【現代語訳】2
母君は、
「どうして、ご立派な方とはいえ、初めての縁談に、罪に当たって流されていらしたような方などを考えるのでしょう。それも、心をおとめくださるようならともかく、冗談にもありそうにないことです」と言うので、ひどくぶつぶつと不平を言う。
「罪に当たることは、唐土でもわが国でも、このように世の中に傑出して、何事でも人に抜きんでた人には必ずあることなのだ。どういうお方でいらっしゃると思うのか。亡くなられた母御息所は、わたしの叔父でいらっしゃった按察大納言の御娘なのだ。まことに素晴らしい評判をとって、宮仕えにお出しになったところ、帝が格別に御寵愛あそばすことは、並ぶ者がなかったほどであったために、皆の嫉妬が強くてお亡くなりになってしまったが、この君がいらっしゃったのは、大変に喜ばしいことだ。女は気位を高く持つべきなのだ。わたしがこのような田舎者だからといって、お見捨てになることはあるまい」などと言っていた。
この娘は、すぐれた器量ではないが、優しく上品らしく、賢いところなどは、なるほど、高貴な女性に負けないようであった。わが身の境遇を、しがない者とわきまえて、「身分の高い方は、わたしを物の数のうちにも入れてくださるまい。身分相応の結婚などまったくしたくない。長生きして、両親に先立たれてしまったら、尼にもなろう、海の底にも沈みもしよう」などと思っているのであった。
父君は、仰々しく大切に育てて、一年に二度、住吉の神に参詣させるのであった。神の御霊験を、心ひそかに期待していたのである。
《ここでも母君の言い分は全くもっともなことと言うべきでしょう。先に身持ちの悪さを言い、次に咎人であることの不満を言い、また格の違いを心配します。
それに対して入道は「ひどくぶつぶつと不平を言う(原文・いといたくつぶやく)」といった具合で、ちょっと自信が無さそうで、少し言い訳めいて滑稽です。
このやり取りは、いかにも娘の縁談を巡っての夫婦らしいと思われて、『光る』が『細雪』を思わせると言いながら「なんだか面白いですね。なるほど、昔もこういうものだったのかといったような感じがあって(笑)」としています。
ところでこの入道の話によれば、この入道は故桐壺更衣と従兄妹、源氏は従弟半の間柄ということになり、それなら彼のプライド、高望みも、それほど理不尽なことでもないでしょう。読者にとってはいかにも唐突な話ですが、母君の反応がないところみると、二人の間では幾度も話し合われたことなのでしょう。
そこで『評釈』は「それにしても、いつも入道のこのせりふを聞いているはずの母君が、あえてあれほど強く反対するのは、どうしたわけであろう。母君は入道の言葉を信用していないのだ」としています。
確かにこの縁戚関係を承知しているなら、母君の、「冗談にもありそうにないことです」という言葉は厳しい言い方で、彼女が夫の話を信じていないのだというのは、案外妥当な考え方だと思われます。
家系を偽るのはこの当時では珍しいことではないのでしょうから、どちらが正しいかということは、分かりませんが、こういう二人の関係は、いかにもありそうで、うまい組み合わせだといっていいでしょう。
入道は、そういう縁戚を根拠に自ら高しとしているわけで、この人はどうやらたいへんな野心家だということになりそうです。実はそれにはそれなりの訳があるのですが、それはずっと後、若菜上の巻で入道の遺言として語られる話で、ここはまだ誰もそのことを知りません。
娘もまたなかなかの人で、「高貴な女性に負けないよう」でありながら、自分は高貴な人からは相手にされないだろうと思い、その一方で「身分相応の結婚などまったくしたくない」と誇り高く、たいへん難しい生き方を考えています。