源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 夕顔の物語(2)

第七段 忌み明ける~その3

【現代語訳】3

 静かな夕暮で、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づいているのが、絵に描いたように美しいのを、右近は見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしく思っている。

源氏は、竹薮の中で家鳩という鳥が太い声で鳴くのをお聞きになって、あの先日の院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、ありありとかわいらしく思い出されるので、

「年はいくつにおなりだったか。不思議に普通の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできなかったからなのだね」とおっしゃる。

「十九歳におなりだったでしょうか。私は亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がわたしをかわいがって下さって、お側離れず一緒にお育て下さいましたのを思い出しますと、どうして生きておられましょう。なぜこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃいました姫君を頼るお方と思って、長年仕えて参ったことでございます」と申し上げる。

「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれない。自分自身がてきぱきとしっかりしていない生まれつきだから、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうで、そのくせ引っ込み思案で夫の心にはついていくという人が愛しくて、自分の思いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、

「そういったお好みには、お似合いだったと思われますにつけても、残念なことでございます」と言って泣く。

 空が少し曇って、風も冷たく感じられる折柄、とても感慨深く物思いに沈んで、

「 見し人の煙を雲とながむればゆふべの空もむつましきかな

(契った人の火葬の煙があの雲かと思って見ると、この夕空も親しく思われるよ)」

と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このようにして女君も生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。

耳障りであった砧の音を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「八月九月正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。

 

《一転してあたりの情景です。『評釈』が前の節からのつながりとして、「いちおう言うべきことは言いあった思いで、二人は、ふと黙する」と、うまくつないでくれています。

そして『集成』は「六条の女君の邸の朝景色と、ここでの源氏の二条院の夕景色とが、絵のように美しいといわれ、夕顔の宿と対比されている」と言います。

二人は庭を眺めて、ひとときそれぞれ全く別の思いに耽ります。

源氏が家鳩の声からは「なにがしの院」での夕顔を恋しく思い浮かべ、そしてまたしても「マイフェアレデイ」の夢が語られます。

ところで、ここで源氏がたいへん珍しいことに、自分を批判的に「てきぱきとしっかりしていない生まれつき(原文・はかばかしくすくよかならぬ心ならひ)」と語っています。

ここまでの彼の行動について私たちは、ほとんど空蝉と夕顔に対するものしか知らないわけですが、そこでは、何れの場合もおおむねたいへん大胆で強引に思われる振る舞いだったのですから、このような優柔不断、柔弱という自己反省は、ちょっと意外な感じがします。

もっとも源氏の二人への思いはいずれも十分には成就しないままに終わっているわけで、しかもまだ傷心の癒えない時期のことですから、そういう点では彼が自分のことを、だらしないと思うのも理解できないわけではありません。

それにしても、自分が「てきぱきとしっかりしていない生まれつき」だから、「頼りなげな人」の方が望ましい、というのは、いささか退嬰的な感じです。

「利口で我の強い人は、とても好きになれない」というのが、あるいは後に出てくる葵の上を意識した言葉だとすれば、この時の気弱になった気分としては理解しやすく思われるとも言えます。》


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第七段 忌み明ける~その2

【現代語訳】2

「どうしてお隠し申しましょう。ご自身がお隠し続けておられたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と思っているだけでございます。

 ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもかわいい娘と思い申し上げられておられましたが、ご自分の出世が思うにまかせないのをお嘆きのようでいらっしゃるうちに、お命までままならずお亡くなりになった後、ふとした縁で、頭中将様が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそばすようになって、三年ほどは、誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしいことを申して来たので、むやみにものを怖がるご性質ゆえに、どうしようもないほどお怖がりになって、西の京に御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠れなさいました。

そこもずいぶん苦しい所で、お住まいになりにくくて、山里に移ってしまおうとお思いになっていたところ、今年からは方塞がりの方角でしたので、方違えしようと思って、賤しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまったことと、お嘆きのようでした。

人並み以上に引っ込み思案をなさって、他人から物思いしている様子を見られるのを、恥ずかしいこととお思いになって、さりげないふうを装って、お目にかかっていらっしゃるようでございました」

と話し出すと、「そうであったのか」と、思い合わせなさって、ますます不憫さが増した。

「幼い子を行く方知れずにしたと、頭中将が残念がっていたのは、そのような子でもいたのか」とお尋ねになる。

「はい。一昨年の春にお生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と話す。

「それで、どこに。誰にもそうとは知らせないで、私に預からせよ。あっけなくてたまらないと思っている人のお形見として、どんなにか嬉しいことだろう」とおっしゃる。

「あの中将にも伝えるべきだが、益もない恨みを背負うだろう。なににしても、お育てするに不都合はあるまいから、その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」などとご相談になる。

「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、あちらでおいでで」などと申し上げる。

 

《右近の口から夕顔の短くも、波乱に満ちた生涯の様子が語られます。

やはり夕顔は頭中将が語った「常夏の女」であったのでした。そしておまけに中将の子供までいたことが分かり、二歳半になる娘のようです。中将は知りませんから、源氏は右近に言って、それを自分が世話をすることにしました。

ところで、三位の中将の娘ということなら、卑しい出ではありません。『評釈』は「三位になれば上達部に属する。やはり上の品の生まれであった」としています。そう言われてみると、源氏がはじめて夕顔の家で朝を迎えた時(この章第二段【現代語訳】2節)に「とても上品であどけなくて、この上なく騒々しい隣の家のあけすけな会話を、何のことかわからない様子」とあったのが思い出されます。

すると、「雨世の品定め」で言えば、頭中将が女性を上、中、下の品に分けて話した時に源氏が「元の階層が高い生まれでありながら、今の身の上は落ちぶれ、位が低くて人並みでない人」はどこに入るのかと訊ねた、ちょうどそういう人だったわけです。

つまり左馬頭の説によれば、夕顔は中の品だったということになります。

『評釈』は、作者は読者の女房たちのために「女君を、正真正銘意の下の品とするわけにはゆかないのだ。下の品と思わしておいて、実はしからず、生まれは上の品だと作者はする。こうしてはじめて読者は、光る源氏の狂態を許すであろう」と言っています。

そうかもしれませんが、私は、この女性がもと上の品であったとすることで夕顔の悲劇性を倍増させようとしたのではないかと思います。

尊い生まれの姫君が、幼くして両親を失って失意の中にある時、一度は蔵人の少将に見そめられて復活の希望を抱いたものの、少将の正室からの脅迫におびえて姿を隠し、かろうじて乳母の世話でひっそりと没落の暮らしを過ごします。いよいよこの世での望みを絶って思い切って山里に籠もろうとした矢先に、源氏中将になかば無理矢理に世に引き戻され、思うに任せぬ暗い生涯の果てに、あたかも蝋燭の最後の瞬きのような短くも輝かしい幸福な一瞬を過ごして、その絶頂で死んで行き、そして誰に知られることもなく葬られて行ったという物語です。

この話の主人公は夕顔だと考えるべきなのでしょう。読者は源氏の振る舞いを喜んで読む(聞く)のではなくて、夕顔の運命を追って楽しみ、涙するのです。

さればこそ、作者は源氏を描く時に、折々それをコミカルに描いて、三枚目の狂言廻し的な匂いを与えたのではないでしょうか。》

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第七段 忌み明ける~その1

【現代語訳】1

 九月二十日のころに病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえってたいそう気品があって、ともすれば物思いに沈みがちに、声を立てて泣いてばかりいらっしゃる。お見かけして怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだ」などと言う者もいる。

 右近を呼び出して、気分の落ち着いた夕暮にお話などなさって、

「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいとお隠しになっていたのか。本当に賤しい身分であったとしても、あれほど愛しているのを知らず、隠していらっしゃったので、辛かった」とおっしゃると、

「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。たいしたものでもない名を名乗られる折りがなかっただけなのです。初めから、『不思議で思いもかけなかったご縁なので、現実の事とは思えない』とおっしゃって、お名前をお隠しになっていらっしゃるのも、あなた様だから、と存じ上げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と、辛くお思いになっていました」と申し上げるので、

「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きは、まだ経験ないことなのだ。主上が御注意あそばすことを初め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも窮屈で、周囲の取り沙汰が大げさな身の上の有様なので、ふとした夕方の事から妙に心に掛かって、無理してお通い申したのも、このようなさだめがおありだったのだろうと思うにつけても、胸を打たれもするし、また反対に恨めしく思われてならない。こんなにはかなく終わる縁であったならば、どうしてあれほど心底から愛しく思われたのだろう。もう少し詳しく話せ。今はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、名前が判らないでは誰のためと心中にも祈ろうか」とおっしゃると、

 

《文の途中ですが、長さの都合でここで区切ります。以下には右近の口から夕顔の事が語られます。

源氏は病みやつれても「気品があって(原文・いみじくなまめかしく)」という案配です。こうなるとこういうほめ言葉はほとんど枕詞のようなものです。

それにしても「たいそう気品があって、ともすれば物思いに沈みがちに、声を立てて泣いてばかりいらっしゃる」という叙述を、どうも三つのことが一緒にならないような気がして、すんなり飲み込めないのは私だけでしょうか。

さて、源氏は右近を呼んで夕顔の家の女性の名前を尋ねます。しかし右近の言う、夕顔が名乗らなかったのは「名を名乗られる折りがなかっただけ(原文・いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを聞こえたまはむ)」という説明はちょっと納得しがたいものがあります。

そうではなくて、実は源氏があまり本気で訊くことをしなかったのではなかったでしょうか(第三段【現代語訳】4節)。源氏にすれば、何れは分かることだと思っていたでしょうし、愛する者の間ではこうした秘密遊びも心をときめかせる材料ではあります。

あるいはまた、こういう訊ね方は、彼らとしては懸命に訊ねたつもりの訊ね方だったのでしょうか。

夕顔の方は、相手が源氏と気付いていて(と言っても、それがどの時点かよく分かりませんが)、再び頭中将との時のようなことが起こるのを避けようとしたのだというのが、分かり易い一つの理由のように思います。が、右近の説明はそうではありませんでした。

源氏の言い訳も、すでに第三段【現代語訳】3節で覆面を取った時に、「露の光やいかに」とほとんど名乗ったのと同じことを言っているのですから、言わずもがなのことのように思います。

結局この節は全体に今更めいた話で、ここもまた前(第二段【現代語訳】3節)にも言った、話の運びに不自然さのある箇所の一つという気がします。この節の本当の意図は、右近に夕顔の来し方を語らせようという作者の魂胆のようです。以下、それが右近の口から語られます》


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第六段 十七日夜、夕顔の葬送~その5

【現代語訳】5

 苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、心あわただしく思い惑っているが、気を静めて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、世話をし、助けてやりながら仕えさせる。源氏の君が少し気分よく思われる時は、呼び寄せてご用を言いつけたりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くはないが、不器量で見苦しいというほどでもない若い女性である。

「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしもこの世に生きていられないような気がする。長年の主人を亡くして、心細く思っているであろうことの慰めにも、もし生きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」

と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いて、「とても残念なことだ」と思い申し上げる。

 お邸の人々は、足も地に着かないようにおろおろしている。内裏から御勅使が、雨脚よりもさらに頻繁にある。ご心配あそばされているのをお聞きになると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも奔走なさって、左大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらっしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えになる。

 死穢によって籠っていらっしゃった忌中明けの日が、病気回復の床上げの日と同日の夜になったので、帝の御心配になっているお気持ちが、どうにも恐れ多くて、宮中のご宿直所に参内などなさる。

大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、別世界にでも生まれたようにお感じになっていた。

 

《右近は結局二条院でお仕えすることになったようです。夕顔のことを話すことが出来る唯一の人ですから、源氏は手放すことができないわけです。そういう右近を院で引き回すのは惟光の勤めです。彼にはあの晩、傍にいなかったという大きな負い目があるのでしょう、あれ以来後始末に、葬儀にと懸命に務めてきたのですが、ここでも右近の世話に務めます。

 源氏は病みついて、一時はこのまま死んでしまうのではないかと、自分でも、また周囲も心配するほどだったのですが、周囲の大変な心遣いのお陰で源氏は二十日あまり患って、ちょうど死穢の忌み明けの日に、幸いに回復します。

早速の参内ですが、長い間、宮中とはかけ離れた薄暗い(そう言えばずっと、舞台はほとんど夜の景色でした)下賤の世界をさまよって、今また突然最高に明るく優雅でおだやかな世界への復帰は、夢から覚めた思いでしょう。》

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第六段 十七日夜、夕顔の葬送~その4

【現代語訳】4

 露がしとどに降りた道中は、涙ながらの上に大変な深い朝霧で、どことも分からずさまよっているような気がなさる。生前の姿のままで横たわっていた様子や、そこに互いにお掛け合って寝たご自分の紅の衣装がそのまま着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬にも、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、返りも惟光が介添えしてお連れしていくのだが、賀茂川の堤の辺りで、馬からすべり下りて、ひどく心を乱されて、

「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。とても帰り着けそうにない気がする」

とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるはずはなかったのに」と反省すると、気が気でなく、賀茂川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しながらも、どうしようもなく途方に暮れる。

 源氏の君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、来がけ同様あれこれ助けられなさって、やっと二条院へお帰りになるのであった。

 奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。近ごろ、いつもより落ち着きのないお忍び歩きがうち続く中でも、昨日のご様子がとても苦しそうでいらっしゃいましたが。どうしてこのようにふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。

 お臥せりになるとそれっきりで、ほんとうにとてもひどくお苦しみになって、二、三日も経つとすっかり衰弱の様子でいらっしゃる。

帝もお耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷は方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎである。祭り、祓い、修法など、数え上げたらきりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。

 

《源氏は涙ながらに帰っていきます。

単純なことですが、「大変な深い朝霧」が効果的で、深い悲しみと思いがけない出来事に動顛して「どことも分からずさまよっているような気がなさる」という源氏の心境をうまく表すことができています。

しかし、ここでも作者はそういう源氏の苦悶を単純には描きません。

『光る』がこの場面について「光源氏は全く気力を喪失していて落馬したりしますね。この馬から落ちるところもぼくは好きです。コミックなものと抒情的なものとの取り合わせがうまくいっています」と言っています。

加えて惟光も、自分がつい主人の訴えに負けて、連れてきてしまったことを悔いて、ふさぎ込んでいます。若い主従が各々うちひしがれてとぼとぼと行く姿は、それが生真面目さ故のものと思うと、いかにもあわれでありもありますが、一方、ほほえましくも滑稽に思われます。

そして更に、周囲の女房の客観的で冷静な、従って辛辣な批評の言葉が加わります。

光源氏は完全無欠の主人公として描かれているとよく言われますが、確かに出自のよさや美貌、才能はそうだとしても、その振る舞いには、このように生真面目さのあまりに滑稽に、あるいは愚かしく見える振る舞いが決して少なくありません。もっとも、その愚かしいほどの生真面目さも含めての完全無欠と言われれば、そのとおりですが。

それはそれとして、アイドルにしてヒーローの危篤は、国を挙げての騒動となります。》


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