源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 浮舟と匂宮の物語

第七段 匂宮、二条院に帰邸後、病に臥す

【現代語訳】

 このような時の帰りは、やはり二条院においでになる。とても気分が悪くおなりになって、食事などもまったく召し上がらず、日が経つにつれて青くお痩せになって、ご様子も変わるので、帝におかせられてもどちらの方も、お嘆きになるので、ますます大騒ぎになって、お手紙さえこまごまと書くことがおできになれない。
 あちらでも、あのしっかり者の乳母は、その娘が子供を産む所に行っていたのが、帰って来たので、気安く手紙を見ることもできない。このように引っ込んだ暮らしを、ただあの殿がお世話くださるであろうことを期待して待つことで、母君も思い慰めているところに、表立ってではないものの、近くにお移しになることをお考えになったので、とても世間体もよく嬉しいことだと思って、だんだんと女房を求め、童女の無難な者などを迎えてお寄こしになる。
 自分自身でも、

「それこそが、理想だと初めからずっと待っていた」とは思いながらも、無理をなさる方のお事を思い出すと、お恨みになった様子や、おっしゃった言葉などが、目の前にぴったりと浮かんで、ちょっと眠ると、夢に現れなさって、とてもいやになるほどに思われる。

 

《匂宮が帰るところは、本来なら六の君の三条邸であるはずなのですが、中の宮の二条院の方が気楽にいられるので、こういう時はそちらに足が向きます。

 ところが、着くなり、彼は寝込んでしまいました。「食事などもまったく召し上がらず、日が経つにつれて青くお痩せになって、ご様子も変わる」、と言います。「努力が過ぎたのである」と『評釈』は言い、『光る』も「房事過度」と笑います。それもくたびれて一日二日寝たというならともかく、「日が経つにつれて(原文・日を経て)」悪くなるというのは変だ、という気がするのですが、やむを得ません。ここは、多分、「お手紙さえこまごまと書くことがおできになれない」、つまり匂宮と浮舟の間が途絶えた、という形が必要であるのでしょう。

 一方、宇治では浮舟が「気安く手紙を見ることもできない」と言いますから、手紙は来るには来ているようです。しかし浮舟を満足させるようなものではない、その内に薫が都に呼ぼうと言っていたことを受けて、気の利いた女房を集めるなど、着々と準備が進みます。浮舟も、本来そうあるべきだは思うものの、しかし、どうにも匂宮の面影が消えません。我と我が心を抑えることができず、次第にやり切れない気持ちになって行きます。しかし、まだここでは「本来」の方が前面に出ているようではあります。

 途中、「だんだんと女房を求め」は、上の「嬉しいことだと思って」が母君の気持ですから、そのつながりで言えば、母君がしていることのように思われますが、諸注、下の「童女の無難な者などを迎えて」とセットで「お寄こしになる」に掛かるとしています。「とても世間体もよく嬉しいことだと思って」は、ちょっと言い添えたという感じにとるのでしょうが、少し変な文に見えます。》

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第六段 匂宮、京へ帰り立つ

【現代語訳】

 御物忌は二日と嘘を伝えていらっしゃったので、ゆっくりできるのにまかせて、お互いに一途に愛しいとお気持ちが深くおなりになる。右近は、いろいろと例によって言い紛らして、お召物などを差し上げた。今日は、乱れた髪を少し梳かせて、濃い紫の袿に紅梅の織物などを、色合いもよく着替えていらっしゃった。侍従も、見苦しい褶を着ていたが、美しいのに着替えたので、その裳をお取りになって、女君にお着せになって、御手水の世話をおさせになる。

「姫宮にこの女を出仕させたら、どんなにか大事になさるだろう。とても高貴な身分の女性が多いが、これほどの様子をした女性はいないのではないか」と御覧になる。

みっともないほど遊び戯れながら一日お過ごしになる。こっそりと連れ出して隠そうということを、繰り返しおっしゃる。

「その間に、あの方に逢ったら」と、厳しいことを誓わせなさるので、

「ずいぶん無理なこと」と思って、返事もできず、涙までが落ちる様子に、

「まったく目の前にいるときでさえも私に愛情が移らないようだ」と胸が痛い気がなさる。恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって夜を明かして、夜深く連れてお帰りになる。例によって、お抱きになる。
大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ。お分かりになりましたか」とおっしゃると、お言葉のとおりだ、と思って、うなずいて座っているのは、たいそういじらしげである。右近が、妻戸を開けてお入れ申し上げる。

そのまま、ここで別れてお帰りになるのも、あかず悲しいとお思いになる。

 

《この隠れ家の第二日目ですが、いろいろとよく分からないことがあります。

いきなり初めの「お互いに一途に愛しいとお気持ちが深くおなりになる」が変な言い方で、「お互いに(原文・かたみに)」とありながら「深くおなりになる(原文・深くおぼしまさる)」と敬語があり、『集成』は「宮は」と傍注をいれています。浮舟には普通は敬語が付かないから、ということでしょうが、そうすると「お互いに」の行き場所がなくなります。

ここは「お互いに」を尊重して、二人ともに愛しい気持ちが深くなるのであって、匂宮が含まれるので敬語表現になった、と考えたい気がしますが、そういう言い方はあるのでしょうか。

 右近から浮舟と侍従の着換えの衣が届きました。匂宮は、侍従が脱いだ「褶(しびら)」(「腰につける小さな裳。主人の前に出る時着用する」・『集成』)を浮舟に着させて、洗面の世話をさせます。「身近に世話をさせて玩弄したい気持ち」(同)と言います。あまりいい感じではないように思われますが、『評釈』は「(匂宮は)この女は、女房クラスと踏んだのだ」と言います。

 しかし、それは、匂宮が初めて宇治に浮舟を訪ねた翌朝、手水を使う時に「匂宮は女君を女房あつかいすることを気にし」た(第二章七段)という『評釈』自身の解釈とは違うことになります。二度目で様子が分かって、宮の考えが変わったということでしょうか。

 そこで「姫宮」(女一宮のことだそうで、宮の姉です)のところに女房として差し出したら大事にされるだろうと考えます。「これが、この女君への評価である」(『評釈』)のです。

 それと合わせて、「みっともないほど(原文・かたはなるまで)遊び戯れながら一日お過ごしになる」とあることを思うと、このことは恋しさの余りというよりも、やや浮舟を軽んじている気配が感じられないでしょうか。例えば、源氏が紫の上を遇するやり方とは全く異なった、退廃的な雰囲気があります。

さらに匂宮は、「その間に、あの方に逢ったら(許さない)」と、浮舟にうんと言えるはずのない注文を出します。愛おしさが時にこういう小さな嗜虐性を伴うことは想像できることですが、ここは単純な甘い戯れとは少し違うように感じられます。

『光る』が「大野・ここで匂宮が浮舟をどう見ているかの記述がありますが、作者の事態に対する全体としての受け取り方を知る上で非常に重要なポイントです」と言います。

ともあれ、こうして「恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって」夜になるまで過ごして、しかし、さすがに明日の朝までには京にいなければならないと、「夜深く」浮舟を屋敷に送り届けました。

そこに「例によって、お抱きになる」と妙な一文が入りますが、舟の乗り降りの際のことなのでしょうか。

次の「大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ」は、その抱いたことを言っているように見えますが、そうすると浮舟が「お言葉のとおりだ」と思ったというのが解せません。薫が彼女を三条の隠れ家から宇治に連れ去る時も「抱き上げてお乗せになった」とありました(東屋の巻第六章第五段)。あの時は車で、ここでは舟だから、というのは「詭弁」(『評釈』)に類しますから、するとこの二日間全部のことを言っているのでしょう。

 さて、屋敷では右近が「妻戸を開けて」浮舟を迎え入れるのですが、原文は「妻戸放ちて」で、こっそり入れねばならないにしてはちょっとオープン過ぎる感じです。まさか、怒って迎えた、というのでもないでしょうが、…。

匂宮は、浮舟を右近に引き渡して、夜の明けないうちに都に着くようにと、そのまま部屋に上がることなく、大急ぎで発たねばならず、ただもう後ろ髪を引かれる思いです。》

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第五段 匂宮、浮舟と一日を過ごす

【現代語訳】

 誰も入って来ないので、気を許して語り合って一日中お過ごしになる。

「あの方がいらっしゃったときに、このようにお会いになっているのだろう」と、想像なさって、ひどく恨み言をおっしゃる。二の宮をとても大切に扱って、北の方としていらっしゃるご様子などもお話しになる。あのお耳にお止めになった一言は、おっしゃらないのは憎いことであるよ。
 時方が、御手水や果物などを、取り次いで差し上げるのを御覧になって、
「たいそう大切にされている客人は、そのような姿を他人に見られるでないぞ」と戒めなさる。侍従は、好色っぽい若い女の考えから、とても素晴らしいと思って、この大夫と話をして一日暮らしたのであった。
 雪が降り積もっているので、あの『わが住む方』を眺めやられると、霞の絶え間に梢だけが見える。山は鏡を懸けたように、きらきらと夕日に輝いているところに、昨夜、踏み分けて来た道のひどさなどを、同情を誘うように大げさにお話しになる。
「 峰の雪みぎはの氷踏みわけて君にぞまどふ道はまどはず

(峰の雪や水際の氷を踏み分けて来ましたが、それはあなたに心が迷ったゆえ、しか

し、道には迷いませんでしたよ)
 『木幡の里に馬はあれど(ただあなたを思って、苦労してやってきたのです)』」などと、見苦しい硯を召し出して、手習いなさる。
「 降りみだれみぎはに氷る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき

(降り乱れて水際で凍っている雪よりも、はかなく私は空の中途で消えてしまいそう

です)」
と書いて消した。この「中空」をお咎めになる。

「本当に、悪いことを書いたものだわ」と、恥ずかしくて引き破った。

そうでなくても見る効のあるご様子を、ますます感激して素晴らしいと相手が心に思い込むようにと、あらん限りの言葉を尽くすご様子や態度は、何とも表現のしようがない。

 

《匂宮は、何かと薫と自分を比較し、また薫と一緒にいる浮舟を思い描きます。つまりは嫉妬ですが、それによって浮舟への思いがまた掻き立てられます。

ずいぶん薫を気にしているようで、恋する男の常の姿とも言えますが、どこまで本気なのか、実はよく分かりません。中の宮に対しても同じような振る舞いがあって(第三章第一段、もっともあの時は別の意図もあったと思われますが)、彼のとっては普通の、女性を困らせて反応を楽しむという、いささか頽廃的な愛の姿のように見えます。

 さらに彼は、薫がいかに正室女二の宮を大切にしているかを浮舟に語って聞かせます。もちろん「浮舟との仲に水を差したい気持」(『集成』)です。逆に薫が「衣かたしき」と口ずさんでいた(第一段)ことは黙ったままです。「おっしゃらないのは憎い」と草子地が言いますが、言わないのが当たり前でしょう。

 それを『評釈』は「匂宮は、薫に勝つ自信がないのだ」と言います。が、それは多分浮舟に対する立場についての問題で、自身の魅力においてではないのでしょう。

 次の「たいそう大切にされている客人は…」は、「時方を冷やかしての言葉」(『集成』)ですが、ほとんど照れ隠しで、暗に自分こそ主人だと誇示して自分を元気づけ、一方女には諧謔によって余裕を見せている、といったところです。

 そういえば宮の歌も、「君にぞまどふ道はまどはず」は言葉の遊びの面があって(句の順序が逆になると、一転してまじめな歌にならないでしょうか)、諧謔の余韻があります。

 しかし浮舟にはそんな余裕はありません。匂宮に心惹かれれば惹かれるほど、彼女の立場は危うくなります。降ってくる雪は、落ちて氷るけれど、私はどこかに行きつく前に消えてなくなりそうです、…。

 ところが、たえず薫を意識している匂宮には、「中空」が、薫と自分の間で、というふうに聞こえてしまいました。それを咎めながら(また同じ口説きの手口です)、宮は、改めて浮舟を引き寄せ、耳元で(とは書かれれていませんが、そんな感じで)、「あらん限りの言葉を尽くす」のでした。》

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第四段 匂宮、浮舟に心奪われる

【現代語訳】

 日が差し出て軒の氷柱が光り合っていて、宮のご容貌もいちだんと立派に見える気がする。宮も、人目を忍ぶやっかいな道中で、身軽なお召物である。女も、上着を脱がせておしまいになっていたので、ほっそりとした姿つきがたいそう魅力的である。身づくろいすることもなくうちとけている様子を、

「とても恥ずかしく、眩しいほどに美しい方に向かい合っていることだわ」と思うが、隠れる所もない。
 柔らかな感じの白い衣だけを五枚ほど、袖口、裾のあたりまで優美で、色とりどりにたくさん重ねたのよりも美しく着こなしていた。いつも御覧になっている方でも、こんなにまでうちとけている姿などは御覧になったことがないので、こんなことまでがやはり珍しく興趣深く思われなさるのであった。
 侍従も、たいへん感じのいい若い女房なのであった。

「この人までが、このような姿をすっかり見ているわ」と、女君はたまらなく思う。宮も、
「この人は誰ですか。私の名前を漏らしてはなりませんよ」と口止めなさるのを、

「とても素晴らしい」と思い申し上げていた

ここの宿守として住んでいた者が、時方を主人と思ってお世話してまわるので、このいらっしゃるところの遣戸を隔てて、得意顔をして座っている。声を緊張させて、恐縮して話しているのを、返事もできないで、おかしいと思うのであった。
「たいそう恐ろしい占いが出た物忌によって、京の内をさえ避けて慎むのだ。他の人を、近づけるな」と言っている。

 

《一夜が明けました。舟で見た「有明の月」(前段)は「陰暦二十日以後の月で、夜半に出る」(『集成』)と言いますから、『評釈』の「目的の小家について座の定まるころ」というよりも、もう少し間があったでしょうか、それにしてもあっという間の夜明けです。

 「軒の氷」に宮の美しさが映えていた、というのはいいのですが、「女も、上着を脱がせておしまいになっていたので、ほっそりとした姿つきが」とあって、すわ、物語中初の裸身かと驚きますが、すぐに実はまだ「五枚ほど」も身に付けていたと語られて、ほっとします。こういう場合にも、なお五枚も着ているのか、別の驚きがありますが、しかし、当時の人にしてみれば、もう裸身そのものなのでしょう。浮舟は、「恥ずかしく」て身を隠したいほどです。そういう姿を宮は「興趣深く」眺めて楽しんでいます。

 ただ一人付いて来た女房・侍従もなかなか感じのいい人のようですが、しかし浮舟はこの人に見られることも「たまらなく思う(原文・いみじと思ふ)」と言います。『評釈』が「もとより、女君は、下着姿を恥じているのではない」と言いますから、彼女は、薫という人がありながら、宮とこういう仕儀になっていることを恥じている、ということでしょうか。

そして、それを察して、宮は、自分のことを口外してはならぬと口止めします。しかし侍従はその言葉も耳に入らないように、「とても素晴らしい」とうっとり心を奪われているようですから、大丈夫なのでしょう。

別室では世話をした時方が、この家の宿守と向き合っています。「主人と思って」というのは、宿守は匂宮と浮舟の姿を見ておらず、時方ひとりの来訪で、彼を主人と思っていて、「物忌」も時方の物忌という話になっているようです。宿守が恐縮した様子で話しかけてくるのですが、時方は、隣の部屋に匂宮がいると思うと、主人らしく振舞うのに気が引けて、ろくに返事をしないまま、内心おかしく思っています。

冒頭の「宮のご容貌(原文・御容貌)」を『集成』は「二人のお顔立ち」としていて、その方がいいような気もします。》

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第三段 宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す

【現代語訳】

 夜のうちにお帰りになるのも、かえって来なかったほうがましなくらいなので、こちらの人目もとても憚られて、時方に手配をさせなさって、川向こうの人の家に連れておいでになろうと予定していたので、先立って遣わしておいたのが、夜の更けるころに参上した。
「万事遺漏なく仕度してございます」と申し上げさせる。

「これは、どうなさるお積もりか」と、右近も急なことに気がそぞろなので、寝惚けて起きた気持ちも身体が震えて正体もない。子供が雪遊びをしている時のように、震え上がってしまった。
「どうしてそんな」などという余裕もお与えにならず、抱いてお出になった。右近はこちらの留守居役に残って、侍従をお供申させる。
 ずいぶんと頼りないものと、毎日眺めている小さい舟にお乗りになって、掉さしてお渡りになる間、遥かに遠い岸に向かって漕ぎ離れて行くような心細い気がして、ぴたりとくっついて抱かれているのを、とてもいじらしいとお思いになる。
 有明の月が空高く澄んで、川面も陰りがないところで、
これが、橘の小島です」と申して、お舟をしばらく止めたのを御覧になると、大きな岩のような恰好をして、しゃれた常磐木の木陰が茂っていた。
「あれをご覧なさい。とても頼りなさそうですが、千年も生きるにちがいない緑の深さです」とおっしゃって、
「 年経ともかはらぬものか橘の小島の崎に契る心は

(年が経とうとも変わりません、橘の小島の崎で約束する私の気持ちは)」
 女も、珍しい所へ来たように思われて、
「 橘の小島の色はかはらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ

(橘の小島の色は変わらないでも、この浮舟のような私の身はどこへ行くのやら)」
 折もよく、女も美しいので、ただもう素晴らしくお思いになる。
 あちらの岸に漕ぎ着いてお降りになるとき、供人に抱かせなさるのはとてもつらいので、お抱きになって、助けられながらお入りになるのを、とても見苦しく、

「どのような人を、こんなに大騒ぎなさっているのだろう」と拝見する。

時方の叔父で因幡守である人が所領する荘園に、粗末に建てた家なのであった。まだまったく手入れが行き届いておらず、網代屏風など、御覧になったこともない飾り付けで、風も十分に防ぎきれず、垣根のもとに雪がまだらに消え残っていて、今でも曇っては雪が降る。

 

《匂宮は、初めから一晩だけで帰る気はなく、宇治に着く前から、時方に命じて「川向こうの人(後出の「時方の叔父で因幡守である人」)の家」を手配させておいたようです。

夜更けに、そこから、用意ができたと使いが来ました。先に、右近に匂宮がここに着いたと連絡が入ったのも「夜が更け」たころでした(前段)から、宮は、来るなりすぐにそちらに出かけることになった、ということでしょうか。

右近は、宮のおいでなど思いもかけないで、気を許してのんびり寝ていたところを突然の訪問に跳び起きたばかりのところに加えて、さらに急な思いもかけない展開を呑み込めないまま、右近は、ただもうおろおろしているばかりです。

宮は、そういう右近をしり目に浮舟を抱き上げて連れて行きます。咄嗟に右近は、侍従を同行させ、自分は後に残って弥縫策を担当することにしました。機敏な措置です。

抱き上げられた浮舟は、「ずいぶんと頼りないものと、毎日眺めている小さい舟」に乗せられて、ただもう「ぴたりとくっついて抱かれて」います。源氏と夕顔の十五夜の逃避行(夕顔の巻第四章第二段)を思い出すのですが、ここは舟ですので、『矢切の渡し』(あれは、ちあきなおみのものがいいです)の図とでも言いますか、もうすっかり世を忍んで愛し合うものの姿です。

船頭が「これが、橘の小島です」と言って舟を止めました。この島は『古今集』に詠まれた歌枕で、船頭の心遣いです。その教養といい心遣いといい、こういう端役までさすがにえりすぐりが選ばれています。ちょっと気が利きすぎているような気もしますが、浮舟の歌を引き出すためには必要です。
 そ
の浮舟の返歌がこの巻の名とこのヒロインの呼び名の出所ですが、この物語の多くの女性の呼び名の中でも、特にその人のあり様を直接的に表しているという点では、夕顔と並んで代表的なものと言えるでしょう。そしてその二人の女性に、ものはかなげな様子やあやうげな道行に導かれるなど多くの共通点が見られるのも興味深いところです。

匂宮は浮舟を抱き上げて家にいざなうのですが、供人はそれを、我が殿様の品位が下がると眉をひそめて見ています。しかしもちろん今や匂宮にそういう顧慮はありません。

上った屋敷は、これまた「夕顔」のときの「なにがしの院」と同じく、粗末なところで「風も十分に防ぎきれず」という有様でした。夕顔の場合は「物の怪」の登場の場ですからそう出なければならなかったのですが、ここは物語の展開上では必ずしもその必要はなさそうです。瀟洒な屋敷でもよかったのでしょうが、浮舟のはかなさとぬぐいがたい東国育ちの野趣を印象付けている、ということでしょうか。》

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