源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 明石の君の物語(一)

第八段 都の天変地異

【現代語訳】

 その年、朝廷では神仏のお告げがしきりにあって、物騒がしいことが多くあった。三月十三日、雷が鳴りひらめき雨風が激しかった夜に、帝の御夢に、院の帝が御前の階段の下にお立ちあそばして、御機嫌がひどく悪くてお睨み申し上げあそばすので、畏まっておいであそばす。申し上げあそばすことが多かった。源氏のお身の上の事であったのだろう。
 たいそう恐ろしく、またおいたわしく思し召して、大后にお申し上げあそばしたのだが、
「雨などが降り、天候が荒れている夜には、思い込んでいることが夢に現れるのでございます。軽々しい態度に、お驚きあそばすものではありませぬ」とお諌めになる。
 お睨みになったとき、眼をお見合わせになったと夢に見たせいか、眼病をお患いになって、堪えきれないほどお苦しみになる。御物忌みのことを、宮中でも大后宮でも数知れずお執り行わせあそばす。
 太政大臣がお亡くなりになった。無理もないお年であるが、次々に自然と騒がしいことが起こって来る上に、大后宮もどことなくお具合が悪くなって、日がたつにつれ弱って行かれるようなので、主上のお嘆きになることが、あれやこれやと尽きない。
「やはり、この源氏の君が真実に無実の罪でこのように沈んでいるならば、必ずその報いがあるだろうと思われます。今は、やはり元の位階を授けよう」と度々お考えになり仰せになるが、
「世間の非難も軽々しいと言うでしょう。罪を恐れて都を去った人を、わずか三年も過ぎないうちに赦されるようなことは、世間の人もどのように言い伝えることでしょう」などと、大后は固くお諌めになるので、ためらっていらっしゃるうちに月日がたって、お二方の御病気も、それぞれ次第に重くなって行かれる。

 

《話は一ヶ月ほど前、三月の初めに遡ります。須磨の嵐のさなか、二条院から源氏の所に嵐を突いてやって来た使いが、都もたいへんな嵐が続いて、「この雨風は不思議な天の啓示である」と騒がれ、政事も滞っている、と話していました(第一章第一段2節)。

三月十三日は、故院の幻が入道に、その日に「あらたかな霊験を見せよう」と言った(第一章第四段1節)その当日で、須磨に入道が源氏を迎えに来た日です。

故院の幻がとうとう帝の夢に現れて、厳しいお諫めがあったようです。

「源氏のお身の上の事であったのだろう」と語り手は言いますが、それは「故院は崩御の時(賢木の巻第二章第一段)、帝に「私の在世中と変わらず、大小の事に関わらず、何事も御後見役と考えなさい。…」と言い置かれていたことについてのことなのだと言っているのでしょう。

帝はすぐにそのことと気づいて、故院のお怒りを恐ろしく思い、また源氏を気の毒に思って、母・大后に話しますが、故院の遺言のことなど知らない大后は相手にしません。

すると、間もなくして、帝は故院ににらみに目をあわされたせいか、ひどい眼病にかかります。続いて、父・太政大臣が突然亡くなり、また大后も何故が体調を崩します。

大后も、あるいはどこかで本当に自分たちのしてきたことが報いを受けているのだと思ったかも知れませんが、流罪は三年という決まりもあり、また行きがかり上からも、そう簡単に源氏を許すなどということはできません。

このあたり、少々「昔物語」的勧善懲悪といった趣きで、大后方は悪役にさせられてしまったようですが、普通に考えれば、賢木の巻末に挙げたように、大后方の思いも十分に納得できます。それにここの大后の言葉も、いかにも筋が通ってもっともで、しかも確信的で、上に立つ人はこのようであるしかないという気がします。

しかし、源氏ファンである当時の女性の読者は帝の方に心を寄せたことでしょう。故院の幻という超自然の怪異の前には、大后のそういう正当性の主張など何の力もありません。

そうこうしている間にも、日に日に二人の容態は悪化していきます。》

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第七段 明石の娘へ懸想文 ~その2

【現代語訳】2

 翌日、
「代筆のお手紙を頂戴したのは、初めてです」とあって、
「 いぶせくも心にものをなやむかなやよやいかにと問ふ人もなみ

(悶々として心の中で悩んでおります、いかがですかと尋ねてくれる人もいないので)
 『言ひがたみ』(まだ見ぬ人に恋しいと言いにくくて嘆かわしく)」と、今度は、たいそうしなやかな薄様に、とても美しい感じにお書きになっていた。

若い女性が心を動かさなかったら、あまりに引っ込み思案というものであろう、すばらしいとは思うものの、比較にならないわが身の程が、何もかも無駄だという気がするので、かえって自分のような女がいるということをお知りになり訪ねてくださるにつけて、自然と涙ぐまれて、まったく前と同様に動こうとしないのを、しいて言われて、深く染めた紫の紙に墨つきも濃く薄く書き紛らわして、
「 思ふらむ心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ

(思って下さるとおっしゃいますが、さあどうなのでしょうか、まだ見たこともない

方が噂だけで悩むということがあるのでしょうか)」
 筆跡や歌のできぐあいなど、高貴な婦人方に比べてもたいして見劣りがせず、貴婦人といった感じである。都でのやりとりが思い出されて、趣深いと御覧になるが、続けざまに手紙を出すのも人目が憚られるので、二、三日置きに、所在ない夕暮や、あるいはしみじみとした明け方などに、目立たないようにして、それらの時々同じ思いをしているにちがいない時を推し量って書き交わしなさると、お相手として不似合いではない返事があり、 思慮深く気位高くかまえている様子も、是非とも会わないと気がすまないとお思いになる一方で、良清がわがもののように言っていた様子もしゃくにさわるし、彼が長年心にかけていただろうことを目の前で失望させるのも気の毒にご思案されて、

「相手から進んで参ったような恰好ならば、そういうことにして、紛らして事をはこぼう」とお思いになるが、女はまた、かえって高貴な身分の方以上に、たいそう気位高くて、いまいましく思うようにお振る舞い申しているので、意地の張り合いで日が過ぎて行ったのであった。
 都の紫の上のことを、このように須磨の関よりも遠くに来た今では、ますます気がかりにお思い申し上げなさって、「どうしたものだろう。『たはぶれにくき』だ(恋しいことだ)。こっそりと、お迎え申してしまおうか」と、気弱になられる時々もあるが、「そうかといって、こうして何年も過すことはないだろう、今さら体裁の悪いことを」と、心をお静めになるのだった。

 

《「かえって自分のような女が…」というのが彼女の独特の感じ方です。

「身分相応の結婚などまったくしたくない」(須磨の巻第三章第六段2節)と考えている誇り高い彼女にとって、源氏は願ってもない相手のはずですが、しかしもしそれが実現したら、今度は逆に自分があまりに見劣りがするように思われて、「身分の高い方は、わたしを物の数のうちにも入れてくださるまい」(同)という不安があり、その時の自分の惨めさを思うと、心を動かそうにも、どうしても踏み出すことができず、ただ「自然と涙ぐまれて」しまうばかりです。

プライドとコンプレックスは表裏の関係なのですが、その間を揺れ動いているということは、また、彼女が誠実に自分をふり返っているということでもあります。

さて、父親にせめられて書いた返事の歌がまた、都の貴婦人に劣らぬ見事なもので、源氏の心を引くのに十分なものでした。『評釈』の解説によれば、次のようです。源氏の後書きに引いた「恋しともまだ見ぬ人の言ひがたみ心にものの嘆かしきかな」の中の「まだ見ぬ人」が娘を指しているのを、源氏を指すように自分の歌に取り込んでおいて、源氏が「やよいかに」と問う人もいないと嘆いて見せたのに対して、注文どおりに「やよいかに」と問いかけながら、それをそのまま源氏の心を危ぶむ言葉にすり替えて詠み掛けているという、みごとな応答になっているのです。

幾度かの手紙のやり取りがあって、源氏は次第に娘に強い関心をいだくようになったのですが、良清のことを思って「相手から進んで参ったような恰好ならば」と入道に伝えたようです。

しかし、当時の慣習としては、恋は男が女の所に通うものであって、その逆は「召し人」という扱いに当たり、一段低いものであったので、彼女として受け入れがたいものでした。

源氏は、娘がそんなコンプレックスとプライドを複雑に絡み合わせているとは思いもせず、会ってみたいという思いが募りながら、人目を気にし、良清のことまで気に掛けて、当の娘はいい返事をよこさず、次第にじりじりしながら「意地の張り合いで日が過ぎて行った」のでした。

本当は、男は自分からは動けないじれったさに臍を噛んでいるのであり、女は惹かれる心に自分が負けることにおびえているのであって、とんと背を押す何かが必要なだけなのですが…。

田舎娘にじらされて、いささか落ち着かない源氏は、一番信頼できる都の妻を思うのでした、それはまるで、子供が母親の懐を思うように見えます。》

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第七段 明石の娘へ懸想文~その1

【現代語訳】1

 入道が、願いがまずまず叶った心地がして、すがすがしい気持ちでいると、翌日の昼頃に、岡辺の家にお手紙をおつかわしになる。立派にたしなみのある娘らしいにつけても、かえってこのような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているものだと、お気づかいなさって、高麗の胡桃色の紙に、何ともいえないくらい念入りに趣向を調えて、
「 をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をとふ

(何もわからない土地にわびしくものを思っていましたが、噂を耳にしてお便りを差

し上げます)
 『思ふには(思いに耐えかねまして)』」というぐらい書かれてあったであろうか。

入道も、こっそりとお待ち申し上げようとしてあちらの家に来ていて、期待どおりなので、御使者をたいそう痛み入るほどもてなし酔わせる。
 お返事には、たいそう時間がかかる。奥に入って催促するが、娘は一向に聞き入れない。何とも気後れするようなお手紙の様子に、お返事をしたためる筆跡も、恥ずかしく気が引けて、相手のご身分とわが身の程を思い比べると比較にもならない思いがして、気分が悪いといって物に寄り伏してしまった。説得に困って、入道が書く。

「とても恐れ多い仰せ言は、田舎者には身に余るほどのことなのでございましょうか。まったく拝見させて戴くことなど、思いも及ばぬもったいなさでございます。それでも、
  ながむらむ同じ雲居をながむるは思ひもおなじ思ひなるらむ

(物思いされながら眺めていらっしゃる同じ空を眺めていますのは、きっと同じ気持

ちだからなのでしょう)
 と思って見ております。大変に色めいて恐縮でございます」と申し上げた。陸奥紙に、ひどく古風な書き方だが、筆跡はしゃれていた。

「なるほど、色めかしく書いたものだ」と、目を見張って御覧になる。御使者に並々ならぬ女装束などを与えた。

《入道の懇請に源氏の心は動きます。「このような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているものだ」という考えは、彼の認識のように言っていますが、実は十年ほど昔、帚木の巻で左馬頭が吹き込んだ「中の品」の女についての考え方(第一章第三段1節)と同じで、源氏はそうとは意識しないまま、心に残っていたのでしょうか。

これまで源氏の女性関係は、多分葵の上だけは例外でしょうが、空蝉、夕顔、朧月夜、藤壺、末摘花、軒端の荻、そしてなれそめの書かれていない六条御息所も、すべての交際は源氏が偶然に乗じて自分から強引に求めて始まったのでした。

しかし今回は違っていて、一切は当の娘の父親がしつらえたものです。こういうお膳立ての整った形での交際の始まり方は、ここまで語られている限りでは初めてで、まるで近代のお見合いが始まるような様子です。

そしてまた、一応は彼自身もその娘を「立派にたしなみのある方らしい(原文・心はづかしきさまなめる)」と認めるところからスタートしたので、一地方名士の娘に対するにしては随分気合いの入った、改まった調子で手紙を書きます。そして手紙も「高麗の胡桃色の紙に、何ともいえないくらい念入りに趣向を調え」たものになります。

さて、しかし手紙を受け取った娘は、「恥ずかしく気後れして、…気分が悪いといって物に寄り伏してしま」います。プライドとコンプレックスの入り交じった思いでいる彼女の気持ちは察するにかたくありませんが、それは次節にゆずります。

しかたなく今回は入道である父親が返事を書きます。「本来なら女親がかくべきであろう」と『評釈』が言いますが、入道としては任せておけないという気持だったのでしょう。代筆の返事は、娘も同じくあなた様を思っているようです、という、率直なもので、源氏は出家にしてはずいぶん似つかわしくない「色めかし」い書きぶりだ(原文・すきたるかな)と、驚いて読みます。ことの成就を入道がどれほどの思いを掛けているかということを思わせる手紙であり、また入道の源氏への親近感を感じさせもします。

葵の上存命中の左大臣が、同じ思いだったことだろうと、ふと思い出します。》

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第六段 入道の問わず語り ~その2

【現代語訳】2

 源氏の君も、いろいろと物思いに沈んでいらっしゃる時なので、涙ぐみながらお聞きになる。
「無実の罪を着せられて思いもよらない世界にさすらうのも、何の罪によるのかと分からなく思っていたが、今夜のお話を聞いて考え合わせてみると、なるほど浅くはない前世からの宿縁であったのだと、感慨無量の思いだ。どうしてこのようにはっきりと思い当たっておられたことを、今までお話してくださらなかったのか。都を離れた時から、世の無常に嫌気がさして、勤行以外のことはせずに月日を送っているうちに、すっかり意気地がなくなってしまっていたことだ。そのような人がいらっしゃるとは、うすうす聞いてはいたが、役立たずの者では縁起でもないと相手にもなさらぬであろうと、自信をなくしていたが、それではお手引きしてくださるというのだね。心細い独り寝の慰めにも」などとおっしゃるのを、この上なくうれしいことと思った。
「 ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦さびしさを

(独り寝は寂しいものとあなた様もお分かりになったでしょうか、所在なく物思いに

夜を明かす明石の浦の娘心のうら寂しさを)
 まして長い年月心配し続けてまいった私の気のふさぎようをお察しください」と申し上げる様子は、身を震わせていたが、それでも気品は失っていない。
「それでも、海辺の生活に馴れた人は」とおっしゃって、
「 旅衣うらがなしさにあかしかね草のまくらは夢もむすばず

(旅の生活の寂しさに夜を明かしかねて、安らかな夢を見ることもありません)」
と、ちょっと寛いでいらっしゃるご様子は、たいそう魅力的で、何ともいいようのないお美しさである。

数えきれないほどのことどもをみな申し上げたが、煩わしいことで。誇張をまじえて書いたので、ますます馬鹿げて頑固な入道の性質も、現れてしまったことであろう。

 

《入道の切実な思いを聞いて、源氏も自分の思いを素直に語ります。

まず彼は、例によって自分が無実であるということから語ります。

彼自身はこれまで「何の罪によるのかと分からなく思って」、現在の自分を不幸な宿命と考えていたのですから、入道の祈願による住吉の神の導きという説明は、奇怪な話ではあっても、それなりに納得できる理由として考えられるものでした。

その話によれば、この謫居は、この明石に来て姫に会うためだったのものという肯定的な意味を持つことになります。

「自信をなくしていた」源氏としては、俄然、光明が見えてきたという思いになります。以前、入道から娘の話聞いた時には「このように身を沈めている間は、勤行より他のことは考えまい」と考えた(第二章第三段)ことが、今は、「すっかり意気地がなくなってしまっていた」のだという感慨に変わったのでした。

それにしても「心細い独り寝の慰めにも」という承諾の言葉は、あまりに露骨で、しかも相手の女性をいかにも見下した言い方のように思われて、ちょっと驚きます。しかし、これほどの身分差があれば、お手が付くというだけで、大変な果報と考えなくてはならなということなのでしょうか。

「数えきれないほどの」以下は草子地で、田舎の一国司に過ぎない入道が、まったく分不相応にかの源氏に私的な気持を洗いざらい話すという、当時の読者にとって思いがけない不自然なできごとを、なにせ馬鹿な人間のすることで、と作者が弁解するための口実としたものです。》

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第六段 入道の問わず語り~その1

【現代語訳】1

 すっかり夜が更けて行くにつれて浜風が涼しくなってきて、月も入り方になるにつれてますます澄みきって、あたりがひっそりとしてきた時分に、お話を残らず申し上げて、この浦に住み初めたころの心づもりや、来世を願う模様など、片端からお話し申して、自分の娘の様子を問わず語りに申し上げる。興あるおもしろいと聞く一面で、やはりしみじみ不憫なことだとお聞きになる点もある。
「まことに取り立てては申し上げにくいことでございますが、あなた様がこのような思いがけない土地に、一時的にせよ、移っていらっしゃいましたのは、もしや長年この老法師めがお祈り申していました神仏がお憐れみになって、しばらくの間、ご心労をお掛け申し上げることになったのではないかと存ぜられます。
 そのわけは、住吉の神にご祈願申し始めて、ここ十八年になりました。娘がほんの幼少でございました時から、思う子細がございまして、毎年の春秋に、必ずあの住吉の御社に参詣することに致しております。昼夜の六回の勤行に、自分自身の極楽往生の願いはそれとして、ただ自分の娘に高い望みを叶えてくださいと、祈っております。
 前世からの宿縁に恵まれませんもので、このようなつまらない下賤な者になってしまったのでございますが、父親は大臣の位を保っておられました。自分はこのような田舎の民となってしまっております。子々孫々と、そのように落ちぶれる一方では、終いにはどのようになってしまうのかと悲しく思っておりますが、わが娘は生まれた時から頼もしく思うところがございます。何とかして都の高貴な方に差し上げたいと思う決心が固いものですから、身分が低ければ低いなりに、多数の人々の嫉みを受け、私にとってもつらい目に遭う折々多くございますが、少しも苦しみとは思っておりません。自分が生きておりますうちは微力ながら育てましょう。このまま先立ってしまったら、海の中にでも身を投げてしまいなさい、と申しつけております」などと、全部はお話できそうにもないことを、泣く泣く申し上げる。

《これまで「ご遠慮申し上げて…めったに参上せず」(第三段)という態度だった入道と、彼を変人とだけ聞いていた源氏が、音楽を介してお互いにずいぶんうち解けた気持にもなり、利害も一致して、いつのまにかしみじみとした話ができるようになったようです。

 この場面は、もしこれを男性が語ったら、あるいは士大夫の友情の話にでもなりそうな、内心の触れ合った場面のように思われます。

入道が自分の来し方を「片端からお話し申し(原文・かきくずし聞こえ)」あげます。

その話しぶりは、決して変人でも奇人でもなく、筋の通った、そして深い思いの感じられるものでした。その中で、彼がそういう思いを抱くようになったきっかけと思われる「思う子細」というものがあったと語られているのが気がかりですが、それが何であったかについては、後の若菜上の巻まで待たなければなりません。

ともあれ入道は自分がどれほど娘の将来に期する思いが強いかという気持を源氏に切々と訴えます。それは、もし「高貴な方」との縁がないままになるなら、「海の中にでも身を投げてしまいなさい、と申しつけ」ているほどに、徹底したものでした。そしてそれは、そのように娘を育ててきた入道の、彼流の愛情の表現でもあるでしょう。

作者は、入道のような低い身分の者の内心の話など、源氏のような高貴な方の耳に入れることは憚られようと、「全部はお話できそうにもない」とぼかして結びます。

一方源氏は、自分がこの地に流れてきたことの、全く別の由縁を聞かされて、さぞかし驚いたことでしょうが、また決して自分の不運ばかりではなかったのだと心強くも思ったようです。》

 

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