源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 匂宮の物語

第四段 侍従、京の匂宮邸へ

【現代語訳】

 黒い衣を着て、化粧をした容貌もとても美しく見える。裳は、今は自分より目上の人はいないとうっかりして、色も替えなかったので、薄い紫色のものを持たせて参上する。
「生きていらっしゃったら、この道を人目を忍んでお出になるはずだったのに。人知れずお心を寄せ申し上げていたのに」などと思うにつけ悲しい。道中泣きながらやって来た。
 宮は、この人が参ったとお耳になさるにつけてもお胸が迫る。女君には、あまりに憚られるので、申し上げなさらない。寝殿にお出になって、渡殿に降ろさせなさった。生前の様子などを詳しくお尋ねになると、日頃お嘆きになっていた様子や、その夜にお泣きになった様子を、
「変だと思うほどに言葉少なく、ただぼんやりとしていらっしゃって、つらいとお思いになることも、他人にお話しになることはめったになく、すっかりお隠しになったせいでしょうか、お言い残しになったこともございません。夢にも、このような心強いことをお覚悟だったとは、存じませんでした」などと、詳しく申し上げると、ひとしお実に悲しく思われて、

「然るべきことで命を落とすなどよりも、どんなに覚悟して、そのような川の中に溺れたのだろう」とお思いやりなさると、

「その場を見つけてお止めできたら」と、煮え返る気持ちがなさるが、どうしようもない。
「お手紙をお焼き捨てになったことなどに、どうして不審に思わなかったのでございましょう」などと、一晩中お聞きなさるので、お話し申し上げて夜を明かす。あの僧からの手紙にお書きつけになった、母君への返事のことなどを申し上げる。

 何程の者ともお考えでなかった侍従も、親しくいとおしく気がなさるので、
「私の側にいなさい。あちらにも縁がないではない」とおっしゃると、
「そのようにしてお仕えしますにつけても、ただもう悲しいだろうと存じられますので、もう暫くこの御忌みなどを済ませましてから」と申し上げる。

「再び参るように」などと、この人までも、別れがたくお思いになる。
 早朝に帰る時に、あの方の御料にと思って準備なさっていた櫛の箱一具、衣箱一具を、贈物にお遣わしになる。いろいろとお整えさせになったことは多かったが、仰々しくなってしまいそうなので、ただ、この人に与えるのに相応な程度であった。
「何も考えなく参上して、このようなことがあったのを、女房はどのように見るだろうか。思いがけず厄介なことだわ」と困るが、どうして辞退申し上げられよう。
 右近と二人でこっそりと見ながら、所在ないままに、精巧で今風に仕立ててあるのを見ても、ひどく泣く。装束もたいそう立派に仕立て上げられたものばかりなので、
「このような服喪期間中なので、これをどう隠したものか」などと、困るのであった。

 

《侍従は、時方の要請を受けてが半分、自分が匂宮に会いたいのが半分で、都に上ります。急なことで、衣装も、主人が亡くなって、正装である裳をつけることもなしにいたのですが、宮に会うことになったので、急遽用意をしてお供に持たせていきます。

 匂宮は中の宮に知らせずに、自分だけ寝殿で向き合いました。彼女が来たと聞くだけで、胸が詰まり、話を聞いて、いよいよ「煮え返る(原文・わきかへる)気持ちがなさる」のでした。

「煮え返る」は、現代では普通怒ったときなどの表現で、ちょっと違和感がありますが、『評釈』と『谷崎』がそう訳し、『集成』も「胸もたぎる」と訳しています。ここでは、悲しみと無念と哀れみなどなどの気持ちが激しく胸に渦巻くように「わきかへる」ことを意味するということにしておきます。「わく」は「湧く」、「沸く」のどちらでしょうか。

 宮はこうして「一晩中」侍従の話を聞きました。

 宮は、懐かしさから手放しがたくなったのでしょう、中の宮は浮舟の縁続きでもあるのだから、こちらで仕えないかと誘います。

 侍従は、二つ返事ででも従いたいところではないかと思うのですが、忌みが明けるまでは、と固辞しました。もう少しミーハーかと思いましたが、思った以上に思慮のある人のようです。

 宮は、浮舟のために用意していた櫛や衣装を持たせます。それはさぞかし立派な品々だったのでしょうが、それがかえって侍従困惑させました。宇治にいる事情を知らない同輩たちが、侍従如きが宮に呼ばれただけでも意外な感じを持つでしょうから、そういう豪華な頂き物をして帰ったのでは、さらにどんなふうに勘繰られるか知れたものではありません。

 帰って、それ他の品を前に、右近とともに思案投げ首、といったところです。

 途中、宮の「川の中に溺れた」という理解は、侍従がそう話したからなのでしょうが、実は彼女がそう考える根拠は何も示されていません。この巻の冒頭には「物語の姫君が、誰かに盗まれたような朝のようなので、詳しくは話さない」とあって、以後、その間の情報は何もなく、なぜか右近や侍従が、入水自殺なのだと思い込むことになっています。そして、作者の中では、もう入水ということで決まってしまっているようです。》

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第三段 時方、侍従と語る

【現代語訳】

 大夫も泣いて、
「まったく、お二方の事は詳しくは存じ上げません。物の道理もわきまえていませんが、類無いご寵愛を拝見しましたので、あなた方ともどうして急いでお近づき申し上げることがあろうか、いずれはお仕えなさるはずの方だ、と存じていましたが、何とも言いようもなく悲しい出来事の後は、個人的にお寄せする気持ちもかえって深さがまさりまして」と懇ろに言う。
「わざわざお車などをご配慮いただいて、お差し向け申し上げなさいましたのを、空のままでは大変困ります。せめてお一方でも参上なさい」と言うので、侍従の君を呼び出して、
「それでは、参上なさい」と言うと、
「私などまして何を申し上げることができましょう。そうするにしても、やはりこの御忌の間にはとんでもないことで。お忌みなさらないのでしょうか」と言うと、
「ご病気で大騒ぎをして、いろいろなお慎みがあるようですが、忌明けをお待ちになれないようなご様子です。また、このように深いご宿縁では、忌籠もりなさってもよかったのでございましょう。忌明けまでの日も幾日でもない。やはりお一方は参上なさい」と責めるので、侍従は、以前のご様子もとても恋しく思い出し申し上げるので、

「いつの世にかお目にかかることができようか、この機会に」と思って参上するのであった。

 

《腰を上げてくれそうにない右近に、大夫(時方)は、一緒に泣きながら、別の角度から懐柔に掛かります。自分自身としてもあなたにお近づきを得たいと思っていたのだが、どうせそうなるのだから急ぐ必要はないと思っているうちに、今度のことがあって、「個人的に(あなたに)お寄せする(私の)気持ちもかえって深さがまさ」った、というのは、なかなかうまい挨拶です。

 そして、もし右近がどうしてもだめなら、侍従においでいただきたいと、方向を変えますが、侍従は、右近を措いて自分が行っても何も話せないだろうと、こちらも断りました。

 それでも時方は、「忌明けまでの日も幾日でもな」く、もう「忌みも薄くなる」(『集成』)ころでしょうから、わずかな数日はいいじゃないですか、となおも誘います。

 「このように深いご宿縁では、忌籠もりなさってもよかったのでございましょう(原文・かく深き御契りにては、籠らせたまふひてもこそおはしまさめ)」と言った意味がよく分かりませんが、侍従が言った「お忌みなさらないのでしょうか」(この言葉は普通、浮舟の死に触れて穢れている自分たちを近づけることについて言っていると解するようです)を、宮御自身は喪に服すことをなさらないでいらっしゃるのか、という問いだと考えると、それに対する弁明になっている、とは言えます。

すると、時方が侍従の意見に、そうですよねと同調しているということになって、私はあなた方と同じ気持ちなのですよと、近さをアピールしていることになります。

 ともあれ、時方の懇切な説得を受けて、侍従は考えを変えて同行することにしました。実はこの人は初めて匂宮を見た時から匂宮ファンで(浮舟の巻第四章第四,五段)、「とても恋しく思い出し申し上げ」ていましたから、この機を逃すと、二度とお会いできないかもしれないと考えたのでした。やはり右近とは全く違うキャラクターとして描かれています(同第二段)。》

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第一段 四月、薫と匂宮、和歌を贈答

【現代語訳】

 月が変わって、

「今日が引き取る日であったのに」とお思い出しになった夕暮は、まことにもの悲しい。御前近くの橘の香がやさしい感じのところに、ほととぎすが二声ほど鳴いて飛んで行く。「宿に通はば(泣いてばかりいると告げてくれ)」と独り言をおっしゃっても物足りないので、北側の宮邸に、そこにお渡りになる日であったので、橘を折らせて申し上げなさる。
「 忍び音や君もなくらむかひもなき死出の多長に心かよはば

(忍び音にほととぎすが鳴いていますが、あなたも泣いていらっしゃいましょうか、

いくら泣いても効のない方にお心寄せならば)」
 宮は、女君のご様子がとてもよく似ているのを、しみじみとお思いになって、お二方で物思いに耽っていらっしゃるところであった。

「意味ありげな手紙だ」と御覧になって、
「 橘のかをるあたりはほととぎす心してこそなくべかりけれ

(橘が薫っているところは、ほととぎすよ、気をつけて鳴くものですよ)
 迷惑なことを」とお書きになる。
 女君は、この事件の経緯は、みなご存知なのであった。

「しみじみと悲しく言いようもないほどあっけなさが、あれこれにつけて感慨深い中で、自分一人が物思いを知らないので、今まで生き永らえていたのであろうか。それもいつまで続くやら」と心細くお思いになる。

宮も、知られているのに、打ち明けずにいらっしゃるのもとても心苦しいので、生前の様子などを、少し取り繕いながらお話し申し上げなさる。
「隠していらっしゃったのがつらかった」などと、泣いたり笑ったりしながらお話し申し上げなさるにつけても、他の人よりは身近に思われて胸を打つ

大げさに格式ばってご病気の件でも大騒ぎをなさる所では、お見舞い客が多くて、父大臣や兄の公達がひっきりなしなのもとてもうるさいが、ここはたいそう気楽で、慕わしい感じにお思いなさるのであった。

 

《前段から続いて薫の話で、「今日が引き取る日」は四月十日(浮舟の巻第五章第四段)、夏の夕暮れ、薫は、二週間ほど前に亡くなった(姿を消した)浮舟を思います。折から橘にホトトギスの季節、橘の花の香は昔を思わせ、ホトトギスは冥途に通うとされるとあって、その香と声に、薫の感慨はひとしおです。

 と、そこまではいいのですが、その感慨を北側の宮邸(二条院、この日匂宮が来ることになっていたようです)に伝えようというのは、どういうことなのでしょうか。

 もちろん「君もなくらむ」は当てこすりで、嫌味を言ってはいるのですが、そういう感慨の中にあって「独り言をおっしゃっても物足りないので」という歌なのですから、嫌味による抗議が本旨の歌ではなく、そう言いながら、自分の悲しみ、残念さを共有したい、またはしているだろうと呼びかけているように思われます。

 『評釈』は、「その歌にも匂宮に対してあてこすりが入るのをどうすることもできない。…このあたりに薫の性質があるのだろう」と言って、料簡の狭い人とでも言いたげですが、作者はここでは薫の人物造形を脇に置いて、ただ歌のやりとりの丁々発止を面白がっているのではないでしょうか。いや、あるいは薫も浮舟についての思いは思いとして、ここは挨拶の歌、友達を冷やかしただけ、ということなのかも知れません。何といっても、また同じ話ですが、薫は当時の人にとっては、やはり「はじめより終わりまで、さらでもと思ふふし一つ見えず、返す返すめでたき人なんめり」(『無名草子』)なのです。

 匂宮はちょうど中の宮と浮舟を偲んでいるところでしたが、さすがにまともに応じるわけにはいきませんので、さり気ない歌を返して、薫に対しては知らぬふりで通します。

中の宮は「この事件の経緯は、みなご存知なのであった」と言いますが、どこまでの話でしょうか。本当に一部始終を知っていたのでは、穏やかではいられないような気がしますが、しかしこういう時に「自分一人が物思いを知らない」と言えるところを見ると、それも可能な割り切りの良さがあるのかも知れません。

 少なくとも匂宮の「少し取り繕いながら」の話に対してそれ以上の詮索をまったくせず、浮舟のことが「他の人よりは身近に思われて胸を打つ」という、賢いというか、能天気というか、素直というか、という女君の側で、華麗ではあっても窮屈な六の君の側とはまた違った、気楽な時間を楽しめる、恵まれた匂宮であったのでした。》

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