源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻五十一 浮舟

第八段 浮舟、母への告別の和歌を詠み残す

【現代語訳】

 寺へ使者をやっている間に、返事を書く。言いたいことはたくさんあるが、はばかられて、ただ、
「 のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心まどはで

(来世で再びお会いすることを思って下さい、子を思うこの世の夢に迷わないで)」
 誦経の鐘の音が風に乗って聞こえて来るのを、じっと聞きながら臥していらっしゃる。
「 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世尽きぬと君に伝えよ

(鐘の消えて行く響きに泣き声を添えて、私の命も終わったと母上に伝えて下さい)」
 僧の所から持って来た誦経の報告の手紙に書き加えて、
「今夜は、とても帰ることはできません」と言うので、木の枝に結び付けて置いておいた。乳母が、
「妙に、胸騷ぎのすること。夢見が悪いとおっしゃっていた。夜番の者は、十分注意するように」などと言わせるのを、困ったと聞きながら臥していらっしゃった。
「何もお召し上がりにならないのは、とてもいけません。お湯漬けを」などといろいろと言うのを、

「よけいな世話をやいているが、とても醜く年とって、私が死んだら、どうするのだろう」とお思い遣りになるにつけても、とても不憫である。

「この世には生きていられないことを、それとなく言おう」などとお思いになるが、何より先に胸を突いて涙が溢れてくるのをお隠しになって、何もおっしゃれない。

右近は、お側近くに横になることにして、
「このように思いつめてばかりいらっしゃると、物思う人の魂は抜け出るものと言いますから、夢見も悪いのでしょう。どちらの方にとお決めになって、どうなるにもこうなるにも、思う通りになさってください」と溜息をつく。

柔らかくなった衣を顔に押し当てて、臥せっていらっしゃった、とか。

 

《使いの者は、母君に言いつかって来ているのでしょう、その足で寺に誦経を行わせに行きました。

 浮舟はその間に母への返事の歌をしたためるのですが、その歌がまた、大変分かりやすい決意の歌で、これを受け取った母親は折り返しでも急使をよこすのではないかと思われますが、幸いというか何というか、その使いは「今夜は、とても帰ることはできません」ということで、歌が届くのは明日になるようです。

 家の外は薫の言いつけによる警護が厳しく、内では乳母が胸騒ぎがすると言い、何があるか分からないままに宿直人に十分な注意をするようにと促し、女房たちはそれぞれがお世話にいろいろに気遣いをし、気を配っています。『竹取物語』のかぐや姫昇天の時が思い出されます。

 そうしたまわりの騒ぎをよそに、浮舟は決意と悲しみを胸に、臥せっています。

幼い時から献身的に世話をしてきてくれて、今も何の事情も知らないままに世話をしてくれる乳母の、自分がいなくなったその行く末を案じながら、何も告げない逝くことをすまなく思います。ここに至って彼女が乳母を思いやったのは、その愛情が純粋素朴な無償のものであったことを承知していることによるので、作者はそれが右近や侍従のそれとはまた別様の尊いものであったことを言っているのでしょう。二条院で匂宮がいきなり浮舟のところに入り込んで来て抱き寄せたときに、何もできないままに宮をにらみつけて姫を守ろうとした(東屋の巻第四章第五段)ことが思い出されます。

 「右近は常に主人中心の考え方を」(『評釈』)します。現実的に割り切って、どちらか一方の方をお選び下さい、後は私が好いように計らいますから、…。

 しかし、浮舟は、匂宮を選びたいという気持ちの一方で、薫を選ぶべきだという気持ち(それは単に道義的にだけではなく自身の生き方の希望としても、です)とが同じ重さの希望としてあって、しかもそういう二心がある自分に不倫理を感じているという複雑の中にいるのですから、言うべき言葉ありません。

 物語は、「柔らかくなった衣を顔に押し当てて、臥せって」いる浮舟の姿をアップで捉えて、そして「とか(いうことである)」と、ゆっくりとフェイド・アウトします。》

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第七段 京から母の手紙が届く

【現代語訳】

 宮は、たいそうな恨み言を言って寄こされた。今さらに、人が見るのではないかと思うので、このお返事をさえ、気持ちのままには書かない。
「 からをだに憂き世の中にとどめずはいづこをはかと君もうらみむ

(亡骸をさえ嫌なこの世に残さなかったら、どこを目当てにと、あなた様もお恨みに

なりましょう)」
とだけ書いて出した。

あちらの殿にも最後の様子をお知らせ申し上げたいが、

「お二方に書き残しては、親しいお間柄なので、いつかは聞き合わせなさろうことは、とても困ることだ。まるきり、どうなったのかと、誰からも分からないようにして死んでしまおう」と思い返す。
 京から母親のお手紙を持って来た。
「昨晩の夢に、とても縁起でもないふうにお見えになったので、誦経をあちこちの寺にさせるなどしましたが、そのまま、その夢の後眠られなかったせいか、たった今、昼寝をして見ました夢に、世間で不吉とするようなことがお現れになったので、目を覚ますなり差し上げます。十分に慎みなさい。
 人里離れたお住まいで、時々お立ち寄りになる方のご縁の方のお恨みがとても恐ろしく、具合が悪くいらっしゃるときに、夢がこのようなのを、いろいろと案じております。
 参上したいけれども、少将の北の方がやはりとても心配な様子で、物の怪めいて患っていますので、少しの間も離れることはいけないと、きつく言われていますので。そちらの寺にも御誦経をさせなさい」とあって、そのお布施の物や、手紙などを書き添えて、持って来た。最期と思っている命のことも知らないで、このように書き綴ってお寄越しになったのも、とても悲しいと思う。

 

《浮舟はすっかり心を決めてしまったようです。

 先にも言ったように、この人については幾度もその子供っぽさが語られてきました(第二段)が、ここでの匂宮の手紙への対応などを見ると、ずいぶん気丈で、また意志的な感じです。それほど彼女の苦悩が深く彼女自身を変えたということでしょうか。一方でまた、それ自体が彼女の純粋さ(それはあるいは「子供っぽさ」)を表しているとも思われますし、さらにはこれまでは秘められていた東国育ちによる気性も考えてもいいのかも知れません。

 宮への返事は、ただ歌一首だけでした。ちょっと意図のわかりにくい歌に見えますが、今はこうして私をお恨みになりますが、私が姿を隠して死んでしまえば、それきりもうあなたは私をお思い出しになることもないのでしょうと、恨みには恨みをという、恋歌のやりとりにはよく見る丁々発止の体裁の中に、実は今生の別れの悲しみを込めた歌、という理解でいいでしょうか。

 宮はその体裁に惑わされて、この人が本気で死を覚悟しているなどとは思いもよらなかった、ということなのでしょうか、格別の反応は語られないままです。

薫にはついに何も書き送らないつもりのようです。『評釈』は「匂宮と二人、自分があとに書き残したものを出しあって、見あうことになるのを恐れるのだ」と言います。確かに、二人の間で話題になることは仕方がないにしても、お互いに手紙を見せ合っての話では、つらいものがありそうです。

そしてまた、自分の裏切りに気付いているらしい(第六章第五段)薫への手紙は、二心を認めるわけにいかない(同第六段1節)以上、書きにくいものでもあったでしょう。

 母から手紙が届きました。彼女は娘の苦悩についてはまったく何も知らないままに、夢見が悪く不吉で心配している、祈祷して自重しなさい、と言って来たのでした。もちろん、もうすぐ上京できるといういいことがあるのだから、という期待からの激励の気持でもあるでしょう。浮舟が母に先立つことをつらく思っているので、彼女の魂が体から抜け出して母のところに行った、ということでしょうか。

「母さえこの宇治に来てくれたら、母のふところに顔をうずめて、思い切り泣くこともできように、運命のわかれ道は、こうしたところにある。…作者は、この時期に、母を京から離れえないように、少将の妻の妊娠を発表しておいた」(『評釈』)のです。》

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第六段 浮舟の今生の思い

【現代語訳】

 右近がきっぱり断ったということを話していて、君はますます思い乱れることが多くて臥せっていらっしゃるところに、侍従が入って来て先程の様子を話すので、返事もしないが、だんだんと枕が浮かぶほどに泣けてしまったのだが、一方ではどのように見るだろう、と気がひける。

翌朝も、みっともない目もとを思うと、いつまでも臥していた。形ばかり掛け帯などかけて経を読む。

「親に先立つ罪障を無くしてください」とばかり思う。
 先日の絵を取り出して見て、お描きになった手つきやお顔の美しさなどが、向かい合っているように思い出されるので、昨夜、一言も申し上げずじまいになったことは、やはりもう一段とまさって悲しく思われる。

「あの、のんびりとした邸で逢おう、と末長い約束を言い続けていらっしゃった方も、どのようにお思いになるだろう」とお気の毒である。
 嫌なふうに噂する人もあるだろうことを、想像すると恥ずかしいが、

「浅薄で、けしからぬ女だと物笑いになるのを、お聞かれ申すよりは」などと思い続けて、
「 なげきわび身をば捨つとも亡き影に憂き名流さむことをこそ思へ

(嘆きに堪えず身を捨てても、亡き後に嫌な評判を流すのがたまらないことだ)」
 親もとても恋しく、いつもは、特に思い出さない姉妹のみっともない者たちも、恋しい。宮の上をお思い出し申し上げるにつけても、何から何までもう一度お会いしたい人が多かった。

女房は皆、それぞれの衣類の染物に精を出し、何やかやと言っているが、耳にも入らない。夜となると、誰にも見つけられず出て行く方法を考えながら、眠れないままに気分も悪く、すっかり人が変わったようである

夜が明けると、川の方を見やりながら、屠所に引かれる羊の足取りよりも死に近い感じがする。

 

《匂宮の従者が三度にわたって面会の手立てを求めて近づいてきたのですが、うまく行きませんでした。右近が断ったことを浮舟に伝えると、彼女は「ますます思い乱れることが多くて、臥せって」しまいます。そこに侍従が帰って来て、匂宮との面談の仔細を報告すると、もう返事をする気力もない感じで、ただ泣くのでしたが、その中で、この者たちがどう思って見るかとも気になって、いよいよ消え入りたいような思いです。

 夜が明けますが、泣きはらした顔を見られると思うと、起きる気もしませんので、一人でひそかに読経するのですが、心を静めようとかいうのではなくて、「親に先立つ罪障を…」ということですから、決意はどうやら本物のようです。

そして、宮との別れを惜しもうというのでしょうか、彼が初めて来た時に手すさびで描き残した絵(第二章第八段)を取り出して偲ぶのですが、そうすると、また宮の様子がまざまざと思い出されて、改めて悲しみが湧きおこってしまいます。

もっとも、以前(第五章第二段)に続けて、またしてもあの絵で、「その絵を開いてみては、あのときの一瞬一瞬がまぶたにくっきりと思い出される」(『評釈』)のはそのとおりなのでしょうが、絵が春画らしい(『光る』がそう言っていました)だけに、前回同様、どうも妙齢の女性に相応しくないように思えて、腑に落ちません。しかしそういう感覚なのだと思うしかないのでしょう。

同時にまた薫への申し訳ない気持ちも湧き、また、いつか匂宮とのことで「嫌なふうに噂する人もあるだろう」とも思われると、生きてそのことを薫に聞かれるのはたまらないという気持ちにもなり、また改めて母を思い、果ては日頃思ったこともなかった姉妹のことまで恋しく思われ、またあの優しかった中の宮にせめてもう一度会えないかと思ったり…と、心は千々に乱れて、収まるところがありません。

傍らでは女房たちが都への晴れの出発の準備に忙しくバタバタしながら、時に彼女に声を掛けてものを訊ねたり差配を求めたりするのですが、もうそれにはすっかり上の空で、例えば走馬灯の影絵を遠くから見るような気持ちと言いましょうか。

「すっかり人が変わったようである」は、原文は「皆違ひにたり」で、実は何のことかよく分かりません。この訳は渋谷訳で、他に「すっかりおかしくなってしまった」(『集成』)、「すっかりいつもと違ってしまった」(『評釈』)、「すっかり病人のようになってしまいました」(『谷崎』)などとありますが、原文は、彼女が変ったのではなく、彼女にとって周囲が変ったと言っているような感じかするのですが、どうなのでしょうか。

「屠所に引かれる羊の足取り」は、人が命の終わりに向かって生きていることを屠所に歩む羊に譬えたもののようで、つまり普通の死の訪れる速さを言うのでしょう。「(それ)よりも死に近い」というのは、彼女には川がまるで自分を招くように感じられているのでしょう。》

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第五段 匂宮、浮舟に逢えず帰京す

【現代語訳】

 宮は、御馬で少し遠くに立っていらっしゃったが、里めいた声をした犬どもが出て来て吠え立てるのもたいそう恐ろしく、供回りが少なく、たいそう簡素なお忍び歩きなので、

「おかしな者どもが飛び出して来たら、どうしよう」と、お供申している者たちはみな心配していたのであった。
「さあ早く早く参ろう」とうるさく言って、この侍従を連れて参る。髪は脇の下から前に出して、姿のとても美しい人である。馬に乗せようとしたが、どうしても聞かないので、衣の裾を持って、歩いて付いて来る。自分の沓を履かせて、自分は供人の粗末なのを履いた。参上して、

「これこれです」と申し上げると、話をしようにも適当な場所がないので、山家の垣根の茂った葎のもとに、障泥という物を敷いて、お下ろし申し上げる。ご自身のお気持ちにも、

「変な恰好だな。このような道につまずいて、きちんとした栄えあることにはならない身の上のようだ」と、いろいろお考えになると、お泣きになることこの上ない。
 気弱な女は、それ以上にほんとうに悲しいと拝見する。大変な敵を鬼の姿にしたとしても、いいかげんには見捨てることのできないご様子の人である。涙をお収めになって、
「たった一言でもお話し申すことはできないのか。どうして、今さらこうなのだ。やはり、女房らが申し上げたことがあるのだろう」とおっしゃる。事情を詳しく申し上げて、
「いずれ、そのようにお考えになっている日を、事前に漏れないように、お計らい下さい。このように恐れ多いことを拝見いたしましたので、身を捨ててでもお取り計らい申し上げましょう」と申し上げる。ご自身も人目をひどくお気になさっているので、一方的にお恨みになることもできない。
 夜はたいそう更けて行くが、この怪しんで吠える犬の声が止まず、供人たちが追い払いなどするために、弓を引き鳴らし、賤しい男どもの声がして、
「火の用心」などと言うのも、たいそう気が気でないので、お帰りになる時のお気持ちは、言葉では言い尽くせない。
「 いづくにか身をば捨てむと白雲のかからぬ山もなくなくぞゆく

(どこに身を捨てようかと捨て場も分からずに、白雲がかからない山とてない山道を

 泣く泣く帰って行くことよ
 それでは、早く」と言って、この人をお帰しになる。ご様子が優雅で胸を打ち、夜深い露にしめったお香の匂いなどは、他にたとえようもない。泣く泣く帰って来た。

 

《匂宮自身は、気持ちの大方が浮舟の方に向いているので、そうでもないのでしょうが、供たちは、場違いなところにお忍びで来ているので、さまざまに不安でいます。「里めいた声をした犬ども」とは、犬の声に都も鄙もなかろうにと思いますが、考えてみれば、ろくに躾もされていない粗野な犬は、確かに人間よりも恐ろしいとも言えます。

 そこに時方が侍従を連れてきました。かなり難しいことだったはずですが、さすがに「才覚ある人」と言われるだけあります(前段)。

 「髪は、脇の下から…」は、自分で抱えているということらしく、「衣の裾を持って」は時方のしぐさ、彼が後ろで持って「付いて来る」ようです。「馬に乗せようとした」と言いますから、来るのも馬で来たのでしょうが、やはりよく見つからなかったものだと、ちょっと驚きです。沓の話まであり、さらに「山家の垣根の茂った葎のもとに、障泥という物を敷いて、お下ろし申し上げ」たということで、たいへん細かい説明ですが、すべてが、それほどに異様な事態だったということでしょう。

 しかしそれはそれでなかなか絵になる光景ではあります。

 「障泥(あふり)」というのは「雨天に、衣服にはねる泥を防ぐため、馬の鞍の下につけた馬具。毛皮を用いた」もの(『集成』)と言いますから、宮にとってはずいぶん粗野なものに見えたでしょう。場所も家の軒下とあって、およそ「兵部卿の宮」の御座所ではありません。彼は、我ながら何という「道につまずい」たことかと、身の上を振り返る気持ちです。

 とは言え、ここで「お泣きになることこの上ない」とは、何を泣くのかと思ってしまいます。自分の意志でやって来ているのであって、他の力でそういう境遇に追い込まれたわけではありません。いや、彼としては、あるいは作者としては、「恋」のためにそういうことになってしまったのだという気持ちなのでしょうか。何という悲しく切ない恋をしていることか、…とは、ちょっとナルシステイックが過ぎます。

 侍従が泣くのは、きっとそういう感じで、お気の毒な恋だこと、ということでしょう。「大変な敵を鬼の姿に…」はずいぶん持って回った言い方ですが、どれほど匂宮を恨んでいる人でも、この時ばかりは「見捨てることができない」気がするほどの宮のお美しいご様子だと言っているようです。侍従の目から見た姿として語られているのでしょう。

 宮は、せめて一言言葉を交わしたいというのですが、侍従はなかなか立派に、いずれ引き取られる企てが固まったら、どんなことでもしますから、すべてはその暁に、と今日の断念を求めます。

 匂宮は、自分でも危ない橋を渡っていることを承知していますから、聞き分けて、侍従を返しました。その態度がこれまたあまりに立派で、この世のものとも思われません。

こうして匂宮は「なくなくぞゆく」のでした。「こんな場合にも、かけ詞だの序だのを忘れないとは変な話だと、今のわれわれは思うけれども、当時はこういう場合は歌のほうが言いやすく、歌だとこういう技巧がすぐ口をついて出てくる」(『評釈』)のだそうです。侍従もまた、感動のあまり「泣く泣く(屋敷に)帰って来た」のでした。》

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第四段 匂宮、宇治へ行く

【現代語訳】

 宮は、

「こうして依然として少しも承知する様子も、返事までが途絶えがちになるのは、あの人が、しかるべく言い含めて、少し安心な方に考えが決まったのだろう。もっともなことだ」とはお思いになるが、たいそう残念で悔しく、
「それにしても、私を慕っていたのに、逢わない間に、女房たちが説き聞かせる方に傾くのだろう」などと物思いなさると、『行く方知らず(恋しさはどこへ晴らしようもなく)』、『むなしき空に満ち(むなしい空いっぱい満ち)』あふれた気がなさるので、いつものように、大変なご決意でおいでになった。
 葦垣の方を見ると、いつもと違って、
「あれは、誰だ」と言う声々が、目ざとげである。いったん退いて事情を知っている男を入れたが、その男までを尋問する。以前の様子と違っている。困って、
「京から急のお手紙があるのだ」と言う。右近の従者の名を呼んで会った。

たいへんに困ったと、ますます思う。
「全然、今夜はだめです。まことに恐れ多いことで」と言わせた。

宮は、

「どうして、こんなによそよそしくするのだろう」とお思いになると、たまらなくなって、
「まず、時方が入って、侍従に会って、しかるべくはからえ」と言って遣わす。才覚ある人で、あれこれ言い繕って、探し出して会った。
「どうしたわけでしょうか、あの殿のお言いつけがあると言って、宿直にいる者たちが出しゃばっているところで、たいそう困っているのです。御前におかれても、深く思い嘆いていらっしゃるらしいのは、このようなご訪問のもったいなさに、お心を乱していらっしゃるのだ、とお気の毒に思って見ています。まったく、今晩は、誰かが様子に気づきましたら、かえってたいへんまずいことになりましょう。すぐに、そのようにお考えあそばしている夜には、こちらでも誰にも知られず計画しまして、ご案内申し上げましょう」
 乳母が目を覚ましやすいことなども話す。大夫は、
「おいでになった道中が大変なことで、ぜひにもというお気持ちなので、甲斐もなくお返事申し上げるのは、具合が悪い。それでは、来てください。一緒に詳しく申し上げて下さい」と誘う。
「とても無理でしょう」と言い合いをしているうちに、夜もたいそう更けて行く。

 

《匂宮の方は、浮舟からの返事が一向に来ないことに、大変気をもんでいます。薫が言いくるめてしまったのか、女房たちが説得して常識的な生き方を選んだのか、と思うと、残念な思いがあふれます。

 「行く方知らず」は『古今集』488「わが恋はむなしき空に満ちぬらしおもひやれども行く方もなし」によるのだそうですが、自分の中に湧き上り溢れ出る恋しさが、受け止めてくれるもののないままに行き所を失って宙に満ち満ちているというのは、なかなかおもしろい、しかも実感的な表現です。そういえば、薫が浮舟を宇治に連れてくるときに、大宮を失った悲しみを同じように感じたことがありました(東屋の巻第六章第六段)。

宮は堪えかねて、とうとう強行して宇治にやって来てしまったのでしたが、しかし、来てみると、以前来た時に見た「葦垣」(第二章第二段)のあたりは、あの時と違って、物々しい警備のようです。「いったん退いて…」は敬語がありませんから、後に出てくる時方が、ということのようです。案内を乞おうと入りかけた時方が、一度引き下がって、部下の「事情を知っている男」(『評釈』によれば「邸の下男か下女かと仲のよい男」)に、都の母君からの使者という体で行かせます。彼は「右近の従者の名」を言いましたから、さすがにそれならと通されたようです。しかし、ここでも「今夜はだめ」と言われて帰って来ます。

 宮が「どうして、こんなによそよそしくするのだろう」と思ったのは、自分と浮舟のことが薫に知られているということをまだ知らないからでしょう。

彼はさらに、それでも何とかと無理に時方を行かせます。特に「侍従に会って」と指定したのは、道行の時に(第四章第四段)一人同行してきたことで知っているからでしょうが、さらにその時の「『とても素晴らしい』と思い申し上げていた」様子から、彼女が宮贔屓であることを感じているのかも知れません。

時方は「才覚ある人」で、首尾よく侍従に会うことはできました。ここで、十九世紀自然主義文学で育った私などは、ここまであれほど固かったガードが急にほぐれたのはなぜか、そんな疑問がわきますが、『評釈』が、「この物語の読者は(そんな細かなことには)興味を感じない」として、西洋の名言を引いています。曰く「生活だって。そんなことは下僕に任せてある」(ヴィリエ・リラダン)。

しかし、頼みの侍従の返事も、またしても「今晩はだめです」とのこと、押したり引いたりですが、右大将のガードはさすがに硬いようです。

 侍従の「すぐに、そのように…」は、匂宮が浮舟を引き取るとお考えになるその夜は、「すぐに」こちらも準備を整えてご連絡します、ということのようですが、それもノーの返事なので、大夫(時方)は手ぶらでは帰れない気持ちで、一緒に来て申し開きをしてほしいと言うのですが、とてもそんなことができそうにない状況ですから、「才覚ある人」はよほど困ったのでしょう。

ところで、初めの匂宮の「しかるべく言い含めて…」の原文は「あるべきさまに言ひしたためて、すこし心やすかるべき方に」です。この言い方は、彼自身が考えても薫に付いて行くのがこの女の本来あるべき生き方なのだと認めているように聞こえますし、最後の「もっともなことだ」は、それをダメ押ししているように見えます。

また続く「たいそう残念で悔しく」は「いとくちをしくねたく」で、これはいかにも薫と張り合っているという感じの言葉に聞こえて、全体として私たちには、これは純粋な愛によるものではなくて、いかにも意地を張っての横車なのだと言っているように見えるのですが、どうなのでしょうか。

しかし、だからと言って、そのことで匂宮の恋の真実を疑ってはならないのでしょう。思えば、そのように恋の駆け引きにゲーム的に、しかし本気で熱中する中で無数の見事な恋歌を紡いだのが、平安貴族の日常でもあったようなのですから。》

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