源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 葵の上の物語

第九段 源氏、左大臣邸を辞去する ~その4

【現代語訳】4

 院へ参上なさると、
「とてもひどく面やつれしたことだ。精進の日々を過ごしたからか」と、いたわしくお思いになって、御前でお食事などをお勧めになって、あれやこれやとお心遣いをして差し上げあそばす様子は、身にしみてもったいない。
 藤壺中宮の御方に参上なさると、女房たちが、珍しく思ってお目にかかる。命婦の君を通じて、
「悲しみの尽きないことですが、日が経つにつけてもご心中いかばかりかと」と、お伝え申し上げあそばした。
「無常の世は、一通りは存じておりましたが、身近に体験致しますと、人の世が嫌わしく思われることが多くて、思い乱れておりましたが、度々のお便りに慰められまして、今日までも」と言って、何でもない時でさえ持っているお悩みを取り重ねて、とてもおいたわしい様子である。無紋の袍のお召物に、鈍色の御下襲、巻纓をなされた喪服のお姿は、華やかな装いをしておられる時よりも、優美さが勝っていらっしゃった。
 春宮にも、久しく参上致さなかったことが気がかりであることなどを、申し上げなさって、夜が更けてからご退出なさる。

 

《院が、父親らしく源氏の面やつれを案じて、彼の精進がいかに誠実であったかを読者に保証します。

この人だけが源氏に敬語抜きで話すことがありますが、ここの「とてもひどく面やつれしたことだ(原文・いといたう面痩せにけり)」もそれで、それが大変新鮮で、絶えず人目にさらされているだろう二人の、私的なくつろいだ空間を感じさせます。

源氏の女性への誠実さは、どうも愛情が壊れてからの方が強いようです。女性である作者は、当時の女性の立場から考えて、愛情はいつかは壊れるものとして、理想的な男性とは、そのあとなお女性を大切に思うような男性だと考えていたように見えます。

次いで藤壺を訪ねます。かつて源氏を藤壺に導いた命婦が取り次ぎをします。源氏の思いはいかばかりかと、読む者まではらはらします。

藤壺の方から先に言葉をかけた格好で、また次の源氏の言葉によって服喪中に藤壺から幾度も手紙が来ていたことが知れて、藤壺は源氏に対して決して受身ばかりの気持ではなかったことが分かります。そしてそういう自分の思いに耐えている彼女の姿は、ここまでの彼女のどの場面よりも魅力的であるように私には思われます。

当然東宮のことが話題になりました。実は源氏との間の息子ですが、もちろんそういうことを口にはしないままにですから、そこで交わされる一つ一つの言葉が、すべて裏や含みを持った言葉であろうことは想像に難くありません。久し振りの対面でもあって見れば、二人にとってどれほど濃密な時間だったことでしょうか。「夜が更けてからご退出なさる」の一言が、そのことを、さりげなく、しかしよく示しています。

そして、ともあれこうして、正室・葵の上の逝去に関わる表向きのすべてのことが終わったのでした。》



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第九段 源氏、左大臣邸を辞去する

【現代語訳】3

 しみじみと心を打つ古人の詩歌、唐土のも日本のも書き散らし書き散らしてあり、草仮名でも漢字でも、さまざまに珍しい書体で書き交ぜていらっしゃった。
「みごとなご筆跡だ」と、空を仰いでぼんやりとしていらっしゃる。他人として拝見することになるのが、残念に思われるのだろう。

「旧き枕故き衾、誰と共にか」とあるところに、
「 なき魂ぞいとど悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに

(亡くなった人の魂がますます悲しく思われることだ、共に寝た床でいつも離れがた

思ったように)」
 また、「霜の花白し」とあるところに、
「 君なくて塵つもりぬるとこなつの露うち払ひいく夜寝ぬらむ

(あなたが亡くなって塵の積もった床に、涙を払いながら幾晩寝たことだろうか)」
 先日の花なのであろう、枯れて混じっていた。
 宮に御覧に入れなさって、
「今さら言ってもしかたのないことなのだが、このような悲しい逆縁の例は、世間にないことではないと、しいて思いながら、親子の縁も長く続かず、このように心を悲しませるために生まれて来たのであろうかと、かえって辛く、前世の因縁に思いを馳せながら、悲しみを覚まそうとしていますが、ただ日が経てば経つほど恋しさが堪えきれないのと、この大将の君が今日を限りに他人になってしまわれるのが、何とも残念に思われます。一日、二日もお見えにならず、途絶えがちにいらしたのでさえ、物足りなく胸を痛めておりましたのに、朝夕の光を失ってはどうして生き永らえて行けようか」と、お声も抑えきれずお泣きになると、御前に控えている年輩の女房など、とても悲しくて、わっと泣き出すのは、何となく寒々とした夕べの情景である。
 若い女房たちは、あちこちにかたまって、お互いに悲しい思いを話し合って、
「殿がお考えになりおっしゃるように、若君をお育て申して、慰めることができようとは思いますが、とても心細いお形見で」と言って、それぞれが、「しばらく里に下がって、また参上しよう」と言う者もいるので、互いに別れを惜しんだりして、それぞれ物悲しい事が多い。

 

《散らばっていた紙には、源氏の歌が書かれていました。

「旧き枕故き衾、誰と共にか」も「霜の花白し」も長恨歌の一節で、源氏はそこに自分の、なまめかしくも悲しい歌を書き添えていたのでした。

それについて『評釈』は、桐壺の巻で更衣の死に当たって、やはり長恨歌を題材とした伊勢の御の歌を引き歌とした作者が、ここでは「同性の歌人伊勢に対抗する気持で、この和歌をここに書きとめたのではなかったろうか」と言います。

それにしても、この歌のような思いがあったのなら、もっと親しむことができただろうに、と思われます。

そこにはまた、先日、源氏が大宮に歌を送った(第二章第八段2節)時に添えた龍胆や撫子の花の残りが枯れて散らばっていました。不在感のダメをおす感じです。

大殿は宮に歌や花を見せながら、無念の愚痴を綿々と語って、はた目も憚らず男泣きするのでした。母親として思いは大殿以上だったはずの宮の対応が書かれていないのは、あまりにくどくなるからでしょうか。

そして「御前に控えている年輩の女房など、…何となく寒々とした夕べの情景である」と結ばれるのですが、『評釈』が、「長い文を重ねてきたのが、急に短い凝縮した語が出て、きりりと結ばれる。源氏物語特有の文体で、印象的なひびきをもっている」と言っています。

  逆縁となる娘を失い、さらには一族の期待をかけた源氏を失って、悲しみに浸る大殿の横で、しかし、すでに身の振り方を話し合っている若い女房たちもいたようです。作者の目は、決して悲しみに濡れて曇ってはいません。》

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第九段 源氏、左大臣邸を辞去する ~その2

【現代語訳】2

「それでは、時雨も止む間もなさそうでございますから、暮れないうちに」と、大殿がお促し申し上げなさる。
 源氏がお見回しなさると、御几帳の後や、襖障子の向こうなどの開け放された所などに、女房たちが三十人ほど押し合うようにかたまって、それぞれに濃い、薄い鈍色の喪服を着て、みんなひどく心細げにして涙ぐみながら集まっているのを、とてもかわいそうにと御覧になる。
「お見捨てになるはずもない人が残っていらっしゃるので、いくら何でも、何かの機会にはお立ち寄りあそばさないはずがないだろうが、などと心を慰めておりますが、思いつめて後先考えられない女房などは、今日を最後の日とお見捨てになって過去の家になったのだと悲観して、死別となった悲しみよりも、あなたとのただちょっと時々親しくお仕えした歳月が跡形もなくなってしまうのを、嘆いているようでございますのも、もっともに思われます。くつろいで下さったことはございませんでしたが、それでもいつかはと、女房たちには空頼みをさせてまいりましたが、本当に心細く感じられる夕べでございます」と言いながら、お泣きになった。
「とても思慮の浅い女房たちの嘆きですね。仰せのとおり、どうあろうともいずれはと、気長に存じておりました間は、自然とご無沙汰致した時もございましたが、かえって今では何を心頼みしてご無沙汰ができましょうか。いずれお分りになるでしょう」と言ってお出になるのを、大臣はお見送り申し上げなさって、源氏の部屋にお入りになると、お飾りをはじめとして、昔のころと変わったところはないが、蝉の脱殻のような心地がなさる。

 御帳台の前に、硯などが散らかしてあって、手習いのお捨てになっていたのを拾って、目を絞めて涙を堪えながら御覧になるのを、若い女房たちは、悲しい気持ちでいながらも、ついほほ笑んでいるのもいるようだ。

 

《大殿は自分から源氏に出立を勧めます。それだけで、さすがにそういう立場の人と思われて、源氏とはひと味違う、娘婿への懐の深さと配慮を感じさせます。

こうして源氏は遂に出かけることになりますが、そこで最後の別れです。

そういう配慮を見せながら、涙ながらに見送る女房にかこつけて、大殿は娘を亡くした父親として、遠回しに、娘婿の訪れが間遠だったことへの最後の愚痴を語ります。

このあたり、その配慮といい、また愚痴といい、大殿の人柄が大変よく表されています。

 源氏の返事は、よそよそしかった葵の上がいつか変ってくれるのを期待する気持ちから、時を稼ごうと訪れが間遠になったが、今それを期待できなくなったから、「何を心頼みしてご無沙汰ができましょうか、(繁く参上することになるでしょう)」という「今の我々から見ると、変てこな理屈」(『評釈』)での弁明でした。

作者もこういう理屈が通るとは思っていないでしょう。

多分、こういう時の対話は、社交儀礼なのです。その場がとりあえずなめらかに流れていくように話すことが何よりも大切だと考えられていたのではないでしょうか。

本音とか内心の思いを率直に表す言葉などというものは、むしろ粗野と言えなくもありません。そういう意味では、大殿の言葉よりも、源氏の言葉の方が優雅とも言えます。

源氏を見送った大殿は、引き返して主のいなくなった源氏の部屋を覗いてみます。するとそこには「御帳台の前に、硯などが散らかしてあって、手習いのお捨てになっていたの」がありました。これについて『評釈』が「見よがしに反故をのこす源氏の所行にわざとらしさをわたくしは感じ」る、と言いますが、確かにこれほどの人が、当分は来ないだろうと思われる部屋を、こういう状態で出ていくということは考えにくいことだと思われます。

しかしまた、美しく歌の書かれた紙の数枚が散っている光景は、人が去っていった部屋だと思って見ると、その人の生身の気配が残っている分だけ、きれいに片付いて何もない空白感とは異なって、さっきまでいたという今の不在感が強調されているということはあります。

そしてさらに、その紙を大殿が拾い上げて見るという姿も、絵になる美しく哀切なカットだとも言えるでしょう。》


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第九段 源氏、左大臣邸を辞去する~その1

【現代語訳】1

 君は、こうして引き籠もったままぼんやりと日をお過ごしになるわけにもいかないとお思いになって、院へ参上なさる。お車を引き出して、前駆の者などが参集するころに、折り知り顔の時雨がはらはらと降り、木の葉を散らす風が急に吹き払って、御前に伺候している女房たちは何とも心細く、少し乾く間もあった袖が再び湿っぽくなってしまう。
 夜は、そのまま二条の院にお泊まりになる予定とあって、侍所の人々も、そちらでお待ち申し上げようというのであろう、それぞれ出立するので、今日が最後というのではないが、またとなく物悲しい。大臣も宮も、今日の様子に、悲しみを新たにされる。

源氏は宮のおん許へお手紙を差し上げなさった。
「院におかれても御心配のお言葉がございましたので、今日参内致します。ちょっと外出致しますにつけても、よくぞ今日まで生き永らえて来られたものよと、悲しみに掻き乱されるばかりの気がして、ご挨拶申し上げるのもかえってつらく思われますので、そちらにはお伺い致しません」とあるので、ますます宮は、涙で目もお見えにならず、沈み込んで、お返事も差し上げなされない。
 大臣が、さっそくお越しになった。とても我慢できそうになくお悲しみで、お袖から顔をお放しなさらない。拝見している女房たちもまことに悲しい。
 大将の君は、人の世をお思い続けになることが、とてもあれこれとあって、お泣きになる様子はしみじみと心深いものがあるが、取り乱したところなく優美でいらっしゃる。

大臣は、長い間かかって涙をお抑えになって、
「年をとると、たいしたことでもないことに対してさえ、涙もろくなるものでございますが、まして涙の乾く間もなくかきくらされている心を、とても鎮めることができませんので、人の目にも、とても取り乱して気の弱い恰好にきっと見えましょうから、院などにも参内できないのでございます。お話のついでには、そのように取りなして奏上なさって下さい。先のいくらもありそうにない年寄の身になって、子に先立たれたのが辛いのでございますよ」と無理に気を静めておっしゃる様子は、まことに痛々しい。

君も何度も鼻をかんで、
「遺されたり先立ったりする定めの無さは、世の習いとはよく承知致しておりますものの、直接我が身のこととして感じられます悲しみは、譬えようもないもので、院におかれても、ご様子を奏上致しますれば、きっとお察しあそばされることでしょう」とお答え申し上げになる。

 

《いよいよ源氏の出立です。

院に参上ということであれば、留めることはできません。「ちょっと外出致しますにつけても」と言っていて、確かに来るよすがとなる若宮もいるにはいるものの、しかし発ってしまえば、もうそうそう来てくれることはなく、屋敷の中はがらんとしてしまうでしょう。大臣邸の人々の悲しみと寂しさはこの上ありません。

折しも万物凋落の晩秋、時雨の降る風の日でした。その中で、これまで大殿邸にいた源氏の従者たちが、今夜の宿となる二条院へ三々五々と去っていきます。侘びしさはいっそうつのって、送る大臣や奥方は身も世もない嘆きようで、みんながただ涙々です。「読者も同感し、涙ぐまねばならない」と『評釈』が言います。

その中で源氏だけは、その嘆いている姿さえも「優美でいらっしゃる」のでした。

大殿と源氏の大人の、しかし切なく思いのこもった応答があります。源氏の返事が、「世の経験を数多くつみ、世のあり方を知った老人のごとき口調」(『評釈』)であるのが気になりますが、この若者(二十二歳)は時々こういう言い方をしますので、仕方ないでしょう。

ところで、それ以上に、この時に源氏が、義母の宮に別れの手紙を送るだけで、会いに行かなかったというのが、大変気になります。これが最後の別れというわけではないまでも、皆がほぼそういう気持ちで送りだそうとしているのですから、普通は、挨拶に行くところではないでしょうか。

宮への手紙で「ご挨拶申し上げるのもかえってつらく思われます」とお断りし、『評釈』も「人の涙を見るのはつらい。まして女親の涙は、見るにしのびない」と共感していますが、それでは「ますます宮は、涙で目もお見えにならず、沈み込んで」しまわれたのも、無理からぬことです。それほど辛かったのだと言えば言えますが、いつも周囲のことをおもんばかっている源氏らしくなく、宮を軽んじているようにさえ見えます。

ここは、自分の気分的都合を言っている時ではなく、自分がどれほど辛かろうとも、誰がいつどこで会っても感嘆し心を慰める彼の眉目秀麗の姿を見せて、婿として宮の悲しみをいささかでも鎮めようと考えるべきところではないでしょうか。

源氏の、口では大人びたことを言いながら、やはりまだ若輩という一面が覗いているような気がしますが、作者はどういう意図で、ここを手紙だけですませたのでしょうか。》


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第八段 三位中将と故人を追慕する~その3


【現代語訳】3

 日がすっかり暮れたので、大殿油を近くに寄せさせなさって、しかるべき女房ばかり、御前で話などをおさせになる。その中で中納言の君というのは、数年来内々にご寵愛なさっていたが、この喪中の間は、かえってそのような色めいた相手としてお考えにならない。「やさしいお心だ」と見申し上げている。その他のことでは親しくお話しかけになって、
「こうしてここ数日は以前にも増して、あなた方の誰にもすっかり馴染んできていて、今後いつもはこうもならないのは、きっと恋しいと思うだろう。妻が亡くなったことはしかたがないとして、あれこれと考えめぐらしてみると、悲しくて堪らないことがたくさんあることだ」とおっしゃると、ますます皆が泣いて、
「何とも言いようもない御方の事は、ただ心も真っ暗に閉ざされた心地がいたしますのは、仕方のないこととして、すっかりお離れになってしまわれると思い申し上げますと」と、最後まで申し上げきれない。かわいそうにとお見渡しになって、
「すっかり見限るようなことは、どうしてあろうか。薄情者とお思いなことだ。気長な人さえいてくれたら、いつかは分かってくださろうものを。しかし命は無常だからね」と言って、燈火を眺めていらっしゃる目もとが濡れていらっしゃるのが、素晴らしい。
 葵の上がとりわけかわいがっていらっしゃった小さい童女で、両親もいなくて、とても心細く思っているのを、無理もないと御覧になって、
「お前は、今からは私を頼るといいよ」とおっしゃると、たいそう泣く。小さい衵を誰よりも濃く染めて、黒い汗衫と萱草色の袴などを着ているのも、かわいらしい姿である。
「故人を忘れない人は、寂しさを我慢してでも、若君を見捨てないでお仕えして下さい。生前のおもかげもなく、女房たちまでが出て行ってしまったなら、訪ね来るよすがもない思いがますますしようから」などと、皆に気長く留まることをおっしゃるが、「どうだろうか、ますます間遠になられることだろう」と思うと、ますます心細い。
 大殿は、女房たちに、それぞれ身分に応じてちょっとした趣味的な道具や、また本当のお形見となるような物などを、改まった形にならないように心づかいして、一同にお配りになるのであった。

 

《妻が亡くなった後、男は「四十九日が過ぎると、妻の家を去る」(『集成』)のが習わしだったようです。無論この場合、若君は残して、です。なんだか、用の無くなった者が、お払い箱になって追い出されるような雰囲気で、人によっては、明日から路頭に迷うこともありそうな、過酷なしきたりのように思われます。もっとも、そのまま居座るのも居心地はずいぶん悪そうですが。

 現代に置き換えれば、夫に先立たれた嫁がどうなるか、ということですが、女性は家の中では大変重宝ですから、そのまま残ることを求められる方が多いのではないでしょうか。

その点、男は家の中では役に立ちませんから、当然のしきたりとも言えます。

しかしここはなにしろ源氏ですから、この服喪の間をずっとお側で世話をしていた女房たちから惜しまれながら、しみじみと別れの話を交わします。

 中で、中納言の君は帚木の巻第三章第一段1節にあった葵の上の侍女ですが、どうやら源氏の思い人になっていたようです。同じ帚木時代以来の間柄である朝顔の宮との関係とは違って、妻の侍女ですから、主従に近い関係と見るべきでしょうか、それでも「数年来こっそりとご寵愛なさっていた」のであって、こういう関係もあったわけです。しかしこの「この喪中の間は、かえってそのような色めいた相手としてお考えにならない」でいたのでした。

それを彼女は、葵の上に対して「『やさしいお心だ』と見申し上げて」います。自分の立場、分をよく心得た、また亡くなった主人への思いも込めた、言わば大人の対応で、点描の人に過ぎませんが、なかなかできた人であるように思われます。侍女たる者はこうでなければならないと、作者が、自分を含めて考えているのでしょう。

 女房たちと語りながら、源氏は「燈火を眺めていらっしゃる目もとが、濡れていらっしゃる」のですが、その後に「のが、素晴らしい。」と続くのには、いきなり作者(語り手)の評が語られて、ちょっと意表をつかれます。時々出てくる、いわゆる草子地というものですが、ここの場合は、何故か作者が自分の創った源氏にほれぼれしているような感じで、どこかほほえましく滑稽な気がします。

女房たちとのとりとめのない話は続きます。

そして、しかし、四十九日の忌み明けとなったのでしょう、大殿から女房たちに形見の品が渡されますが、その時、「それぞれ身分に応じて(原文・ほど置きつつ)」であるところが大切です。

「当時は、身分に応じた与え方をしなければ、与えた者は笑われ、貰った方は怒る」(『評釈』)のです。私たちも冠婚葬祭など、とかく人に金品を贈るときに、その金額や品選びに、先方に失礼の無いように、また自分の分に不相応でないようにと、しばしば苦慮します。時に合った過不足のない贈答は難しいものですが、貴族社会で生きるのには、そういうことを見事に仕分けするのが社交の上手というもので、必須のセンスであっったようです。

ともあれ、こうして源氏の、大殿での生活に大きな区切りが告げられます。》


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