源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 光る源氏の物語(二)

第六段 初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答

【現代語訳】
 大将は、頭の弁が口にしたことを考えるとお気が咎めて、世の中が厄介に思われなさって、尚侍の君にもお便りを差し上げなさることもなく、長いことになっていた。
 初時雨が今にも降り始めようかという気配を見せるころ、どうお思いになったのであろうか、向こうから、
「 木枯の吹くにつけつつ待ちし間におぼつかなさのころも経にけり

(木枯が吹くたびごとに訪れを待っているうちに、待ち遠しく思う時期も過ぎてしま

いました)」

とお便りを差し上げなさる。

時節柄しみじみとしたころであり、無理をしてこっそりお書きになったらしいお気持ちもいじらしいので、お使いを留めさせて、唐の紙をお入れになっている御厨子をお開けになって、特別上等なのをあれこれ選び出しなさって、筆を念入りに整えて認めていらっしゃる様子の優美であることを、御前の女房たちは、「どなたなのであろう」と、互いにつっ突き合っている。
「お便りを差し上げても、何の役にも立たないのに懲りまして、すっかり気落ちしておりました。『身のみもの憂く(自分を情けなく思っている間に、あなたに待たれるほど時が経ちました)』と思っているところで、
  あひ見ずてしのぶるころの涙をもなべての空の時雨とや見る

(お逢いできずに恋い忍んで泣いている涙の雨までを、ありふれた秋の時雨とお思い

なのでしょうか)
 心が通じるならば、どんなに物思いに沈んでいる気持ちも紛れることでしょう」
などと、つい情のこもった手紙になってしまった。
 このようにお便りを差し上げる方々は多いようだが、無愛想にならないようお返事をなさって、お気持ちには深くしみこまないようである。


 《藤壺の退出から、しばらく日が経ちました。

その間、頭の弁のあの嫌みが源氏の心を暗く掩っていました。さすがにあの背後には大后を初めとする右大臣一派の敵意が渦巻いているように思われるのです。

そんな時に思い懸けず、尚侍の君からの便りです。思いも懸けないのは源氏だけではありません、読者も同じ思いです。二人の関係は『ロメオとジュリエット』に似ていますが、この「ジュリエット」を取り巻く状況は、はるかに更に難しいはずです。しかし、彼女はあまりそのことにこだわっていないようで(あるいはそういうことに気が付いていないようで)、ずいぶん大胆な振る舞いです。

この巻の第二章第四段1節で、この人についての『光る』の、明るく屈託がない、という意見を紹介しましたが、源氏が「無理をしてこっそりお書きになったらしい」と推し量ったところを見ると、とさすがにここはそういう天真爛漫さからではないとは思われるものの、尚侍の君という立場を考えると、やはり慎みに欠けるように思われて、むしろそこで語られていた「大野・まことにあでやかだけれども、配慮が少し足りない人」という方面のほうが強く、脳天気なだけではないかという疑いが、改めて生じます。

作者自身、そこで、「本当に素晴しい女盛りでいらっしゃる。…魅力的であでやかで若々しい感じがして、好ましいご様子である」と言っていましたから、大変に肯定的な描き方であることは間違いないのですが、「重々しいという点では今少しと思われるが、」という評を忘れませんでした。

性格のおおらかさと容姿の美しさが抜群であって、内面的な欠落がある人というところでしょうか。そういう女性は、現代でもある種の男の側から言えば、遊び相手としては打って付けといえそうです。そして総体に女性的であったこの時代、そういう「ある種」的な男性こそが、好ましく思われていたということなのでしょう。

他の女性たちからも便りがあるようですが、源氏は、今、そういう人のことは「お気持ちには深くしみこまない」といった心境なのでした。

夕顔や葵の上が亡くなった時に匹敵する、源氏には珍しい心境ですが(それでも「つい情のこもった手紙になってしまった(原文・こまやかになりにけり・この訳は『集成』のもの)」というのが、大変おかしいのですが)、ともあれ、ここにこのエピソードが挟まれたことによって、前後の藤壺の深い慮りを一際引き立てるように感じられ、あわせて源氏の抱いた不安の大きさを印象づけてながら、物語の伏線としています。》

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第五段 藤壺に挨拶

【現代語訳】
「御前に伺候して、今まで夜を更かしてしまいました」と、ご挨拶申し上げなさる。
 月が明るく照らしているので、「昔、このような時には、管弦の御遊をあそばされて、合奏の相手など華やかにお扱いしてくださった」などと、お思い出しになると、同じ宮中ながらも、変わってしまったことが多く悲しい。
「 九重に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな

(宮中には霧が幾重にもかかっているのでしょうか、雲の上で見えない月をはるかに

お思い申し上げることです)」
と命婦を取り次ぎにして申し上げさせなさる。

それほど離れた距離ではないので、御様子もかすかではあるが、慕わしく聞こえるので、辛い気持ちも自然と忘れられて、まず先に涙がこぼれた。
「 月かげは見し世の秋にかはらぬを隔つる霧のつらくもあるかな

(月の光は昔の秋と変わりませんのに、隔てる霧のあるのがつらく思われます)
 『霞も人の(霞も仲を隔てる点では人の心と同じく意地悪だ)』とか詠まれていますが、昔もあったことでございましょうか」などと、申し上げなさる。
 中宮は、東宮をいつまでも名残惜しくお思い申し上げなさって、あらゆる事柄をお話し申し上げなさるが、お心に深くお留めにならないのを、ほんとうに不安にお思い申し上げなさる。 

いつもは、とても早くお寝みになるのを、「お帰りになるまでは起きていよう」とお考えなのであろう。お帰りを残念そうにお思いになるけれども、さすがに後をお慕い申し上げることがおできになれないのを、とてもいじらしいとお思い申し上げなさる。

 

《源氏が東宮のところに藤壺を訪ねます。

「昔、このような時には…」は、原文に誰と示されていないので、一読、源氏の思いのように思われますが、藤壺の思いとするのが一般のようです。そういう思いの流れからなのでしょう、珍しく藤壺の方から歌を詠み掛けます。もちろん源氏に関わる内容ではなく、亡き帝を偲ぶ歌です。

藤壺にしてみれば、この前のこともあるので余計に改まった対応をしなくてはならないでしょう。それに対して、「何の面目があって、再びお目にかかることができようか気の毒だとお気づきになるだけでも」(第三章第二段)と心に決めて、今日まで会わないできた源氏は、久々に御前に出て、それまでの緊張が一挙にゆるむ一方で、会えた喜びと、恋人の他人行儀な対応に、ただもう、なぜとも言えない涙がこぼれるばかりです。

源氏の返歌は、表向きは世の中の変化を嘆く歌ですが、暗に藤壺の隔てを嘆く意味もありました。

藤壺はそれには関わらず、参内はこれが最後となることを思って、ひたすら東宮と話しています。しかし幼い東宮は、そういうせっぱ詰まった思いなどにお気づきになるはずはないので、話は上の空で、ただもう母君がいつ帰ると言い出すかということばかり気にして、まとわりついておられるようです。

そういう幼子に藤壺の心は、もうすっかり源氏にはないようで、彼女の思いは、亡き帝と東宮の上だけです。そして、作者さえ、もうそれに触れようとしません。

ここでは源氏は添え物のように見えます。

最後の「さすがに後をお慕い申し上げることがおできになれない(原文・さすがにえしたひきこえたまはぬ)」が、「幼いながら東宮という公の立場をわきまえている」(『集成』)姿を描いて、いじらしく、藤壺の、そして読者の、涙を誘うところです。》

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第四段 朱雀帝と対面~その2

【現代語訳】2
 二十日の月がだんだん昇ってきて、風情ある時分なので、
「管弦の御遊なども、してみたい折だね」と仰せになる。
「中宮が、今夜、御退出なさるそうで、そのお世話に参りましょう。院の御遺言あそばしたことがございましたので、他に御後見申し上げる人もございませんようで、東宮の御縁で気がかりに存じられまして」と申し上げなさる。
「東宮をわたしの養子にしてなどと、御遺言あそばされたので、とりわけ気をつけてはいるのだが、特別に区別した扱いにするのも、今さらどうかと思って。お年の割に、御筆跡などが格別に立派でいらっしゃるようだ。何事においても、ぱっとしないわたしの面目をほどこしてくれることになる」と、仰せになるので、
「おおよそ、なさることなどは、とても賢く大人のような様子でいらっしゃいますが、まだ、とても不十分で」などと、その御様子も申し上げなさって、退出なさる時に、大宮のご兄弟の藤大納言の子で頭の弁という者が、時流に乗って今を時めく若者なので、何も気兼ねすることのないのであろう、妹の麗景殿の御方に行くところに、大将が先払いをひそやかにすると、ちょっと立ち止まって、
「白虹日を貫けり。太子懼ぢたり」と、たいそうゆっくりと朗誦したのを、大将はまことに聞きにくいとお聞きになったが、何の咎め立てできることであろうか。

后の御機嫌はひどく険悪でめんどうなことになりそうな噂ばかり聞いているうえに、このように一族の人々までも、態度に現して非難して言うらしいことがあるのを、厄介だという気がなさるが、知らないふりをしていらっしゃる。

 

《いろいろなことが少しずつ噛み合わず、ちぐはぐで、不安な、または不安定な状況が描かれています。

二十日の月が昇るのは午後十時頃ですから、ずいぶん遅くまでの面会です。

藤壺の退出がそれ以後の時間になるというのも、現代で考えると奇異な感じがしますが、そんなものだったのでしょうか。帝はまだ話したそうですが、源氏は藤壺の退出のお世話に行こうとします。

挨拶の中で東宮の話が出ると、帝は院から、東宮(形の上では帝の弟)を養子とするように言い残されたことを話して、「何事においても、ぱっとしないわたしの面目をほどこしてくれることになる」と、帝としては虚心に言われた言葉なのでしょうが、兄弟でなければ話せないであろうことをおっしゃいます。

『評釈』は「人柄がよくあらわれていて、読者の心をうつ」と言いますが、それ以上に、前節の尚侍の君のことといい、六歳の東宮にそのような思いを抱いていることといい、帝が平素どういうことを感じながらその地位におられるかということが察せられて、切なくおいたわしいという気がします。

それに対する源氏の返事がまた、ほとんど東宮の父親としての言葉で、前帝の御子(形の上で、ですが)に対するものとは思えない、危うい言葉です。

藤壺のところに行こうとする源氏に、たまたま出会った右大臣方の頭の弁が、羽振りのいいのを笠に着て、『史記』の故事を引いて嫌みを言い掛けます。その言葉は、『集成』によれば「東宮を擁する源氏方が、朱雀院に逆心を抱いても成功しないぞ、と皮肉ったもの」いう意味のようです。しかし、それにはあまりぴったりした言葉でないようで、『評釈』は、「頭の弁が『史記』について深い理解を持たぬせいか、この若者の学問の浅薄さを表しているのであろうか」と言っています。  

そうだとすると、嫌みを言われたこと自体よりも、その程度の人物からさえもこうした嫌がらせを受けるという、源氏の置かれた状況を物語っているのだと考えることができそうです。》

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第四段 朱雀帝と対面~その1

【現代語訳】1
 一般の事柄や東宮の御事に関わることなどでは頼りにしているというふうに、他人行儀なお返事ばかりを申し上げなさるので、「なんと冷静に、どこまでも」と恨めしく思って御覧になるが、何事もご後見申し上げてこられたので、「女房が変だと、怪しんだりしたら大変だ」とお思いになって、藤壺が退出なさる予定の日に、参内なさった。
 まず帝の御前に参上なさると、くつろいでいらっしゃるところで、昔今のお話を申し上げなさる。御容貌も院にとてもよくお似申していらっしゃって、さらに一段と優美な点が付け加わって、お優しく穏やかでおいでになる。お互いに懐かしく思って御覧になる。
 尚侍の君の御ことも、依然として仲が切れていないようにお聞きあそばし、それらしい様子を御覧になる折もあるが、
「いやいや、今に始まったことならばともかく、前から続いていたことなのだから、そのように心を通じ合っても、おかしくはない二人の仲なのだ」と、しいてそうお考えになって、お咎めあそばさないのであった。
 四方山の世間話や学問上で不審にお思いあそばしている点などをお尋ねあそばして、また、色めいた歌のやりとりの話なども、お互いに打ち明けお話し申し上げなさる折に、あの斎宮がお下りになった日のことや、ご容貌が美しくおいでだったことなどをお話しあそばすので、自分も気を許して、野宮のしみじみとした明け方の話も、すっかりお話し申し上げてしまったのであった。

 

《藤壺は、出家を決意した以上、東宮の行く末を確かなものにするまでは、しばらくそのそばを離れられません。さすがに宮中で東宮にべったりの中宮にプライベートに会うことはできないでしょうから、源氏は、そういう藤壺の決意を知らないままに、あくまで恋心で帰宅を促す便りをしたのでしょう。

しかし返事は用件のみで、源氏は満たされず、ただ「恨めしく」思っているばかりです。

退出の日が来て、源氏は、参内の時にお供しなかったので、重ねてでは周囲に不審を招くと、後見役として参内することにしました。

その折り久々に帝との兄弟の対面がありますが、兄帝は、驚くべきことに、尚侍の君のことさえも、お前が先約だからと咎めようとしません。帚木の巻の「木枯らしの女」のところで、「自分に対して意志して不倫を働く相手に、それまでと同じ気持ちを保つことは、恐らく誰にもできないでしょう。それは嫉妬とか怒り以前の問題です」と言いましたが、信じがたい寛容さです。

しかし、一般的には作者はこの人に好意的(第二章第四段冒頭)であることを考えると、こういう寛容さも、気弱さ、愚かしさとしてではなく、文字通りの寛容さ、優しさ、心遣いといった意味で描こうとしたのではないかとも思われます。彼女が源氏に心を引かれているといても、それは比較的の話で、自分に対して特に否定的な振る舞いがあるわけではなく、少なくとも源氏は隠れての交際で、優先権は自分にあるのだから、多少の火遊びは大目に見よう、といった感じなのでしょうか。

そういう帝に源氏は「自分も気を許して(われもうちとけて)」という気持になります。

逆に言えば、それまでは彼としてはやはりさまざまに緊張していたということなのでしょう。

そこで「(六条御息所の伊勢下向の折の)野宮のしみじみとした明け方の話も、すっかりお話し申し上げてしまった」のでした。この言い方は、話すべきではなかったのに、というニュアンスがあります。

『評釈』が「斎宮は帝の代理なのだ。その潔斎を汚すようなことをしてはならない」、しかし逆にそういうことをあえて話すことによって、「(兄弟の)信頼感を示し、確かめあうのである」と言います。しかしこの朱雀帝という人は、そういう話を面白おかしく聞き話すような洒脱な人ではなく、もっと生まじめな人だと思われます。源氏は自分の手柄話として話していることが、兄の権威を傷つけているのではないでしょうか。

同書はそれを、源氏が、「若い男の不謹慎、神をなみする行為、それを話しても相手は自分の不利益を計りはせぬ」と考えるのだと言いますが、それは私には、源氏に子供じみた甘えがあるか、あるいは自分の方が力があるという驕りがあるかの、どちらかだと言うしかないように思われます。そしてそこには、そういう源氏の甘さ、驕りに対しての作者の批判的な気分が現れていて、それが後の尚侍の君との問題を引き起こすのだと言っているように思われるのですが、どうでしょうか。

いずれにしても、大変優美に語られる高貴な兄弟の対話の場面ですが、微妙な気持が交錯する、なかなかスリルに富んだ光景に見えます。》

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第三段 源氏、二条院に帰邸

【現代語訳】

 女君はこの数日間にいっそう美しく大人におなりになった感じがして、とてももの静かにしていらっしゃって、男君との仲が今後どうなって行くのだろうと思っている様子がいじらしい気がなさるので、ご自分の困った心がさまざまに乱れているのがはっきりと分かるのだろうか、「色変はる」と歌にあったのもかわいらしいと思われて、いつもよりも親密にお話し申し上げなさる。
 山の土産にお持たせになった紅葉を、お庭先のと比べて御覧になると、一段と色深く染めている露にもお目が留まって、久しいご無沙汰も体裁悪い気もなさるので、ただ普通の贈り物として、中宮に差し上げなさる。命婦のもとに、
「参内あそばしたのを、珍しい事と思ってお聞きいたしますにつけ、東宮に関する事もご無沙汰いたしておりましたので、気がかりに存じながらも、仏道修行を致そうなどと計画しておりました日数を、中途でやめることになってもと、何日にもなってしまいました。紅葉は、独りで見ていますと、せっかくの美しさも残念に思われましたので。よい折に御覧下さいませ」などとある。
 なるほど、立派な枝ぶりなので、お目をひかれてご覧になると、いつものように、ちょっとした文が結んであるのだった。女房たちが拝見しているので、お顔の色も変わって、
「依然として、このようなお心がお止みにならないのが、ほんとうに嫌なこと。惜しいことに、思慮深くいらっしゃる方がだしぬけにこのようなことを、時々なさるのを、女房たちもきっと変だと思うであろう」と、不快な気持がなさって、瓶に挿させて廂の柱のもとに押しやらせなさった。

 

《先日の歌の贈答の時は「姫君」でしたが、ここは「女君」となります。そしてその振る舞いもすっかり大人びて、口には出さないままに、どうやら源氏と藤壺と間柄を察して「(自分と源氏との間は)今後どうなって行くのだろうと思っている様子」です。その様子がまた源氏の、そして読者の心を引きます。

それでもなお、源氏の心は今のところあくまで中宮にあるようで、「女君」の相手を終えると、中宮に便りを届けます。

「山の土産に…」以下を、読者の多くが、初め「女君」への土産の話と思って読むのではないでしょうか。ところがその文の終わりに至って、「中宮に差し上げなさる(原文・宮に参らせたまふ)」とあって、そうだったのか、と驚くことになりますが、作者はそれを当然のこととして筆を進めているようです。そのくらい源氏の頭の中は中宮で占められているはずだと、作者は考えているのです。

やはり前節の「あのお方」は藤壺だと考える方がよさそうです。

源氏は、自分が意図を持っての長い無沙汰のあとですから、ただ山の紅葉を送るためだけのような手紙を添えて届けて、様子を見ます。

実はその手紙とは別に、その枝にもう一つの手紙が結んであったようです。

しかし、藤壺の心はもう動かず、かえって「不快な気持がなさって、瓶に挿させて廂の柱のもとに押しやらせなさった」のでした。》

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