源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻五十四 夢浮橋

第六段 小君、空しく帰り来る

【現代語訳】

主人の尼が、この君にお話を少し申し上げて、
「物の怪のせいでしょうか、普通の様子にお見えになる時もなくずっと患っていらっしゃって、お姿も尼姿におなりになりましたので、お探し申し上げなさる方があったら、とても厄介なことになるだろうと、拝見し嘆いておりましたがその通りに、このようにまことにおいたわしく、胸打つご事情がございましたのを、今は、まことに恐れ多く存じております。
 常日頃も、ずっとご病気がちでいらしたようなのですが、ますますこのようなお手紙に気持ちがお乱れになったのか、いつも以上に分別がなくおいでで」と申し上げる。

山里らしい趣のある饗応などをしたが、子供心には、どことなくいたたまれないような気がして、
「わざわざお遣わしあそばされたそのしるしに、何をご報告申し上げたらよいのでしょう。ただ一言でもおっしゃってください」などと言うので、
「ほんとうですこと」などと言って、これこれです、とそのまま伝えるが、何もおっしゃらないので、しかたなくて、
「ただ、あのように、はっきりしないご様子を申し上げなさるのがよいのでしょう。雲の遥かに隔たった場所でもないようですので、山の風が吹いても、またきっとお立ち寄りなさいますように」と言うので、何もないままに日暮れまでいるのも妙な具合なので、帰ろうとする。

ひそかにお会いしたいと思っていたお姿も、会うこともできずに終わったのを、気にかかる残念な気持ちで、心ゆかぬまま帰参した。
 早くとお待ちになっていたが、このようにはっきりしないまま帰って来たので、期待が外れて、

「かえって遣らないほうがましだった」と、お思いになることがいろいろで、

誰かが隠し置いているのであろうか」と、ご自分の想像の限りを尽くして、放ってお置きになった経験からも、と本にございますようです。

 

《「主人の尼」は、諸注、尼君を指すとしています。『集成』本の原文は「主」とあって、あるじ、とルビがあり、以前、この母子の尼の素性を紹介するところ(手習の巻第二章第五段)では、「主人(同じく、あるじ、とルビ)」とあって、母の老尼君のことでしたので、ここも一瞬、あの老尼かと思われますが、それにしては話がしっかりしていますから、どうも違うようです。あれから今までの間に実質的代替わりがあったようです。

 尼君は、浮舟をにらんでいても仕方がないと考えたのでしょうか、とうとう小君に、物の怪のせいでまともな対応ができないことにして、何らかの了解を得ようと考えました。

 せめて何とか懐柔をということでしょうか、「山里らしい趣のある饗応など」もしますが、この童は意外に硬派で、薫君が私をお遣わしになった甲斐があるように、「ただ一言でもおっしゃってください」と粘ります。

 尼君も、それは当然の気持ちを、また振り返って浮舟に声を掛けたようですが、やはりそれへの返事はありませんでした。

さすがにもはやこれまでと、尼君は、ありのままをお伝え下さいと断るしかありません。都から雲のかなたというわけではありませんから、ぜひまた来てくさい、あるいはその時は、いくらかでも気持ちが和らいでいるかもしれませんから、…。

 『構想と鑑賞』は「この頃の浮舟は、まるで大い君の再来を思わすほど、志操が堅牢である。かくて温かい人間的な物のあわれを知らぬ身となって、冷徹・幽遠な非人情的物のあわれを作り出している」とし、その姿を「作者の理想の反映とみる」と言います。

 それは、浮舟が僧都に出家を願った時(手習の巻第四章第七段)でも評されていたことですが、あの時と同様に、ここの彼女の姿も、志操堅牢と言うには、あまりに悲哀に満ちていないでしょうか。彼女は今、自分は素性を明かして小君に会うことはできないのだと自らを追い詰めて、必死で穴に閉じこもっている、といった状況にあるように見えます。

 小君は、自分自身も残念な気持ちのまま、むなしく帰るしかありませんでした。

 薫は、首を長くして待っていたのですが、その返事は、なんともはっきりしないものでした。

 彼には、浮舟がどうして小君に会おうとしなかったのか理解できません。つまり、彼には浮舟の苦悩が分かりませんでした。

そういう中で彼が「(宇治に)放ってお置きになった経験から」一つの可能性として抱いた、あの浮舟は、あそこに「誰かが隠し置いているのであろうか」という思いは、実は、諸家に大変に不評で、例えば『構想と鑑賞』は「薫の心境の、何という凡俗極まることか。…何人かに隠しすえられたのかと思うに至っては、低劣な俗物的心情であり、…」と酷評しています。

しかし、普通に考えて、薫は浮舟の気持ちや考えを聞く機会が一度も持てなかったのですから、分かり様がないという気もします。

しばらく会わないでいる中でいきなり死んだと聞かされ、不審に思いながら一周忌をすませたころになって、どうも生きているらしいと言われ、それではと尋ねさせると、人違いではないかと言われて使いが帰って来る、すべてが聞き伝えの話の中で、今、薫は、何も分からないままに、つくねんと座り込んでいます。

 

物語の幕が下りました。

光源氏誕生から、薫二十九歳のここまで、およそ七十七年の時代を読み来たって、様々な人物の生きざまが思い返され、あたかも、私自身が一つの歴史の中を歩いて来たような感覚があります。

それらのことどもについて、次回から、いささか長すぎる「あとがき」として、「余段」を数回、勝手に様々な思いを語らせてもらおうと思います。もしよろしければ、今しばらくお付き合いください。

取りあえず今日は、ここまでのお付合いに厚くお礼を申し上げます。》

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第五段 浮舟、薫への返事を拒む

【現代語訳】

 このようにこまごまとお書きになっている様子が紛れようもないのだが、そうかといって、昔の自分とも違う姿を思いもしないかたちで見つけられ申したときの立つ瀬の無さなどを思い乱れて、ますますやりきれない気持ちは、何とも言いようがない。
 さすがにふと涙がこぼれて、お臥せりになったので、

「まことに世間知らずのなさりようだ」と、扱いかねた。
「どのように申し上げましょう」などと責められて、
「気分がとても苦しゅうございますので、おさまりましてから、すぐに差し上げましょう。昔のことを思い出しても、何も心に浮かぶことがなく、不思議で、どのような夢であったのだろうかと思うばかりで、分からなくて。

少し気分が静まったら、このお手紙なども、分かるようなこともありましょうか。今日は、やはりお持ち帰りください。人違いということもあるでしょうから、とても具合の悪いことでしょう」と言って、広げたまま尼君にお渡しになったので、
「とても見苦しいなさりようですこと。あまり不作法なのは、世話している者たちも咎を免れないことでしょう」などと言って騒ぐのも、嫌で聞いていられなく思われるので、顔を引き入れてお臥せりになった。


《浮舟はその手紙に、薫の優しい気持ちを感じながら、しかし「会いたいけれども、もう私は薫に合す顔のない人間である」(『光る』)と思い、しかもこんな姿を見られることも堪え難く、泣き臥せるしかありません。

 一方、尼君は、こんないい話にどうして応えないのかと、浮舟の気持ちは到底理解できませんから、強く厳しく返事を書くように勧めます。

 浮舟は必至の思いで許しを請います。今は具合が悪くて書けません、「当時の」とお手紙に書いていらっしゃるけれども、何も思い出せませんし、「夢」というのも、何のことか分かりません、気分が落ち着いて、何かわかったらお手紙をするかも知れませんが、今日のところはこの手紙は「やはりお持ち帰りください」、…。

 彼女はその手紙を「広げたまま、尼君に」渡します。「自分への文ではない、と言う」(『評釈』)のです。読んでもらっても、私は構いませんよ、…。

 ほとんど腹を立てたらしい尼君は、私たちまで咎を受けるかもしれないのですよ、それでもお返事しないのですかと、これまでにない方面から迫ります。もちろん、自分の都合を押し付けようというわけではないでしょうが、この娘の考えていることが分からないもどかしさから、ついつい追い詰める調子になってしまいます。

これまで世話になって来た尼君にも類が及ぶと、当人から言われると、もう、浮舟は逃げ場もなく折り場もなく、ただもう、身をすくめて泣き伏せるしかありません。御簾の外では小君が子供心にどうしていいかわからず、こちらも固くなっていることでしょう。場面は膠着してしまいました。

ところで、「さすがにふと涙がこぼれて」が、またよく分かりません。これまで何度も苦戦してきた「さすがに(原文のまま)」です。『辞典』は「①それに矛盾して、②そうはいうものの」と言いますが、ここは、前の「何とも言いようがない」と「涙がこぼれて」は矛盾していません。『評釈』は訳を「それでも」としておいて、注に「頑張りはするが」としています。つながりから言えば、つまりはそういうことなのだろうとは思うものの、この言葉としてどう考えればそういう意味になりうるのか、どうもよく分からない言葉です。「さすがに」と言う前提になる事柄の考え方に、現代とは決定的な違いがあるような気がするのですが、どうなのでしょうか。

さて、物語は次の段で全巻の終わりです。》

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第四段 小君、薫からの手紙を渡す

【現代語訳】

 この子も、そうは聞いていたが子供なのですぐに言葉をかけるのも気がひけるものの、
「もう一通ございますお手紙を、ぜひ差し上げたい。僧都のお導きは確かなことですのに、このようによそよそしい感じでは」と、伏目になって言うと、
「それそれ。まあ、かわいらしい」などと言って、
「お手紙を御覧になるべき人は、ここにいらっしゃるようです。はたの者はどのようなことかと分からずにおりますが、ぜひおっしゃってください。幼くていらっしゃるけれども、このようなお使いをお任せになるわけもあるのでしょう」などと言うので、
「よそよそしくなさって、はっきりしない扱いをなさるのでは、何を申し上げられましょう。他人のようにお思いになっておられるので、申し上げることもございません。ただ、このお手紙を、人を介してではなく差し上げよ、とございましたので、ぜひとも差し上げたい」と言うと、
「まことにごもっともです。どうかそんなにこのように情けない様子でいらっしゃらないで下さい。いくら何でも気味悪いほどのお方ですこと」とお促し申して、几帳の側に押し寄せ申したので、人心地もなく座っていらっしゃるその感じは、他人ではない気がするので、すぐそこに近寄って差し上げた。
「お返事を早く頂戴して、帰りましょう」と、このようにすげない態度を、つらいと思って急ぐ。
 尼君は、お手紙を開いてお見せ申し上げる。以前と同じご筆跡で、紙の香などもいつものように世にないまで染み込んでいた。そっと見て、例によって何にでも感心するでしゃばり者は、ほんとめったになく素晴らしいと思うであろう。
「まったく申し上げようもなくいろいろと罪障の深いお身の上を、僧都に免じてお許し申し上げて、今は何とかして、驚きあきれるようであった当時の夢のような思い出話なりとも、せめてと、せかれる気持ちが、自分ながらもどかしく思われることです。まして傍目にはどんなに見られることでしょうか」と、お心を書き尽くしきれない。
「 法の師とたづぬる道をしるべにておもはぬ山に踏みまどふかな

(仏法の師と思って訪ねて来たことを道しるべとしていたのに、思いがけない山道に

迷い込んでしまったことよ)
 この子は、お見忘れになったでしょうか。私としては、行方の知れぬあなたのお形見として見ている者です」などと、とても愛情がこもっている。

 

《いよいよ浮舟のいる几帳の前に導かれた小君は、緊張もしますし、おまけに今自分が疎まれていると思うと居心地も悪く、堪えがたい気持ちですが、しかし、幼いながらプライドがありましたから、一生懸命に務めを果たそうと、まずはさっきまで簀子に坐らされていたことを恨みとして、先制攻撃を掛けます。姉上がそこにいらっしゃることは僧都からお聞きして分かっていますのに、こんなよそよそしい扱いでは、使者の役が勤められないではありませんか、…。

 頑張って言いはしましたが、どうしても「伏し目」になってしまいました。

 そんな様子を尼たちは、なんともかわいらしいと、大騒ぎです。ごめんなさいね、大丈夫、お姉ちゃんはここにいらっしゃいますよ、安心してご使者の向きをおっしゃって下さいな、なんてしっかりした坊やなんでしょうねぇ、…。

尼たちが下手に出てくれたので、小君も一息ついて、顔を挙げた感じで、もう一言です。あなた方を介してなどという他人行儀な扱いではお話しもできません、何しろわが君は、直接手紙をお渡しするようにというお言葉でしたから、…。

 そうでしょうそうでしょう、と尼君は引き取って、浮舟に声を掛けます。彼女たちも何とかこの人を引っ張り出したいし、その身の上を知りたいのです。

ほらほら、あなた、そんなに強情を張っているものじゃありません、ほんとに恐ろしくなるほど情の強い方だこと、と、几帳の近くに押し出します。

浮舟は、息を詰めてこちんと固まったまま、押し出されます。

 その様子を御簾越しに感じた小君は、子供心にいたたまれない気がしてきます。「つらいと思って(原文・心憂しと思ひて)」は、不快に思っているのではなくて、姉に当たる人の困っているらしい気配に、その原因を作っている自分の居心地が悪く窮屈な気がしているのだと考えたい気がします。彼は心情的にすでに姉の味方なのではないでしょうか。

 尼君が薫からの手紙を浮舟に渡します。

 開くと懐かしい筆跡と紙の香りがまず心に沁みます。

 あなたの仕打ちは「あなたを救い庇護して来た僧都の徳に免じて大目に見てさしあげることにして、…思いもよらぬ当時の夢のような思い出話なりとせめて」(『集成』)、話し合いたいものです、…。

 薫が、人目もあって様々な思いを書ききれないまま、封印していることが浮舟にも分かります。おだやかな優しい手紙です。

歌の「法の師とたづぬる」は、諸注、横川の僧都を訪ねたことを指すとしますが、八の宮を宇治に訪ねたことにはならないのでしょうか。「驚きあきれるようであった当時の夢のような思い出話」にはその方がふさわしいような気がします。宇治での御沖にとの出会いに始まる、この六、七年の思いがけない運命に戸惑う思いがにじみ、最後に浮舟の形見として小君をいつくしむ気持ちが添えられていました。》

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第三段 浮舟、小君との面会を拒む~その2

【現代語訳】

「ほんとうに隠し事があるとお思いになるのがつらくて、何も申すことができません。みっともなかったでしょう私の姿は、珍しいことだと御覧になったでしょうが、正気も失い、魂などと申すものも以前とは違ったものになってしまったのでしょうか、何ともかとも、過ぎ去った昔のことを自分ながら全然思い出すことができないのですが、紀伊守とかいった人が世間話をした中に、知っていた方のことかとわずかに思い出されることがあるような気がしました。
 その後あれこれいろいろと考えましたが、いっこうにはっきりと思い出されませんけれども、ただ一人おいでになった方が何とか幸福にと並々ならず思っていらっしゃったらしいので、まだ生きておいでかとそのことばかりが脳裏を離れず、悲しい時々がございますが、今日見ると、この童の顔は、小さい時に見たことのある気がするのにつけても、とても堪えがたい気がしますものの、今さらこのような人に、生きていると知られないで終わりたいと、存じております。
 あの母親がもしこの世に生きておいででしたら、その方お一人だけには、お目にかかりたく存じております。この僧都がおっしゃっている方などには、まったく知られ申したくないと思っています。何とかして、間違いであると申し上げて、隠してくださいませ」とおっしゃるので、
「たいそう難しいことですね。僧都のお考えは、聖と申すなかでも、あまりに正直一途の方でいらっしゃいますから、まさに何も隠さずに申し上げなさったことでしょう。後で分かってしまいましょう。いい加減な軽々しいご身分でもいらっしゃらないし」などと言い騒いで、
「見たこともないほど強情でいらっしゃること」と、皆で話し合って、母屋の際に几帳を立てて入れた。

 

《尼君から、来ているのは弟なのではないかと問い詰められて、浮舟はやむなく語り始めます。

 初めのところが、よく分かりません。「ほんとうに(原文・げに)」は、浮舟が隔てを置いている、隠しごとをしていると尼君がこれまで何度も恨んでいたことを指していると『集成』は言いますが、尼君は、話してくれないことを、隔てがあると言っているのですから、それがつらくて何も言えなかった、というのでは、堂々巡りで、弁解になっていないのではないでしょうか。

 まあ、こういう時は、どうせ前置きにすぎないのですから、多少意味は通じなくても、それらしいことを言っておいて、本題に入るのがいいのかも知れません。

 以下も、大変に持って回った言い方で、『評釈』は「語りながら考え、考えながら語る」と言いますが、実にそういう感じで、その結果、話がたいへん分かりにくく思われます。ここの訳は、かなり頑張って分かりやすくした形になっていますが、原文は、逆接と留保の文が連続して、結構大変です。

 浮舟の言いたいことは、箇条書きにすれば、①過去のことは思い出せない、②薫のことは「わずかに思い出されることがあるような気が」するけれども、それ以上ではない、③母のことだけは「何とか幸福にと」思っていただいていたような気がして「悲しい時々」があるが、④この弟には会いたくない、⑤「僧都がおっしゃっている方」(薫)には絶対会いたくない、とまあ、こういう案配であろうかと思われます。

 話の端々を小君や紀伊守の話に合わせておきながら、肝心のところは記憶にありません、私の気持ちは変わりません、と突っぱねているわけです。

彼女としては、目の前に動かせない事実を示された気持ちで、なんとかそれをはねのけようと、必死にあがいているように見えます。『評釈』は「浮舟の頭のよさのわかるしゃべり方だ」と言いますが、どの辺を言うのでしょうか。

むしろ動揺がありありとしていて、言い訳としては、下手な部類に入るものと思われ、尼君には、今の浮舟の話で、かえってことの流れのおおよそが理解できたのでしょう。

あの僧都の気性から考えて、「まさに何も隠さずに申し上げなさったことでしょう」から、薫様はもうすっかりご存知なんだと思いますよ、と宣告します(ということは、私にも分かったと言っているのと同じではないでしょうか)。そうでないにしても、いずれ分かることだと思いますよ、その方は、隠すことなどできない御身分の方なんですから、…。

 そこで、浮舟の強情に呆れながら、小君を簀子から母屋の前に呼び入れます。

これは極めて常識的で妥当な措置で、彼女にとって、もはや浮舟の拒否はあり得ない選択に思われるのでしょう。『評釈』のように「(小君の)機嫌を取る」のだと考えては、これまでの尼君の人柄が、全く別のものになってしまいます。》

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第三段 浮舟、小君との面会を拒む~その1

【現代語訳】

 疑う余地もなく、はっきりお書きになっているが、他の人には事情が分からない。
「この方は、どなたでいらっしゃるのでしょう。やはり、とても情けない。今になってさえ、このようにひたすら他人あつかいをなさる」と責められて、少し外の方を向いて御覧になると、この子は、これが最期と思った夕暮れにも、とても恋しいと思った人なのであった。一緒に住んでいたときは、とても意地悪で、むやみに威張って憎らしかったが、母親がとてもかわいがって、宇治にも時々連れておいでになったので、少し大きくなってからは、お互いに仲好くしていた子供心を思い出すと、夢のようである

真先に、母親の様子をとても尋ねたく

「その他の人びとについては自然とだんだん耳に入るが、母親がどうしていらっしゃるかは、少しも聞くことができない」と、なまじこの子を見たばかりに、とても悲しくなって、ぽろぽろと涙がこぼれた。
 たいそうかわいく、少し似ていらっしゃるところがあるように思われるので、
「ご姉弟でいらっしゃるようだ。お話し申し上げたくお思いでいることもあろう。内にお入れ申そう」と言うのを、

「いいえ、今はもう生きている者と思っていないのに、尼姿に身を変えて、急に会うのも気がひける」という気がするので、しばらくためらって、

《途中ですが、この後に浮舟の尼君への話が一息で長くなりますので、ここで切ります。

 僧都の手紙も、小君が持ってきた手紙も、浮舟には読めば一目瞭然の内容ですが、尼君には何のことか分かりませんから、いらだたし気に問いただします。

 浮舟は言葉に詰まって、目をそらすと、たまたまそこに小君の姿がありました。彼女はすぐにそれが、以前「一緒に住んでいた」こともあり、分かれ分かれにはなったものの、その後「お互いに仲好くしていた」義弟であることに気がつきました。

 「夢のようである」と言いますが、読者としては、本当はもっと驚いてもいいのではないかという気がするところですし、また、「真先に、母親の様子をとても尋ねたく」という思いも分からなくはありませんが、普通ならそれより先に、いったいなぜあなたがそこにいるのかということが来るような気がします。

 しかし、まあ、思わないものは仕方がありませんし、彼女としてはかねて母のことを何よりも気にしていた(手習の巻第六章第四段)のですから、その意味では一貫性はあると言えます。

 思わず涙をこぼした浮舟を見ながら、尼君は、この童が浮舟に似ているように感じて、どうやら姉弟のようだと感づきました。立派な様子でもあり、それなら話もあろうかと、「(御簾の)内にお入れ申そう」とするのですが、浮舟の方は、急に姿を消すなどして大騒ぎをさせたであろうのに生きていたりした上に、ましてこんな姿でなどとても会えないと、しばし返事に窮します。

 そして、ややあって…。》

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