源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻十五 蓬生

第二段 末摘花のその後

【現代語訳】

 もうこれまでだと馬鹿にしきって、それぞれ競って離散して行った上下の女房たちには、我も我もとお仕えし直そうと争って願い出て来る者もいる。

気立てなど、それはもう引っ込み思案なまでに人がよくていらっしゃるご様子ゆえに、気楽な宮仕えに慣れて、これといったところのないつまらない受領などのような家にいる女房は、今までに経験したこともないきまりの悪い思いをする者もいて、げんきんな心をあけすけにして帰って来る。

源氏の君が以前にも勝るご権勢となって、何かにつけて物事の思いやりもさらにお加えになって細々と指図して置かれるので、羽振りもよくなって、宮邸の中がだんだんと人の姿も多くなり、木や草の葉もただすさまじくいたわしく見えたのを、遣水を掃除し前栽の根元をさっぱりなどさせて、大して目をかけていただけない下家司で、格別にお仕えしたいと思う者は、このようにご寵愛になるらしいと見てとって、ご機嫌を伺いながら、追従してお仕え申し上げる。

 二年ほどこの古いお邸に寂しくお過ごしになって、東の院という所に、後はお移し申し上げたのであった。お会いになることなどはとても難しいことであるが、お邸に近い一画なので、普通に東院にお渡りになった時、お立ち寄りなどなさっては、そう軽々しくお扱い申し上げなさらない。
 あの大弐の北の方が上京して来て驚いた様子や、侍従が嬉しく思う一方で、もう少しお待ち申さなかった思慮の浅さを恥ずかしく思っていたところなどを、もう少し問わず語りもしたいが、ひどく頭が痛く厄介で、億劫に思われるので。今後また機会のある折に思い出してお話し申し上げよう、ということである。

 

《常陸宮の姫君の生活は一変します。

そして、終始思いの変わらなかった姫とは逆に、姫の困窮の折りに見切りを付けて去って行った者たちが、この僥倖を知って、姫の人好さに乗じて、掌を返すように集まって来ます。その対照が鮮やかです。

書かれてはいませんが、そういう者たちを、その言うがままにまた受け入れて、使うことにしたであろう姫の世間慣れしない人柄が思い描かれます。

日に日に装いを立派にしていくお邸の中で、「げんきんな心をあけすけにして帰って参」った多くの者たちと前から居る少人数の者たちの間には、さまざまな小さなトラブルもあって、姫の純真な心をどんなにか患わせたことでしょう。

そういう騒然たる中で、姫は、さらに「二年ほどこの古いお邸に寂しくお過ごしになっ」たのであって、決してそのまま源氏の寵を得るようになったわけではありません。

その後新しく造営された東の院の姫として入りますが、「そう軽々しくお扱い申し上げなさらない(原文・いとあなづらはしげにもてなし聞こえず)」という程度の扱いです。

現代の読者はこの姫の純真で誠実なまっすぐな心に拍手を送りたい気持ですが、源氏からしてみれば、今にして思えば軽率な好奇心から不名誉な失敗だったとしか思えない、かつて自分と関わりのあった女が、自分以外に頼る者のない状態でひたすら自分を待っていたとあって、自分の沽券に掛けて世話を思い立ったのであって、決して彼女を並以上の、つまり六条院に招くのに本当に相応しいほどの女性として認めているのでないようです。

そして実は、当時の読者の、また作者の評価も、変わり種のエピソードの域を出なかったのではないでしょうか。

しかしともあれ、かろうじて人並みの暮らしをすることになったのであって、末摘花の巻以来の懸案は、めでたしめでたしというわけです。

作者は、大弐の北の方や侍従など話も知ってはいるのですが、そういう卑しい者たちが見込み違いの失敗をすることなど珍しくもなく、関心もありませんので、頭が痛くなった態にして、筆を省きます。しかし省略すると言われたことで、読者はついついその後悔する様を想像してしまうことになるでしょう。》

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第一段 末摘花への生活援助

【現代語訳】

 賀茂祭、御禊などのころ、ご準備などにかこつけて人々が献上した物がいろいろと多くあったので、しかるべき夫人方にお心づけなさる。中でもこの宮には細々と心をおかけになって、よく分かった家臣にご命令をお下しになって、下僕たちなどを遣わして雑草を払わせ、周囲が見苦しいので板垣というものでしっかりと修繕させなさる。

このようにお探し出しになったと噂するにつけてもご自分にとって不名誉なので、お渡りになることはない。お手紙をたいそう情愛こまやかにお認めになって、二条院近くの所をご建築なさっているので、
「そこにお移し申し上げましょう。適当な童女など、お探しになって仕えさせなさい」などと、女房たちのことまでお気を配りになって、お世話申し上げなさるので、このようにみすぼらしい蓬生の宿では身の置きどころのないまで、女房たちも空を仰いでそちらの方角を向いてお礼申し上げるのであった。
 かりそめのお戯れにしても、ありふれた普通の女性には目を止めたり聞き耳を立てたりはなさらず、世間で少しでもこの人はと噂されたり、心に止まる点のある女性をお求めなさるものと、皆思っていたが、このように予想を裏切って、どのような点においても人並みでない方をひとかどの人物としてお扱いなさるのは、どのようなお心からであったのであろうか。これも前世からのお約束なのであろうよ。

 

《源氏は姫に気配りをつくして生活を援助します。もちろんそれは「変わらざる心、誠実性、実直という末摘花の性格」(『評釈』)を、源氏が、そして作者が、愛でてのことであることは間違いありません。

しかし、と言って、前節で言ったように、源氏が「人間的成長」を見せて、女性の外見ではなくその心根により多く目を向けるようになったなどと考えるのは、源氏を捕らえ違っているように思われます。『評釈』は「中でもこの宮には…」について「とりわけ末摘花が厚くもてなされている」と言いますが、これは、彼女を並のレベルにする必要から、するべきことが多かったに過ぎないと考えるべきでしょう。

もし、彼が本当にこの姫の内面に他の夫人以上の、「とりわけ」ての価値を見いだしているなら、「このようにお探し出しになったと噂するにつけてもご自分にとって不名誉なので、お渡りになることはない」というようなことはなかったはずではないでしょうか。

彼は「お渡り」という、これこそ最高の栄誉を彼女に与えることをしないのです。これが源氏の、そして作者の、彼女に対する根本的な評価と言っていいでしょう。

恐らく作者には「源氏の人間的成長」などという意識はなかったのだと思います。彼はスーパーヒーローなのであって、生まれた時からのその存在は、例えば仏のような完成品であり、彼は、彼が生きていく中で彼の身の回りに起こり降りかかってくる宿命に向き合って、ただそれに対処しているだけです。

彼には、年齢による自然的な変化(例えば若い頃の空蝉、夕顔、朧月夜に対するような激しい恋をしなくなっていく、というような変化)はあるのですが、何か一つの出来事が彼の経験となって、それによって主人公自身が劇的な内的変革を遂げていくという、いわゆる教養小説の主人公のような人物ではないのです。

源氏は、そして作者も、ここではあくまでも「どのような点においても人並みでない方を、ひとかどの人物としてお扱いなさる」という程度を越えることはありません。

「栴檀は双葉より芳し」と言いますが、彼は、その栴檀(この諺は、実は白檀を言うのだそうです)が、時々雨風に打たれながら、巨木になっていく姿をイメージするのがいいのではないでしょうか。彼の成長は、人間的と言うよりも、植物的です。

そして、あえて言えば、この物語では、その栴檀(白檀)よりも、その芳香の廻りに群がる美しい蝶やかわいい小鳥の方が、それぞれに、はるかに個性的で大きな魅力があるように思われるのです。

そして末摘花は、その中でかなり異色な小鳥であるのです。》

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第四段 末摘花と再会~その2

【現代語訳】2

 お泊まりになろうにも、お邸の様子をはじめとして、目を背けたい有様なので、体よく言い逃れをおっしゃってお帰りになろうとなさる。「引き植ゑし」の歌ではないが、松の木が高くなった程の長い歳月がしみじみと思われて、夢のようであったお身の上の様子も自然とお思い続けられる。
「 藤波のうち過ぎがたく見えつるは松こそ宿のしるしなりけれ

(松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは、その松がわたしを待つというあ

なたの家の目じるしであったのですね)
 数えてみると、すっかり月日が積もってしまったようですね。都で変わったことが多かったのも、あれこれと胸が痛んで。そのうちのんびりと、田舎に別れて下った苦労話もすべてお話し申し上げましょう。長年過ごして来られた折節のお暮らしの辛かったことなども、私以外の誰に訴えることがおできになれようかと、心から思われますのも、考えてみればおかしなことに思われますが」などとお申し上げになると、
「 年を経て待つしるしなきわが宿を花のたよりに過ぎぬばかりか

(長年待っていた甲斐のなかったわたしの宿を、あなたはただ藤の花を御覧になるつ

いでにお立ち寄りになっただけなのですね)」
とそっと身動きなさった気配も、袖の香りも、昔よりは成長なされたかとお思いになる。

 月は入り方になって、西の妻戸の開いている所から、さえぎるはずの渡殿のような建物もなく軒先も残っていないので、たいそう明るく差し込んでいるため、ここかしこが見えるが、昔と変わらないお道具類の様子などが、忍ぶ草に荒れている外観よりも、雅やかに見えるので、昔物語に塔を壊したという人があったのをお考え併せになると、それと同じような状態で歳月を経て来たことも胸を打たれる。ひたすら恥じらっている態度がさすがに上品なのも奥ゆかしくお思いになって、それを取柄と思って忘れまいと気の毒に思っていたのに、ここ数年のさまざまな悩み事にうっかり疎遠になってしまった間、さぞ薄情者だと思わずにはいられなかっただろうと、不憫にお思いになる。
 あの花散里も人目に立つ当世風になどはなやかになさらない方なので、比較しても大差はないので、この姫の欠点も多く隠れるのであった。

 

《ここでは姫に対する源氏の評価が少し上がってきます。それは姫自身が以前より成長していることが分かったことが大きかったでしょう。

前節では、姫が自分から返事をされたことが書かれていました。そしてここではその歌の出来映えです。末摘花の巻では侍女に教えられたものばかりで、自作は一首、それも場違いの作でしたが、この巻の姫の歌はいずれも自作のようで、しかもみなそれなりの出来で、特にここの歌は、気持の上で源氏と対等に渡り合った形の、恋人同士の皮肉による甘えになっている歌だという気がします。

つまり源氏にとって姫が、一応話すに足る人になっていたようなのです。

その姫を源氏は「昔物語に塔を壊したという人」になぞらえて「胸を打たれ」ました。この典拠について『集成』は「未詳」としながら、「昔、顔叔子という婦人が、夫の留守中、夫の疑いを避けるために、塔の壁を壊し、夜通し明かりをつけていたという、貞淑な女」の話という説を挙げています。それによれば、姫が貧困にもめげず(これはただその才覚がなかったというだけとも言えますが)、叔母の勧めも聞き入れず、ひたすら源氏を信じ続けていたことに対する感動でしょう。

そしてもう一つの要点、「ひたすら恥じらっている態度がさずがに上品なのも奥ゆかしく」思ったというのは、末摘花の巻の言葉で言えば、状況としては「ただ『うふふ』とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにない」(第一章第八段2節)とあったのと同じことなのでしょうが、受け取る側の気持次第でこのようにも異なるものなのです。

こうした源氏の変化を『評釈』が「須磨で人の世の苦難を味わった源氏は、…人間としての味わいが身についていた」と言い、『構想と鑑賞』も「人間的に生長してきた」と考えていますが、それはいかがかと思われます。そのことは次節で触れます。

実はこの頃が、澪標の巻での頃で、源氏の周辺では、明石では姫が生まれて、乳母が送られ、五十日の祝が催されていたころです。源氏の気持ちが高揚していたに違いなく、そうしたことが彼をいっそう優しくさせていた、ちょうどいい折でもあったのでしょうか。

最後に「あの花散里も、…」とあって、この日、どうやら源氏はここを辞した後、初めの予定どおり、花散里の所に行ったらしく、これはそこでの感想です。

そして、澪標の巻で花散里を訪ねた(第三章)のは、この時からさらに一ヶ月後のことになると、『評釈』が指摘しています。》

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第四段 末摘花と再会~その1

【現代語訳】1

 姫君は、あれでもと待ち過ごしておいでになっていた期待どおりで嬉しいけれども、とても気の引ける有様で、面会するのもたいそうきまり悪くお思いである。

大弐の北の方が差し上げておいたお召し物類も、不愉快にお思いであった人からの物ゆえに、見向きもなさらなかったが、この女房たちが、香の唐櫃に入れておいたのが、とても快い香りが付いているのをお出しして差し上げたので、仕方がなくお着替えになって、あの煤けた御几帳を引き寄せてお座りになる。
 源氏がお入りになって、
「長年ご無沙汰していました間にも、気持だけは変わらずにご案じ申していましたが、それほどには何ともおっしゃって来て下さらないのが恨めしくて、今までお気持ちを確かめていたのですが、あの『しるしの杉』ではありませんが、ここの木立がはっきりと目につきましたので、通り過ぎることもできず、根くらべにお負け致しました」とおっしゃって、帷子を少しかきやりなさると、例によって、たいそうきまり悪そうにすぐにも、お返事申し上げなさらない。こうまでして草深い中をお訪ねになったお心の浅くないことに、勇気を奮い起こして、かすかにお返事申し上げるのであった。
「このような草深い中にひっそりとお過ごしになっていらっしゃった年月のおいたわしさも一通りには思われませんし、また私も心変わりしない性分なので、あなたのお心中も知らないままに露を分け入って参りましたことなどを、どのようにお思いでしょうか。長年のご無沙汰は、それはまた、どなたからもお許しいただけることでしょう。今から後のお心に適わないようなことがあったら、言ったことに違うという罪も負いましょう」などと、それほどにもお思いにならないことでも、深く心を寄せているふうに申し上げなさることも、いろいろあるようだ。

 

《突然の源氏の訪れに、屋敷内の右往左往のさまが思われますが、作者はそこには触れません。逆に、姫の、戸惑いがありながら、いやに落ち着いたふうに見える姿が描かれて、かえって違和感があって滑稽です。

その中で彼女は、叔母が置いていった、彼女としては大変気に入らない、しかし実際には「とても快い香りが付いている」、彼女の容貌とは違って気の利いた着物を着て、ということは総じていかにもぎこちない様子で、「煤けた御几帳」越しに源氏の前に現れます。

 何から何までアンバランスな姫の有様です。

 そういう場面で、源氏はもっともらしく、ほとんど嘘八百といっていいことを並べ、あらゆる言葉を尽くしての口説きの挨拶を長々とするのです。『評釈』は、「(源氏の挨拶の)こういう口上手は、むしろ色好みの美徳なのである」とも言います。

嘘でもいいから、愛していると言ってほし思うのが、愛されたい者の普通の気持で、それに応えるのが、色好みなのです。

ただしその時に妙な悪意が入り込んではもちろんいけないでしょう。こういう時の源氏は、きっと、その時の気持として精一杯の努力と工夫を凝らして、それをすらすらと語っているのです。例えば子供をあやし、なだめすかすように語るわけで、それがうまくいった時に、言わばかけひきの勝利者として自分の腕前に自得するわけです。

女性の作者は「それほどにもお思いにならないことでも、深く愛しているふうに申し上げなさる」とはっきり言って、よく承知しています。

そしてしかし、彼は言ったことの責任をきちんと取って、後々まで面倒を見るのです。いや、責任をとって、などという気持もなく、それが好ましい男性のあり方だと考えているのでしょう。それが色好みの色好みたる所以です。好きで集めたものはいつまでも大切にするのが道理です。

「このような草深い中に…」は、前に「勇気を奮い起こして、かすかにお返事申し上げるのであった」とありますから、誰もが当然姫の言葉と思って読み始めそうですが、読み進めるとすぐに、これも源氏の言葉と分かります。『評釈』が「あの姫だからどうせ感心できる返事ではないはずで、そんなものをここで披露しては、せっかくの雰囲気がこわれるから、姫の返事は源氏一人が聞いたことにしておくのである」と、明解に、そして面白く言います。》

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第三段 源氏、邸内に入る

【現代語訳】

「どうしてひどく手間がかかったのだ。どうだったか。昔の面影も見えないほど雑草の茂っていることよ」とおっしゃると、
「これこれの次第で、なんとか会って参りました。侍従の叔母で少将と言いました老女が、昔と変わらない声でおりました」と、その様子を申し上げる。

ひどく不憫な気持ちになって、

「このような蓬生の茂った中に、どのようなお気持ちでお過ごしになっていられたのだろう。今までお訪ねしなかったとは」と、ご自分の薄情さをお思いになっている。
「どうしたものだろう。このような忍び歩きも難しいであろうから、こういう機会でなかったら、立ち寄ることもできまい。昔と変わっていない様子ならば、いかにもそうであろうと想像できるお人柄だ」とはおっしゃるものの、すぐにお入りになることはやはり気が引けるお気持ちがなさる。

きちんとした消息も差し上げたくお思いになるが、かつてご経験されたお返しの遅いのも、まだ変わっていなかったなら、お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった。惟光も、
「とてもお踏み分けになれそうにない、ひどい蓬生の露けさでございます。露を少し払わせて、お入りになりますように」と申し上げるので、
「 尋ねてもわれこそとはめ道もなく深き蓬のもとのこころを

(捜し捜ししてでも私は尋ねよう、道もなく深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を) 」

と独り言をいって、構わず車からお下りになるので、御前の露を馬の鞭で払いながらお入れ申し上げる。
 雨の雫も、やはり秋の時雨のように降りかかるので、
「お傘がございます。本当に『木の下露は雨にまさりて』で」と申し上げる。

御指貫の裾はひどく濡れてしまったようである。昔でさえあるかないかであった中門などは、もちろん跡形もなくなって、お入りになるにつけても格好がつかないのだが、その場にいて見ている人がないので気楽であった。

 

《源氏は惟光の報告を聞いて、「ご自分の薄情さ」を反省します。作者とその周囲が、男性はこうでなくてはならないと思っているのです。

 さて、「どうしたものだろう」は源氏の自問の気持でしょう。あの姫の人柄からすれば、惟光の言葉から推して、屋敷の内はさぞかし大変な状態だろう、…。

 「きちんとしたご消息も…」は、挨拶の和歌を届けさせようとの意味ですが、「かつてご経験された返歌の遅いのも、…お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった」というのが、また妙にふうに気の利いた配慮で、源氏の胸中が察せられます。使いの者を気遣った態ですが、彼自身の気持ちでもあるでしょう。折角立ち寄ろうという気持になっているのに、返事を待たされた挙げ句に、墨黒々と書かれた返事(末摘花の巻第一章第六段2節)では、気持の腰も折れようというものです。

結局彼は惟光の進言も聞かずに自ら屋敷に入っていくのですが、なるほど大変な八重葎でした。

 「中門などは、もちろん跡形もなくなって、…」の一文は、自分がいかにも場違いなところに立っているという違和感でしょうか。若い頃は、そういうところに通うのが一つの夢でもあった(帚木の巻第一章第三段2節)のですが、ひと年取り、今の立場になると、それよりも、門がないような所では、きちんとした姿の格好がつかないという気持の方がさきになるのでしょう。内大臣ともなるとその振る舞いはなかなか大変で、こんな荒ら屋に自ら出入りすることは憚らずにはいられません。

もともと彼は、「大変にひどく世間を気にし、まじめになさっていた」(帚木の巻冒頭)のであって、貴公子の中でも彼は特にそういう気配りをする人で、そういうところは今も変わりません。

しかし、昔の縁がある人となると、そんなことで背を向けることができないのも、またこの人であるわけで、ここは「その場にいて見ている人がないので気楽」だと思うことにして、露を踏み分けながら、そっと入っていきます。》

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