源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 浮舟の物語(一)

第七段 浮舟の母、帰京す

【現代語訳】

 具合が悪そうで痩せていらっしゃるのを、乳母にも言って、
「しかるべき御祈祷などをおさせなさい。祭や祓などもするように」などと言う。御手洗川で禊をしたいことなのに、そうとも知らずにいろいろと言い騒いでいる。
「女房が少ないようだ。うまく適当な所から選んで、新参者は残しなさい。高貴な方とのご交際には、ご本人は何事もおっとりとお思いでしょうが、良くない仲になってしまいそうな女房は、厄介な事もきっとありましょう。表立たず控え目にして、そのような用心をしなさい」などと、気のつかないことがないまでに注意して、
「あちらで病んでおります人も、気がかりです」と言って帰るのを、とても思い乱れて、何事につけ悲しいので、

「二度と会わないままにどうにかなってしまうと困る」と思うので、
「気分が悪うございましても、お目にかかれないのはとても不安に思われますので、少しの間でもお伺いしていたく存じます」と慕う。
「そうは思いますが、あちらもとても何かと騒がしいことです。こちらの女房たちも、ちょっとしたことなどできそうもない、狭い所ですので。『武生の国府』にお移りになっても、こっそりとはお伺いしますから、人数ならぬ身の上では、このようなお方のためにお気の毒でございます」などと、泣きながらおっしゃる。

 

《母君は、娘が会いたいように言うので少し無理して来てみたのですが、弁や乳母と話していても、娘は臥せってばかりです。痩せているのも気になって、乳母に加持祈祷を言いつけました。

 「御手洗川…」は「恋せじと御手洗川にせし禊神はうけずもなりにけらしな」(『古今集』501)による措辞で、神には聞き入れられない恋の病なのに、「どこの祭、だれの祓がよい、など」(『評釈』)という見当はずれの話がまじめに交わされて、黙って聞いている浮舟はますます孤独感を深めます。

こんな娘の具合を見れば、普通ならもう少し何かあるのかと思ってもよさそうなところで、それには側近として世話をしているはずの右近や侍従の話は、ぜひ聞きたいと思うところのような気がしますが、彼女は娘の願ってもない縁談が着々と進んでいるようなので、「うれしさをおさえられない」(『評釈』)ままに、そういうアンテナがちょっと鈍っていたのでしょうか、娘への気遣いはそこそこに、むしろ都へ伴う女房たちの様子に気が向いてしまいます。

都に連れて行く人数が少ないようだから、少し増やしなさい、ただし連れて行くのには新参者はいけません、問題を起こしそうな者もいけません、しかし女房の間での表立った選別にならないように、気を付けて、などなどと、「気のつかないことがないまでに注意して」、そして、家での少将の妻になっている娘の出産も間近く心配なので、京に帰ることにしてしまいました。

 浮舟の方は死ぬことまで考えているのですから、これが今生の別れにならないとも限らないと、一緒に行きたいと言いますが、母は、娘を連れて行けば周りの女房も一緒に行かねばならず、家の事情を考えると、何かと物騒がしくもあり、嫁入り仕度の「ちょっとしたことなどできそうもない、狭い所」で、支障ができようと考えて、必要ならまた来るからと、一人帰って行きました。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第六段 浮舟、母と尼の話から、入水を思う

【現代語訳】

「まあ、いやなこと。帝のお姫様をお持ちになっていらっしゃる方ですが、関わりのないことで、良くとも悪くてもしかたのないことと、恐れ多いことながら、存じております。もしも好くない事件を引き起こしなさるようなことがあったら、まったくわが身にとっては悲しく大変なことだと思い申し上げるにしても、二度とお世話しないでしょう」などと話し合っていることに、ますます胸も潰れる思いがする。

「やはり、死んでしまおう。最後は聞きにくいことがきっと出て来ることだろう」と思い続けていると、この川の水音が恐ろしそうに響いて流れて行くのを、
「こんな恐ろしくない流れもありますのにね。又となく荒々しい川の所に、歳月をお過ごしになるのを、不憫とお思いになるのも当然のことで」などと、母君は得意顔で言っていた。昔からこの川の早くて恐ろしいことを話して、
「最近、渡守の孫の小さい子が、棹を差し損ねて川に落ちてしまったのですよ。ぜんたい命を落とす人が多い川でございます」と、女房も話し合っていた。女君は、
「それにしても、わが身の行く方が分からなくなったら、誰も彼もが、あっけなく悲しいと、しばらくの間はお思いになるであろうが、生き永らえて物笑いになって嫌な思いをするのは、いつその物思いがなくなるというのだろう」と考えてくると、何の支障もないようにさっぱりと何事も思われるが、また考え直すと実に悲しい。

母親がいろいろと心配して話している様子に、寝たふうをしながらつくづくと思い心乱れている。

 

《弁は、先日匂宮が二度も宇治に来たことはもちろん、二条院での出来事もおそらく知らないでしょうから、彼が好色であるということも、半分からかい気味にただの話として「にっこりして」話した(前段)のでしょうが、母君の方は二条院での出来事を知っています(東屋の巻第五章第一段)から、そんなに穏やかではいられません。

 薫様は、「帝のお姫様をお持ち」で、この娘はせいぜい第二夫人だろうが、もともと比べようのない身分なのだから、お世話をいただくことにさえなれば、その後は大事にされても、そうでなくても、それはしかたのないことと言います。もともとこの人は「天の川を渡ってでも、このような彦星の光を待ち受けさせたい」(東屋の巻第三章第五段)と思っていたのです。

 しかし、匂宮との間に関係ができることは(これが前の薫の話とどうつながるのか、ちょっと分かりにくいのですが。いや、逆になぜ薫の話から始めたのかということの方が分かりにくいと言うべきですか、ともあれ)、宮が中の宮の夫君であることもあって、絶対に許せないことです。そのことにご注意をという弁の話に、思わず口調が激しくなりました。「二度とお世話しないでしょう」は、原文が「また見たてまつらざらまし」で、二度と顔も見たくないという意味にもなりそうです。

 寝たふりをして聞いていた浮舟にしてみれば、自分の胸の中を直に指さして咎められたような気がします。と言って、今や匂宮の姿は、その胸から消えるものではありません。

 自分の心の乱れの苦しさに、「母親のもとにしばらく出かけていたら、思案する時間があろう」(第四段)と頼りに思っていた母からの絶縁状が加わって、進退窮まった気がした彼女の心に「死ぬこと」が浮かびます。

 折しも聞こえてきた宇治川の激しい水音(何もこの時急に流れ出したというわけではないでしょうが、風の向きでも変わったのでしょうか、あるいは母君の激しい言葉に一座の一瞬の沈黙が生まれたのでしょうか)に、母君は娘を案じて、こんな恐ろしいところに長いこと娘を置いて、と文句を言いながら、都に迎えられることなったことを喜びます。

 それを受けて女房の一人が、最近流れに落ちて死んだ子供がいると話すものですから、浮舟の中で死ぬことが一気に現実味を帯びてきてしまったのでした。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第五段 浮舟の母、弁の尼君と語る

【現代語訳】

母君が昔話などをして、あちらの尼君を呼び出して、亡くなった姫君のご様子、思慮深くていらっしゃって、しかるべき事柄をお考えになっていた間に、見る見るうちにお亡くなりになったことなどを話す。
「生きていらっしゃったら、宮の上などのようにおなりになって、親しくお話し合いなさって、心細かったお二人のご境遇が、とてもこの上なくお幸せでしたでしょうに」と言うにつけても、

「自分の娘とて他人ではない。思い通りの運命がお続きになったら、負けることはあるまいに」と思い続けて、
「いつもいつも、この君の事では、何かと心配ばかりしてきましたが、様子が少しよくなって、このように京にお移りなるようですから、こちらにやって参ることは、特別にわざわざ思い立つこともできないことでしょう。このようなお目にかかった折々に、昔の話を、のんびりと承りたく存じます」などと話す。
「縁起でもない身の上とばかり存じておりましたので、こまごまとお目にかかってお話し申し上げますのも、どんなものかしらと、遠慮して過ごしてまいりましたけれども、見捨ててお移りになりましたら、とても心細いことでしょうが、このようなお住まいは、不安にばかり拝見してましたので、嬉しいことでございますね。又となく重々しくいらっしゃるらしい殿のご様子で、このようにお尋ね申し上げなさったのも、並々のことではないと申し上げたことがございましたが、いい加減な申しようではございませんでしたね」などと言う。
「先の事は分かりませんが、ただ今は、このようにお見捨てになることがないようにおっしゃるにつけても、ただお導きによるものと思い出し申し上げております。宮の上が、もったいなくもお目をかけてくださいましたけれども、憚り多いことなどがたまたまございましたので、中途半端で身の置き所のない身だ、と嘆きまして」と言う。

尼君はにっこりして
「この宮の、とてもうるさいほどに好色でいらっしゃるので、分別のある若い女房は、お仕えにくそうで。だいたいは、とても素晴らしいご様子ですが、その方面のことで、上が失礼なとお思いになるのが困ったことだと、大輔の娘が話しておりました」と言うにつけても、

「やはりそうか、それ以上に私は」と、女君は臥せって聞いていらっしゃった。

 

《浮舟の密かな思いをよそに、母君は久々の宇治に来て、乳母と懐かしい昔語りをしていましたが、その内に弁の尼も呼び出しました。「亡くなった姫君のご様子、…などを話す」とあって、普通に読むと、母君が話したような言い方ですが、そんなことを知るはずはないので、話したのは尼君でしょう。母君もその幼いころのことは知っています(宿木の巻第七章第四段)から、弁の話に耳を傾けます。

 なまじっか「思慮深くていらっしゃって」、姉として中の宮のことを心配し心を傷めて、その挙句お亡くなりになってしまったけれど、もしお元気でいらっしゃったら、中の宮と同じように薫様のお世話を受けられて、仲よく「お幸せでしたでしょうに」、…。

 そう言われると、母君もちょっと言いたくなります。私の娘だって、そのお二人の姉妹であって、そして大君亡きあと、今薫様にお世話いただくことになっていて、間もなく京に呼ばれます、きっと中の宮様と同じように幸せになることでしょう、…と、ここまでは腹の中で、娘が京に移りましたら、こちらにはお邪魔することもなくなることでしょう、何かの折がありましたら、また今日のように昔話をいたしましょう。

 どうも、ちょっと優越感がほのめきます。

 弁も気が付いたのでしょうか、姫様をこんな田舎でお預かりしているのは「不安にばかり拝見してました」とちょっとお世辞を入れて、「重々しくいらっしゃる殿」が「このようにお尋ね申し上げなさった」のですから、以前もお話ししたように(そういう場面は、直接には語られてはいなかったと思いますが)もう大丈夫ですよ、…。

 母君も、それもこれも、あなたが話を通してくださったお陰、中の宮様にもかわいがっていただいているようで、とそこまではよかったのですが、そこで匂宮に見つかってしまうという「憚り多いこと」があって、上様(中の宮)にどう思われるかと心配で、…と一言漏らしましたので、弁が、そうそう、あの方は「とてもうるさいほどに好色でいらっしゃるので」ご注意なさいませ、と笑いながら語りました。

 それが浮舟にはずしんと響きます。そうなのか、私がこれほど引かれていても、結局はあの方にとっては「好色」でしかなく、長続きする間柄ではあり得ないのだ、それでつらい思いをしている人が他にも少なくないらしい、しかも、その情報は「『大輔がむすめ』の報告だ、と確実なる出所まである」(『評釈』)のです。「それ以上に」は、「女房でさえ中の宮を憚るのだから、血を分けた妹の私はまして」(『集成』)憚るべきことなのだと、彼女はすっかり思い屈してしまいました。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 浮舟の母、京から宇治に来る

【現代語訳】

 大将殿は、四月の十日とお決めになっていたのだった。

「誘ふ水あらば(誘ってくれる人がいたらどこへでも)」とは思わず、

「変なことになって、どうしたらよい身の上だろうか」とただもう浮草のように浮いて漂うような気持ちがするので、

「母親のもとにしばらく行って、思案する間、そこにいよう」とお思いになるが、少将の妻が、子供を産む時期が近づいたということで、修法や読経などでひっきりなしに騒がしいので、石山寺にも出かけられず、母親がこちらにお越しになった。乳母が出て来て、
「殿から、女房の衣装なども、こまごまとご配慮いただきまして。何とかきれいに何事も、と存じておりますが、乳母独りのお世話では、不十分なことしかできませんでしょう」などとはしゃいでいるのが、気持ちよさそうなのを御覧になるにつけても、女君は、
とんでもない事がいろいろと起こって、物笑いになったら、誰も彼もがどのように思うであろう。無理無体におっしゃる方は、また、幾重にも山深い所に隠れても、必ず探し出して、自分も宮も身を滅ぼしてしまうだろう。やはり、安心できる所に隠れることを考えなさいと、今日もおっしゃっているが、どうしたらよいだろう」と、気分が悪くて臥せっていらっしゃる。
「どうして、このようにいつもと違って、ひどく青く痩せていらっしゃるのでしょうか」と驚きなさる。
「このところたいへん変でいらっしゃいます。ちょっとした食事も召し上がらず、苦しそうにしていらっしゃいます」と言うので、

「不思議なことだわ。物の怪などによるのであろうか」と、どのようなご気分かと思うが、「石山詣でもお止めになったことですしね」と言うのも恥ずかしいので、まともに目を合わせられない。

 日が暮れて月がたいそう明るい。有明の空を思い出すと、

「涙がますます抑えがたいのは、まことにけしからぬ心がけだ」と思う。

 

《匂宮は「今月(三月)の晦日」、乳母一家の出立と入れ替わりに転居と言って来ていて、薫が決めた転居の日は四月十日でした。

 しかし、浮舟は迷っています。というよりも、どうしていいか分からなくなってしまっていました。

 せめて母の側で落ち着いて考えたいと考えますが、家はあの少将の妻になった娘が出産で大騒ぎなので、母(北の方)の方から宇治にやって来ました。匂宮とのことを何も知らない乳母が対応します。もちろん母も知りませんから、知らない者同士が浮舟の悩みとは別のところで、あれこれと話し合っています。

 乳母は薫から都暮らしのための立派な贈り物が届けられて、長年お世話した甲斐があったと「はしゃいで」いるのを聞きながら、浮舟は、悩んでいます。

匂宮に従えば「とんでもない事がいろいろと起こって、物笑いに」なりそうだし、薫に従えば、どこにかくまわれても「(宮が)必ず探し出して、自分も宮も身を滅ぼしてしまうだろう」、…「(宮からは)安心できる所に(薫から)隠れることを考えなさいと、今日も(手紙があって)おっしゃっているが、どうしたらよいだろう」…。

 一方母は、しばらくぶりで見た娘の様子がおかしく、「ひどく青く痩せていらっしゃる」のを「物の怪などによるのであろうか」と案じます。「妊娠かと疑う気持ち」(『集成』)なのだそうです。しかし、「石山詣でもお止めになったことですしね」と、一月末に「昨夜から穢れなさって」石山詣でを取りやめた(第二章第七段)ことを思い出して、そんなはずもないのに、と不審顔で娘を見ます。娘は、何とも言うべき言葉がありません。

 そんな時、意地悪くも月が昇ります。それを見ると、一月余り前、舟の中で匂宮の腕の中で見た月(第四章第三段)が思い出されて、またしても懐かしく恋しい気持ちが沸き上がってきてしまいます。彼女は「まことにけしからぬ心がけだ」と、懸命にその心を抑えようとします。

 ところで、こんな時、右近と侍従はどうしているのでしょうか。きっと隣の部屋で息を殺して小さくなっているのでしょう。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第三段 匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る

【現代語訳】

 女宮にお話などを申し上げた機会に、
「失礼なとお思いになるのではないかと気がひけますが、そうはいっても古くからの女がおりまして、それを賤しい所に放って置いて、ひどく嘆いているそうなのが気の毒で、近くに呼び寄せて、と思っております。昔から人とは異なった考えがございます身で、世の中を普通の人とは違って過ごそうと思っておりましたが、このようにご結婚申しましたにつけて、一途には世を捨てがたいので、そんな女がいるとも世に知らせなかった身分の者でも、気の毒で、罪障になりそうな気がいたしまして」と、申し上げなさると、
「どのようなことに気を病むものとも存じませんで」と、お返事なさる。
「帝になど、良からぬようにお耳に入れ申す人があるかも知れません。世間の人の噂は、まことにつまらない良くないものでございますよ。けれども、その女は、それほど問題にもならない女でございます」などと申し上げなさる。
「新築した所に移そう」とお決めになったが、

「このようなための家だったのだ」などと、派手に言い触らす人がいようかなどと案じられるので、たいそう人目に立たないようにして、襖障子を張らせることなど、人もあろうに、この大内記の妻の父親で、大蔵大夫という者に、親しいので気安く思って、お言いつけなさったので、妻を介して聞き知って、宮にすっかり申し上げた。
「絵師たちなども、御随身の中にいる者で親しい家人などを選んで、隠れ家とはいっても特別に念入りにさせておいでです」と申すので、ますます胸が騷いで、ご自分の乳母で遠国の受領の妻となって下る家で、下京の方にあるのを、
「ごくごく内密の女を、しばらく隠して置きたい」とご相談があったので、

「どのような女であろうか」とは思うが、重大事と思っていらっしゃるので恐れ多くて、

「それではどうぞ」と申し上げた。この家を準備なさって、少しお心が鎮まる。今月の晦日頃に下向する予定なので、

「すぐその日に女を移そう」とご計画なさる。
「これこれと思っている。決して他人に気づかれてはならぬ」と言いやりなさる一方、ご自身がお出向きになることはとても難しいところに、こちらでも乳母がとてもうるさいので、難しい旨をお返事申し上げる。

 

《その薫の方では浮舟を京に迎える計画が着々と進んでいたようです。

以前話していたそのための家(第三章第四段)もでき上って、いよいよ正式に女二の宮に話しを通すことにしました。十分注意して気を配って話したところ、宮の返事は、何も私の気に病むところではない、というものでした。彼女にとって、「そんな女がいるとも世に知らせなかった身分の者」などのことはどうでもよく、ましてや張り合うなど、あり得ないことでなければならないのです。

 薫は、さらに、あるいは誤った噂が耳に入るかも知れないが、ほんとうに「問題にもならない女」なのだと念押ししておいて、受け入れる家の最後の内装に掛かりました。

 その仕事もなるべく世間の話題にならないように内輪の作業にしようと用心して、三条院で親しく使っている者の親族を選んで言いつけたのでした。

 ところが、それが「人もあろうに、この大内記の妻の父親」だったものですから、すぐに匂宮に筒抜けになってしまったのです。

 そこから今度は匂宮の側の話です。薫の用意する家に引き取られてしまってからでは、手出しができなくなると、宮は、自分の方でも隠れ家を用意します。

場所は「下京」でした。薫が用意した三条とは違って、一般に庶民の町だったとされていると思いますが、やはりそれが宮の浮舟に対する評価だったのでしょうか(第四章第六段)。「今月」は三月、除目を受けて、地方官の出入りがある中で、宮の手の者の家が空くので、そこを使うことにして、宇治に伝えます。

 どうも、今更ですが、その評価を含めて、匂宮がこれほど浮舟に執着するということが納得できません。もちろん、恋心に理由はないとも言えますが、そもそも薫が密かに大事にしているという話を聞いて始まった関心で、親友の女なのですから、それを横取りするには、それなりの顧慮や、またそれを超える執着の根拠というか要件があるはずで、物語としてはそれは必須のことと思うのですが、これまで「いくら見てもいて見飽きず、どこがと思われる欠点もなく、愛嬌があって、慕わしく魅力的である」(第二章第八段)とあったくらいで、読んで理解できる特別の魅力が語られたことはないように思います。

 以前薫と大君の関係について「薫は(女性に)絶対に乱暴をしない男だという、有無を言わせぬ小説的な書き方がない」という『光る』の指摘を紹介しました(総角の巻第三章第四段)が、匂宮の浮舟に対する執着の根拠についても「有無を言わせぬ小説的な書き方がない」のではないでしょうか。

特に、宮が「女房レベル」としか考えられていないらしいということもあって、ただ薫と張り合っているだけのようにも見えるのですが、どうなのでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ