源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 空蝉の物語

第四段 それから数日後 ~その5

【現代語訳】5

 源氏の君は、小君がどのように手筈を調えるかと、まだ小さいので不安に思いながら横になって待っていらっしゃると、不首尾である旨を申し上げるので、あきれるほどに珍しい強情さに、「わが身までがまことに恥ずかしくなってしまった」と、とてもお気の毒なご様子である。しばらくは何もおっしゃらず、ひどく深く溜息をおつきになって、辛いとお思いになっている。

「 帚木の心を知らでそのはらの道にあやなくまどひぬるかな

(帚木は近づけば消えるものだと知らないで訪ねていって園原の道に迷うように、あなたの心も知らないで、空しく迷ってしまったことです)

申し上げるすべもありません」

と詠んで贈られた。

女も、やはり、まどろむこともできなかったので、

「 数ならぬふせ屋におふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木

(しがない境遇に生きるわたしは情けのうございますから、見えても触れられない帚木のようにあなたの前から姿を消すのです)」

とお答え申し上げた。

 小君が、とてもお気の毒に思って眠けを忘れてうろうろと行き来するのを、女房たちが変に思うだろう、と心配なさる。

 例によって、供人たちは眠りこけているが、お一人だけ白けた感じでぼんやりと思い続けていらっしゃるが、他の女と違った心が、「消える」どころか依然としてはっきり立ちのぼっていると悔しく、一方では、こういう女であったから心惹かれたのだと、お思いになるものの、癪にさわり情けないので、思い切ってしまおうとお思いになるが、そうとも諦めきれず、

「隠れている所に、それでも連れて行け」とおっしゃるが、

「とてもむさ苦しい所に籠もっていて、女房が大勢いますようなので、恐れ多いことで」

と申し上げる。気の毒にと思っていた。

「それでは、おまえだけは、わたしを裏切るでないぞ」とおっしゃって、お側に寝かせなさった。お若く優しいご様子を、嬉しく素晴らしいと思っているので、源氏は、あの薄情な女よりも、かえってかわいくお思いになったということである。

 

《源氏にとって初めての失恋です。それも相手が受領の妻という中の品程度の女性からの拒絶を受けたのであって見れば「わが身までがまことに恥ずかしくなってしまった」という述懐には実感が伴います。それは小君までもが「とても気の毒に思って」同情するほどでした。

今度は源氏が、とつおいつ思い惑う番です。「こういう(心のしっかりした)女であったから心惹かれたのだ」と思ってみずから慰めようともしますが、収まらず、女性の隠れている場所に押しかけようとも考えます。

しかし、小君に、空蝉は幾人もの女房たちが侍る中にいるのですから、源氏ともあろう人が簡単に出入りすることはできないと諫められて、断念するしかありません。

居並んでいるであろう女房たちは、確かに大変な障害ではあるでしょうが、そのままなすすべなく手を拱く二人の姿は、まちがいなく十七歳と十二歳の少年と見えます。

源氏はやむなく、小君をそばに寝かせて、負けを噛みしめるしかないありませんでした。

『光る』はこの点について別の意味有りとして大きく論じていますが、それはそちらにお任せすることにします。

この巻の名の由来となった、ここの歌の「帚木」については、『源氏物語の謎』(増淵勝一・国研ウェブ文庫)に、「この木は園原山(長野県下伊那郡阿智村智里に所在。飯田市と岐阜県中津川市とのほぼ中間)の中腹にあった檜(ひのき)の一種で、周囲六メートル余り、地上二十二メートルの大木で、枝が四方にのび、遠くから見るときはまるでホウキを立てたように見えていて、近寄るとどれがその木かわからなくなってしまうという、不思議な大木だったということです。(『観光の飯田』86号、昭49・9刊)。現在はその根元だけが残っているそうです」とあります。

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第四段 それから数日後 ~その4

【現代語訳】4
 例によって、内裏に何日もいらっしゃるころ、都合のよい方違えの日を待ってお出かけになる。急に左大臣邸へ退出なさるふりをして、途中からお越しになった。

紀伊守は驚いて、遣水の名誉と光栄に思い、恐縮して喜ぶ。小君には、昼から、「こうしようと思っている」とお約束なさっていた。朝に夕に身近にお使いになっていたので、今宵も、まっさきにお召しになっていた。

 女も、そのようなお手紙があったので、人目を欺く苦心をこらされるお気持ちのほどは浅いものとは思われないが、そうだからといって気を許して、みっともない様をお見せ申すのも、意味もなく、夢のようにして過ぎてしまった嘆きを、さらにまた味わおうとするのかと、思い乱れて、やはりこうしてお待ち受け申し上げることが気恥ずかしいので、小君が出て行った間に、

「とても近いので、畏れ多い気がします。気分が悪いので、こっそりと肩腰を叩かせたりしたいので、少し離れた所で」と言って、渡殿に、中将の君と言った者が部屋を持っていた奥まった処に、移ってしまった。

 そのつもりで供人たちを早く寝静まらせて、お便りなさるが、小君は尋ね当てられない。すべての場所を探し歩いて、渡殿に入りこんで、やっとのことで探し当てた。ほんとうにあんまりなひどい、と思って、

「どんなにか、役立たずと、お思いになるでしょう」と、泣き出してしまいそうに言うと、

「このような、不埒な考えは、持っていいものですか。子供がこのような事を取り次ぐのは、とてもいけないことと言われているのに」ときつく言って、

「『気分がすぐれないので、女房たちを側に置いて揉ませております』とお伝え申し上げなさい。変だと誰もが見るでしょう」とつっぱねたが、心中では、「ほんとうに、このように身分の定まってしまった身の上でなく、亡くなった親の御面影の残っている邸にいたままで、たまさかにでもお待ち申し上げるならば、楽しいことであろう。無理にお気持ちを分からないふうを装って無視するのも、どんなにか身の程知らぬ者のようにお思いになるだろう」と、心に決めながら胸が痛くて、やはり心が乱れる。「どちらにしても、もうどうにもならない運命なのだから、非常識な気にくわない女で、押しとおそう」と思い諦めた。

 

《源氏は再び物忌みを口実に紀伊守邸を訪ねます。紀伊守は、源氏が前回、「最近川の水を堰き入れて、涼しい木蔭でございます」と紹介されて、ここに来たことから、今回もそうだろうと思っています。ここの主要な登場人物の四人の中で、この人だけが本当の事情を知りません。それによって二人の関係の内密性がより明らかになります。

さて、空蝉はもう決して逢うまいと心に決めてしまっています。

しかしそれでもなお、彼女の胸の奥には、もっと前、親と一緒に暮らしていた頃にこうしたことがあったのなら、どれほど「楽しいことであろう(原文・をかしうもやあらまし)」という思いが漂います。彼女はその切ない気持ちを押し殺して、いやな女で通そうという覚悟を決めます。理性的でかしこい人が一端こうと決めると、十七歳の若者には歯が立ちません。

現代なら、可能性に賭ける、というような発想もあるのでしょうが、身分制度の固定した社会では、そういうアメリカンドリームのような期待は、彼女の思い描くところではありません。

こう考えてくると、この空蝉は、ずっと後の明石の君に似かよってきます。こういう、じっと自分を抑える、大人の女性を描くのがこの作者は得意でもあり、またそれが好みの女性像であるように感じられます。

もちろんそれは実際の彼女に近いタイプであるに違いありません。》

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第四段 それから数日後~その3

【現代語訳】3

 お手紙は度々来る。けれども、空蝉は、この子もとても幼い、うっかり落としでもしたら、軽々しい浮き名まで背負い込むことになるだろう、そういう風評もうれしくないと思うと、幸せも自分の身分に合ってこそはと思って、心を許したお返事も差し上げない。ほのかに拝見した感じやご様子は、「本当に、並々の人ではなく素晴らしかった」と、思い出し申さずにはいられないが、「お気持ちにお応え申しても、今さら何になることだろうか」などと、考え直すのであった。

 源氏の君は、お忘れになる時の間もなく、胸がつまるようで恋しくお思い出しになる。悩んでいた様子などのいじらしさも、払い除けようもなく思い続けていらっしゃる。軽々しくひそかに隠れてお立ち寄りなさるのも、人目の多い所で、自分の不都合な振る舞いが人に知れるのではないかと思い、また相手にも気の毒である、と思案にくれていらっしゃる。

 

《空蝉は理性的な、かしこい女性です。もともと、一度は宮仕えも考えたこともあるような人が、一受領の妻になることをともかくも受け入れ、しかもそこを自分の定位置と考えようとしていきたくらいの人です。ですから、危なっかしい夢を見て、それに裏切られるだけではなく、「軽々しい浮き名まで背負い込むことになるだろう(原文・軽々しき名さへとりそへむ)」ことは、堪えられないことだと考えます。

「浮き名まで」と言ったのは、どうせ源氏にはすぐに忘れられる、その悲しみに加えて、の意味でしょう。「受領の妻風情であの源氏様とまともなお付き合いができると思ったようだ」と噂されることは、彼女にとってその地位と人柄を二重に貶められることになります。彼女は、そういう意味で、ただ控えめなだけではなく、誇りを持った人でもあるのです。

と、そこまで考えて、しかしやはり彼女にとっても源氏の姿は魅力的でした。理知だけの人でもありません。そういう源氏の魅力を十分に感じながら、それでもなお、と「考え直す」のでした。

源氏の方は、そういう女の仕草や様子に感じた魅力に捕らわれて、「心苦しくも恋しくもお思い出しになる」のでした。

「心苦しくも(原文も同じ)」が気になることばです。『評釈』は「気の毒な事をした」、『谷崎』は「やるせなく」といったように解していますが、『辞典』の載せる意味の「①胸がつまる。心も狂いそうである」が当たるのではないでしょうか。

人目を気にしながら、そして相手の女を思いやりながら、再び会えるよい折りを待っています。》

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第四段 それから数日後~その2

【現代語訳】2

 翌日、小君をお召しになっていたので、参上しますと言って、姉にお返事を催促する。

「このようなお手紙を見るような人はいません、と申し上げなさい」とおっしゃると、にこっと微笑んで、

「間違いようもなくはっきりおっしゃらったのに。どうして、そのように申し上げられましょうか」と言うので嫌な気がして、すっかり話してしまわれたのだ、と思うと、つらいこと、この上ない。

「いいえ、ませた口をきくものではありませんよ。それなら、もう参上してはいけません」と不機嫌になられたが、

「お召しになるのに、どうして」と言って、参上した。

 紀伊守は、好色心をもってこの継母の様子をもったいない人と思って、何かとおもねっているので、この子も大切にして、連れて歩いている。

 源氏の君は、お召しになって、

「昨日一日中待っていたのに。やはり、私ほどには思ってくれないようだね」とお恨みになると、顔を赤らめて畏まっている。

「返事はどこに」とおっしゃると、これこれしかじかです、と申し上げるので、

「だめだね。呆れた」と言って、またも手紙をお渡しになった。

「お前は知らないのだね。わたしはあの伊予の老人よりは、先に知り合ったのだよ。けれど、頼りなく弱々しいといって、不恰好な夫をもって、このように馬鹿になさるらしい。そうであっても、お前は私の子でいてくれよ。あの頼りにしている人は、どうせ老い先短いだろう」とおっしゃると、「そういうこともあったのだろうか、大変なことだな」と思っているのを、おかしくお思いになる。

 この子をお離しにならず、内裏にも連れて参上などなさる。ご自分の御匣殿にお命じになって、装束なども調達させ、本当に親のようにお世話をなさる。

 

《小君は二人の間のことが「ぼんやりと分か」っている程度(前節)なので、姉の困り果てての拒否の返事を、恋の手管の一つとでも思ったのでしょうか、「にこっと微笑んで」よく承知していますよ、という態度を見せます。姉さんもなかなかやるものだ、というような気持ちでしょう。彼はむしろそれを応援するくらいの気持ちでいるようです。

源氏の小君への話は、前節での話が漠然とした言い方のように読めたのと比べると、ずいぶん直接的で、また伊予守批判も露骨です。彼の空蝉への執心がいっそう強まり、少し苛立っていることを感じさせます。

小君は、話を聞いて「大変なことだな(原文・いみじきことかな)」と思います。ちょっと意味が取りにくいところです。『谷崎』は「えらいお気の毒なことをしたものだ」と訳して、自分が返事を持ち帰らなかったことについて反省している、と解しているようですが、「いみじ」の語感と違うような気がします。むしろ源氏と姉との因縁の深さを聞かされて驚いた言葉と考えて、「畏れ多いことだ」といった意味と考えたいところです。そのように、言われたことを素直に信じるところを、源氏は「かわいい」と思ったというわけです。》


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第四段 それから数日後~その1

【現代語訳】1

 そうして、五、六日が過ぎて、この子を連れて参上した。申し分なく美しいというのではないが、優美な物腰で、良家の子弟らしく見えた。招き入れて、とてもやさしくお話をなさる。子供心に、とても素晴らしく嬉しく思う。姉君のことも詳しくお尋ねになる。答えられることはお答え申し上げなどして、こちらが恥ずかしくなるほどきちんとかしこまっているので、ちょっと言い出しにくい。けれども、とても上手にお話なさる。

 このようなことであったかとぼんやりと分かって、意外なこととは思うが、子供心に深くも考えない。お手紙を持って来たので、女君は、あまりのことに涙が出てしまった。弟がどう思っていることだろうかときまりが悪くて、そうは言っても、お手紙で顔を隠すように広げた。たいへんこまごまと書き連ねてあって、

「 見し夢をあふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける

(夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに、目までが合わさらないで眠れない夜を幾日も送ってしまいました

眠れる夜がないので」

などと、見たこともないほどの、素晴らしいご筆跡も、目も涙に曇って、不本意な運命がさらにつきまとう身の上を思い続けて臥せってしまわれた。

 

《「五、六日が過ぎて」がなかなか思わせぶりです。『評釈』は「すぐ姉は賛成したであろう(弟を身代わりにして、それですむ、と思った)」としていますが、逆に、渋ったから日が経ったのではないでしょうか。しかし、この子にとっても、また一族にとってもこの上ない話なので、断ることなどできません。

源氏はこの子(次の節で小君と呼ばれます)をかわいがり、小君も喜んで源氏の用を務めます。姉の空蝉のことを話すときの「こちらが恥ずかしくなるほどきちんとかしこまっているので、ちょっと言い出しにくい」について『集成』が「子供の手前であるが、源氏は自分の思惑に気が引けるのである」としているのがおもしろく思われます。十七歳の若者が十二、三歳の子に、今で言えば高校生が中学生に(もちろん精神年齢の差は現代よりもずっと大きいでしょうが)つかず離れずの話をしなくてはならないのですから、大変だったでしょう。「とても上手にお話なさる(原文・いとよく言ひ知らせ給ふ)」と言う所以です。

ともあれ、うまく小君を味方に付けて源氏は空蝉への手紙を小君に持たせます。空蝉は、何らかのつながりができることを心配していたでしょうが、まさかこの子に手紙を持たせるなどという直接的なことをするとは、と思い、また弟が相手方についてしまったような気もしたでしょう、「あまりのことに」思い、「不本意な運命がさらにつきまとう身の上を思い続けて臥せってしまわれた」となります。

考えようによれば彼女にとってまたとない幸運なのですが、しかしそれが身の定まった今ごろになって訪れたことは、まったく「不本意な運命」と言わざるを得ないのです。

ここで「臥せってしまわれた(原文・臥したまへり)」と空蝉に敬語が使われ、この後も時々そういう書き方が現れますが、『評釈』はそれによって「自邸内での女主人公としての女を、読者は感じるのであろう、と思う」としています。》


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