源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻六 末摘花

紫の君と鼻を赤く塗って戯れる

【現代語訳】

 二条の院にお帰りになると、紫の君はとてもかわいらしい幼な姿で、「紅色でもこうも慕わしいものもあるものだ」と見える着物の上に、無紋の桜襲の細長をしなやかに着こなして、あどけない様子でいらっしゃる姿が、たいそうかわいらしい。古風な祖母君の躾のままで、お歯黒もまだであったのを、お化粧をさせなさったので、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい事にかかずらっているのだろう。こんなにかわいい人とも一緒にいないで」と、お思いになりながら、例によって、一緒にお人形遊びをなさる。
 絵などを描いて、色をお付けになる。いろいろと美しくお描き散らしになるのであった。自分もお描き加えになる。髪のとても長い女性をお描きになって、鼻に紅を付けて御覧になると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。ご自分の姿が鏡台に映っているのがたいそう美しいのを御覧になって、自分で紅鼻に色づけして、赤く染めて御覧になると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いていては醜いのも当たり前であった。姫君が見て、ひどくお笑いになる。
「わたしが、こんな変な顔になってしまったら、どうですか」と、おっしゃると、
「嫌ですわ」と言って、そのまま染み付かないかと、心配していらっしゃる。うそ拭いをして、
「少しも白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものだ。帝にはどんなにお叱りになられることだろう」と、とても真剣におっしゃるのを、本気で気の毒にお思いになって、近寄ってお拭いになると、
「平中のように墨付けなさるな。赤いのはまだ我慢できましょう」と、ふざけていらっしゃる様子は、とても睦まじい兄妹とお見えである。
 日がとてもうららかで、早くも一面に霞んで見える梢などは、花の待ち遠しい中でも、梅が蕾みもふくらみ、咲きかかっているのが、特に目につく。階隠のもとの紅梅はとても早く咲く花なので、もう色づいている。
「 紅の花ぞあやなくうとまるる梅の立ち枝はなつかしけれど

(紅の花はわけもなく嫌な感じがする、梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが)
 いやはや」

と、つい苦々しく溜息をおつきになる。このような人たちの将来は、どうなったことだろうか。

 

《場面は一転して二条院です。まるで映画の場面転換のようで、この巻を締めくくるのに、こういう鮮やかな展開の仕方を、よく思いついたものだと感心します。巻の冒頭の嫋々たる調子を思い出してみると、まるで夢から覚めたような趣です。

 うららかな春の日の、常陸宮邸とは全く対照的に明るい屋敷での、読む者まで胸の躍るような幸せそうな日常の一端が語られます。

二人の何気ない対話が続きますが、ここでもまた、末摘花のことが頭から離れない源氏と、それをまるで知らない「紫の君」とが、「紅鼻」をめぐる対話を交わしている、つまりそれぞれが全く異なったことを思いながら一つのことについて対話を交わしているという、ある意味でスリリングな情景が、全く目で見るようにありありと描かれています。私はこの巻の中で最も生彩ある場面だと思います。ただ少々あくどい。源氏に優位者の驕りが感じられます。ひとえに姫の愛らしさがそれを救っています。

これでこの巻は終わるわけですが、『光る』の次の評が、さすがに適切です。

「丸谷 ぼくはこの『末摘花』って巻は嫌いでしてね、どうもおもしろくないんだな。冷酷なことを書いても、それなりに文学的完成度が高い場合もあり得るわけです。でも、そういう感じがないんですね。

 …

大野 どんな醜女や老女が出てこようと、それを読んでわれわれがどこかでほっとするためには、自分もそういう醜女の一人、老女の一人、弱い存在の一人であるという思いが作者にないといけないんだと思うんです。この巻を書いた紫式部の筆の端々にそういう筆づかいはないんです。ここには救いがない。源氏からは相手を救ってやる形で終わっているけれども、末摘花の側には何にも見えていないんです。…

紫式部は末摘花を残酷に追い込んでおきながら、決してそこから末摘花自身を浮き上がらせようとはしなかった。当時の弱い者に対する容赦のない攻撃は、宮廷では常識だったわけだから、彼女自身、弱い立場で苦しんだはずだけれども、この段階では、同時に弱いものいじめを平気でする一員として生きていたんだという感を強くします。」》


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第十段 正月七日夜常陸宮邸に泊まる

【現代語訳】

 正月の数日も過ぎて、今年は男踏歌のある予定なので、例によって家々で音楽の練習に大騷ぎをなさっていて何かと騒々しいが、寂しい邸が気の毒にお思いやられなさって、七日の日の節会が終わって、夜になって御前から退出なさったが、御宿直所にそのままお泊まりになったようにして、夜の更けるのを待ってお出かけになった。
 いつもの様子よりは活気づいた感じで世間並みに見える。姫君も、少しもの柔らかな感じを身につけていらっしゃる。「どうだろうか、もし去年までと見違えるようだったら」と、自然と思い続けられる。
 日が昇るころに、わざとためらうようにして部屋をお出になる。東の妻戸が押し開けてあるので、向かいの渡殿の廊が屋根もなく壊れていて日の脚が近くまで射し込んで、雪が少し積もった反射で、とてもはっきりと奥まで見える。
 源氏がお直衣などをお召しになるのを見て、少しいざり出てお側にお臥しになる姫の頭の恰好や髪の掛かった様子など、とても見事である。

「一つ年をとってお変わりになった姿を見いだすことができたら」というお気持ちになられて、格子を引き上げなさった。前に気の毒なことをしたのに懲りて、全部はお上げにならないで、脇息を寄せて、それに格子をちょっとかけて、鬢の乱れているのをお繕いになる。この上なく古めかしい鏡台の唐の櫛匣や掻上げの箱などを、女房が取り出してきた。男用のお道具までちらほらとあるのは、さすがに洒落ていておもしろいと御覧になる。
 姫の御装束は、今日は世間並みだと見えるのは、先日の衣装箱のものをそのまま着ていたからであった。源氏はそうとは気づかれず、しゃれた模様のある目立つ上着だけを、おや、見たことがあるが、とお思いになるのであった。
「せめて今年は、お声を少しはお聞かせ下さい。待たれる鴬はさしおいても、お気持ちの改まるのが、待ち遠しいのです」と、おっしゃると、
「囀る春は(私だけ年を取っていきます)」と、ようやくのことで、震え声に言い出した。
「それそれ。年を取った甲斐があったよ」と、微笑みなさって、

「夢かぞ見る(夢のようだ)」と、口ずさんでお帰りになるのを、見送って物に添い臥していらっしゃる。口を覆っている横顔から、やはりあの「末摘花」がとても鮮やかに突き出している。「見たくないことだ」とお思いになる。

 

《年が改まって、「もし去年までと見違えるようだったら」と姫の変貌を源氏は期待します。それに沿って読者も、あるいは、と期待します。

そして本当にそういうこともあるのではないかという期待を読者が持つようにその気配をちらつかせます。久し振りに行った屋敷は「いつもの様子よりは、活気づいた感じで…姫君も、少しもの柔らかな感じを身につけて」いるようです。

夜が明けて源氏は、姫を明るいところに誘う気分があるのでしょう、「わざとためらうようにして」出ます。母屋(寝所)から庇の間へ出たということでしょうか、そこはすでに東の妻戸が開けられていて、日脚が入っており、庭の雪の反射もあっていくらか明るいのですが、格子はまだ上げてないので、姫のいる奧まで全部が見えるというほどではありません。そこに姫が、今朝は自分からいざり出てきましたから、姫の積極的態度に、源氏の期待はいっそう膨らみます。

「お側に臥していらっしゃる姫の頭の恰好や髪の掛かった様子など、とても見事」です。鏡台の様子も悪くありません。

源氏はもっと明るくしてよく見たいのですが、前(第八段)のことがあるので、おそるおそる、「(格子を)全部はお上げにならないで、脇息を寄せて、それに格子をちょっとかけて」明かりを入れて、多分横目にそっと、様子を見ます。

お化粧道具が見えました。「さすがに洒落ていておもしろいと御覧に」になります。

衣裳も「今日は世間並みになって」います。

そして最後に源氏の問いかけに、何と、それなりに気の利いた返事が返ってきました。

いよいよ本当に「一つ年をとってお変わりになった姿を見いだす」のではないか、という期待が膨らみ、思わず微笑みが漏れ、鼻歌気分で立ち上がります。

そうしておいて、作者は意地悪く、見送る姫の「口を覆っている横顔から、やはりあの『末摘花』が、とても鮮やかに突き出して」いた、とひっくり返すのです。

こうしてこの姫君の話は、無慈悲のままに終わります。

どうも腑に落ちないのは、最初に挙げておいたあの命婦の境遇の手の込んだ設定です。あの設定が生きた場面は、結局なかったのではないかと思うのですが…。》

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第九段 歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる~その3


【現代語訳】3

 翌日、出仕していると、台盤所にお立ち寄りになって、
「それ、昨日の返事だ。どうも力が入りすぎたが」と言って、お投げ入れになった。女房たちが、何事だろうかと見たがる。
「ただ梅の花の色のごと、三笠の山のおとめをば捨てて」と、口ずさんでお出になったのを、命婦は「とてもおかしい」と思う。事情を知らない女房たちは、
「どうして、独り笑いなさって」と、口々に非難しあっている。
「何でもありません。寒い霜の朝に、掻練り好きの鼻の色がお目に止まったのでしょうよ。ぶつぶつとお歌いになるのが、困ったこと」と言うと、
「あまりなお言葉ですこと。ここには赤鼻の人はいないようですのに」
「左近の命婦や、肥後の采女が交じっているでしょうか」などと、合点がゆかず、言い合っている。
 源氏のお返事を姫に差し上げたところ、常陸宮邸では、女房たちが集まって感心して見るのであった。
「 逢はぬ夜をへだつるなかの衣手にかさねていとど見もし見よとや

(逢わない夜が重なっているのに、袖が二人の間を隔てるという衣を送って下さるとは、ますます重ねて隔てよということでしょうか)」

 白い紙に、さりげなくお書きになっているのは、かえって趣きがある。
 大晦日の日、夕方に、あの御衣装箱に「御料」として、人が献上した御衣装一具、葡萄染めの織物の御衣装、他に山吹襲か何襲か、色さまざまにあるのを、命婦が姫に差し上げた。「先日差し上げた衣装の色合いを良くないと思われたのだろうか」と思い当たるが、「あれだって、紅色の重々しい色だわ。よもや見劣りはしますまい」と、老女房たちは判断する。
「お歌も、こちらからのは、筋が通っていて、手抜かりはありませんでした」
「ご返歌は、ただ面白みがあるばかりです」などと、口々に言い合っている。姫君も、並大抵のわざでなく詠み出したもとなので、手控えに書き付けて置かれたのであった。


《さまざまに動きがあって、面白そうなところですが、いろいろとよく分からないことがあって、残念です。

源氏が命婦に姫への文を渡すのですが、その時の言葉の原文「あやしく心ばみ過ぐさる」が、さまざまに取れるようです。

1,『谷崎』「何だか気になって捨てておけないものだから」

2,『集成』「どうもつい気が張ってならないよ」、

3,『評釈』「変に気どりすぎたか」、

「過ぐさる」を「時を過ごした」ととるか「(心ばみ)過ぎた」と取るかの違いで、1と2は姫のことを考えて過ごしたと解し、3は自分が書いた文についてやり過ぎたと言っていると解したわけです。

また、源氏が口ずさんだ「ただ梅の花の…」と命婦の「掻練り好きの…」は当時の風俗歌を下敷きにして、姫の鼻が赤いことを戯れたものようですが、これもよく分からないようです。 

「左近の命婦や、肥後の采女」も不詳ですが、鼻の赤い人だったのでしょうか。

源氏の返事の歌は、贈り物への返事としては普通にそのまま読めばいかがなものかと思われますが、どうなのでしょう。自分にはそんなつもりはありませんよ、という含意があるとでも読んで、恋人への戯れということなのでしょうか。

源氏も、歌とともに「御衣装一具」を姫に贈ります。それにつけて姫の周りの老女達の、いかにも頑なで古参らしい評定があります。『評釈』がここで、姫の側と源氏の好尚の相違を詳しく語っています。

「末摘花は重苦しく、堅苦しく、力強く、源氏の方はやわらかで、軽やかで、面白みがあって、という違いなのである。…作者は明らかに、無造作な、やや乱れたのものに美を見出している。…現代の言葉で言えば、フォーマルな衣裳よりも、ラフな衣裳を好むのである」。

そしてこの後に「その意味で『源氏物語』の世界は現代に似ていると思う。ともに頽廃に近い。一般に女性の好尚が男性の好尚の中に大きく入り込む時代は、退廃的な時代である」と続きます。いささか独断的な考察かと思われますが、おもしろい見解ではあります

ともあれ、作者は、姫が自分の歌の控えを残していたことまで、からかいの種としたいようです。確かにこういう几帳面さは、風雅な貴婦人には似つかわしくありません。》

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第九段 歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる~その2

【現代語訳】2
「それにしても、何とまあ、あきれた詠みぶりであることか。これがご自身の精一杯のようだ。侍従が直すべきところだろう。他に、手を取って教える先生はいないのだろう」と、何とも言いようなくお思いになる。精魂こめて詠み出された苦労を想像なさると、
「まことに恐れ多い歌とは、きっとこのようなのを言うのであろうよ」と、苦笑しながら御覧になるのを、命婦は赤面して見申し上げる。

衣は流行色だが、我慢できないほどの艶の無い古めいた直衣で、裏表同じく濃く染めてあり、いかにも平凡な感じで、端々が見えている。「あきれたことだ」とお思いになって、この手紙を広げながら、端の方にいたずら書きなさるのを、横から見ると、
「 なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖に触れけむ

(格別親しみを感じる花でもないのにどうしてこの末摘花(紅ばな)を手にすることになったのだろう)

 色の濃い『はな』だと思っていたのだが」などと、お書き汚しなさる。命婦は紅花がけなされたを、やはりわけがあるのだろうと思ってみると、思い出される折々の月の光で見た姫の容貌などを、気の毒に思う一方で、またおかしくも思った。

「 紅のひと花衣うすくともひたすら朽たす名をし立てずば

(紅色に一度染めた衣は色が薄くても、どうぞ悪い評判をお立てなさることさえなければ)

お気の毒なこと」と、とてももの馴れたように独り言をいうのを、上手ではないが、「せめてこの程度に通り一遍にでもできたならば」と、返す返すも残念である。身分が高い方だけに気の毒なので、名前に傷がつくのは何といってもおいたわしい。女房たちが参ったので、
「隠すとしようよ。このようなことは、常識のある人のすることでないから」と、つい呻きなさる。「どうして、御覧に入れてしまったのだろうか。自分までが思慮のないように」と、とても恥ずかしくて、静かに下がった。

《歌も不出来だったようです。そういえば、その道はよく分かりませんが、少なくとも正月の晴れ着を贈るのに「袂はかくぞそぼちつつのみ」は無いだろうという気がします。

文字も下手とあって、源氏は苦笑するしかありません。

贈られた衣も同様です。『評釈』が「宮様の姫君は、子どもの時のまま、父宮の盛時のままの気持で、大きくなってきていたのである。貧しくなっても、それを悲しいとも思わない、恥じる気持がない。…自分の容貌についても、自分趣味、センスについてもそれをどう思うということがない」から、こういうことになるのだと言います。

姫はまったく純粋に、善意で、きっと褒められるにものだと思っています。例えば、幼稚園児が自分の書いた絵を自慢そうに親に見せるように。そう言えば、人前で不要に恥ずかしがるのも、そういう頃の子どもにありがちな振る舞いです。

それをこういう形で受ける源氏は、その内心の気持ちを「いたずら書き」に形の上でこっそりと示すしかありません。

そしてその心は、「心をひかれる人でもないのに、どうしてこの赤い鼻を相手にしたのやら」(『集成』)、この巻の名前の由来となる歌です。

不思議なことに命婦は姫が大変な不美人であるということをあまりきちんと承知していなかったように書かれています。彼女は姫の顔を普段まともに見たことがなかったようで、「折々の月の光で見た姫の容貌」を思い出して、そう言えば、と納得します。

そして主人がけなされているにもかかわらず、「おかしくも思った」のです。気の毒に姫は側近であるべき者からもその醜女ぶりを笑われてしまうのです。》

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第九段 歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる~その1

【現代語訳】1

 年も暮れた。内裏の宿直所にいらっしゃると、大輔の命婦が参上した。お櫛梳きなどの折には、色恋めいたことはなくて気安いとはいえ、やはりそれでも冗談などをおっしゃって、召し使っていらっしゃるので、お呼びのない時にも、申し上げるべき事がある時には、参上するのであった。
「妙な事がございますが、申し上げずにいるのもいけないようなので、思慮に困りまして」 と、微笑みながら全部を申し上げないのを、
「どのような事だ。わたしには隠すこともあるまいと思うが」とおっしゃると、
「どういたしまして。自分自身の困った事ならば、恐れ多くとも、まっ先に。これは、とても申し上げにくくて」と、ひどく口ごもっているので、
「例によって、様子ぶっているな」とお憎みになる。
「あちらの宮からございましたお手紙で」と言って、取り出した。
「それならなおさら、隠すことではないではないか」と言って、お取りになるにつけても、命婦は胸のつまる思いである。陸奥紙の厚ぼったい紙に、薫香だけは深くたきしめてある。とてもよく書き上げてある。和歌も、
「 唐衣君が心のつらければ袂はかくぞそぼちつつのみ

(あなたの冷たい心がつらいので、わたしの袂は涙でこんなにただもう濡れております)」

合点がゆかず首を傾けていらっしゃると、包み布の上に、重そうで古めかしい衣装箱を置いて、押し出した。

「これを、どうして、見苦しいと存ぜずにいられましょう。けれども、元日のご衣装にと言って、わざわざございましたのを、無愛想にはお返しできません。勝手にしまい込んで置きますのも、姫君のお気持ちに背きましょうから、御覧に入れた上で」と申し上げると、
「しまい込んでしまわれたりしたら、つらいことだったろうよ。濡れた袖を抱いて乾かしてくれる人もいないわたしには、とても嬉しいお心遣いだ」とおっしゃって、他には何ともおっしゃれない。


《作者は更に駄目をおします。

その前に大輔の命婦について、「お櫛梳きなどの折には、色恋めいたことはなくて」とあって、やはり折々には「色恋めいたこと」があったことを示唆します。というより、そういうことは当たり前のことだという前提で語られていると考えるべきなのでしょう。先に二人を「軽口を叩いているように、親しい間柄」(第二段)と言いましたが、それだけではなかったようです。

さて、まず姫からの手紙ですが、陸奥紙は「厚ぼったい紙」で、恋文には使わない紙なのだそうで、父・常陸宮へ献上品の残りを使ったのではないかと『評釈』は言います。姫からのこの便りもまた、彼女の至らなさを現すことになります。

そこに「香だけは深くたきしめてある」のが、下拵えをしないままの厚化粧のように不似合いで、かえっていっそう興をそぐことになります。それなら命婦や侍従はどうしてそれを教えないのだろうか、と不思議な気がしますが、物語はそのまま進んでいきます。

歌は、「とてもよく書き上げてある(原文・いとよう書きおほせたり)」とありますが、これはなにやら皮肉めいた批評です。姫から源氏への三度目の歌ですが、これまで二首は侍従の代作でしたから、今度はともかく自分で終わりまで詠んだらしいという意味でしょうか。

次の「歌も」と言ったのは、紙が不似合いだったのに加えて、ということでしょう。「源氏は、(なぜ『唐衣』や『袂』が詠みこまれ、『かくぞ』―このように―とあるのか)わけがわからずに」(『集成』)います。

すると、命婦が、もう一つの品物、「重そうで古めかしい衣装箱を置いて、押し出し」ます、おずおずと遠慮がちに。

姫から正月用の衣装が贈られてきたのでした。そのできあがりに命婦は痛く恐縮しているようですが、源氏は礼の言葉を忘れません。その代わりに作者が「とおっしゃって、他には何ともおっしゃれない」と源氏の気持ちを付け加えます。とんでもない代物だったのです。》


 ※ 
初めてのことではありませんが、今日は投稿が遅れてしまいました。

そして、午後になっていざ始めようと「記事を書く」を開いてみたら、すでに三十人ほどの方からアクセスいただいていて、有難く、申し訳なく、恐縮しました。

実は、日曜日は、TVでサンデーモーニングのスポーツまでを見て、その後、将棋を見るのが習慣で、今日もその間に投稿するつもりでしたが、スポーツの後、「集団的自衛権」をもう一度やると言うことだったので、最後まで見てしまい、そのまま将棋に流れ込んでしまって、遅れた次第です。

先日新聞で「閣議決定原稿」全文を読みました。事柄自体は必要なことかも知れませんが、その、あまりに過剰な修飾語と、どこで切ったらいいのか分からない冗漫な文章に、辟易しました。TVで寺島氏などが言っておられたように、全く言葉の遊び、むしろ冒瀆、読む者がバカにされているような気がします。

そして、かつても時代の変化はこのようにしてやって来たのかも知れないと思いました。最早、ただただ「蟻の一穴」にならないように願うばかりです。

今日、遅くなったのは、こういう次第です。ちょっと思いが余りましたので、蛇足を加えました。そしてこれを書くためにまた少し遅れました。失礼しました。

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