源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第七巻 紅葉賀

 秋、藤壺は中宮、源氏は宰相となる

【現代語訳】

 七月に后がお立ちになるようであった。源氏の君は宰相におなりになった。帝は御譲位あそばすお心づもりが近くなって、この若君を春宮に、とお考えあそばされるが、御後見なさるべき方がいらっしゃらない。御母方がみな親王方で、皇族は政治を執るべき筋合ではないので、せめて母宮だけでも后という不動の地位におつけ申して、お力にとお考えあそばすのであった。
 弘徽殿がますますお心穏やかでないのは道理である。けれども、帝は「春宮の御世がもうすぐになったのだから、あなたは皇太后になるのは疑いないお立場なのだ。ご安心されよ」とお慰め申し上げあそばすのであった。「なるほど、春宮の御母堂として二十余年におなりの女御を差し置き申して、先に越し申されることは難しいことだ」と、例によって、うるさく世間の人も噂するのであった。
 藤壺宮が参内なさる夜のお供に、宰相君もお仕え申し上げなさる。同じ宮と申し上げる中でも后腹の内親王で、玉のように美しく光り輝いて、類ない御寵愛をさえ蒙っていらっしゃるので、人々もとても特別にお仕え仕申し上げた。まして、切ないお心の中では、御輿の中も思いやられて、ますます手も届かない気持ちがなさるので、じっとしてはいられないほどである。
「 尽きもせぬ心の闇にくるるかな雲居に人を見るにつけても

(尽きない恋の思いに何も見えない、はるか高い地位につかれる方を仰ぎ見るにつけ

ても)」

とだけ、独り言が口をついて出て、何につけ切なく思われる。
 若君は、ご成長なさっていく月日につれて、とてもお見分け申しがたいほどでいらっしゃるのを、宮はまこと辛いとお思いになるが、気付く人はいないようである。なるほど、他にどのように作り変えたならば、負けないくらいの方がこの世にお生まれになろうか。月と日が似通って光り輝いているように、世人も思っていた。

 

《話が本題に戻ります。

帝が、弘徽殿女御の皇子で源氏の異母兄である春宮に譲位し、そのあとに若宮を春宮に立てるために、その後盾となるように藤壺を皇后にしようと考えます。

冒頭の「お立ちになるようであった(原文・ゐたまふめりし)」という婉曲表現が不自然な気がします。『集成』が「物語作者として重大な国字に関する記事を遠慮して、ぼかした書き方」と言いますが、どう言えば普通の現代語になるでしょうか。

さて、源氏には藤壺がどんどん自分から遠ざかっていくように感じられます。

身分制度の確立した社会で男性が出世するのは容易ではありませんが、女性の場合は、権力者の目に留まれば、玉の輿ということはしばしばあることで、若い時に相愛だったカップルが、そういうことで引き裂かれる例は、昔の物語にはよくあります。もっとも、源氏の場合は、女御となった人を慕い始めたのですから、少し事情が違って、それだけで言えばむしろ横恋慕といってもいい出来事です。しかし、藤壺の方も源氏への思いが強いことで、愛の物語として読み応えを保証しています。

ただ、ここの終わりに改めて短く付け加えられた、若君と源氏が瓜二つであるという事実が、『評釈』の言うとおり、これがただの愛の物語ではなく、大きな波乱を含むものになっていくことを暗示しています。

かくして紅葉賀の巻は、物語の特別大きな展開は持たないながら、先にも行ったように、名前の優雅さの裏でひそかに大きな暗い問題が、少しずつ、少しずつ膨らんでいくという、ここまでの物語の総まとめの巻であり、同時にこの後いよいよ大きな展開が始まる序曲といった趣の巻と言えるでしょう。》

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第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう~その2

【現代語訳】2

 日が高くなってからそれぞれ殿上に参内なさった。とても落ち着いて、知らぬ顔をしていらっしゃるので、頭の君もとてもおかしかったが、公事を多く奏上し宣下する日なので、ひどく折り目正しく真面目くさっているのを見るのも、お互いについほほ笑んでしまう。人のいない隙に近寄って、
「秘密事は懲りたでしょう」と言って、とても得意そうな流し目である。
「どうして、そんなことがありましょう。忍んできながら何もないままで帰ってしまったあなたこそお気の毒だ。本当の話、嫌なものだよ、男女の仲とは」と言い交わして、

「鳥籠の山にある川の名(他言無用にしましょう)」と、互いに口固めしあう。
 さてそれから後、ともすれば何かの折毎に、話に持ち出す種とするので、ますますあの厄介な女のためにと、お思い知りになったであろう。女は、相変わらずまこと色気たっぷりに恨み言をいって寄こすが、興醒めだと逃げ回りなさる。
 中将は、妹の君にも申し上げず、ただ、「何かの時の脅迫の材料にしよう」と思っていた。

高貴な身分の妃からお生まれになった親王たちでさえ、お上の御待遇がこの上ないのを憚って、源氏に対してはとても御遠慮申し上げていらっしゃるのに、この中将は、「絶対に圧倒され申すまい」と、ちょっとした事柄につけても対抗申し上げなさる。
 この君一人が、姫君と同腹なのであった。帝のお子というだけだ、自分だって、同じ大臣の中でも、ご信望の格別な父大臣が、内親王腹にもうけた子息として大事に育てられているのは、どれほども劣る身分とは、お思いにならないのであろう。人となりも、すべて整っており、どの面でも理想的で、満ち足りていらっしゃるのであった。このお二方の張り合いは、おかしな話がたくさんあった。けれども、煩わしいので省略する。

  

《結局は仲のよい若者同士の、ほほえましいやり合い、競い合いです。

小さいことですが、ここによれば、源氏も中将にも、異腹の兄弟が幾人かいたようです。

その中で、この二人はそれぞれに抜きんでていたということです。

さて、これでこの老侍女をめぐる二人のエピソードは終わりです。

それにしても、作者はどういう意味でこんなドタバタ劇の段を書いたのでしょうか。

思い出すのは、先にも触れたように軒端の荻とのことのあった帰りに、これもまた老侍女に見咎められたという滑稽なエピソードや、夕顔の葬儀の帰りの無様な落馬事件です。この作者は、まじめな話の終わりに、こういう笑い話を入れたくなるようです。読者へのサービス精神なのでしょうか。

また、源氏の恋愛体験の一つとしてみれば、末摘花とセットにして、数少ない失敗の例の話ということになりましょう。

それとは別に『光る』は、夕顔の巻第一章第一段で触れた、例のa、b系列という考え方から、桐壺の巻から直接に若紫の巻、そしてこの紅葉賀の巻につながると考えて、初めは空蝉、夕顔の二巻の内容に当たる源氏放蕩の話としてこの挿話を入れたのではないかとしています。》


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第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう~その1

【現代語訳】1

 君は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って、臥せっていらっしゃった。典侍は情けないことと思ったが、後に落とされていた御指貫や帯などを翌朝お届け申した。
「 うらみてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波のなごりに

(恨んでも何の甲斐もありません、次々とやって来ては帰っていったお二人の波の後では)

『底もあらわに』(涙も涸れてしまいます)」とある。

「臆面もないありさまだ」と御覧になるのも憎らしいが、昨夜途方に暮れていた姿もやはりかわいそうなので、

「 あらだちし波に心は騒がねど寄せけむ磯をいかがうらみぬ

(荒々しく暴れた頭中将には驚かないが、その彼を寄せつけたあなたをどうして恨まずにはいられようか)」とだけあった。

帯は中将のであった。ご自分の直衣よりは色が濃いと御覧になると、端袖もなかった。

「見苦しいことだ。夢中になって浮気に耽る人は、このとおり馬鹿馬鹿しい目を見ることも多いのだろう」と、ますます自重しようという気持ちにおなりになる。
 中将が宿直所から、「これを、まずは綴じ付けなさいませ」といって、端袖を包んで寄こしたのを、「どうやって持って行ったのか」とおもしろくない。「この帯を獲らなかったら、大変だった」とお思いになる。同じ色の紙に包んで、
「 なか絶えばかことやおふとあやふさにはなだの帯は取りてだに見ず

(あなたと典侍との仲が切れたらわたしが帯を取ったせいだと非難されようかと思ったので、縹の帯などわたしは取り上げてみることさえしていません)」

といって、お遣りになる。折り返し、

「 君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬるなかとかこたむ

(あなたにこのように取られてしまった帯ですから、こんな具合に仲も切れてしまっ

たものと恨みますよ)
 責任を逃れることはできませんよ」とある。

《源氏は、前節で豪放ぶりを見せたかと思うと、こちらでは一転して、昨夜の失敗に落ち込んで、床に潜ったまま出てきません。昨夜のあの帰りの姿は、誰に対してということもない虚勢だったのでしょうか。

その中で老侍女を気の毒に思って返歌を詠み、昨夜を反省して「ますます自重しよう」と思ったりするところが、彼のまじめなところで、またそのように気持ちが揺れ動くところは、私たちの知っている青年らしさそのものでもあります。

ところで、源氏の典侍への歌は、「やはりかわいそうなので」送ったのですが、その内容が、慰めるようなものではなくて、「いかがうらみぬ」と、恨みの歌であるのはちょっと不思議です。つまり、こういうやり取りは、内容はあまり問題ではなくて、やり取りをするということ自体が意味があるのでしょう。その場に相応しく、自分の役回りを面白く思い描きながら演技をしているようです。

つまり、どこまでも言葉の応酬であり、遊びであるわけです。そういう中で、内心、自重しようというように、まじめに自分に返るところも見せるのです。もう一度言うと、それが若いということなのだと思います。年を取ると、遊びは遊びだと切り捨てて、自分に返ってきません(そのへんのことについては、高橋和巳の『自立と挫折の青春像』というエッセイが大変分かりやすく語っています。もっとも、その最後の数行は、私には未だに難解ですが…)。》

※ これは明日分です。明日、急用ができて一日投稿する暇がないので、今夜の内に書きました。蒸し暑い夜にうだりながら。




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第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される~その3

【現代語訳】3

 中将はこのように別人のように装って、恐ろしい様子を見せるが、源氏はかえってめざとくお見破りになって、私だと知ってわざとやっているのだなと、馬鹿らしくなった。「頭中将に違いない」とお分かりになるととてもおかしかったので、太刀を抜いている腕をつかまえて、とてもきつくおつねりになったので、中将は悔しいと思いながらも、堪え切れずに笑ってしまった。
「まったく、正気の沙汰かね。冗談も出来ないよ。さあ、この直衣を着よう」とおっしゃるが、中将は直衣をしっかりとつかんで、全然お放し申さない。
「それでは、ご一緒に」と言って、中将の帯を解いてお脱がせになると、脱ぐまいと抵抗するのを、何かと引っ張り合ううちに、開いている所からびりびりと破れてしまった。中将は、
「 つつむめる名やもり出でむ引きかはしかくほころぶる中の衣に

(隠そうとしている浮名も洩れ出てしまいましょう、引っ張り合って破れてしまった二人の仲の衣から)

上に着たら、明白でしょうよ」と言う。君は、

「 かくれなきものと知る知る夏衣きたるを薄き心とぞ知る

(あなたとこの女との仲まで世間に知られてしまうのを承知の上でやって来るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ)」

と詠み返して、恨みっこなしのだらしない恰好に引き破られて、揃ってお出になった。

 

《とうとう貴公子二人の取っ組み合いになって、果てにお互いに衣の袖が引きちぎられ、帯もしどけなく乱れた格好になってしまうのですが、そのまま、もっともらしく歌を詠み合って、肩を並べて帰って行くのでした、チャンチャン…、幕、ということで終わりです。

次の節を読むと、どうやら昨夜、源氏は袖のちぎれた直衣に指貫の無い姿で帰り、中将は帯をしない姿で帰っていたようですから、なんともおおらかな話です。貴族といえば見栄と体面に命を賭けていたような印象がありますが、意外にこうした豪放とも言える傍若無人ぶりもまかり通っていたのでしょうか。

 その陰で、気の毒に、老侍女はいつかまったく置き忘れられたようです、「あんなに一生懸命に、大事な君をお守りしたのに」(『評釈』)。》


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第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される~その2

【現代語訳】2

風が冷たく吹いて来て次第に夜も更けかけてゆくころに、少し寝込んだろうかと思われる様子なので、中将が静かに入って来ると、君は、安心してお眠りになれる気分ではないので、ふと聞きつけて、この中将とは思いも寄らず、「いまだ未練のあるという修理の大夫であろう」とお思いになると、年配の人に、このような似つかわしくない振る舞いをして、見つけられるのは何とも照れくさいので、
「なんと厄介な。帰りますよ。夫が後から来ることは、分かっていたろうに、ひどいな、おだましになるとは」と言って、直衣だけを取って、屏風の後ろにお入りになった。

中将はおかしさを堪えて、源氏がお引き廻らしになった屏風のもとに近寄って、ばたばたと畳み寄せて、大げさに振る舞ってあわてさせると、典侍は、年取っているがひどく上品ぶった艶っぽい女で、以前にもこのようなことがあって、肝を冷やしたことが度々あったので馴れていて、ひどく気は動転していながらも、「この君をどうなされるのか」と心配で震えながら、しっかりと中将に取りすがっている。

源氏は、誰とも分からないように逃げ出そうとお思いになるが、だらしない恰好で、冠などをひん曲げて逃げて行くような後ろ姿を思うと、あまりにひどい格好だろうと、おためらいなさる。
 中将は、何とかして自分だとは知られ申すまいと思って、何とも言わない。ただひどく怒った形相を作って、太刀を引き抜くと、女は、
「あなた様、あなた様」と、向かって手を擦り合わせて拝むので、あやうく笑い出してしまいそうになる。好ましく若づくりして振る舞っている表面だけは、まあ見られるが、五十七、八歳の女が、着物をきちんと付けず慌てふためいて、二十代の若者たちの間にはさまれて怖がっているのは、何とも格好が付かない。

 

《直接的には書かれていませんが、その晩、どうやら源氏はこの侍女と同衾したようです。

そしてその夜更けに、頃を見計らった中将がその部屋に押し入ります。

源氏は、同衾の相手が知られてはみっともない相手だけに「安心してお眠りになれる気分ではな」かったのでしょう、誰かが来たと気付いて、典侍を本命としている「修理の大夫」だと思い、そっと「直衣だけを取って、屏風の後ろにお入りになった」のですが、その時の言葉が「ひどいな、おだましになるとは(原文・心憂くすかしたまひけるよ)」とあるのが、あまりにのんびりした言葉で、意外です。この程度の驚きですむということは、この社会ではこうしたことがそれほど珍しいことではなかったということなのでしょうか。

さて、裸同然(「直衣だけを取って」とあります)のまま屏風の陰に隠れようとする源氏、その屏風をわざと大きな音を立てて引き畳もうとする中将、そしてその二人の名にし負う若き公達の間で「震えながら」、しかし「以前にもこのようなことがあって、肝を冷やしたことが度々あったので、馴れて」いる様子で中将に「しっかりと」取りすがる、これも多分半分裸の老女、更に太刀を抜いて脅す中将、…。

まことに品のない場面で、到底「雅な王朝物語」どころではありませんが、ドタバタはこれだけでは終わりません。》


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