源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 浮舟の物語(四)

第四段 母、薫のことを思う

【現代語訳】

「故宮の御事を聞いているらしい」と思うと、

「ますます何とかして人並みな結婚を」とばかり心にかかる。筋ちがいながら、大将殿のご様子や器量が、恋しく面影に現れる。同じく素晴らしい方と拝見したが、宮は問題にもなさらず、念頭にも思ってくださらないで、侮って無理に入り込みなさったのを思うにつけても悔しい。
「この君は、何と言っても言い寄ろうとするお気持ちがありながら、急にはおっしゃらず、平気を装っていらっしゃるのは大したものだ、なにごとにつけても思い出されるのだから、若い娘は、ましてこのようにお思い申し上げていらっしゃるだろう。自分の婿にしようと、このような憎い男を思ったのこそ、見苦しいことだった」などと、ただ気になって、物思いばかりがされて、ああしたらこうしたらと、万事に良い将来の事を思い続けるが、とても実現は難しい。
「高貴なご身分と言い、お振舞いと言い、ご結婚申し上げなさった方はもう一段優れた方であり、どれほどの人であったらお心を止めてくださることだろうか。世間の人のありさまを見たり聞いたりすると、人柄の優劣や卑しさ上品さは身分に従うもので、器量も気立てもそのように決まるものだったのだ。

自分の娘たちを見ても、この姫君に似た者がいようか。少将を、この家の内でまたとない人のように思っているが、宮とお比べ申しては、まったく話にもならないほどに思われたことからも推し量られる。

今上帝の御秘蔵の娘をいただきなさったような方のお目から見れば、とてもとても気が引けて、恥じ入るべきことだよ」と思うと、わけもなく頭がぼうっとなってしまうのだった。

 

《少将が浮舟のことを八の宮の娘と知っていると分かると、北の方は、少将を見返すためにも、また浮舟の面目のためにも、改めて「ますます何とかして人並みな結婚を」させてやらなくては、と強く思いました。

 すると思い浮かぶのは、ほかならぬ薫のことです。「筋ちがいながら」は原文・「あいなう」で、諸注は「大それたことながら」『集成』)、「困ったことに」(『評釈』)など、さまざまに訳します。『辞典』には「はじめは、本来何も関係がない、筋違いである、という意味で使われたが、筋違いで気持ちがよくない、違和感があっていやな感じである、など微妙な感情をこめて使われるようになり、…」とありますから、北の方は、あまりに身分違いで考えても仕方がないと我ながら思うのに、やはりあわよくばと気になって、自分の気持ちをもてあましている、といったところでしょうか。

 匂宮も関心を持ってくれているのだから候補でありうるのですが、やはり、あの「侮って無理に入り込みなさ」るような態度は駄目だ、というのは、当節ならよく分かる考え方ですが、当時としてもそういうプライドが意識されていたというのは、不思議な感じです。少なくとも、源氏が相手にした女性でそんなふうに感じた人は、空蝉にしても朧月夜にしても、なかったのではないでしょうか。

 そういう匂宮は措くとして、薫は、北の方の目にかなって大きな希望ですが、どこをとってもあまりに高貴で、おまけに「ご結婚申し上げなさった方」が今上帝の姫君という大変な方です。やはりすべては出自の違い、と思って見ると、確かに同じ自分の娘の中でも介との間の子供と宮との間のこの浮舟とでは比較にならないし、…。

「いっさいが生まれできまる。と、二条院に出入りして痛感した。…少将は、この家で見れば立派だが、匂宮とは比べものにならない。(同じように)我が姫も、薫の北の方、あの匂宮の御姉妹(今上帝の御秘蔵の娘)と比べて、どうか」(『評釈』)と思うと、あまりにも大それた、絵空事のようにしか思えずとんでもない願いだと思われて「わけもなく頭がぼうっとなってしまうの」でした。》

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第三段 母、左近少将と和歌を贈答す

【現代語訳】

 少将の世話を、常陸介はこの上ないものに思って準備し、

「一緒に、不体裁にも、世話をしてくれない」と恨むのであった。

「とても不愉快で、この人のためにこのような厄介事が起こったのだ」と、この上ない大事な娘がこのようなことになったので、つらく情けなくて、少しも世話をしない。
 あの宮の御前でたいそうみっともなく見えたので、ひどく軽蔑してしまっていたので、

「秘蔵の婿にとお世話申し上げたい」などと思った気持ちも消えてしまっている。

「ここではどのように見えるであろうか。まだ気を許した姿は見えないが」と思って、くつろいでいらっしゃった昼頃、こちらの対に来て、物蔭から覗く。
 白い綾の柔らかい感じの下着に、紅梅色の打ち目なども美しいのを着て、端の方に前栽を見ようとして座っているのは、

どこが劣ろうか。とても美しいようだ」と見える。娘はとてもまだ幼なそうで、無心な様子で添い臥していた。宮の上が並んでいらっしゃったご様子を思い出すと、

「物足りない二人だわ」と見える。
 前にいる御達に何か冗談を言って、くつろいでいるのは、とても見たように見栄えがしなく貧相にも見えないのは、

「あの宮にいたのは、別の少将だったのだ」と思ったとたんに、こう言うではないか。
「兵部卿宮の萩が、やはり格別に美しかったなあ。どのようにしてあのような種ができたのであろうか。同じ萩ながら枝ぶりが実に優美であったよ。先日参上して、お出かけになるところだったので、折ることができずになってしまった。『ことだに惜しき(色が褪せることさえ惜しいのに)』と、宮が口ずさみなさったのを、若い女房たちに見せたならば」と言って、自分でも歌を詠んでいる。
「どんなものかしら。素養のほどを思うと人並みにも思えず、人前に出ては普段より見劣りがしていたのだが。どのように詠むのであろうか」と悪口を言いたくなるが、大して物の分からない様子には、そうはいっても見えないので、どのように詠むかと、試しに、
「 しめゆひし小萩がうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉ぞ

(囲いをしていた小萩の上葉は乱れもしないのに、どうした露で色が変わった下葉な

のでしょう)」
と言うと、気の毒に思われて、
「 宮城野の小萩のもとと知らませばつゆもこころをわかずぞあらまし

(宮城野の小萩と知っていたならば、決して心を分け隔てしなかったでしょうに)
 何とか自分自身で申し開きしたいものです」と言った。

 

《家では、常陸介が、北の方が勝手に出歩いていて、肝心の婿の世話を全くしてくれないことを怒っていました。彼女は、浮舟の今度の事件も、もとはといえば、この少将が介の娘に乗り換えたことから起こったのだという気持ちがあり、さらに「あの宮の御前でたいそう貧相に見えた」こともあって、夫がどれほど言っても、動かないで来たのです。

 「この上ない」が二度出てきますが、原文でもいずれも同じ「またなし」で、この夫婦のちぐはぐさを笑っている感じです。

 北の方は、その不届きでつまらない男が、ここではどんな様子でいるだろうかと、改めて軽蔑してやろうと、こちら(少将のいる西の対)をのぞき見しました。

すると、端近で庭を眺めているその男は、意外にも「どこが劣ろうか。とても美しいようだ」と思われる、いい男でした。もっとも、そこに「添い臥していた」娘との二人の姿は、二条院での匂宮と中の宮の姿を思い出すと、「物足りない(原文・口惜し)」と見えましたが、…。 

それでも、少将自身は、周りの女房に物を言っている様子が、やはりあの時のように貧相には見えません。何か見直す感じで、北の方が、そうか、「あの宮にいたのは、別の少将だったのだ(原文・かの宮なりしは、異少将なりけり)」と思った、ちょうどその時、その少将が「兵部卿宮(匂宮)の萩が…」と、話すのが聞こえたのでした。

とすると、やはりあの場にいたわけで、紛れもなくこの少将だったのだと納得せざるを得ません。

 それも、萩の枝ぶりに感じ入ったというなかなか洒落た話で、おまけにそこで女房たちに歌を披露までしている様子です。

 北の方はじっとしていられなくなりました。我が娘にあのように非道なことをしておき、あの二条院ではあのように這いつくばっていたくせに、何を偉そうに…。

 彼女はその歌がどれほどのものか試してみようと考え、詠み掛けました。私の娘はお前との縁談の前も後も変わりはないのに、お前はどういう料簡で心変わりをしたのかえ。

 少将は答えました。宮様の娘子と知っていれば、あんなことはしませんでしたのに、それを話してくれない仲人が、そしてあなたが悪いのですよ…。

 この少将は、浮舟が「宮城野の小萩」、宮様の子であることを知っているようです。婿入りしてから、この家の女房にでも聞いたのでしょう。彼がそれを知ったときにどう思ったのか、ちょっと興味がありますが、しまったとでも思ったでしょうか。いや、現実的な彼のことですから、落ちぶれた宮様の娘よりも、やはり金持ちの受領の娘の方がいいと思ったような気がします。すると、この返事は、とりあえず歌の上で敬意を払ってみせただけとなります。

「この返歌は、まず合格」と『評釈』は言います。当たり障りなく、さらりと応じた、という点を評価しているのでしょう。》

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第二段 浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す

【現代語訳】

 このような方違えの場所と思って、小さい家を準備していたのであった。三条近辺に、しゃれた家が、まだ造りかけのところなので、これといった設備もできていなかった。
「ああ、あなた一人を十分にお世話できないことよ。思い通りにいかない世の中では、長生きなんかするものではないですね。自分一人なら、何も考えずに、身分もなく人数に入らないで、ただそういうふうに引っ込んで過ごせもしよう。こちらのご親戚筋はひどいとお思い申し上げた方なのに、お近づき申し上げて不都合なことが出てきたら、大変に物笑いなことだろう。つまらないことだ。粗末な家であるけれども、この家を誰にも知らせず、隠れていらっしゃい。そのうち何とかうまくして上げましょう」と言い置いて、自分自身は帰ろうとする。

姫君は泣いて、

「生きているのも肩身の狭い思いだ」と沈んでいらっしゃる様子は、とても気の毒である。

母親は母親で、それ以上に惜しくも残念なので、何の支障もなくて思う通りに縁づけてやりたいと思い、あの体裁の悪き事件によって、人からいかにも軽薄に思われたり言われたりするのが、気になってならないのであった。
 思慮が浅いというのではない人で、やや腹を立てやすくて、気持ちのままに行動するところが少しあったのだった。あの家でも隠して置けたであろうが、そのように引っ込ませておくのを気の毒に思ってこのようにお世話するのだが、今までずっと側を離れず、毎日一緒にいたので、互いに心細く堪え難く思っていた。
 「ここは、まだこうして造作が整っていず、危なっかしい所のようです。用心しなさい。あちこちの部屋にある道具類を、持ち出してお使いなさい。宿直人のことなどを言いつけてありますが、とても気がかりですけれども、あちらに怒られ恨まれるのが、とても困るので」と、泣きながら帰る。

 

《浮舟を連れて帰った北の方は、すぐそのまま、「三条近辺に、しゃれた家」を造りかけていて、そこに住まわせることにしました。三条には六の君もいますし、二条院も、三条に住む薫が中の宮に「朝夕の区別もなくお訪ねできそうに存じられます近さ」と言っていた(早蕨の巻第二章第四段)くらいですから、隠すというにはちょっと近すぎるのではないかという気がしますが、贅沢を言える状況ではないかもしれません。

 「ああ、あなた一人を(原文・あはれこの御身ひとつを)…」は北の方の思いですが、途中、「こちらのご親戚筋(中の宮)は…」あたりから浮舟に語りかける言葉になっていて、ちょっと変な形です。

 ともあれ、北の方は娘をそこに「隠れていらっしゃい」と言い置いて帰ろうとします。

 浮舟は母の言葉に「生きているのも肩身の狭い思いだ」と悲しくなって泣いてしまいました。

 「思慮が浅いというのではない人で、…」と北の方の新しい、以前、少将が鞍替えした時の対応(第二章第一段2節)とはでずいぶん違った、ちょっと思いがけない人柄が、ここで急に出てきます。マイナス評価の部分という感じで、浮舟を二条院からここに移したことは早計だったと言っているように聞こえます。

 母親としては、父のいない子でもあり、逆に自慢の娘でもあるので、匂宮によって傷物にされたような気がして「人からいかにも軽薄に思われたり言われたりする」ことになるとしたら「惜しくも残念なので」、ともかく早く人目からしばらく離しておこうという気持ちでの措置だったのです。

 ここに置いたことで、この後特によくないことがあったというわけでもありませんから、作者としては、二条院のような素晴らしいところから、即断即決、中の宮にも有無を言わさず引き下がらせてきたことについて、もったいないと思う当時の読者に対しての弁明かも知れません。二条院にいたままでは、次の薫の行動が困難になるのですから。

 しかし、連れてはきたものの、「あちら(介)に怒られ恨まれるのが、とても困るので」自分は帰らねばならず、一方で「今までずっと側を離れず、毎日一緒にいたので、お互いに心細く堪え難」い思いです。》

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第一段 乳母の急報に浮舟の母、動転す

【現代語訳】

 乳母は車を頼んで常陸殿邸へ行った。北の方にこれこれでしたと言うと、驚きあわてて、

「女房が怪しからぬことのように言ったり思ったりするだろう。ご本人もどのようにお思いであろう。このようなことでの嫉妬は、高貴な方も変わりないものだ」と、自分の経験からじっとしてしていられなくなって、夕方参上した。
 匂宮がいらっしゃらないので安心して、
「妙に子供じみた娘を置いていただき、安心してお頼み申し上げていましたが、鼬がおりますような気がしますので、ろくでもない家の者たちに、憎まれたり恨まれたりしております」と申し上げる。
「とてもそんなふうに言うような子供ではないと思いますが、心配そうに疑っていらっしゃる『御まかげ』が、気になりますこと」と言って笑っていらっしゃるが、気おくれするようなお目もとを見ると、内心気が咎める。

「どのように思っていらっしゃるだろう」と思うと、何も申し上げることができない。
「こうしてお側に置かせていただけるなら、長年の願いが叶う気持ちがして、誰が漏れ聞きましても体裁よく、晴れがましいことに存じられますが、やはり気兼ねされることでございました。出家の本願は固く守るべきものでございますものを」と言って、泣くのもとても気の毒で、
「こちらでは、どのようなことを不安に思われるでしょうか。どうなるにせよ、よそよそしく見放しているのならともかく、けしからぬ気を起こして困った方が時々いらっしゃるようですが、その性質を誰もが知っているので、気をつけて不都合なお扱いはいたすまいと思うのですが、どのようにお思いなのでしょうか」とおっしゃる。
「まったく、お心隔てがあるとは存じ上げておりません。お恥ずかしいことに認知していただけなかったことは、どうして今さら申し上げましょう。そのことでなくても、お見捨てになるはずのない縁がございますのを、よりどころとしてお頼み申し上げています」などと、並々ならずお頼み申し上げて、
「明日明後日に、固い物忌みがございますので、厳重な所で過ごして、改めて参上させましょう」と申し上げて、連れて行く。

「お気の毒に不本意なことだわ」とお思いになるが、引き止めなさることもできない。思いがけない不祥事に驚き騒いでいたので、ろくろく挨拶も申し上げないで出発した。

 

《乳母が北の方(浮舟の母)のところに注進に走りました。匂宮との顛末を聞いた北の方は、「驚きあわてて」二条邸に参上します。苦情を言いに、ではありません。

院の女房たちは「怪しからぬこと」と思うだろう、「ご本人」(「娘とも考えうるが、娘のことは乳母が報告しているので、(女房たちに)囲まれている中の宮と解する」・『評釈』)は嫉妬しておられることだろう、つまり院に娘の居所が無くなった、と考えたのですが、こういう場合、非難されるのは、男ではなくて女の方のようなのです。

 北の方は、非行をした娘の母のように、恐る恐るといった様子で、中の宮のお気持ちの探りを入れます。「鼬がおりますような」というのは諸説あって定まらないようですので措きますが、ともかく、言っていることは、娘をここにお預けしたことで家のものに非難されているという趣旨のようです。彼女は、娘を引き取るつもりで来ているのです。

 中の宮はそれと察しながら、鷹揚に、何も心配なさることはないと思いますが、と受け流しました。何と言っても、さっき「大将が結婚なさるにも、まったく不都合ではあるまい」(前段)、そうすれば「あの困った懸想心がおありの方が、平穏になって離れて下さる」(第六段)だろうと思ったばかりなのです。「御まかげ」は、先の鼬とともに使われる言葉で、「鼬が人を見るとあやしく思って、目の上に手をかざすこと」(『集成』)だそうです。鼬の「手」とは何かと戸惑いますが、おそらく前足のことなのでしょう。閑話休題。

しかし、北の方の方は疑心暗鬼、その「気おくれするようなお目もとを見ると」、「その笑顔の奥に、どれほどの気持が抑えられているであろうか」(『評釈』)と身の縮む思いです。

 せっかくありがたいお屋敷に置いていただけましたけれども、家の者たちにあのように言われますと、「やはり気兼ねされ」まして、結局は出家させるのが一番かと(第三章第二段)、と泣きながら訴えます。 中の宮は、こちらには、ちょっと変な人はいますが、私はけっしておろそかに思ったりはしていませんから、どうか心配なくと、さらに残ることを勧めます。もっとも、「気をつけて不都合なお扱いはいたすまい」と言っても、さっきの事件の時は、結局何もしなかったわけで、読者としては、どういうことができると言っているのかよく分からない所です。

 北の方は、娘が姉妹に当たるだけでなく、「(彼女自身が)中の君の母北の方の姪に当たる(宿木の巻第七章第四段)」ことを挙げて(『集成』)、その点は信頼はしているものの、「固い物忌みがございますので、厳重な所で過ごして、改めて参上させましょう」と、連れて帰ることについては、頑として聞きません。

 とうとう、挨拶もそこそこに連れて帰ってしまったのでした。》

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