源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻十 賢木

第二段 右大臣、源氏追放を画策する~その2

 

【現代語訳】2

大后は、さらにきついご気性なので、とてもお怒りの様子で、
「帝と申しても昔から誰もがあなどり申し上げて、お辞めになった左大臣も、またとなく大切に育てている一人娘を、兄で東宮でいらっしゃる方には差し上げないで、弟の源氏姓でまだ幼い者の元服の時の添臥に取り立てて、またこの君を宮仕えにという心づもりでいましたのに、愚かしい有様になったのを、一体誰が、不都合なことだとお思いになったでしょうか。皆があのお方にお味方していたようなのを、その当てが外れたことになって、尚侍としてでも出仕していらっしゃるようだが、気の毒で、何とかそのような宮仕えであっても、他の人に負けないようにして差し上げよう、あれほど憎らしかった人の手前もあるし、などと思っておりましたが、その尚侍の君は、こっそりと自分の気に入った方に心を寄せていらっしゃるのでしょう。斎院のお噂は、ますますもって噂どおりなのでしょうよ。何につけても、帝にとって安心できないように見えるのは、東宮の御治世を格別期待している人なのだから、もっともなことでしょう」と、容赦なくいろいろとおっしゃるので、そうはいうものの聞き苦しく、

「どうして、申し上げてしまったのか」と、思わずにいられないので、
「まあ、暫くの間、この話を漏らすまい。帝にも奏上あそばすな。このように罪がありましてもお捨てにならないのを頼りにして、いい気になっているのでしょう。内々にお諌めなさっても、聞きませんでしたら、その責めは、ひとえにこの私が負いましょう」などと、お取りなし申されるが、少しもご機嫌が直らない。
「このように同じ邸にいらっしゃって隙もないのに、遠慮もなくあのように忍び込んで来られるというのは、ことさらに軽蔑し愚弄しておられるのだ」とお思いになると、ますますひどく腹立たしくて、

「この機会にしかるべき事件を企てるのには、よいきっかけだ」と、いろいろとお考えめぐらすようである。

 

《大后は、ひたすら我が子のことを思います。

今上帝が、幼い時から第一皇子であるにも関わらず、人の覚えに関して源氏に後れを取り、源氏ばかりがちやほやされてきたことからして気に入りません。

尚侍の君についても、夫の大臣までもが一時、その憎むべき源氏と結ぼうとし、それが駄目となってやっと出仕させても、尚侍としてであってそれだけでもみっともないと思いながら、これからと思っていたらこの始末で、おまけにあの娘があろうことか自分勝手にその源氏に思いを寄せていて、許し難いことです。

女性らしく(と言うとよくありませんが)思いは乱れて、怒りはあちこちに跳びますが、それもこれも、あの源氏がいることが問題の種なのです。そしてそれは、すべてが今上帝の地位を、つまりは自分たちの権勢を危うくするのです。

あまりの剣幕に大臣は、事を荒立てると娘の傷が公になるかも知れないことを危惧したのでしょうか、言わなければよかったとさえ思って、慌てて大后をなだめようとしますが、すでに遅く、大后の怒りは収まるどころではなさそうで、むしろその言葉は、そこここで大臣の心をちくちく刺します。

大臣は、自分の見込み違いもあり、また今度のことも、そのまま公にすることはできませんから、大后の怒りにただちに満足を与えることもできません。

怒り狂う妻をなだめようとおろおろしている大臣をよそに、大后は策を練らなくてはならないと考えます。「しかるべき事件(原文・さるべきことども)」を企てなくてはならないのです。「『さるべき事』とは何か。昔から政敵を除く手段はきまっている。相手が、時の帝に謀反を計画しているらしいと言いふらし、左遷すること」(『評釈』)です。》


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第二段 右大臣、源氏追放を画策する~その1

【現代語訳】1
 大臣は、わがままで思ったことをそのままに胸に納めて置くことのできない性格の上に、ますます老寄りの偏屈さまでお加わりになっていたので、どんなことにもためらったりなさるということがない。何から何まで大后にも訴え申し上げなさる。
「これこれしかじかの次第です。この懐紙は、右大将のご筆跡なのだ。以前にも許しを受けないで始まった仲だけれども、人品に免じていろいろ我慢して、それでは婿殿にしようかと言いました時は、心にも止めずあきれた扱いをなさったので、不愉快に思いましたが、前世からの宿縁なのかと思って、決して操が汚れたからといっても帝がお見捨てにはなるまいことを頼りにして、このように本来の願いどおり差し上げながら、やはりその遠慮があって、晴れ晴れしい女御などとも呼ばせませんでしたことさえ、物足りなく残念に思っていましたのに、再びこのような事までがありましたのでは、改めてたいそう情けない気持ちになってしまいました。

男のありがちなこととは言いながら、大将もまことにけしからぬご性癖だ。斎院にもやはり幾度も禁制を冒し申し上げて言い寄っては、こっそりとお手紙のやりとりなどをして、怪しい様子だなどと人が話しましたのも、国家のためばかりでなく、自身にとっても決してよいことであるはずはないので、まさかそのような思慮のないことはなさるまいと、当代の識者として、天下を風靡していらっしゃる様子が格別のようなので、大将のお心を疑ってもみなかった」などとおっしゃると、

 

《途中ですが、ここで区切ります。

右大臣は、直情径行、怒りを爆発させて、大后に向かって、鬱憤をぶつけます。長い文が、一気にまくし立てる彼の人柄と憤り激しさを感じさせます。その要点は三つです。

一つは、何と言ってもあの花の宴の巻(第二段)で源氏が彼女の体と心を盗み取ってしまったことです。そのために大臣は彼女を女御の位につけることを遠慮しなくてはならなかったのです。

もう一つは、ここで言っているように、娘がそういう気持ちなら、源氏と結婚させてもいいと思っていたのに、「心にも止めずあきれた扱いをなさった」ことです。しかしこれについては、実際は、物語の中ではそういう申し出がされたことは語られておらず、大后の厳しい反対にあって潰えた話だったはずです(葵の巻第三章第二段2節)。

右大臣の思いは、あるいは後の彼の思いの中で付け加わったのか、あるいは今回の怒りで増幅された言葉かも知れません。

第三は、そういういきさつにも関わらず、今回このようにぬけぬけと邸まで忍び込んできてこういう始末をしでかしたことが、まったく「馬鹿にされたようでくやしい」(『評釈』)のです。

多少の齟齬はありますが、それにしても、この右大臣の言い分はほぼ道理の通った話で、さらに源氏の今回の臆面もない態度もあって見れば、かれの憤りはまったく無理からぬことだと思われます。

ところが作者は、「年寄りの偏屈さ(原文・老の御ひがみ)」云々と、決して好意的には語りません。

彼は『ベニスの商人』のシャイロックの役割を与えられているようです。》


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第一段 源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される ~その2

【現代語訳】2

 雷が鳴りやんで雨が少し小降りになったころに大臣がおいでになって、まず大后のお部屋にいらっしゃったが、村雨の音に紛れて尚侍の君がお気づきではなかったところへ、気軽にひょいとお入りになって、御簾を巻き上げなさりながら、
「どうかな。とてもひどい昨夜の荒れ模様を心配申しながら、見舞いにも参らないで。中将や宮の亮などは、お側にいたか」などとおっしゃる様子が早口で軽落ち着きがないのを、大将は、こんな危険な時にでも、左大臣のご様子をふとお比べになって、比較しようもないほどだと、おかしくおなりになる。ほんとうに、すっかり入ってからでもおっしゃればよいものを。
 尚侍の君はとてもお困りになって、そろそろとにじり出ていらっしゃると、顔がたいそう赤くなっているのを、「まだお加減が悪いのだろうか」と御覧になって、
「どうしてお顔色がいつもと違うのか。物の怪などがしつこいから、修法を続けさせるべきだった」とおっしゃると、薄二藍色の帯が、お召物にまつわりついて出てきているのをお見つけになって、変だとお思いになると、また一方に男物の懐紙に歌など書きちらしたものが、御几帳のもとに落ちていたのだった。

「これはいったいどうしたことか」と、お驚きになって、
「あれは誰のものか。見慣れない物だね。お渡しなさい。それを手に取って誰のものか調べよう」とおっしゃるので、振り返ってみて、ご自分でもお見つけになる。

取り繕いようもないので、どのようにもお応え申し上げようがない。呆然としていらっしゃるのを、「我が子ながら、恥ずかしいと思っていられるのだろう」と、これほどの方なら、お察しなさって遠慮なさるべきである。しかしまことに性急で、ゆったりしたところがおありでない大臣で、後先のお考えもなくなって、懐紙をお持ちになったまま几帳から覗き込みなさると、まことにたいそう色めかしい恰好で、臆面もなく添い臥している男までいる。今になってそっと顔をひき隠して、あれこれと身を隠そうとする。あきれて癪にさわり腹立たしいけれど、面と向かってはどうして暴き立てることがおできになれようか。目の前がまっ暗になる気がするので、この懐紙を取って寝殿にお渡りになった。
 尚侍の君は呆然自失して、死んでしまいそうな気がなさる。大将殿も、「困ったことになった。とうとう、つまらない振る舞いが重なって、世間の非難を受けるだろうことよ」とお思いになるが、女君の気の毒なご様子をいろいろとお慰め申し上げなさる。

 

《大変な事件の場面なのですが、大事件という趣がなく、大変に滑稽です。

まず、右大臣の登場の仕方からして、せかせかと気ぜわしく動き回っている感じで、おかしみを誘います。

その様を、身を潜めるべき源氏が思わず笑ってしまいますが、この人が平素からそういう人であることを知っているから、まだ直接姿を見る前から、様子を思うだけでおかしかったようです。語り手も一緒になって大臣をからかい、尚侍の君だけが本気でうろたえている感じです。

とうとう源氏は、「まことにたいそう色めかしい姿で、臆面もなく添い臥している」姿を右大臣に見られてしまいます。

それまで源氏は、あまり身を隠そうともしない、ずうずうしい態度だったのです。そしていよいよ見つかったとなって、「今になって、そっと顔をひき隠して、あれこれと身を隠そうとする」という、わざとらしい様子を見せます。

しかし大臣は「面と向かっては、どうして暴き立てること」ができません。騒ぎにすれば娘にも傷がつき、自分達の権勢の今後の大きな手蔓の一つを失うことになるのです。

源氏はどうやらそういう右大臣の立場を読んでいるようですし、また、それほどにこの人を見下しているようです。

 以前私は藤壺との塗籠事件の時(第三章第一段1節)に「思うに、夜這いの姿をその家族に見つかるほど気まずく具合の悪いことは、ないのではないでしょうか」と書きましたが、こういう開き直り方もあるようです。

ここでは、憤り狼狽する父親、厚かましく居直る間男、死ぬほど恥じ入っている娘、固唾を呑んでいる女房たち、という構図になっていて、そんな中で語り手までが「これほどの方は、お察しなさって遠慮すべきなのだ」と父親を変に冷静に批判して、尚侍の君に同情的です。

ほとんどドタバタ喜劇のように愉快な情景に見えますが、しかしもちろんこれは、これだけでは終わりません。それはさすがに源氏にもよく分かっているようです。》

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第一段 源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される~その1

【現代語訳】1
 そのころ尚侍の君が退出なさる。瘧病に長く患いなさって、加持祈祷なども気楽に行おうとしてであった。修法など始めてお治りになったので、どなたも喜んでいらっしゃる時に、例によってめったにない機会だからと、お互いに示し合わせなさって、無理を押して毎夜毎夜お逢いなさる。
 とても美しい盛りで豊かではなやかな感じがなさる方が、少し病んで痩せた感じにおなりでいらっしゃるところは、実に魅力的である。
 后宮も同じ邸にいらっしゃるころなので状況はとても恐ろしいのだが、このような危険な逢瀬こそかえって思いの募るご性癖なので、上手に隠れて度重なってゆくと、気配をさとる女房たちもきっといたにちがいないだろうが、厄介なことと思って、宮にはそうとは申し上げない。
 大臣はもちろん思いもなさらないが、雨が急に激しく降り出して、雷がひどく鳴り轟いた暁方に、殿のご子息たちや后宮職の官人たちなどが立ち騒いで、ここかしこに人目が多く、女房どももおろおろ恐がって、近くに集まってくるのですっかり困って、お帰りになるすべもないままにすっかり夜が明けてしまった。
 二人のいる御帳台のまわりにも、女房たちがおおぜい並び伺候しているので、まことに胸がどきどきなさる。事情を知っている女房二人ほどが、どうしたらよいか分からないでいる。

《去年の冬、藤壺が出家してしばらくのころは、尚侍の君から便りがあってもおざなりの返事をしただけだった(第四章第六段)のですが、半年が過ぎて、尚侍の君が里下がりしていると知ると、「危険な逢瀬こそかえって思いの募るご性癖」という、源氏のいつもの虫が騒ぎ出したのだと、作者は言います。

 この書き方は、まるでただの遊び感覚での逢瀬のようですが、彼自身としては本気なのでしょう。おおむねそういうことでいいようにも思いますが、やはりもう一つ隠し味として、現在の彼を取り巻くこの頃の何ひとつ思うに任せない状況に対する絶望的気分(それは彼の中に無意識的なものですが)を加味して理解しておく方が、源氏の若者らしさに知性の影が加わって、面白く読めそうです。 

一方、尚侍の君ですが、源氏と藤壺との間に同じようなことがあった時、藤壺には常に何とかして避けようとする態度があったのに比べて、尚侍の君は自分の方から誘いの便りを出すような人なのです。以前、尚侍の君について軒端の荻に似た人と言いました(第二章第四段1節)が、彼女は朱雀院の寵愛を受けながら、源氏への熱い恋心を捨てきれない、というよりも、すなおにその恋心に従っているという趣です。例えば空蝉が夫に対して持ったような倫理観は持ち合わせていないようです。純真にして妖艶と言いましょうか。

さて、あの恐ろしい母后のいる屋敷なのですが、そういう二人が「お互いに示し合わせなさって、無理を押して(原文・聞こえかはしたまひて、わりなきさまに)」夜ごとの危険な密会を始めたのでした。

もちろん尚侍の君の身近にいる女房たちの知るところではありますが、帝にお仕えする尚侍の君の、しかも政敵方の男との密通など、彼女たちはとても恐ろしくて后に伝えることなどできません。

そしてとうとう運悪く訪れていた夜明け前、はげしい雷雨となって屋敷の人々が大騒ぎを始め、「遠ざけていた女房たちも、雷鳴に驚き、女主人もこわがっているだろうと気にして、おそばに集まって来る」(『評釈』)ので、源氏は彼女の「御帳台」から出るに出られず、閉じこめられてしまったまま、夜が明けたのでした。》


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第三段 韻塞ぎに無聊を送る

【現代語訳】
 夏の雨が静かに降って所在ないころ、中将が適当な詩集類をたくさん持たせて参上なさった。殿でも文殿をお開けになって、まだ開いたことのない御厨子類の中の、珍しい古い詩集で由緒あるものを少しお選びになり、その道に堪能な人々を、表立ってではないがたくさんお呼びになる。殿上人も大学の人も、たいそう多く集まって、左方と右方とに交互に組をお分けになる。賭物なども又となく素晴らしい物で競争し合った。
 韻塞ぎが進んで行くにつれて、難しい韻の文字類がとても多くて、世に聞こえた博士連中などがまごついている箇所を時々口にされる様子は、実に深い学殖である。
「どうして、こうも何事もおできになるのだろう。やはり前世の因縁で、何事にも人に優っていらっしゃるのだなあ」と、お褒め申し上げる。最後には右方が負けた。

 二日ほどして、中将が負け饗応をなさった。大げさではなく、優美な桧破子類、賭物などがいろいろとあって、今日もいつものように人々を多く招いて、漢詩文などをお作らせになる。階のもとの薔薇がわずかばかり咲いて、春秋の花盛りよりもしっとりと美しいころなので、くつろいで合奏をなさる。
 中将のご子息で今年初めて童殿上する、八、九歳ほどで、声がとても美しく笙の笛を吹いたりなどする子を、かわいがりお相手なさる。四の君腹の二郎君なのであった。世間の心寄せも重くて、特別大切に扱っている。気立ても才気があふれ、顔形も良くて、音楽のお遊びが少しくだけてゆくころ、「高砂」を声張り上げて謡う、とてもかわいらしい。

大将の君がお召物を脱いでお与えになる。いつもよりはお乱れになったお顔の色つやは、他に似るものがなく見える。羅の直衣に単重を着ていらっしゃるので、透いてお見えになる肌がいよいよ美しく見えるので、年老いた博士たちなどは遠くから拝見して、涙を落としながら座っている。「あはましものを、さゆりばの」と謡い終わるところで、中将が源氏にお杯を差し上げなさる。
「 それもがと今朝ひらけたる初花におとらぬ君がにほひをぞ見る

(見たいと思っていた今朝咲いた花に劣らぬあなたを見ることとです)」
 苦笑して、お受けになる。
「 時ならで今朝咲く花は夏の雨にしをれにけらしにほふほどなく

(時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に萎れてしまったらしい、美しさを見せる間も

なく)
 すっかり衰えてしまったものを」と、陽気に戯れて、酔いの紛れの言葉とお取りなしになるのを、お咎めになりながら、無理に杯をお進めになる。
 多く詠まれたらしい歌も、このような時の真面目でない歌を数々書き連ねるのも、はしたないわざだと、貫之の戒めていることであり、煩わしいのでここで措いておく。すべてこの君を讃えたものばかり、和歌も漢詩も詠み続けた。ご自身でもたいそう自負されて、「文王の子、武王の弟」と、口ずさみなさった自認のお言葉までが、ほんとうに立派である。「成王の何」とおっしゃろうというのであろうか、それだけはさすがに自信がないことだろう。
 兵部卿宮も常にお越しになっては、管弦のお遊びなども嗜みのある宮なので、華やかなお相手である。



《韻塞ぎというのは「古詩などの韻を踏んであるところを隠し、詩の内容から、隠してある韻字を当てる遊び」(『集成』)で、『評釈』は、「当時の人々はずいぶん熱中したものらしい」と言っています。また「左方と右方」は、場の最上位の人が左方に入る団体戦ということで、ここでは源氏が左方に、そして右方の筆頭には中将が入ったことになります。

知識と文学的センスが問われる遊びであるわけですが、こういうことをやっても、大学寮の学者など専門家のいる中で相変わらず源氏がその才能を発揮して、人々を驚かし、結局はその左方が勝つことになります。

大人の遊びはしばしば、遊び自体よりも、その後の宴の方が本来の狙いであることは、昔も今も変わらないようで、韻塞ぎで負けた中将が二日後に饗応をして、華やかで賑やかな宴となります。その日は中将が次男を同行させました。なかなか美貌で才気煥発、中将の秘蔵っ子のようです。それにしても、右大臣の姫のお子ということで、あえて連れてきたのには何か特別な意味があるのでしょうか。源氏はそういうことは意に介さず、その子の見事な謡いに褒美を与えました。度量の広さを示したというところでしょうか。

 無聊を慰める賑やかな集いに、源氏はつい「文王の子、武王の弟」とつぶやきます。これは『史記』にある周公の言葉で、次に「我天下に於いて亦賤しからず」と続くのだそうで、源氏から見れば、桐壺帝が文王、兄の朱雀帝が武王ということになります。彼の消えやらぬ昂然たる自負の気持ちが覗いたわけですが、それを受けて「『成王の何』と、おっしゃろうというのであろうか」とあります。これは草子地で、成王は武王の子、例えを続ければ、東宮に当たります。そこで作者は、それならあなたは東宮の何だと名乗るつもりですか、名乗られないでしょう、と源氏に問いかけていることになります。

 そのように書くことによって、この場でもてはやされている源氏の蔭の部分を読者に意識させます。決してわが世の春と浮かれていい場合ではないのですよ、というふうに。本当にこの作者は、物事を一面的には描かない人です。同時に、作者の学殖とエスプリを披露したわけです。

 途中、「階のもとの薔薇がわずかばかり咲いて」とあって、私はこの時代にバラがあったのかと驚きましたが、調べてみると、薔薇は中近東から東アジアが原産地のようですから少しも不思議ではないわけです。ここは『白氏文集』の中に「階のもとの薔薇は夏に入って開く」とあるのによっているのだそうです。》

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