源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻十三 明石

第三段 明石の君への手紙、他

【現代語訳】

 そうそう、あの明石には、送って来た者たちの帰りにことづけて、お手紙をお遣はしになる。人目に立たないようにして情愛こまやかにお書きになるようである。
「波の寄せる夜々は、どのように、
  嘆きつつあかしの浦に朝霧の立つやと人の思ひやるかな

(お嘆きになりながら暮らしている明石の浦に、嘆きの息が朝霧となって立ちこめて

いるのではないかと想像しています)」
 あの大宰帥の娘の五節は、どうにもならないことだが、人知れず好意をお寄せ申していたのもさめてしまった感じがして、誰からとも言わせずに、使いに手紙だけを届けて置いてこさせた。
「 須磨の浦に心を寄せし舟人のやがて朽たせる袖を見せばや

(須磨の浦で好意をお寄せ申した舟人が、そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見

せ申しとうございます)」
「筆跡などもたいそう上手になったな」と、お見抜きになって、返事をお遣わしになる。
「 かへりてはかことやせまし寄せたりし名残に袖の干がたかりしを

(かえってこちらが愚痴を言いたいくらいです、好意を寄せてくれてそれ以来涙に濡

れて袖が乾かないものですから)」
 「いかにもかわいい」とお思いになった昔の思い出もあるので、便りを思いがけなくお思いになって、ますますいとしくお思い出しになるが、最近はそういうお忍び歩きはまったく慎んでいらっしゃるようである。
 花散里などにもただお手紙などばかりなので、心もとなく思われてかえって恨めしい様子である。

 

《「そうそう(原文・まことや)」と、まるで忘れていたように軽く言って、明石への源氏の思いやりの話を始めるのが驚きですが、次の巻への橋渡しといったところでしょうか。

私たちは、明石の君が今後どれほど重要な役割を持つかということを、よく知っていますが、初めて読む人には、こう書かれると、何か彼女が源氏のこの一定の時代を彩った人で、たくさんの女性の中のひとりに過ぎなく意識されていたようで、夕顔が夕顔の巻で終わったように、この人もこの巻でほぼ役目を終えるのかと思われそうです。

しかも、そのように明石に触れた後に、なお五節や花散里のことがちょっとずつ書かれるので、いっそうその感を強くします。

実は作者もそう思ってほしいのではないでしょう。

作者は、読者が辺地の田舎娘のことは忘れて、ひたすら、不運な流浪の時代を終えた源氏の都での華やかな復活の物語に、期待を抱いてほしいのではないでしょうか。

そういう展開の中で、改めて文字どおり「そうそう」といった感じで、明石の君の話を起こしたいと考えているように思われます。

と言って、忘れられては困るので、期待を持たせる意味で、ここでちらっと触れられているといったところでしょう。》

 

※ 私事ながら、このブログ、今日から二年目に入ります。

ちょうど区切りで十三番目の巻、明石の巻が終わり、ベースに使っている、全八巻の『集成』本で言うと、第二巻が終わりました。ということはこれから後終わるまでに、ちょうど三年かかるということになります。ちょっと感慨があります。

  どうかよろしくお願いします。

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第二段 源氏、参内

【現代語訳】

 お召しがあって、参内なさる。御前に伺候なさると、いよいよ立派になられて、人々は

「どうしてあのような辺鄙な土地で、長年お暮らしになったのだろう」と思って見申し上げる。女房などの中で、故院の御在世中にお仕えして、年老いた者たちは、悲しくて、今さらのように泣き騒いでお褒め申し上げる。
 主上も、気が引けるほどに思し召されて、御装束なども格別にお整えになってお出ましになる。お加減がここ数日すぐれない状態でおいであそばしたので、ひどくお弱りあそばしていらっしゃったが、昨日今日は、少しよろしくお感じになるのであった。お話をしみじみとなさって、夜に入った。
 十五夜の月が美しく静かなので、昔のことを一つ一つお思い出しになられて、お泣きになる。何となく心細くお思いあそばずのであろう。
「管弦の催しなどもせず、昔聞いたあなたの楽の音なども聞かないで、久しくなってしまったな」と仰せになるので、
「 わたつ海にしなえうらぶれ蛭の児の脚立たざりし年は経にけり

(海浜でうちしおれて落ちぶれて『蛭の児』の脚が立たなかったという三年を過ごし

て来ました)」
とお応え申し上げなさった。まことに気の毒なと心恥しくお思いになって、
「 宮柱めぐりあひける時しあれば別れに春のうらみ残すな

(こうしてめぐり会える時があったのだから、別れた春の恨みはもう忘れて下さい)」
 実に優美な御様子である。
 故院の御追善供養のために、法華御八講を催しなさることを、何より先にご準備させなさる。東宮にお目にかかりなさると、すっかり御成人になって、珍しく、お喜びになっているのを、感慨無量のお気持ちで御覧になる。御学問もこの上なくご上達になって、天下をお治めあそばすにも、何の心配もいらないように、ご立派にお見えあそばす。
 入道の宮にも、お心が少し落ち着いてご対面の折には、しみじみとしたお話がきっとあったであろう。

 

《兄・朱雀帝との対面ですが、帝の「気が引けるほどに思し召されて、御装束なども格別にお整えになって」という言葉が、痛々しく思われます。

「何となく心細くお思いあそばずのであろう」もその気持の延長で、次の言葉も源氏の機嫌を窺っている趣がありますが、「昔聞いたあなたの楽の音なども聞かないで」に源氏に対する敬語が入っていないのが、せめてものことで、読んでいて、ほっとするような気持ちがしないでしょうか。

源氏の歌はそういう帝への嫌みに聞こえて、後の帝の歌の、詫びの心にも関わらず、平凡な中にあるさすがと言えるおおらかさな威厳と比べると、いささか格が落ちるのではないかという気がします。

「実に優美な御様子である」は帝の様子を言っている(二人の様子、ではない)と考えてよいようで、ここばかりは作者も承知の上の差違を付けたのでしょうか。

ところで、藤壺についてはたった一言書き添えられただけです。前節の紫の上との違いは決定的で、どうやら明らかに時代は、ぐるりと一齣廻ったようです。》

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第一段 難波の御祓い

【現代語訳】

源氏の君は、難波の方に渡ってお祓いをなさって、住吉の神にも、お蔭で無事であったので、改めていろいろと願を立てたそのお礼に改めて参る旨を、お使いの者に申させなさる。急に大勢の供回りとなったので、ご自身では今回はお参りになれず、格別のご遊覧などもなくて、急いで京にお入りになった。
 二条院にお着きになって、都の人もお供の人も、夢のような心地で再会し、喜んで泣くのも縁起が悪いくらいまで大騷ぎしている。
 女君も、生きていても甲斐ないとまでお思い棄てになっていた命を、嬉しくお思いのことであろう。たいへんに美しくご成人なさって、ご苦労の間に、うるさいほどあったお髪が少し減ったのも、かえってたいそう素晴らしいのを、源氏は、「もうこうして毎日お会いできるのだ」と、お心が落ち着くにつけて、また一方では、心残りの別れをしてきた人が悲しんでいた様子が、痛々しくお思いやりになられる。やはり、いつになってもこのような方面では、お心の休まる時のないことよ。
 その女のことなどをお話し申し上げなさった。お思い出しになるご様子が一通りのお気持ちでなく見えるのを、並々のご愛着ではないと拝見なさるのであろうか、さりげなく、「身をば思はず(忘れられた私の身の上は思いませんが)」などと、ちらっと嫉妬なさるのが、しゃれていてかわいらしいとお思い申し上げなさる。

「こうして見ていてさえ見飽きることのないご様子を、どうして長い年月会わずにすごしたことか」と、信じられないまでのお気持ちがなさるにつけて、今さらながら、まことに世の中が恨めしく思われる。
 まもなく元のお位に復して、員外の権大納言におなりになる。以下の人々も、しかるべき者は皆元の官を返し賜わって世に復帰するのは、枯れていた木が春にめぐりあった有様で、たいそうめでたい感じである。

 

《都への帰途、住吉神社に、今は自分は行かれないので使いを出して、後日改めて必ずお礼のお参りをすることを約束しますが、これが後に一つの出来事を生む伏線となっています。

そしてめでたく源氏の帰京です。およそ一年五ヶ月ぶりに見る紫の上は、ひときわ美しく成長していました。源氏二十八歳、彼女は二十歳という、当時としては女性のまっ盛りの年で、苦労で髪が少し減ったことまでが源氏の心を惹きました。

「身をば思はず」は、「忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな」で、『評釈』は「忘れられた私の身の上の事よりもまず、命をかけて契った人の、生命のほどが案じられることだ」と解釈して、「光る源氏の浮気をたいへん上手に咎めている」と言いますが、ちょっと分かりにくく思われます。「私のことは忘れて、その人のことばっかりをご心配なさるのですね」といった感じなのでしょうか、この場合紫の上は「忘らるる」ではなく、これまで「忘れられていた」のですから、ぴったりと当てはまるわけではないのが、こういう場合あまりぴったりしていると本当に焼きもちを焼いている形になりそうです。ここはとりあえず下の句の意味だけが生きているという形にして、少し外れている方が角が立たず、かえって「上手に咎めている」と言えそうな気もします。

源氏一党の復位復権がなって、「枯れていた木が春にめぐりあった有様」だと言います。ありふれた比喩だとは思いますが、いかにもめでたく、いかにもぴったりです。》

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第五段 残された明石の君の嘆き

【現代語訳】
 明石の君本人の気持ちは、たとえようもないくらいで、こんなふうであるとは誰にも見られまいと気持ちを沈めていたけれども、わが身のつたなさがもとで、仕方がないことながら、お残しになって行かれた恨みの晴らしようがない上に、お姿がちらついて忘れられず、できることはただ涙に沈むばかりである。母君も慰めるのに困って、
「どうして、こんなにもの思いを尽くすようなことを思い立ったのだろう。すべて偏屈な主人に従ったわたしの失敗だった」と言う。
「黙りなさい。お捨て置きになれない事情もおありになるようだから、お考えになっていることがあるだろう。気持ちを静めて、せめてお薬湯などでもお飲みなさい。なんと縁起でもない」と言って、片隅に座っていた。

乳母、母君などが偏屈な心をそしり合いながら、「早く何とか願い通りにしてお世話申そうと、長い年月を期待して過ごしてきて、今やっとその願いが叶ったと頼もしくお思い申したのに、おかわいそうな有様を早々から味わおうとは」と嘆くのを見るにつけてもかわいそうなので、入道はますます頭がぼんやりしてきて、昼は一日中、寝てばかり暮らし、夜になるとのこのこ起き出して、

「数珠の在りかも分からなくなってしまった」と言って、素手をすり合わせて茫然としている。弟子たちに軽蔑されて、月夜に庭先に出て行道をするにはしたのだが、遣水の中に落ち込んだりするのであった。風流な岩の突き出た角に腰をぶっつけて怪我をして、寝込むことになってようやく、物思いも少し紛れるのであった。

 

《不安なままに先に進んで、不安どおりに起こった事態にただ泣くしかない娘、夫が抱いた大きな夢に不本意ながら同調しばかりに陥った悲哀に愚痴しか出ない母親、その大きな夢に挫折したかに見える事態に、妻や娘の乳母の愚痴を叱りつけて気休めの強がりを言いはするものの、やはり自分も不安で、「(部屋の)片隅に座って」いるしかない父親、この間までたびたび源氏を迎えて華やぎ、活気のあった家からうって変わって、沈みきった家庭の姿です。

入道は、本当はかなりそれなりの人だと思われるのですが、その振る舞いはここでも道化役といってもいいような扱いで、弟子(従者なのですが、主人が入道だからそう呼ばれます)からさえも「軽蔑され」る始末です。

起きていると妻や乳母の愚痴で針のむしろだからでしょうか、一日中ふて寝をしていて、人が寝静まると起きてきて勤行をしようとするのですが、数珠さえどこに置いたか忘れてしまって、形ばかりのお勤め、庭で行道(経をよみながら巡り歩くこと)すれば遣り水に落ち込み、「風流な岩」で怪我をし、寝込んで初めてちょっと娘のことから気持が離れるといった案配で、悲哀の空気の中をひとりでばたばたとはね回っています。》

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第四段 離別の朝~その2

【現代語訳】2
 入道は今日のお支度をたいそう盛大に用意した。お供の人々、下々の者まで、旅の装束が立派に調えてある。いつの間に準備しおおせたのだろうかと思うほどである。源氏の御装束はいうまでもない。御衣櫃を幾棹となく荷なわせお供をさせる。きちんとした都への土産にすべきお贈り物類は立派な物で、配慮の届かないところがない。今日お召しになる狩衣のご装束に、
「 寄る波に立ちかさねたる旅衣しほどけしとや人のいとはむ

(ご用意致しました旅のご装束は、寄る波の涙に濡れていまので、嫌だとお思いにな

りましょうか)」
と添えてあるのをお目に留められて、慌ただしい中であるが、
「 かたみにぞ換ふべかりける逢ふことの日数隔てむ中の衣を

(お互いに形見として着物を交換しよう、また逢うまで多くの日数を隔てる仲なのだ

から)」
とおっしゃって、「せっかく作ってくれたから」と言って、お召し替えになる。お身につけていらっしゃったものをお遣わしになる。本当に、もう一つお偲びするよすがを添えた形見のようである。素晴らしいお召し物に移り香が匂っているのを、どうして相手の心にも染みないことがあろうか。入道は、
「きっぱりと世を捨てました出家の身ですが、今日のお見送りにお供申しませんことが」などと申し上げて、顔をゆがめて泣いているのも気の毒だが、若い人はきっと笑ってしまうであろう。
「 世をうみにここらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね

(世の中が嫌になって長年この海浜の汐風に吹かれて暮らして来ましたが、なお依然として子の故にこの岸を離れることができずにおります)

 娘を思う親の心は、ますます迷ってしまいそうでございますから、せめて国境までなりとも」と申し上げて、
「あだめいた事を申すようでございますが、もしお思い出しあそばすことがございましたら」などと、ご意向を伺う。

たいそう気の毒にお思いになって、お顔の所々を赤くしていらっしゃるお目もとのあたりなどが、何ともいいようなくお見えになる。
「放っておきがたい事情もあるようなので、きっと今すぐに私の気持ちもわかって下るだろう。今はただこの住まいが見捨てがたいばかりです。どうしたものでしょう」とおっしゃって、
「 都出でし春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋

(都を立ち去ったあの春の悲しさに決して劣ろうか、年月を過ごしてきたこの浦を離

れる悲しい秋は)」
とお詠みになって、涙をお拭いになると、入道はますます分別を失って、ますます涙にくれる。立居もままならず転びそうになる。

 

《入道は、財力と思いの限りを尽くして、源氏を送り出そうとします。贈り物の衣裳に明石の君の歌が添えられていました。これもまた疑問文で、源氏に問いかける言葉です。それはあたかも寄りすがるような思いがにじんで源氏に纏い付き、一言でも多く源氏からの言葉を耳に残したいという思いからのように聞こえます。

源氏は着替えて、着ていたものを与え、香り高い薫き物の匂いが流れます。

出家ながら入道も心を打たれ、いよいよの別れとあって、「顔をゆがめて泣いている」というのですが、原文は「かひをつくる」(口がへの字になり、蛤の形に似るから出たと言う。海辺であるからこの語を用いた云々・『評釈』)で、たいへんユーモラスな表現です。「若い人ならきっと笑ってしまう」と添えられていますが、これもまたやはりボルゴンスキー公爵(第二章第一段)的で、この人も純粋な思いが余って振る舞いが滑稽になるようです。

彼は、その悲しみの中で、娘のためにせめて源氏の内意の一端を、と語りかけます。源氏は泣いて応えるのですが、同じ泣くのでも、入道の場合は滑稽で、源氏は「何ともいいようなくお見えになる」という、大きな差があるのはいかんともしがたいところです。

その返事は、一読、ずいぶん薄情に聞こえますが、遠回しの言い方です。原文は「思ひ捨てがたき筋もあめれば、今、いとよく見なほしたまひてむ。ただこの住処こそ見捨てがたけれ」です。身重になった娘のことは放っては置かない、そのことはすぐに再び会えるように行動で示すから、分かってもらえるだろう。

「今はただこの住まいが見捨てがたいだけなのだ」は、将来のことは私はもう決めているのだが、自分でそのことを承知していてもなお、今のこの別れは、堪えがたく悲しく思われる、それほどあの娘をいとおしく思っているのだ、と言っているのでしょう。

入道が「立居もままならず転びそうになる」のもまた、ご愛敬といったところで、「なみはずれた思いこみの強さが…読者の微笑みをさそう。そうしなくては、光る源氏ともあろう人が、明石ごとき地で国守の娘ごときに、かくの如き愛情を示すことに、読者は反撥を感ずるであろう」と『評釈』が言います。》

 

※ 蛇足ながら、年の暮れですので、一言ご挨拶を。

  まったく個人的なつれづれのすさび事を覗いていただいて、大変ありがとうございます。今年一月四日から、何とかおおむね一年を続けて来ることができましたのは、やはり読んで下さる方があると思えることが、大きな支えでした。

  やっと十三巻が終わりかけてきたところですから、五十四巻の終わりにたどり着くのは三年以上後のことになりそうです。私にとっては「はやぶさ2号」の旅のような長い旅のように思われますが、ともかく一日一日の積み重ねと心得て、つたないながら読み続け書き続けして行きたいと思っています。

  お暇な折がありましたら、今日も元気でやっておるかと、また覗いてみて下さい。

  では、また明日お目にかかります。どうかよいお年をお迎えください。

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