源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻五 若紫

第三段 源氏、紫の君を盗み取る~その1



【現代語訳】1

 源氏の君は左大臣邸においでになったが、例によって、女君はすぐにはお会いなさらない。君はおもしろくなくお思いになって、和琴を即興に掻き鳴らして、「常陸には田をこそ作れ」という歌を、声はとても優艶に口ずさんでおいでになる。

 惟光が参上したので、呼び寄せて様子をお尋ねになる。「これこれしかじかです」と申し上げるので、残念にお思いになって、「あの宮邸に移ってしまったら、わざわざ迎え取ることも好色めいたことであろう。幼い娘を盗み出したと、きっと非難されるだろう。その前に、暫くの間、女房の口を封じさせて、連れて来てしまおう」とお考えになって、

「早朝にあちらに行こう。車の準備はそのままに。随身を一、二名申し付けておけ」とおっしゃる。承知して下がった。

 源氏の君は、「どうしようか。噂が広がって好色めいたことになりそうな事よ。せめて相手の年齢が物の分別ができて、女が情を通じてのことだと想像されるようであるなら、世間に普通にある事だ。もし父宮がお探し出された場合も、体裁が悪く、格好もつかないことになるだろう」とお悩みになるが、この機会を逃してしまったらひどく後悔することになるにちがいないので、まだ夜の深いうちにお出になる。

 女君は、いつものように気が進まない様子で、かしこまった感じでいらっしゃる。

「あちらに、どうしても処理しなければならない事がありましたのを思い出しまして、すぐに戻って来ます」と言って、まだ夜の深いうちにお出になるので、お側の女房たちも知らないのであった。

 ご自分のお部屋の方で、お直衣などはお召しになる。惟光だけを馬に乗せてお出になった。


《源氏が口ずさんだ歌は「常陸には田をこそ作れ 誰をかね 山を越え野をも越え 君が雨夜来ませるや(意味・常陸では田作りに忙しいのに、一体誰をおめあてにあなたは野越え山越えわざわざいらしたの)」(『集成』)という歌で、「女の歌である。わざわざやって来たのに相手になってくれない葵の上へのあてこすりに歌っている」(同)ということのようです。

つまり、あなたは何しに来たの(来なくていいのに)、と源氏が葵の上の口まねをして言った、ということなのでしょうか。それも「とても優艶に(原文・いとなまめきて)」、つまり、源氏自身の気持ちを見せず、平気だという態度を示して、からかうように。

そうだとするとずいぶん辛辣な「あてこすり」です。

そこに思いがけず惟光がやって来て、あの姫君が明日父宮に引き取られるという情報を伝えます。源氏はさすがにちょっとためらうものの、すぐに、今を逃したら最後だと思い、明朝自分が先に行って連れ出してしまおうと決断します。

「まだ夜の深いうちに」あたふたと帰っていく源氏を見送る葵の上は、もちろん引き留めることなど思いもよらず、ただおもしろくなさそうに仏頂面をして座っているだけです。

作者は、葵の上との気まずい間柄を、もう一度だめ押しをする形で、源氏がその決断を決行する前に描いたわけです。二人はこういう間柄なのだから、源氏が、こうではない、もっと心の通う妻を願うのも無理はない、そう作者は言いたいのでしょうか。》

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第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々~その7

【現代語訳】7

 源氏の君のお邸からは、惟光をお差し向けなさった。

「私自身参るべきところ、帝からお召しがありまして。お気の毒に拝見致しましたのにつけても、気がかりで」と伝えて、宿直人を差し向けなさった。

「情けないことですわ。ご冗談にも結婚の最初からして、このような事とは。宮さまがお耳にされたら、お仕えする者の落度として叱られましょう。ああ、大変だわ。何かのついでに、父宮にうっかりお口にあそばされますな」などと言うにつけても、姫がそのことを何ともお分りでいらっしゃらないのは、困ったことである。

 少納言の乳母は、惟光に切ない話をいろいろとして、

「これから先いつか、ご一緒になるようなご縁から、お逃れ申されないことになるかも知れません。ただ今は、どう考えても不釣り合いなことだと思って見申しておりますが、不思議にご熱心におっしゃってくださいますのを、どのようなお気持ちからかと、判断がつかず思い悩んでおります。今日も、宮さまがお越しあそばして、『安心の行くように仕えしなさい。うっかりしたことは致すな』と仰せられたのも、とても気が重く、ご注意のなかった以前より余計に、このような好色めいたことも改めて気になるのでございます」

などと言って、「この人も何か特別の関係があったように思うだろうか」などと思って不本意なので、源氏の訪れがないことをひどく悲しんでいるようには言わない。惟光大夫も、「どういうことになっているのだろう」と、合点がいかなく思う。

 帰参して様子などをご報告すると、しみじみと思いをお馳せになるが、先夜のようにお通いなさるのも、やはり似合わしくない気持ちがして、「軽率な風変わりなことをしていると、世間の人が聞き知るかも知れない」などと、遠慮されるので、「いっそ迎えてしまおう」とお考えになる。

 お手紙は頻繁に差し上げなさる。暮れると、いつものように惟光大夫をお差し向けなさる。「差し障りがあって参れませんのを、不熱心なとでもお思いだろうか」などと、伝言がある。

「宮さまから、明日急にお迎えに参ると仰せがありましたので、気ぜわしくて。長年住みなれた寂しいお屋敷を離れますのも、さすがに、お仕えする女房たちも思い乱れております」と、言葉数少なに言って、ろくにお相手もせずに、繕い物をする様子がはっきり分かるので、帰参した。

 

《この日は、姫の屋敷にとってはあわただしい一日となりました。

源氏が早朝に帰った後、入れ替わりに今度は父宮が訪れました。姫に源氏の移り香がまだ残っていたというのですから午前中だったのでしょうか。そして午後になって、でしょうか、今度は惟光が、「今日は来られない」という旨の源氏の手紙を持ってやって来ます。

少納言は「情けないことですわ。ご冗談にも結婚の最初からして、このような事とは(原文・あじきなうもあるかな、たはぶれにても、もののはじめにこの御ことよ)」と思います。

そしてともかく姫に口止めをします。 

「(当時の風習として)普通の結婚であるならば、三夜は引き続いて通うのが作法であるのに、第二夜に当たる今夜、源氏が訪れないのを不満に思う」(『集成』)という立場からの言葉です。もっとも、源氏の昨夜の振る舞いは、普通なら結婚したということになるのですが、しかし実際はそういうことはありませんでした。

源氏は「先夜のようにお通いなさるのも、やはり似合わしくない」と思うのですから、まだ結婚したなどとは思っていないのでしょう。

少納言は、あのようには言ったものの、本当のところどう考えていいのか分からず、惟光に源氏の心が計りかねることを訴えるのですが、惟光としては、北山の姫の許に使いを命じられた時(第一章第七段【現代語訳】2節)に、「あれほど子供じみた様子であった」のに「何とも、お目の届かぬところのない好き心であることだ」と滑稽に思ったくらいですから、今回そういうぎりぎりのことがあったなどとは思いもよらないのでしょう、乳母が何をそんなに思いつめているのかと、「合点がいかなく思う」のも無理ありません。

さて、惟光のはかばかしくない報告を聞いた源氏は、「いっそ迎えてしまおう」と考えながら、「お手紙は頻繁に差し上げなさる」のでした。

続いて「暮れると」とありますから、その半日の間に「頻繁に(原文・たびたび)」手紙を送ったというのは少々不自然ですが、どういうことなのでしょうか。

ともかくも幾度かのやり取りの後、「暮れると」また惟光を送ります。

すると少納言が、いよいよ宮が明日引き取りの来ることになったと言って、大わらわの準備をしています。》

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第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々~その6

 

【現代語訳】6

 あちらでは、ちょうどその日、父宮がおいでになった。尼君が亡くなっていっそう荒れて、一体に古めかしくなった邸が、ますます人数が少なくなって月日を経ているので、ずっと御覧になって、

「このような所には、どうして、少しの間でも幼い子供がお過しになれよう。やはり、あちらにお引き取り申し上げよう。けっして窮屈な所ではない。乳母は部屋をもらって仕えればよい。姫は、若い子たちがいるので、一緒に遊んで、十分仲良くやって行けよう」

などとおっしゃる。

 近くにお呼び寄せになると、あの源氏の君のおん移り香がたいそうよい匂いに深く染み着いていらっしゃるので、「いい匂いだ。お召し物はすっかりくたびれているが」と、お気の毒にお思いになった。

「長い間、病気がちのお年寄と一緒においでになったが、あちらに引っ越してお馴染みなさいなどと、言っていましたが、変に疎んじなさって、妻もおもしろからぬようでいたが、こんな時に移って来られるのも、おかわいそうに」などとおっしゃると、

「いえどう致しまして。心細くても、今暫くはこうしておいであそばしましょう。もう少し物の道理がお分かりになりまして、お移りあそばされるのがようございましょう」と申し上げる。

「夜昼となく尼君を恋しがり申し上げなさって、ちょっとした物もお召し上がりになりません」と申して、なるほど、とてもひどく面痩せなさっているが、まことに上品でかわいらしく、かえって美しくお見えになる。

「どうして、そんなにお悲しみなさる。今はもうこの世にいない方のことは、しかたがありません。わたしがついているので」

などとやさしくお話申し上げなさって、日が暮れるとお帰りあそばすのを、とても心細いとお思いになってお泣きになると、宮ももらい泣きなさって、

「けっしてそんなにご心配なさるな。今日明日のうちに、お移し申そう」などと、繰り返しなだめすかして、お帰りになった。

 お帰りの後の寂しさも慰めようがなく泣き沈んでいらっしゃった。将来の身の上のことなどはお分りにならず、ただ尼君が長年離れることなく一緒にいて、今はお亡くなりになってしまったと、お思いになるのが悲しくて、子供心に胸がいっぱいにふさがって、いつものようにもお遊びはなさらず、昼間はどうにかお紛らわしになるが、夕暮時になると、ひどくおふさぎこみなさるので、これではどのようにお過ごしになられようかと、慰めあぐねて、乳母たちも一緒に泣いていた。

 

《源氏が帰っていった後入れ替わりに、父・兵部卿宮が、昨夜の大風を心配してでしょうか、具体的な引き取りの話を持って来ました。

宮の言葉を読者が直接に聞くのは、ここが初めてですが、この人は父親としてこの姫にとっていい人のようで、本気で姫の境遇を案じているようです。

故尼君と少納言の心配は、ひたすら、姫のこの幼さで、北の方とその子供たちの間に継子として入って行って、無事に過ごしては行けそうにないということです。

少納言は、尼君を慕って泣いてばかりで食も進まない姫の有様を語って、いかに幼いかということを訴えます。そして、せめて「もう少し物の道理がお分かりになりまして」から、つまりそういう人たちの中で自分を守ることのできる年齢になってから、と彼女は言います。

昨夜の大風の中、姫を抱いてあやしている源氏を見ながら「同じことなら、お似合いの年でおいであそばしたら」(【現代語訳】4節)と侍女のひとりが口にしましたが、それは少納言の思いでもあります。

彼女としては、いずれは現状を変えなくてはならないとは思うものの、それはしかし今ではないと、そこが不安なのです。なんとか時間を延ばしたい、しかし彼女には、何の権限もなく、ただ訴えるだけです。

源氏には「が、実父にしてみれば、こういう荒廃して人少なのもの寂しいところに置いていけないと思うのも自然です。少納言の心配も汲んで、一緒に来るがよい、部屋も用意しようと言い、とうとう、今日明日中にも、と突然の期限短縮が示されます。

姫は、昨夜源氏が来た時も、尼君を恋しがって泣いていました。今、父宮が帰っていった後も、泣いています。あの無邪気に溌剌としていた姫が、このごろずっとそうなのです。

周りにいる者たちはその姿がいとおしく、またその幼い姫の急に身近に迫った行く先の不安を思い、しかしなすすべもなく、一緒に涙に暮れています。》

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第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々 ~その5


【現代語訳】5

 ひどく霧の立ちこめた空もいつもとは違った風情であるうえに、霜は真白に置いて、実際の恋であったら興趣あるはずなのに、何か物足りなく思っていらっしゃる。たいそう忍んでお通いになる方への道筋であったのをお思い出しになって、門を叩かせなさるが、聞きつける人がいない。しかたなくて、お供の中で声の良い者に歌わせなさる。

「 朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな

(曙に霧が立ちこめた空模様につけても、素通りし難い貴女の家の前ですね)」

と、二度ほど歌わせたところ、心得ある下仕え人を出して、

「 立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ

(霧の立ちこめた家の前を通り過ぎ難いとおっしゃるならば、生い茂った草が門を閉ざしたことぐらい何でもないでしょうに)」

と詠みかけて、入ってしまった。他に誰も出て来ないので、帰るのも風情がないが、空が明るくなって行くのも体裁が悪いので邸へお帰りになった。

 かわいらしかった方の面影が恋しく、独り微笑みながら臥せっていらっしゃった。日が高くなってからお起きになって、手紙を書いておやりになる時、書くはずの言葉も普通と違うので、筆を書いては置き書いては置きと、気の向くままにお書きになっている。美しい絵などをお届けなさる。


《朝の帰り道、嵐の後の風情ある道中で、例の「六条京極辺り」の女の家の道筋に当たることを思い出して訪ねるのですが、相手は、お寄りになりたければお入りになればいいのに、こんなささやかな門が真っ直ぐ入ってこられないのは、誰か他の人の所に泊まった帰りのこんな時間で、気が咎めるからでしょう、そんな方をお入れする気はありません、と言って開けてくれず、すごすごと帰っていく源氏です。

軒端の荻とのことがあった後に腹痛の老婆に出くわして慌てたこととか、夕顔の葬儀の帰りに馬から転げ落ちたこととか、源氏は一つのことの終わった後のこうした時に、どうも三枚目を演じるようにされているようです。

読者が息を詰めて読み進んできたのを見計らって、ほっと一息つかせてくれる、といった趣です。

そしてその後で、源氏も、そして読者も、改めてその前にあった出来事の余韻を楽しみます。》


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第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々~その4


【現代語訳】4

 霰が降り荒れて、恐ろしい夜の様子である。

「どうしてこのような小人数な所で頼りなく過ごしていらっしゃるのか」と思うと、ついお泣きになって、とても見捨ててはおけない有様なので、

「御格子を下ろしなさい。何とも恐そうな夜の様子なので、宿直人となってお勤めしましょう。皆お側にお寄り申しなさい」と言って、とても物馴れたふうに御帳の内にお入りになるので、とんでもない思いも寄らないことをと、みんながあっけにとられている。乳母は心配で困ったことだと思うが、事を荒立て騒ぎ立てるわけにもいかないので、溜息をつきながら見守っている。

 姫君は、とても恐ろしくどうなるのだろうと震えて、とてもかわいらしいお肌もぞくぞくと粟立つような様子でおられるのを、源氏の君はいじらしく思われて、肌着だけで包み込んで、ご自分でも一方ではどうかというお気持ちがなさるが、しみじみとお話なさって、

「ね、いらっしゃいよ。美しい絵などがたくさんあって、お人形遊びなどする所に」と、気に入りそうなことをおっしゃる様子がとても優しいので、子供心にもそう大して物怖じせず、とは言っても気味悪くて眠れない思いで、もじもじして横になっていらっしゃった。

 一晩中、風が吹き荒れているので、

「ほんとうに、このようにお越し下さらなかったら、どんなに心細かったことでしょう」
「同じことなら、お似合いの年でおいであそばしたら」とささやき合っている。

少納言の乳母は心配で、すぐ近くに控えている。

風が少し吹き止んだので、夜の深いうちにお帰りになるのも、いかにもわけありそうな朝帰りであるよ。

「とてもお気の毒にお見受け致しましたご様子で、今では、以前にもまして片時の間も見なくては気がかりでならないでしょう。毎日物思いをして暮らしている所にお移し申し上げましょう。こうしてばかりいては、どんなものでしょうか。思えば姫君は物怖じもなさらなかった」とおっしゃると、

「父宮もお迎えになどと申していらっしゃるようですが、故尼君の四十九日忌が過ぎてからか、などと存じておりますが」と申し上げると、

「頼りになる血筋ではあるが、ずっと別々に暮らして来られた方は、親しみ薄くお思いなのは、私と同様でしょう。今夜初めてお会いしたが、わたしの深い愛情は父宮様以上でしょう」と言って、幾度もかき撫でて、後髪を引かれる思いでお出になった。


《旧暦十月の下旬になるでしょうか、外は急な霰の様子で、荒れた屋敷に激しい音を立てて降ります。折りのいい遣らずの霰といったところです。源氏は「とても見捨ててはおけない」と居座ります。格子を下ろさせ、自分は「とても物馴れたふうに御帳の内にお入りに」なって、さらに「皆お側にお寄り申しなさい」と女房たちも招き入れて姫をあやします。

御帳の中は、御簾の中の奧にある姫の寝所ですから、女房たちは驚きます。源氏も「ご自分ながらも、一方ではどうかといお気持ちがなさるが(原文・わが御ここちも、かつはうたておぼえたまへど)」というのが滑稽です。彼は妙に醒めて自分を客観的に見ている時があります。

姫は、恐ろしい外の気配におびえてか、寒さからか、あるいはいきなりのことに驚いてか、ふるえているのですが、それを源氏が、肌着でくるんで、抱いてあやしながら、姫と同じように外の気配におびえ、思いがけぬ出来事に慌てている女房たちを呼び寄せている様子は、なかなか絵になって麗しい光景と見られます。とても十八歳の若者とは思えない、もうこの家の主といった趣です。

女房たちも、人少ななこういう夜に源氏がいてくれたことを喜び、いっそのこと、このままになってくれたらいいとさえ思っているようで、その中でただ、乳母の少納言だけが、ひとり危ぶんで二の足を踏んでいます。

彼女の口から父宮がいよいよ引き取る気持ちになっていることが明かされ、それも尼君の四十九日が明けたらと、具体的な話です。

『評釈』はこれを「源氏を牽制しているのだ」と言いますが、そうでしょうか。

彼女が父宮に引き取られることをよしとしているとは思えません。彼女にとっては父宮も源氏もそれぞれに大きな不安の要素があって、尼君に比べればはるかなに弱い権限しかない彼女は、ただ危ぶんでいるしかない、という心許なさの表れた言葉のように思われます。》

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