源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 浮舟の物語(一)

第七段 尼君ら一行、小野に帰る

【現代語訳】

 尼君がよくおなりになった。方角も開いたので、このような気味の悪い所に長く逗留されるのも不都合だということで帰る。
「この人は、依然としてとても弱々しそうだ。道中もいかがでいらっしゃろうか。大変心配なことだ」と話し合う。

車二台で、老人がお乗りになったのには、お仕えする尼が二人、次の車にはこの人を寝かせて、側にもう一人付き添って、道中進みもはかどらず、車を止めて薬湯などを飲ませなさる。
 比叡の坂本で、小野という所にお住みになっていたのだった。そこにお着きになるまで、たいそう遠い。
「途中の泊まるところを準備すべきであった」などと言って、夜が更けてお着きになった。
 僧都は母親を世話し、娘の尼君はこの知らない女を介抱して、みなそれぞれ抱いて降ろして休む。

老人の病気はいつということもない上に、苦しいと思っていた遠路のせいで少しお疲れになったが、だんだんとよくおなりになったので、僧都は山にお登りになった。
「このような女を連れて来た」などというのは、法師の間ではよくないことなので、見なかった人には事情を話さない。尼君も、みな口封じをさせた一方で、

「もしや探しに来る人もいようか」と思うと、気が落ち着かない。

「どうしてあのような田舎者の住む辺りに、このような方がさまよっていたのだろうか。物詣でなどした人で、気分が悪くなったのを、継母などのような人が、だまして置いていったのであろうか」と推し測ってみるのだった。
「川に流してください」と言った一言以外に、何もまったくおっしゃらないので、とても気がかりに思って、

「はやく人並みの健康にしよう」と思うが、ぐったりとして起き上がる時もなく、ただもうたいへん不思議な様子でいらっしゃるので、

「結局は生きられない人であろうか」と思いながら、放っておくのもお気の毒でたまらない。夢の話もし出して、最初から祈祷させた阿闍梨にも、こっそりと芥子を焼くことをおさせになる。

 

《母尼君の具合がよくなり、方塞がりも解けて、一行は帰ることにしました。「このような気味の悪いところ」というのは「妖怪かと思う若い女が現れたりする」からだと『評釈』は言います。その女を連れて帰ろうというのですから、違うのではないかという気もしますが、他には思い当たりません。

 「宇治から小野まで、二十四、五キロであろうか。普通なら一日の行程」(『集成』)なのですが、病人の旅なので難渋しました。それでも何とかその日の内、夜遅くなって、住まいにしている小野の里に着きます。

 さて、老母の具合は「だんだんとよくおなりになった」のですが、若い女の方は依然としてそのままです。僧都は山に帰りましたが、その女の話はしません。妹尼も、取り返しに来る人があるといけないと、皆に箝口令を布いて、まったくひそかに世話をします。

しかし、女はあの宇治の院で一言言葉を口にしただけで、以来何も口をきいてくれません。特にどこが悪いという様子ではなく、ただぐったりしているといった具合で「ただもうたいへん不思議な様子」なのです。体の具合もよくはないのでしょうが、気持ちの方がいっそう病んでいるようです。

 尼も半分諦めなければならないかという気がするのですが、それでも阿闍梨に言って「芥子を焼く(護摩をたく)ことをおさせになる」のでした。「夢の話もし出して」は、本当は「初瀬での夢の話を口に出してはそれが正夢でなくなってしまうかも知れないのだが、この女に特別の好意を寄せることに不審な態度を見せる弟子たちの疑問をはらして、心をこめて加持してもらわなければならなかった」のだと、『評釈』が言います。》

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第六段 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る

【現代語訳】

 二日ほど籠もっていて、二人の女性を祈り加持する声がひっきりなしで、不思議な事件だと思ってあれこれ言う。

その近辺の下々の者などで、僧都にお仕え申していた者が、こうしておいでになっていると聞いて挨拶に出て来たが、世間話などして言うのを聞くと、
「故八の宮の姫君で右大将殿がお通いになっていた方が、特にご病気になったということもなくて、急にお亡くなりになったということで、騒いでおります。そのご葬送の雑用にお仕え致しますために、昨日は参上することができませんでした」と言う。

「そのような人の魂を、鬼が取って持って来たのであろうか」と思うにつけても、一方では目で見ながらも、実際にあるものとも思えず、

「危なっかしく恐ろしい」とお思いになる。人びとは、
「昨夜見やられた火は、そのように大げさなふうには見えませんでしたが」と言う。
「格別に簡略にして、盛大な様子でもありませんでした」と言う。

死穢に触れた人だからというので、立ったままで帰らせた。
「大将殿は、宮の姫君をお持ちになっていたのはお亡くなりになって何年にもなったが、誰のことを言うのだろうか。姫宮をさし置き申しては、まさか浮気心はおありでないだろう」などと言う。

 

《僧都によって母尼と女の双方の加持祈祷をして二日が過ぎました。「あれこれ言う」のは、勤行の陰での従者たちでしょう。

そうしているところに「近辺の下々の者など」が挨拶に来て、僧都がおいでなのに、この二日間に来られなかった事情を話しました。実は「故八の宮」様のところで、姫様の葬儀があって、そちらに駆り出されていたと言うのです。その様子は、浮舟の葬儀に間違いありません。

ということは、と読者は思います。物語は、浮舟が亡くなったということになってから、すでにその年の秋まで話が進んでいた(蜻蛉の巻第六章第六段)のですが、この下々の者たちは、その姫君の「ご葬送の雑用にお仕え」していたと言いますから、ここの現在は浮舟がいなくなってすぐのころで、話は大きく後返りしているようです。

とすれば、この「とても若くかわいらしげな女で、白い綾の衣一襲に、紅の袴を着ている。香はたいそう芳ばしくて、上品な感じ」(第四段)の若い女というのは浮舟その人でしかあり得ないと読者は確信します(もちろんこの巻の初めからそうだろうと思ってはいたのですが)。

 しかし、それは読者にだけそう思われたのであって、ここの人々はまさかそんなこととは夢にも思わないで、「そのような人の魂を、鬼が取って持って来たのであろうか」などと考えています。『集成』が、当時、鬼は「死人のよいところを取り集め」て一人の女を造り上げて人に見せたりするものと考えられていたらしいことを紹介しています。

つまり、この目の前に横になっている女性が、実はそのようにして鬼が作り上げた幻なのではないかと不安に思っている、ということのようです。

そこで、同書は「危なっかしく恐ろしい(原文・あやふくおそろし)」は、「消え失せてしまうのではないかと恐ろしく僧都はお思いになる」のだと解説します。

 挨拶を済ませて、その「下々の者」は、宮邸での死の穢れがあるということで、そのまま帰されました。

あとに残った人々は、目の前にその当の姫君がいるなどとは思いもしないままに、貴人のゴシップを格好の話のタネにして、あれこれと噂して時を過ごします。》

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第五段 若い女、生き返るが、死を望む

【現代語訳】

 僧都も覗いて、
「どんな具合か。何のしわざか、よく調伏して問え」とおっしゃるが、ひどく弱々しく死んで行きそうなので、
「生きられそうにない。つまらない穢れに籠もって、厄介なことで」
「そうは言っても、とても高貴な方のようです。死んでしまっても、普通の人のようにはお捨て置きになることはできまい。面倒なことになったものだ」と言い合っている。
「静かに。人に話してはならない。厄介なことでも起こったら困る」などと口封じしながら、尼君は、親が患っていらっしゃるのよりも、この人を生き返らせて世話をしたく、惜しんで、すっかりこちらに付きっきりになっている。

知らない人であるが、顔立ちがこの上なく美しいので、死なせまいと、見る人びとも皆でお世話した。

さすがに、時々、目を開けたりなどして、涙が止まらず流れるのを、
「まあ、お気の毒な。たいそう悲しく思っている娘の代わりに、仏がお導きなさったとお思い申し上げていたのに。亡くなってしまわれたら、かえって悲しい思いが加わることでしょう。しかるべき宿縁で、こうしてお会い申したのでしょう。ぜひ、少しは何とかおっしゃってください」と言い続けるが、やっとのことで、
「生き返ったとしても、つまらない無用の者です。人に見せないで、夜にこの川に投げ込んでくださいまし」と、息の下に言う。
「たまたま何かおっしゃるのを嬉しいと思ったら、まあ、大変な。どうして、そのようなことをおっしゃるのですか。なぜ、あのような所にいらっしゃったのですか」と尋ねるが、何もおっしゃらなくなってしまった。

「身体にもしや悪いところなどがあろうか」と思って見たが、これと思える所はなくかわいらしいので、驚き呆れて悲しく、

「ほんとうに、人の心を惑わそうとして出て来た仮の姿をした変化の物か」と疑う。

 

《妹尼が、験者に命じて、連れて帰った若い女のための加持をさせているところに、僧都も覗いて、取りついているらしい物の怪をうまく調伏するように言いますが、周りにいる者たちは、相変わらずもう助かる見込みがないと思って、周りでひそひそと愚痴を言い合っています。

 「つまらない穢れに籠もって」というのは、「いわゆる忌籠りで、人の死の場合、三十日間他出を憚る」(『集成』)ということがあるのだそうで、そうするとこのまま暫く帰られなくなるわけです。

 尼君はその愚痴を制して、厳しく口止めをします。彼女の言う「厄介なこと」は、「女の家族にこの事が聞こえて、この女を引きとりに来られては困る」(『評釈』)ということのようで、本気で「悲しく思っている(亡くなった)娘」(前段)の代わりに世話をしようと思っているということのようです。もう少し先でこの女は実は浮舟らしいと分かってくるのですが、そうだとすると、浮舟はここでもまた身代わりとして大事にされることなって、よくよくのさだめを持った人であるわけです。

 「見る人びとも皆でお世話した」とありますが、この人たちは「顔立ちがこの上なく美しいので」死なせまいと思っていると言いますから、どうもいくらか年の行った女性たちのようで、尼の侍女たちでしょうか。そうすると、愚痴を言っているのは僧都の弟子の僧や下回りの者たちといったところでしょうか。

 ともあれ、こうして尼君は懸命の介抱をします。

女は時々目を開けますが、何も言わず、涙をこぼしているばかりです。尼君は声を掛け続けます。

すると、やっと女が口を開きました。しかし言ったのは、このまま死なせてほしい、「夜(の間)にこの川に投げ込んで」ほしい、ということ、それきりまた何も言わなくなってしまいました。

 尼君が「身体にもしや悪いところなどがあろうか」と見てみた、という意味がよく分かりません。話の流れで言えば、女の死にたいと言う理由がそういうところにあるのではないかと思ったので、ということになりそうですが、体に「悪いところ(原文・疵)」があるから死にたいというのはちょっと変です。『集成』は「疵」を「欠陥」の意として、「若い女のことなので気をまわす」と言うのですが、どういうことなのでしょうか。

 ともあれ尼君は、見たところひたすらかわいいだけのこの若い娘が、ただ泣いてばかりいるので、「(ただ)人の心を惑わそうと(いうだけの)…変化の物」ではないか、という気さえしてくるのでした。

 ところで今更ですが、この物語にしばしば出てくる「さすがに」という言葉が、どうもよく分からないことが多いと思われます。ここでも、「そうは言っても(原文・さすがに)、とても高貴な方のようです」、「さすがに、時々、目を開けたりなどして」とあります。後の方は、「人は臥せってばかりはいられない」という前提があって言っていると考えられますが、前の方は、どういうことを前提に「さすがに」なのでしょうか。『集成』は「こんな姿になっていても」と傍訳を付けていますが、それでは「高貴な方」であることが前もって分かっていることになってしまうのではないかと思われます。》

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第四段 妹尼、若い女を介抱す

【現代語訳】

 お車を寄せてお下りになる時、ひどく苦しがりなさると言って、大騒ぎする。少し静まって、僧都が、
「先程の人は、どのようになった」とお尋ねになる。
「なよなよとして何も言わず、息もしません。いやなに、魔性の物に正体を抜かれた者でしょう」と言うのを、妹の尼君がお聞きになって、
「何事ですか」と尋ねる。
「これこれの事を、六十歳を過ぎた年になって、珍しい物を見ました」とおっしゃる。それを聞くなり、
「私が寺で見た夢がありました。どのような人ですか。早速その様子を見たい」と泣いておっしゃる。
「すぐこの東の遣戸の所におります。早く御覧なさい」と言うので、急いで行って見ると、誰も寄り付かないで、捨て置いてあった。とても若くかわいらしげな女で、白い綾の衣一襲に、紅の袴を着ている。香はたいそう芳ばしくて、上品な感じがこの上ない。
「まるで、私が恋い悲しんでいた娘が、帰っておいでになったようだ」と言って、泣きながら年配の女房たちを使って、抱き入れさせる。どうしたことかとも事情を知らない人は、恐がらずに抱き入れた。生きているようでもなく、それでも目をわずかに開けたので、
「何かおっしゃい。どのようなお人が、こうおなりになったのか」と尋ねるが、何も分からない様子である。薬湯を取って自身ですくって飲ませなどするが、ただ弱っていって死にそうなので、
「かえって大変な事になります」と言って、

「この人は死にそうです。加持をして下さい」と、験者の阿闍梨に言う。
「それだから言ったのに。つまらないお世話です」とは言うが、神などの御ためにお経を読みながら祈る。

 

《ちょうどその頃、僧都の母が到着しましたが、車を降りる時に大変苦しがったので、大騒ぎになって、みんながさっきの出来事を忘れてしばらく時間が経ってしまったようです。

 僧都が思い出して、「先ほどの人は」と尋ねると、ずいぶん軽い感じで、「息もしません」と言って、放ってあるようです。

『評釈』が「(死者を)貴族は一般に火葬にしたが、平民たちは死体を村はずれなどに捨てたようである。死んだものと思って捨てたものが、よみがえることも時にはあった」と言います。弟子たちにとっては、すでに死体同然に思われていたのでしょう。

 それを聞いて、母に付いていた僧都の妹尼が、驚いたように「何事ですか」と口をはさみます。

 そして行き倒れのような娘がいると聞くと、「私が寺(参詣した初瀬の長谷寺)で見た夢がありました」と言って、その様子を見たいと「泣いておっしゃる」のでした。

 彼女はすぐに行って見ます。するとそこには女性が「捨て置」かれていました。「とても若くかわいらしげな…上品この上ない」人です。尼君は「まるで、私が恋い悲しんでいた娘が…」と、女房を呼んで抱かせて家の中に入れました。この尼君は長谷寺に籠っていた間に「死んだ娘の身代わりを授かるといった夢のお告げがあった」(『集成』)ようなのです。

言われた女房は、先の大徳とは違って(前段)、普通に具合の悪いだけの娘だと思ったのでしょう、平気で抱いて行ったようです。

湯など飲ませるのですが、その若い女は、かろうじて目を開けただけで、すぐにそのまま「ただ弱っていって死にそう」になってしまいます。

 尼君は急いで験者に加持をさせますが、その陰で僧都の弟子たちは、言わないことではない、やはり余計なものを背負い込んだのだと愚痴を言っています。》

第三段 若い女であることを確認し、救出する~その2

【現代語訳】

「さてもまあ、何とたちの悪い木霊の鬼だ。正体を隠しきれようか」と言いながら顔を見ようとするのだが、

「昔いたという目も鼻もなかった女鬼ではないだろうか」と気味悪いのを、頼もしく威勢のよいところを人に見せようと思って、衣を引き剥ごうとすると、うつ臥して声を立てるほどに泣く。
「何にあれ、このような不思議なことは、普通世間にはない」と言って、見極めようと思うのだが、雨がひどく降って来そうだ。

「このままおいたら、死んでしまいましょう。築地塀の外に出そう」と言う。僧都は、
「ほんとうの人の姿だ。その命が絶えていないのを見ながら捨てようというのは、もっての外のことだ。池で泳ぐ魚、山で鳴く鹿でさえ、人に捕えられて死にそうなのを見て助けないのは、まことに悲しいことだろう。人の命は長くはない定めのものだが、残りの命の、一、二日を惜しまずにはいられないものだ。鬼にもあれ神にもあれ取り憑かれたり、人に追出されたり、人に騙されたりしても、これは横死をするにちがいないものだが、仏が必ずお救いになるはずの類の人だ
 やはり、試みにしばらく薬湯を飲ませたりして、助けてみよう。結局、死んでしまうのなら、しかたのないことだ」とおっしゃって、この大徳に抱いて中に入れさせなさるのを、弟子どもは、
「不都合なことだ。ひどく患っていらっしゃる方のお側近くに、よくないものを連れて行って、穢れがきっと出て来よう」と、非難する者もいる。また、
「変化の物であれ、目の前に見ながら、生きている人を、このような雨に打たれ死なせるのは、よくないことなだから」などと、思い思いに言う。

下衆などはたいそう騒がしく口さがなく言い立てるものなので、人の大勢いない陰の方に寝かせたのであった。

 

《見栄を切って手を掛けたのはいいのですが、いざ、顔を見ようとすると、どうもまだ恐ろしさが先に立ちます。やはりあの大袈裟な言葉(前段)は、自分を鼓舞しなければならなかったからのもののようです。それでも、さすがに初めにも「(自分が)正体を暴いてやろう」と一歩踏み込んだ人(第二段)だけあって、やり始めた手前、そこを我慢して、「頼もしく威勢のよいところを人に見せようと思って」正体を見ようとしますと、さっきにもまして泣く様子です。それを無視して無理押ししてしまわないところは、さすがに僧だからでしょうか。

 そこに雨が降りそうになって来ました。

 「このままおいたら、死んでしまいましょう。築地塀の外に出そう」というのはそれで死んでしまえば問題は解決する、後々穢れの無いように今のうちに院外に出してしまおう、という意味のようです。そう言ったのが、その同じ僧だと考えると、ちょっと落語的な面白さが生まれますが、別の僧が横から口を出したと考える方が、彼の名誉のためでもあり、またおだやかな展開と言えるでしょう。

 しかし、「自分の法力に自信のある僧都は、真言をとなえ印を結んでも姿を変えない相手を、これは人間だと確信し」(『評釈』)ているので、それを許しませんでした。「ほんとうの人の姿だ」ともう一度言い置いて、そこから後は説教です。

生きとし生けるものは「仏が必ずお救いになるはず」なのだ、何とか助けることを試みなければならないと、「この大徳に抱いて中に入れさせなさる」のでした。と、簡単に話は進んでいますが、そうは言われても、この言いつけられた「大徳」の驚愕たるや、察するに余りあります。

 しかし弟子の僧たちは、師の言葉とあって、ともかくそれに従っているようです。この僧都の人徳のほどが偲ばれるところですが、しかし下人たちが見れば、そうはいかず、何かと面倒なことを言いだすだろうと、人目につかないように、「人の大勢いない陰の方に寝かせ」たのでした。

 『評釈』は、「八十をも過ぎた母が病気だといえば、山籠もりの最中でもかけつけるこの僧都は、…死ぬにちがいない相手であっても、できる限り手をつくしてみなければならない人なのである。しかしまた『結局、死んでしまうのなら、しかたのないことだ』と付け加えるのも忘れていない。…命を大切にはするが、それに執着してはいないのである」と、その人物像を魅力的に語っています。

 そしてさらに、この僧都の「横死をするにちがいないものだが、(そういう人こそ)仏が必ずお救いになるはずの類の人だ」という考え方は、「後世親鸞によって説かれた悪人こそ仏が救おうとされるという思想の、これは最も早い萌芽の一つと考えてよいのではないだろうか」と言い、「自由な心」と言い添えています。》

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