源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 女性体験談

第四段 式部丞の体験談(蒜食いの女の物語) ~その3


【現代語訳】3

 「すべて男も女も未熟者は、少し知っている方面のことをすっかり見せようと思っているのが、困ったものです。

 三史五経といった学問的な方面を、本格的に理解しようとするのは、かわいげのないことですが、女だからといって、世の中の公私の事々につけて、まったく知らず、通じていなくてよいということがありましょうか。わざわざ勉強しなくても、ちょっと才能のあるような人ならば、耳から目から自然と入って来ることが多いはずです。

 だからといって、漢字をさらさらと走り書きして、相応しくない女どうしの手紙文に、半分以上書き交ぜているのは、ああ何と厭味な、この人が女らしかったらいいのに、と思われます。自分ではそんなにも思っていないのでしょうが、自然とごつごつした声に読まれなどして、ことさらめいて感じられます。上流の女性にも多く見られることです。

 和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、趣のある古歌を初句から取り込んだりして、相応しからぬ折々に詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。返歌しないと気が利かず、出来ないような人は体裁が悪いでしょう。

 しかるべき節会など、例えば五月の節会に急いで参内する朝に、落ち着いて分別などしていられない時に、素晴らしい菖蒲の根にちなんで歌を詠みかけてきたり、重陽の節会の宴会のために、何はともあれ難しい漢詩の趣向を思いめぐらしていて暇のない折に、菊の露によそえて詠みかけてきたり、というように、相応しからぬことに付き合わせ、またそういう場合ではなくとも、後から考えればなるほどとおもしろくもしみじみとも思うはずのことが、その折りに合わず目に入らないのを察しもせずに詠んで寄こすのは、かえって気がきかないように思われます。

万事につけて、どうしてそうするのだろうか、そうしなくとも、と思われる場合や時々を判断できない程度の分別では、気取ったり風流めかしたりしないほうが無難でしょう。

 総じて、心の中では知っているようなことでも知らない顔をして、言いたいことも一つ二つは言わないでおくのが良いというものでしょう」

と言うにつけても、源氏の君は、お一方の御様子を、胸の中に思い続けていらっしゃる。

「この結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃるなあ」と、比類ない方だと思うにつけても、ますます胸がいっぱいになる。
 どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。

 


《式部丞の笑い話を受けて左馬頭が再び登場してまとめをします。

始めは女性が漢文の素養を露わにすることの不自然さについてですが、それをことさらに「上流の女性にも多く見られることです」と結んでいるところは、やはり特定の人を意識しているように感じさせます。

 先に書いたように、ここで『評釈』は、定子皇后母・高内侍説を述べていますが、彼女は『大鏡』第四「内大臣道隆」の章に「本格的な漢詩人で、帝の前での詩席の折りには、漢詩を献上したとのこと。いい加減な男性より優れているといううわさでした」と書かれている人です。これは定子一派としては大変な自慢であったでしょうが、それだけにライバル彰子中宮側としてはおもしろくなかったに違いありません。中宮付きの女房である作者としては十分意識した人だと考えられます。女房たちが集まってここを読む時は、みんなで溜飲をさげたでことしょう。

そこから話は、歌詠みを得手とする人が、相手の都合も考えずに人に歌を詠みかける迷惑を語って、自分の得手をひけらかすことの気のきかなさを批判します。

紫式部は、普段は控えめで目立たないように努めていた人のようですから、これは場を借りて自身を自負とともに語っているのだとも思われます。

さて、ともかくも「雨夜の品定め」はここで終わりますが、この三人によって語られた話でこの物語を見通した女性論をまとめると、どういうことになるでしょう。

それを『研究』が「まめやかな心と、あわれを知る心と、賢い知性的な心の三者が、この物語における人間の本義の要綱となる」と言っています。  
 この本は少し道学的な捉え方が強すぎるという気がしますが、この三つの心がここで考えている人格のベースとなるであろうということは、考えてもよいことのように思われます。


  長い長い話の挙げ句、読者にとっては突然ですが、藤壺女御が思い出され、浮かび上がってきます。

左馬頭が自分の一番得手とする分野の話を得意になって話し、式部丞が真偽のあやしい座興の笑い話を披露して、頭中将が二人を囃しながら、どこかで今度は自分の話として語ろうと思ってか、乗り出して聞いている間、源氏は、他の三人は知らないままに、ずっと彼女のことを思い浮かべ、その幻と語られる女性とを比べながら話を聞いていたわけです。源氏にとってこの三人の話は、一人全く異なった意味を持って聞かれていたわけです。》

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第四段 式部丞の体験談(蒜食いの女の物語)~その2

【現代語訳】2

「そうして、ずいぶん長く行きませんでしたが、何かのついでに立ち寄ってみましたところ、いつものくつろいだ部屋にはおりませんで、不愉快な物を隔てて逢うのでございます。嫉妬しているのかと、ばかばかしくもあり、また、別れるのによい機会だと思いましたが、この賢女ときたら、軽々しい嫉妬をするはずもなく、男女の仲を心得ていて恨み言も言いませんでした。

 声もせかせかと言うことには、

『数月来、風邪が重いのに堪え兼ねて、極熱の薬草を服して、大変に臭いので、面会は御遠慮申し上げます。直接にでなくても、しかるべき雑用などは承りましょう』

と、いかにも殊勝にもっともらしく言います。返事には何と言えましょうか。ただ、『わかりました』とだけ言って、立ち去ります時に、(女は)物足りなく思ったのでしょうか、

『この臭いが消えた時にお立ち寄り下さい』

と声高に言うのを、聞き捨てるのも気の毒ですが、しばしの間でもためらっている場合でもありませんので、言うとおり、その臭いまでが、ぷんぷんと漂って来るのも堪らなくて、逃げ腰になって、

『 ささがにのふるまひしるき夕ぐれにひるま過ぐせといふがあやなさ

(古歌にあるように蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に、蒜が臭っている昼間が過ぎるまで待てと言うのは訳がわかりません)

何の口実ですか』

と、言い終わらず逃げ出しましたところ、追いかけて、

『 逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならばひる間もなにかまばゆからまし

(逢うことが一夜も置かずに逢っている夫婦仲ならば、蒜の臭っている昼間逢ったからとてどうして恥ずかしいことがありましょうか)』

 さすがに返歌は素早うございました」と、落ち着き払って申し上げるので、公達は興醒めに思って、嘘だと言ってお笑いになる。

「どこにそのような女がいようか。おとなしく鬼と向かい合っていたほうがましだ。気持ちが悪い話よ」と爪弾きして、

「何とも評しようがない」と、藤式部丞を軽蔑し非難して、

「もう少しましな話を申せ」とお責めになるが、

「これ以上珍しい話がございましょうか」と言って、澄ましている。

 

 

《ここは、この女性がいかに滑稽な人だったかを語ることになっています。

この女性の始めの言葉は、原文では「月ごろ、風病重きに堪へかねて、極熱草薬(蒜・にんにく)を服して、いと臭きによりなむ、え対面賜はらぬ。まのあたりならずとも、さるべからむ雑事等うけたまはらむ」とあるのですが、傍点をした言葉は全て漢語で女性の普段使う言葉ではなく、また「堪へかねて」、「対面賜はらぬ」、「まのあたりならずとも」も「男の言葉遣い」(『集成』》で、「全体として当時の女言葉としては異様で滑稽である」(同)ということのようです。言わば落語の「たらちね」のおかしさで、町人の娘が武士の言葉で喋っているような感じを考えればいいのかも知れません。

 さらにその言葉を言う調子は「声もせかせかと言うことには(原文・声もはりやかにて言ふやう)」とあります。ちょっと意味が取りにくいのですが、「はやりか」は「調子が速く軽快な感じのするさま」(『辞典』)ですから、はっきりした声でぴしゃりと言った、という感じでしょうか。これも普通の女性の言い方ではありませんし、また「しかるべき雑用などは承りましょう」は聞きたいことがあったら教えてあげます、といった調子が感じられます。

式部丞が「返事には何と言えましょうか。」と思ったのも無理はありません。しかしそれにしても「わかりました(原文・うけたまはりぬ)」(『集成』訳は「承知つかまつった」)という返事も、しかられた子供の返事のようで、恐れ入った感じがあってかなり滑稽です。

頭中将や左馬頭が語った女性は、三人ともそれなりに普通の人だったのですが、式部丞の語るこの女性は、私たちが考えても普通ではありません。その場の三人の公達があきれてしまったのも無理のないことだと思われます。

それを語るのに式部丞は、「落ち着き払って申し上げ(原文・しずしずと申せば)」(ここは、まじめくさった様子を言っているのでしょうか)、また話し終わってみんなからもっと真面目に話せと責められながら、「『これ以上珍しい話がございましょうか』と言って、澄ましている(原文・『これよりめづらしきことさぶらひなむや』とて、をり)」という態度です。

もともとが、「式部のところには、変わった話があろう」と求められての話ですから、彼としては役目十分の話をしたわけです。

『評釈』は「この場にふさわしからぬ身分の式部は、道化役を勤めざるをえない」としていますが、それにしてもこの巧みな語り口は、かつてテレビ番組「ごきげんよう」でいくつもの信じがたいおもしろい話を語った磯野貴理子の王朝版先達と思わせます。》


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第四段 式部丞の体験談(蒜(ひる)食いの女の物語)~その1

【現代語訳】1

 「式部のところには、変わった話があろう。少しずつ話して聞かせよ」と催促される。

 「下の下のわたくしめごとき者には、何の、お聞きあそばす話がありましょう」

と言うけれど、頭中将の君が真面目に「早く早く」とご催促なさるので、何をお話し申そうかと思案したが、

「まだ文章生でございました時、賢い女性の例を見ました。

先程、左馬頭が申されましたように、公事をも相談し、私生活の面での心がけも考え廻らすこと深く、漢学の才能はなまじっかの博士が恥ずかしくなる程で、万事相手に口を開かせないほどでした。

 それは、ある博士のもとで学問などを致そうと思って、通っておりましたころでしたが、主人の博士には娘が多くいると聞きまして、ちょっとした折に言い寄りましたところ、父親が聞きつけて、盃を持って出て来て、『わがふたつの途歌ふを聴け』と謡いかけてきましたが、婿になる気などすこしもなく、あの父親の気持ちに気兼ねして、それでも関わっておりましたところ、とても情深く世話をし、寝覚めの語らいにも、身のためになる学問や、朝廷に仕えるべきその道のことを教えて、とても見事に手紙文にも仮名文字というものを書き交ぜず、本格的に漢文で表現しますので、ついつい別れることができずに、その女を先生として、下手な漢詩文を作ることなどを習いましたので、今でもその恩は忘れませんが、慕わしい妻として頼りにするには、無学のわたしは、どことなく劣った振る舞いなど見られましょうから、恥ずかしく思われました。

ましてあなた様方の御ためには、しっかりして手ぬかりのない奥方様は、何の必要がおありでましょうか。

つまらない、残念だ、と一方では思いながらも、ただ自分の気に入って宿縁にひかれるということもあるようですので、男という者は、他愛のないもののようです」

と申し上げるので、続きを言わせようとして、

「それにしてもまあ、何と興味ある女だろうか」と、おだてなさるのを、そうとは知りながらも、鼻のあたりをひくつかせて語り続ける。

 

《語り手が式部丞に替わって、今度はインテリ女性が挙げられます。

この女性は「博士」の娘だけあって筋金入りのインテリで、閨房の語らいにも学問の話をし、普段の何気ない手紙でもバリバリの漢文で書くほどです。

当時、女性が漢文の素養を人前で見せるのは慎むべきこととされていて、紫式部はあの清少納言について「さばかりさかしだち、まな書きちらし」(『紫式部日記』)と批判していますから、この話は作者としては滑稽な女性を描いている気分だと思われます。『評釈』は後の方で、この女性のモデルは、関白道隆の北の方で一条天皇の定子皇后の母・高内侍ではないかとしています。

この博士の下で学問を学んでいた式部丞は、この娘に言い寄るのですが、「『博士』は地下である。殿上人でさえない。権門となんの関係もない」(『評釈』)のですから、本気での付き合いではありません。

ところが一方、父親の博士は、宮仕えをしている若者からの話に大喜びで、娘を玉の輿に、と思います。「わがふたつの途歌ふを聴け」は、『白氏文集』の詩の一節で、「家は貧しいが娘はよい嫁になろうという意を諷した」(『集成』)ものと言います。

娘も父の思いと同じで、彼女なりに式部丞につくしてくれます。

式部丞は博士から教えを受けなければならないので、そのまま娘に「関わって」いたのですが、だんだん自分の学問の無さが引け目に思われるようになって来ます…。

と、ここまで話して、「まして…」以下、彼は急に話を変えようとしているようです。

すでに権門にあり学問もある源氏や中将には、こういう女性は関心がないのではないか、この話が「はたして君達の御意に召すかどうか」(『評釈』)と不安になったのでしょう。

が、おだての言葉に乗って語り続けます。本当は、もちろん語りたいのです。》

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第三段 頭中将の体験談(常夏の女の物語) ~その2

【現代語訳】2
 まだ生きていれば、みじめな生活をしていることでしょう。愛しいと思っていましたころに、うるさいくらいにまつわり付くような様子に見えたならば、こういうふうには行方もわからないようなことにはさせなかったものを。あんなにも途絶えはせずに、通い妻の一人として永く関係を保つこともあったでしょうに。あの撫子がかわいらしうございましたので、何とか捜し出したいものだと思っておりますが、いまだに行方を知ることができません。

 これがおっしゃられた頼りない女の例でしょう。平気をよそおって辛いと思っているのも知らないで、愛し続けていたのも、思えば無益な片思いでした。今はだんだん忘れかけて行くころになって、あの女は女でまたわたしを忘れられず、時折自分のせいで胸を焦がす夕べもあるであろうと思われます。

この女は、永続きしそうにない頼りない例でしたよ。

 それだから、あの嫉妬深い女も、思い出される女としては忘れ難いけれども、実際に結婚生活を続けて行くのにはうるさいく、悪くすると、嫌になることもありましょうよ。

琴が素晴らしい才能だったという女も、浮気な欠点は重大でしょう。

この頼りない女も、疑えば疑わしいでしょうから、どちらが良いとも結局は決定しがたくなってしまいます。

男女の仲は、まったくこういったふうで、それぞれに優劣をつけるのは難しいことです。このそれぞれの良いところばかりを身に備えて、非難される点を持たない女は、どこにいましょうか。吉祥天女に思いをかけようとすれば、抹香臭くなり、窮屈で、またおもしろくないでしょう」と言って、皆笑った。

 

《「おっしゃられた頼りない女(原文・のたまへるはかなき例)」というのは、左馬頭が語った、「ただひたすら実直で、落ち着いた心の様子がありそうな女性を、生涯の伴侶としては考え置くのがよい」(帚木の巻第一章第四段【現代語訳】1節)を受けての、夫への不満を何も口にしないまま突然出家してしまった女の話を指しているのでしょう。

そういう立場から中将は、この女性をやはり「痴れ者」と思っているようです。

中将は、「まつわり付くような様子に見えたならば」もっと大事にしたのに、と言いますが、それが少し進むと左馬頭の話の「指食いの女」ということになるでしょう。

求められるのは、夫の不実にかわいらしく不満を訴えながら、家庭の安定をしっかり守ってくれるという、絶妙なバランスの取れた女性なのです。

そんな理想を求められるのは女性としては酷な話と言うべきです。

左馬頭の話の時にも感じられた、男の身勝手さがここにもあります(ところでまた一方で、姿を消した女性がどこかで「胸を焦が」しているだろう、などと想像しているに中将もまた、全く人が好いと言うか、しょっていると言うか、ほとんどばかばかしいと言っていいでしょう)。

確かに恋を成就させるのには、あまりに忍耐強いことは障害になるでしょう。

しかしまた考えてみれば、男性の理想とする女性像は、一人の男性にとっても一定しているわけではありません。甘えてくれる人がほしい時もあれば、自立した人を好ましいと思う時もあります。時によって相反する女性を求める気持ちがあるのであって、そもそも「理想的」といっても特定の型に固定してしまうのは難しいことなので、「どちらが良いとも決定しがたくなって」しまうのは当然でしょう。

結局は、吉祥天が持ち出されて荒唐無稽な話な笑い話になるしかありません。若者の談義は、初めは大まじめでも、しばしばそのように進んでいくものです。》

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第三段 頭中将の体験談(常夏の女の物語)~その1

【現代語訳】1

 中将は、「わたしは、馬鹿な体験談をお話しましょう」と言って、

「ごくこっそりと通い始めた女が、そうした関係を続けてもよさそうな感じだったので、長続きのする仲とは思えませんでしたが、馴れ親しんで行くにつれて、愛しいと思われましたので、途絶えがちながらも忘れられない女と存じておりましたが、それほどの仲になると、わたしを頼りにしている様子にも見えました。

頼りにするとなると、恨めしく思っていることもあるだろうと、我ながら思われる折々もございましたが、女は気に掛けぬふうをして、久しく通って行かくても、たまにしか来ない男とも思っていないで、まったく普段どおりに振る舞っているという態度に見えて、いじらしく思えたので、ずっと頼りにしているようにと言ったこともあったのでした。

親もなく、とても心細い様子で、それならばこの人だけをと、何かにつけて頼りにしている様子もいじらしげでした。

このようにおっとりしていることに安心して、長い間通って行かないでいたころ、わたしの妻の辺りから、思いやりのないひどいことを、ある手づるがあってそれとなく言わせたことを、後になって聞きました。

そのような辛いことがあったのかとも知らず、心中では忘れていないとはいうものの、便りなども出さずに長い間おりましたところ、すっかり悲観して不安だったので、幼い子供もあって思い悩んで、撫子の花を折って、送って寄こしました」と言って涙ぐんでいる。

「それで、その手紙には」とお尋ねになると、
「いや、格別なことはありませんでしたよ。

『 山がつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露

(山家の垣根は荒れていても、撫子の花に露が置くように、時々はこの子をかわいがってやってください)  』

この手紙で思い出したままに行きましたところ、いつものように無心なようでいながら、ひどく物思い顔で、荒れた家の露のしっとり濡れているのを眺めて、虫の鳴く音と競うかのように泣いている様子は、昔物語めいて感じられました。

『 咲きまじる色は何れとわかねどもなほ常夏にしくものぞなき

(庭にいろいろ咲いている花はいずれも皆美しいが、やはり常夏の花が一番美しく思われます) 』

 大和撫子のことはさておいて、まず『塵だにも(二人の床に塵さえも置かないようにしよう)』などと、女の機嫌を取ります。

『 うち払ふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり

(床に積もる塵を払う袖を涙に濡れている常夏にさらに激しい風の吹きつける秋までが来ました) 』

とさりげなく言いつくろって、本気で恨んでいるようにも見えません。涙をもらし落としても、とても恥ずかしそうに遠慮がちに取り繕い隠して、薄情を恨めしく思っているということを知られるのが、とてもたまらないらしいことのように思っていたので、気楽に構えて、再び通わずにいましたうちに、跡形なく姿を晦ましていなくなってしまったのでした。

 

 

《この冒頭の「馬鹿な体験談をお話しましょう(原文・なにがしは、痴者の物語をせむ)」について、その「痴者」が、語り始めた中将自身を指すのか、あるいはここで話題とする女性(後世、「常夏の女」と呼ばれます)を指すのか、ということが、問題とされます。

ここの訳や『集成』は中将自身のこととして訳しているのですが、『評釈』は、ここは「女を語るのであって、男である中将自身のことを語っているのではない」としています。『谷崎』はどちらとも取れる訳です。

この前後の対話全体が女性を語る文脈であること、次節のこの女性評からみると、私は、この女性を「痴者」と言っているのだと考える方がいいように思います。

「撫子」の手紙を貰ったことを話して涙ぐんでいるあたりは、現代風に考えると自分が「痴者」だったと反省しているようにも見えますが、貴族たちの涙は、そういう自責的なものではなくて、自分の置かれた巡り合わせを嘆くことが多いのではないでしょうか。

さて、ひたすらに自分を抑えて、深い誠実みの感じられない男を頼りに思いながら、その男の妻からの難詰にも黙って耐えて、その訪れを待っている女性が語られます。

しかしそういう生き方にも限度があったのでしょう。ある時その女性は、ふっと姿を消してしまいます。この時も何ひとつ説明しないままに、です。

左馬頭が語った二人の女性とはまた大きく異なった型の女性で、言わば「指食いの女」の逆のタイプと言えましょう。

男は理屈でものを考えますから、何かがあれば言葉で説明しようとします。男は基本的に言葉が好きで、例えば駄洒落、親爺ギャグといった言葉遊びは男性のものです。

しかし女性は感情(感性)で行動しますから、言葉をあまり信用していないのかも知れません。女性の会話で大切なのは、しばしば会話自体ではなくて、例えば「いやよいやよは好きの内」といったように、会話の裏に流れる別の文脈の方であるように思われます。》

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