように、姫の失望を大きくしたかっただけでしょう。この僧はそのために使われたに過ぎませんが、ここまで浮世離れした人も、このように書かれると、どこかにいそうに思われますから、不思議です。

姫も姫で、そういう兄の無神経な振る舞いに不満や怒りや悲しみを感じるわけでもないようです。まったく、似たもの同士と言うべきでしょう。そして彼女は、源氏の威勢を聞いて、改めて自分との隔たりを思い、「本当に、これきりの縁なのだろう」と思い始めるのでした。「本当に」は、あの叔母が言うとおり、というような気持ちでしょうか。

ちょうどそんな折りに、入れ替わりに、あの叔母が、なんとか太宰府に連れて行こうと、最後のアタックにやってきます。

侍従が応対に出ますが、「容貌など、衰えてしまっていた。」と言いながら「やはりどことなく品のある感じで、恐れ多いことであるが、姫君と取り替えたいくらいに見える」と、どこまでも作者は姫の容貌には辛辣です。》

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第一段 顧みられない末摘花~その2




【現代語訳】2
 侍従も、あの大弍の甥に当たる人と懇ろになって、都に残して行くはずもなかったので、不本意ながら出発することになって、
「お残し申したままで出立するのが、とても心残りで」と言って、お誘い申し上げるが、やはり、このように訪れのないまま久しくおなりなってしまった方に期待をおかけになっている。お心の中では、

「いくら何でも、時の経つうちには、お思い出し下さる機会のないことがあろうか。やさしく真心の籠もった約束をなさったのだから、わが身の不運でこのように忘れられているようだけれども、風の便りにでも、私のこのようにひどい暮らしをお耳になさったら、きっと訪ね出してくださるにちがいない」と、ずっとお思いになっていたので、お住まいの大方も以前より実に荒廃してひどいが、ご自分のお考えで、ちょっとした御調度類なども失くさないようにさせなさって、辛抱強く同じように堪え忍んでお過ごしになっているのであった。
 声を立てて泣くことも多い暮らしで、ますます悲嘆に暮れていらっしゃるのが、まるで山人が赤い木の実一つを顔から放さないようにお見えになるその横顔などは、普通の男性ではとても堪えて拝見できないであろう。詳しくお話し申し上げまい。お気の毒で、あまりに口が悪いようである。


《そうこうしているうちに、わずかに姫の側で親身になってくれていた侍従(乳母子)が、大弐の甥と懇ろになってしまいました。となると、この人も都に残るはずもなく、一緒に太宰府に下っていくことになりました。

そしてとうとうその侍従も一緒になって、同行を促すことになったのですが、姫はやはり白馬の王子の訪れをひたすら待ち望んで、聞き入れません。

彼女は、これまでの源氏の思い人達のように源氏を恋人として恋しがっているというのではありません。ただ源氏を信じているのです。自分がかの人と到底釣り合わないものだとは承知しているのですが、そういうことを越えて源氏を素晴らしい人と思っていますから、そういう人が不実に人を忘れるなどということはあり得ないことだと信じているのです。

そういう考えが固定観念となって、信頼と期待を寄せているのですから、彼女にとって源氏の訪れはいわば既定の事実なのです。四六時中、ふと目をあければ、そこに源氏の姿があっても何の不思議もないはずなのです。それなのに訪れがないのですから、彼女は、心細さとともに失望に「声を立てて泣くことも多い」のでした。

しかし作者は、そういう彼女を決して優しくは描きません。「山人が赤い木の実一つを顔から放さないようにお見えになるその横顔」と、例によって辛辣な一言を添えます。》

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