源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 光る源氏の物語(二)

第三段 冷泉帝後宮の入内争い

【現代語訳】

 兵部卿親王は、ここ数年来のお心が冷たく心外な仕打ちで、ただ世間のおもわくだけを気にしておられたことを、内大臣は恨めしくお思いになっておられて、昔のようにお親しみ申し上げなさらない。
 世間一般に対しては、分け隔てなくご厚情をお持ちになるのだが、この宮に対してはむしろまま冷淡な態度もおとりになるのを、入道の宮は気の毒で不本意なことだ、と御覧になっている。
 天下の政事は、まったく二分して、太政大臣と、この内大臣のお心のままである。
 権中納言の御娘を、その年の八月に入内させなさる。祖父大臣が率先なさって、儀式なども申し分なく行われる。
 兵部卿宮の中の君も、そのように志して、大切にお世話なさっているとの評判は高いが、内大臣は、他の人より一段と勝るようしようにとも、お考えにはならないのであった。どうなさるおつもりであろうか。

 

《前節の終わりで源氏は、政敵・大后には寛大でしたが、ここでは一党であるはずの兵部卿宮(紫の上の父)には冷淡だったとされます。その違いは何かと気になります。

兵部卿宮について源氏は、須磨下洛に当たって宮とその北の方が「ここ数年来のお心が冷たく案外な仕打ち」だったことを恨んでいたのだ、と言い、確かに須磨の巻第一章第三段1節にそうありました。

『評釈』はこの点について宮に同情的で、「実勢力がなく、本当の親分もなく子分もなく、生まれだけで親王という待遇におさまっている人としては、こうするしかな」かったとして、その上でなお、「自分の事なら政治的に必要とあれば、気持を制することもしよう。最愛の紫の上のかつての嘆きを源氏は忘れることができないのである」と言います。

つまり、『構想と鑑賞』も言うように、「人間として」許せなかったのだということのようです。北の方も、人の不幸を嘲笑するがごとき陰口を利いてもいたはずで、ただの保身のためのやむをえない行動でもありませんでした。

逆に大后に寛大だったのは、「自分の権力を誇示するためもあって、わざと大行(ママ)に皇太后にサービス」したのだと『評釈』は言いますが、やはり前提としてかつての大后の源氏に対する仕打ちは、あくまで彼女の「立場」によるものであって、「人間として」咎めるようなことではないと考えたということがあるのでしょう。大后の人柄の憎めない一面については、花宴の巻の冒頭にもそれとなく示されていました。

それにしても、その後権中納言(元の頭中将)の娘(正室・四の宮腹と思われます、ということは、大后の姪でもあるのですが)が入内したのですが、その際も、兵部卿宮の二の宮(紫の上の義理の姉妹)が有力候補だったのを源氏が抑えて、成立したことだったというのは驚きです。

明らかに一党と思われる姫の入内をさえ拒否するというのは、自分の将来を措いてまでも宮を許せないということのようですが、このまま進めば、源氏よりも権中納言の方が権力の座に近づくことになるのですから、まったく「どうなさるおつもりであろうか」と作者が驚いてみせるのも無理からぬ話です。》

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第二段 かつての女性たちの動向

 

【現代語訳】

 このような折にもあの五節をお忘れにならず、「また会いたいものだ」と、心に掛けていらっしゃるが、たいそう難しいことで、お忍びでおいでになることもできない。
 女は物思いが絶えないでいるのを、親はいろいろと縁談を勧めることもあるが、普通の結婚生活を送ることを断念していた。
 源氏は、気兼ねのいらない邸を造ったら、このような人々を集めて、思い通りにお世話なさる子どもができたら、その人の後見にもしようとお思いになる。
 あの東の院の造りようは、別邸なのでかえって見所が多く今風である。風流を解する受領など選んで、それぞれに分担させて急がせなさる。

 尚侍の君を今でもお諦め申すことがおできになれない。「こりずまに(失敗に懲りもせずにまた噂になろうか)」という案配で、昔ながらにお気持ちをお見せになることもあるが、女君は嫌なことにお懲りになって、昔のようにお相手申し上げなさらない。源氏は地位を得てかえって世の中を窮屈で物足りなくお思いになる。

 院は気楽な御心境になられて、四季折々につけて、風雅な管弦の御遊びなど、御機嫌よろしくおいであそばす。女御更衣はみなご在位中と同じく院の御所にいらっしゃるけれども、東宮の御母女御だけは、特別にはなやかにおなりになることもなく尚侍の君のご寵愛に圧倒されていらっしゃったのが、このようにうって変わって結構なご幸福で、離れて東宮にお付き添い申し上げていらっしゃる。
 源氏の内大臣のご宿直所は、昔からの淑景舎である。梨壺に東宮はいらっしゃるので、隣同士のよしみで、どのようなこともお話し合い申し上げなさって、東宮をもご後見申し上げなさる。
 入道后の宮は、御位を再びお改めになるべきでもないので、太上天皇に准じて御封を賜りあそばす。院司たちが任命されて、その様子は格別立派である。御勤行、功徳のことを、毎日のお仕事になさっている。ここ数年は世間に遠慮して参内も難しく、お会い申されないお悲しみに胸塞がる思いでいらっしゃったが、お思いの通りに参内退出なさるのもまことに立派な様子で、大后は、「嫌なものは世の移り変わりよ」とお嘆きになる。
 内大臣は何かにつけて、たいそう恥じ入るほどにお仕え申し上げ、好意をお寄せ申し上げなさるので、かえっておつらそうなのを、人々もそんなにまでなさらずともよかろうにと、お噂申し上げるのだった。

 

 

《花散里に続いて、都のかつての女性たちの消息がひとまとめに語られる段で、次の章への地ならしといったところです。

順序に特に意味はないようで、始めに五節が思い出されます。読者にとっては花散里の巻で初めて名前を知って、須磨で歌をよこしたという程度で、あまり馴染みのない人ですが、源氏にとっては、東の院に迎えようというくらいですから、ずいぶん思い入れのある人なのでしょう、こうして時々思い出されます。「普通の結婚生活を送ることを断念していた」というのは、源氏への思いからのことなのでしょうか、仔細は分かりませんが、この人も自ら選んだ一つの生き方を生きる人のようです。

尚侍の君は、かつてとはうって変わった心境のようで、何か普通の女性になったという感じで、世の中では自然な成り行きではありますが、読者には物足りない気がします。

彼女はこの巻の始めで朱雀院の訴えを顔を赤くして聞いた時から、自分の不行跡にも関わらない朱雀院の以前から少しも変わらない愛情に気づいていたのでした。彼女は自分の奔放さという「嫌なことにお懲りになって」いるのです。

もっとも、ここで彼女に以前の若々しい奔放さを発揮されると、問題が大きくなりすぎて、ひょっとすると作者に収拾が付かなくなり、この後にすでに兆しの示されているさまざまな出来事の話に入ることなどできなくなる恐れがあるでしょう。何か、少し無理して穏やかに収めた、といった感じが拭えません。

次は「東宮の御母女御」です。現在の右大臣の娘で、朱雀院の時の承香殿の女御と呼ばれます。当時はかの大后の娘・尚侍の君に寵を圧倒されて日陰の存在だったようですが、かつて明石の巻(第四章第一段)でちょっと話題に出たように、この人と朱雀院の間の皇子が、東宮となったことで、以前とはうって変わって、梨壺にいるその東宮に寄り添うという厚い待遇を受けるようになったというわけで、これは朱雀院の周辺の様変わりを示す話です。

さて、入道の宮・藤壺は今上帝の母ですから、皇太后になるところなのでしょうが、朱雀院の母君がまだその地位にいるので、太上天皇に準じた待遇、つまり院と呼ばれて別格扱いになったということのようです。ともかく進退自由で、「お思いの通りに、参内退出」できることになり、その他は「御勤行、功徳のことを、毎日のお仕事になさって」いるという、誇らしくも安穏な暮らしになっています。

その皇太后、つまり大后はその姿をおもしろくなく思って横目で見ているのですが、源氏はその大后を「(本人が)たいそう恥じ入るほどにお仕え申し上げ」たと言います。このことについては次の段で触れたいと思います。》

 


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第一段 花散里訪問

【現代語訳】

 このようにこの方のお気持ちの御機嫌をとっていらっしゃる間に、花散里などをすっかり途絶えていらっしゃったのはお気の毒なことである。公事も忙しく気軽には動けないご身分を思って控えていらっしゃったのに加えて、目新しくお心を動かすお便りも来ないため、慎重にしていらっしゃるようである。
 五月雨の降る所在ない頃、公私ともに暇な折りに、思い立ってお出かけになる。離れていても、朝夕につけいろいろにお心遣いをなさってお世話申し上げていらっしゃるのを頼りとして過ごしていらっしゃる所なので、今ふうに思わせぶりに、すねたり恨んだりなさることがなく、お心安いようである。この何年間に、ますますお邸は荒れて、もの寂しい感じで暮らしていらっしゃる。
 女御の君にお話申し上げなさって、西の妻戸の方に夜が更けてからお立ち寄りになる。月が朧ろに差し込んで、優美なお振る舞いがいよいよ限りなく美しくお見えになる。女君はますます気後れするが、端近くに物思いに耽りながら眺めていらっしゃったままでゆったりとお振る舞いになるご様子は、大変に好ましい。水鶏がとても近くで鳴いているので、
「 水鶏だにおどろかさずはいかにして荒れたる宿に月を入れまし

(水鶏でも戸を叩いて知らせてくれなかったら、どのようにしてこの荒れた邸に月の

光を迎え入れることができたでしょうか)」
と、たいそうやさしく、恨み言を抑えていらっしゃるので、
「どなたもそれぞれに好いところがあることよ。こうだからかえって気苦労することだ」とお思いになる。
「 おしなべてたたく水鶏におどろかばうはの空なる月もこそ入れ

(どの家の戸でも叩く水鶏の音に見境なしに戸を開けたら、浮気な月の光が入って来

て困ることだ)
 心配ですね」とは、やはり言葉の上では申し上げなさるが、浮気めいたことなど、疑いの生じるご性質ではない。長年お待ち申しておられたことも、決しておろそかにはお思いにならないのだった。女君は「空なながめそ」と、力付け申された時のこともおっしゃって、
「どうしてあの時はひどく嘆き悲しんだのでしょう。辛い身の上には同じ悲しさですのに」とおっしゃるのも、おっとりとしていらしてかわいらしい。

例によって、どこからお出しになる言葉であろうか、言葉の限りを尽くしてお慰め申し上げになる。


《かつてあれほど次々にたくさんにいた源氏の周辺の女性は、考えてみると、近くに紫の君、離れて明石の君がいて、この二人が彼の関心のほとんどを占めてしまい、みなそれぞれに遠くなっていって、心をゆさぶられて訪ねて行こうと思うような人はいなくなってしまいました。彼ももうそういう年ではなくなったということなのでしょう。彼は今二十九歳になっています。今彼の心に残っている人は、何人もいません。

その内の一人が、この花散里です。もとより色恋の相手ではありません。ただ不思議に彼の心を落ち着かせてくれる人であることは、昔のままです。明石のことを思えば心が傷み、今は紫の上の顔を見ても明石の君のことを思わねばならない源氏にとって、そういう花散里は、この場合かけがえのない人です。

そこは「所在ない頃、公私ともに暇」な時に、ふらりと行くことのできるところです。そしてこの姫は、ますます荒廃した屋敷にいるのですが、さいわい源氏のそんな扱いに目くじら立てるような人ではありません。何年振りに訪れた源氏を「端近くに物思いに耽りながら眺めていらっしゃったそのままで、ゆったりとお振る舞いになる」ような、そういう人なのです。

『評釈』がこの場面を「一服の清涼剤」、「休息の一時」といいますが、まったく源氏にとって、そして読者にとって、そういう場面です。

「空なながめそ」は、源氏が須磨に向かう際に彼女に言い残した言葉(須磨の巻第一章第四段)ですが、今日まで訪れの亡かった悲しみは、あの時の悲しみに劣らない、という恨みの言葉さえも、「おっとりとしていらしてかわいらしい」と思われる、そういう人なのです。源氏はそういう彼女を、作者自身が「どこからお出しになる言葉であろうか」とあきれるほどに巧みに、慰めるのです。二人にはそういう言葉のやり取り自体が楽しい睦み事と思われているようです。》

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