源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 藤壺の物語(一)

第四段 葵の上、源氏の態度を不快に思う

【現代語訳】

 藤壺の宮は、そのころご退出なさったので、例によって、お会いできる機会がないかと窺い回るのに夢中であったので、大殿では穏やかではなく思っていらっしゃる。その上、あの若草の君をお迎えになったのを、「二条院では、女の人をお迎えになったそうだ」と、誰かが申し上げたので、まことに気に食わないとお思いになっていた。
 源氏は、「内々の様子はご存知なく、そのようにお思いになるのはごもっともだが、素直に普通の女性のように恨み言をおっしゃるのならば、自分も腹蔵なくお話してお慰め申し上げようものを、心外なふうにばかりお取りになるのが不愉快なので、起こさなくともよい浮気沙汰まで起こるのだ。あの方のご様子は、どこといって不十分で不満だと思われるというような欠点もない。誰よりも先に結婚した方なので、愛しく大切にお思い申している気持ちを、まだご存知ないのであろうが、いつかはお思い直されよう」と、「おだやかで、軽率でないご性質だから、いつかは」と、期待できる点では、他の方とは違うのだった。

 

《源氏が訪れることの少ない葵の上は、そのことを大変に不満に思います。そのことを源氏も知らないわけではありません。しかし葵の上はプライドとして何も言わないし、源氏も、そういう頑なさが窮屈だと感じて、自分から彼女の気持ちをほぐす努力をしません。彼女の方が素直に接するなら自分もそうできるのだが、と考えます。

実はこれによく似た夫婦の行き違いを見事に描いた近代の作品があるので、長くなりますが、引いてみます。漱石の『道草』第二十一章です。金を軽蔑して学問にいそしんでいる大学教授、健三はある日、妻から家計の苦しさを突きつけられます。

「健三はもう少し働らかうと決心した。その決心から來る努力が、月々幾枚かの紙幣に變形して、細君の手に渡るやうになったのは、それから間もない事であった。

 彼は自分の新たに受け取ったものを洋服の内隱袋から出して、封筒の儘畳の上に放り出した。默ってそれを取り上げた細君は裏を見て、すぐ其紙幣の出所を知った。家計の不足は斯くの如くにして無言のうちに補なはれたのである。

 その時細君は別に嬉しい顔もしなかった。然し若し夫が優しい言葉を添へて、それを渡して呉れたなら、屹度嬉しい顔をする事が出來たらうにと思った。健三も又若し細君が嬉しさうにそれを受け取ってくれたら優しい言葉も掛けられたらうにと考へた。それで物質的の要求に應ずべく工面された此金は、二人の間に存在する精神上の要求を充たす方便としては寧ろ失敗に歸してしまった。

 細君は其折の物足らなさを回復するために、二三日經ってから、健三に一反の反物を見せた。

『あなたの着物を拵へやうと思ふんですが、是は何うでせう』

 細君の顏は晴々しく輝やいてゐた。然し健三の眼にはそれが下手な技巧を交へているやうに映った。

 彼は其不純を疑った。さうしてわざと彼女の愛嬌に誘われまいとした。細君は寒さうに座を立った。細君の座を立った後で、彼は何故自分の細君を寒がらせなければならない心理状態に自分が制せられたのかと考えて益々不愉快になった。…

二人は互に徹底するまで話し合ふ事のついに出來ない男女のやうな氣がした。從って二人とも現在の自分を改める必要を感じ得なかった。」

こういう行き違いを漱石は近代的自我・自意識の衝突というふうに捉えていたわけで、彼の一つの大きなテーマだったと思われますが、人の中に潜むこのような意識自体は、別に近代特有のものというわけではないようです。

ただのたわいない意地の張り合いとも言えるこうした小さなひび割れが、やがて取り返しの付かない決裂にまで増幅してしまうのもまた、人間の悲哀であるようです。この作者もまた、そういうことをよく知っていたのです。》


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第三段 十月十余日、朱雀院へ行幸

【現代語訳】

 行幸には、親王たちなど宮廷を挙げて一人残らず供奉なさった。春宮もお出ましになる。恒例によって、楽の舟々が漕ぎ廻って、唐楽、高麗楽のと、数々を尽くした舞は種類も多い。楽の声や鼓の音が四方に響き渡る。
 先日の源氏の夕映えのお姿を不吉に思し召されて、御誦経などを方々の寺々におさせになるのを、聞く人ももっともだと感嘆申し上げるが、春宮の女御は大仰であるとご非難申し上げなさる。
 垣代などには、殿上人、地下人でも、優秀だと世間に評判の高い精通した人たちだけをお揃えあそばしていた。宰相二人、左衛門督、右衛門督が、左楽と右楽とを指揮する。舞の師匠たちなど、世間で一流の人たちをそれぞれ招いて、各自家に引き籠もって練習したのであった。
 木高い紅葉の下で四十人の垣代が何とも言い表しようもなく見事に吹き鳴らしている笛の音に響き合っている松風が、本当の深山颪と聞こえて吹き乱れ、色とりどりに散り乱れる木の葉の中から、青海波の光り輝いて舞い出る様子は、何とも恐ろしいまでに見える。插頭の紅葉がたいそう散って薄くなって、顔の照り映える美しさに圧倒された感じがするので、御前に咲いている菊を折って、左大将が差し替えなさる。
 日の暮れかかるころにほんの少しばかり時雨が降って、空の様子までが感涙を催しているのに、そうした非常に美しい姿に、色とりどりに色変りして素晴らしい菊の花を冠に插して、今日は又とない秘術を尽くした入綾の舞の時には、ぞくぞくと寒気がし、この世の舞とは思われない。何も分るはずのない、木の下、岩の陰、築山の木の葉に埋もれている下人たちまでが、少し物の情趣を理解できる者は感涙に咽ぶのであった。
 承香殿の女御の第四皇子が、まだ童姿で秋風楽をお舞いになったのが、これに次ぐ見物であった。これらに興趣も尽きてしまったので、他の事には関心も移らず、かえって興ざましであったろうか。
 その夜、源氏の中将は正三位になられる。頭中将は正四位下に昇進なさる。上達部のしかるべき人々は皆が、相応の昇進をなさるのも、この君の昇進につれて恩恵を蒙りなさるのだから、人の目を驚かし心をも喜ばせなさるなど、この君の前世が知りたいほどである。

 

《前の節が言わばリハーサルであったのに対して、こちらは本番で、公式の場面です。

「先日の源氏の夕映えのお姿」があまりに素晴らしかったので、神仏に魅入られるようなことがあってはならないと、あらかじめ「御誦経などを方々の寺々におさせになる」といったことさえあって、ここでは陰の面が隠されて、秋晴れの紅葉の下で綺羅錦繍に装われて催された舞の美しさが、言葉を尽くしてひたすら晴の場面として描かれ、源氏の美しさ、立派さが語られます。

 源氏は、「人の目を驚かし心をも喜ばせなさる」とあって、見事な舞によって人々の目を楽しませてくれただけではありません。その舞によって昇進され、「上達部のしかるべき人々は皆…この君の昇進につれて恩恵を蒙りなさ」って昇進することで、人の心も喜ばせたのです。

源氏は特に人に何かを施そうとしたのではありません。ただ見事に舞を舞ったというだけです。しかしそれがそのまま、そこにいる人の幸福をもたらすことになるという、ほとんど神仏の振る舞いに似ています。

ここからは、忍び歩きを腹痛の老婆に咎められてうろたえたり(空蝉の巻)、恋人の葬儀の帰りに悲しみのあまりとは言え落馬したりする(夕顔の巻)というような無様な姿は、すっかり忘れさせられるようです。

源氏若き日の、一世一代の晴れ舞台、晴れ姿だったのでした。

思えば、これほどではないまでも、誰にも自分にとってあの時は、と思えるこうした時が一度はあるような気がします。いや、あったと、思いたいものです。

昔、友人が「幸福とは、雨戸の隙間から白い馬が駆けていくのを覗き見るようなものだ」と洒落たことを言ってくれました。どこかにある言葉なのでしょうか。》


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第二段 試楽の翌日、源氏藤壺と和歌遠贈答

【現代語訳】

 翌朝、中将の君から、
「どのように御覧になりましたでしょうか。何とも言えないつらい気持ちのままで舞ったのですが。
  もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うち振りし心知りきや

(つらい気持ちのまま立派に舞うことなどはとてもできそうもないわが身が、袖を振って舞った気持ちはお分りいただけたでしょうか)

恐れ多いことですが」とあるお返事に、目を奪うほどであったご様子や容貌に、お見過ごしになれなかったのであろうか、

「 唐人の袖振ることは遠けれど立居につけてあはれとは見き

(唐の人が袖振って舞ったことは遠い昔のことで、よくわかりませんが、あなたの立ち居、舞い姿はしみじみと拝見いたしました)

 一通りには」

とあるのを、この上なく珍しく、「このようなことにまで、お詳しくいらっしゃり、唐国の朝廷まで思いをはせられるお后としてのお和歌を、もう今から」と、自然とほほ笑まれて、持経のように広げてご覧になっていた。



《藤壺の苦衷をかき立てるように中将の君(源氏)は、たいへん直接的な歌を贈ります。彼としてはやむにやまれず、ということであったにしても、藤壺は心を乱さずにはいられなかったでしょうが、抑制のきいた返事をします。

青海波という舞は古く中国から伝えられたもので、藤壺の返事はそれをふまえ、源氏の歌の「心」を唐国の人の心と取って、昔の唐国の人があの舞にこめたとおっしゃる「立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うち振りし心」まで理解することはできませんでしたが、舞のお姿自体はしみじみとした美しい舞だということだけは分かったつもりです、というものと思われます。

何をもって「お后としてのお和歌(原文・御后言葉)」というのか、よく分からないようですが、ともかく源氏はさすがに、と改めて感心するのです。

「自然とほほ笑まれて」というのが印象的で、切なさを一瞬忘れて恋する相手の素晴らしさに満ち足りた思いになって便りを眺めている男のさまが、まさに絵のように思い描かれます。》


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第一段 御前の試楽

巻七 紅葉賀 ~光る源氏十八歳冬十月から十九歳秋七月までの宰相兼中将時代の物語

第一章 藤壺の物語(一)  源氏、藤壺の御前で青海波を舞う

第一段 御前の試楽

第二段 試楽の翌日、源氏藤壺と和歌遠贈答

第三段 十月十余日、朱雀院へ行幸

第四段 葵の上、源氏の態度を不快に思う

第二章 紫上の物語  源氏、紫の君に心慰める
 第一段 紫の君、源氏を慕う

第二段 藤壺の三条宮邸に見舞う

第三段 故祖母君の服喪明ける

第三章 藤壺の物語(二)  二月に男皇子を出産
 第一段 左大臣邸に赴く

第二段 二月十余日、藤壺に皇子誕生

第三段 藤壺、皇子を伴って四月に宮中に戻る

第四段 源氏、紫の君に心を慰める

第四章 源典侍の物語  老女との好色事件
 第一段 源典侍の風評

第二段 源氏、源典侍と和歌を詠み交わす

第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される

第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう

第五章 藤壺の物語(三) 秋、藤壺は中宮、源氏は宰相となる
 七月に藤壺女御、中宮に立つ



第一章 藤壺の物語(一) 源氏、藤壺の御前で青海波を舞う

 [第一段 御前の試楽]
【現代語訳】

 朱雀院への行幸は、神無月の十日過ぎである。並々でなく興趣あるべき催しであったので、お妃方は御覧になれないことを残念にお思いになる。主上も、藤壺が御覧になれないのをもの足りなく思し召されるので、試楽を御前においてお催しあそばす。
 源氏中将は、青海波をお舞いになった。一方の舞手には大殿の頭中将、容貌、心づかいともに人よりは優れているが、立ち並んでは、やはり花の傍らの深山木である。
 入り方の日の光が鮮やかに差し込んでいる時に、楽の声が高まり、感興もたけなわの時に、同じ舞ながら、源氏の足拍子、表情は、世にまたとない様子である。舞いながら朗唱などをなさっている声は、「これが、仏の説法の妙音だろうか」と聞こえる。美しくしみじみと心打つので、帝は涙をお拭いになさり、上達部、親王たちも皆お泣きになった。朗唱が終わって、袖をそっとお直しになると、待ち構えていた楽の音が賑やかに奏され、お顔の色が一段と映えて、常よりも光り輝いてお見えになる。
 春宮の女御は、このように立派に見えるのにつけても、おもしろからずお思いになって、「神などが空から魅入りそうな容貌だこと。気味が悪い」とおっしゃるのを、若い女房などは、厭味なと、聞きとがめるのであった。

藤壺は、「大それた心のわだかまりがなかったならば、いっそう素晴らしく見えたろうに」とお思いになると、夢のような心地がなさるのであった。
 藤壺の宮は、そのまま御宿直なのであった。
「今日の試楽は、青海波に万事尽きてしまったな。どう御覧になりましたか」と、お尋ね申し上げあそばすと、心ならずも、お答え申し上げにくくて、
「格別でございました」とだけお返事申し上げなさる。
「相手役も悪くはなく見えた。舞の様子、手捌きは、良家の子弟は格別だな。世間で名声を博している舞の男たちも、確かに大したものであるが、大様で優美な趣きを表すことができない。試楽の日にこんなに十分に催してしまったので、紅葉の木陰は、寂しかろうかと思うが、お見せ申したいとの気持ちで、念入りに催させた」などと、お話し申し上げあそばす



《時間は少し後返りして、末摘花の巻の第七段の前、十月です。暦は冬に入りますが、季節の様子は秋たけなわと言っていい頃です。

巻の名前は、もちろん、この試楽と後の行幸本番の二度にわたる秋の雅やかな催しを現しているのですが、それが雅やかであればあるだけ、その背後に隠れている黒い思惑や苦悩の深さを感じさせるものになっています。

ここでも、一面に源氏の舞の超人的な艶やかさがひたすら称えられているのですが、同時に、その艶やかさと、それを見る春宮の女御のねたみや藤壺の人知れぬ苦悩とが対照されて、陰翳の濃い場面となっています。

藤壺の気持ちが「大それた心のわだかまりがなかったならば、いっそう素晴らしく見えたろうに」と語られます。もちろん源氏とのただならに関係が生じて、さらにひそかに子を宿してしまっていることを指します。

文は、一読、源氏の舞の素晴らしさをもっと楽しみたかったのに残念だというような、ずいぶん余裕のある思いに思われますが、ここは古文特有の反実仮想の表現で、言いたい気持は「実際は、その大それたわだかまりがあまりに深いので、それほど素晴らしい源氏の舞も少しも素晴らしいと思って見ることができなかった」という意味で、だからこそ「夢のような心地がなさる」と続くわけです。

そういう思いを何もご存じない帝は、夜、宿直に侍っている藤壺に、昼の感動と満足感の覚めやらぬままに源氏の舞を称え、自分の企画が最愛の女御にどれほど喜びを与えられたかを確かめたくて、様々に話しかけられるのですが、藤壺にとってはその一言一言が、胸を刺す痛みとなります。》

※私事ながら。このブログを始めて、昨日でちょうど六ヶ月が過ぎ、今日七ヶ月にはいると同時に第七巻を始めます。この割合で行くと、終わりまでにあとちょうど四年かかることになります。
 遥かな旅です。当分は大丈夫のようですが、さて、どこまで行けますやら…。
 TVや新聞で拉致問題が解決の方向に、と報じています。定家は「紅旗征戎ハ我ガ事ニアラズ」と書いたそうですが、大きな時代のうねりには関心を持たずにはいられません。「夏の終わり、秋の初め」とかのよい知らせが待たれることです。


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