源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 浮舟の物語(一)

第八段 浮舟の縁談、破綻す

【現代語訳】

 北の方は、誰にも知られず準備して、女房たちの衣装を新調させ、飾りつけなどいい趣味ふうになさる。御方にも髪を洗わせ身繕いさせて見ると、少将などという程度の人に結婚させるのも惜しくもったいないようなので、
「お気の毒に。父親に認知していただいてお育ちになったならば、お亡くなりになったけれども、大将殿がおっしゃるようにも、分不相応だがどうして思い立たないことがあろうか。けれども、内々ではこう思っても、世間の評判では常陸介の娘と区別することもなく、また、本当のことを知った人でも、かえって見下すであろうことが悲しい」などと、思い続ける。
「仕方がない。女盛りをお過ぎになるのもつまらない。家柄も悪くなく無難な身分の人が、このように熱心に求婚なさっているようだから」などと、自分の考え一つで決めてしまうのも、仲人がこのような言葉巧みで大変な人だから、女は介以上にだまされたのだろうか。

婚儀が明日明後日と思うと、心が落ち着かず気がせくので、こちらでものんびりとしていられず、そわそわと動き回っていると、常陸介が外から入って来て、長々と、つかえるところもなく話し続けて、
「私を分け隔てして、私の実の娘のお婿殿を横取りしようとなさったのが分不相応なあさはかなことだ。立派そうなあなたの娘を、お求あそばす公達はいらっしゃるまい。身分低くみっともない私めの娘を、かりそめにも求婚なさるようだ。

結構に計画を立てられたが、全然その気がないということで、他家の婿になろうとお考えになってしまうようなので、同じことならと思って、それならお望みのようにとお許し申したのです」などと、おかしなほど無頓着で、相手の気持ちも考えない人で、言いまくっていた。
 北の方は、驚きあきれて口もきけず、しばらく思い沈んでいたが、つらさが後からあとから浮かんで来て、涙もこぼれ落ちそうに思い続けて、そっと立った。

 

《前段から少し日を遡ったころということでしょうか、そういう動きになっているとは夢にも知らない北の方は、いそいそと娘の結婚の準備にいそしんでいます。

 身繕いをさせてみると、宮の血筋を引いただけあってでしょうか、少将にはもったいないような姿に見えてきて、また改めて宿命の拙さに涙がこぼれるのでしたが、婚期が過ぎては元も子もないと、強いて自分に言い聞かせました。

 夫婦ともどもに調子のいい仲人口に騙されているのだと、草子地が入ります。

 前掲「中将の君」(第三章)は「この夫婦は互いに自尊心やひけめがあって、人間的な弱味や善良さが、またただちに思込みによる図々しさや腹立ちにとってかわるのである。けっこう誇らしげな受領夫妻には違いない」と評しますが、それが仲人役の男のつけ入る隙でもあったわけです。

 「婚儀が明日明後日」という日、北の方はいよいよばたばたしているところに夫の介がやって来ました。そして事の次第を、これ見よがしに語ります。どうも、「おかしなほど無頓着で、相手の気持ちも考えない人で」というよりも、もっと意図的に、これまで妻に馬鹿にされていたことへの意趣返しもあってしゃべっているようにも見えますが、「相手の気持ちも考えない人」だと言いますから、案外そういう意図的なところはなくて、単に子供っぽく張り合っているというくらいなのかも知れません。この夫婦はこういうふうにやりあい張り合いながら、それなりに長く続いている夫婦のようです。

 それにしても、話自体はあまりと言えばあまりのことで、北の方は言うべき言葉もなく、悲しみが後から後からこみあげてきていたたまれず、立って行くしかありません。》

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第七段 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える

【現代語訳】

「ただ今のご収入などが少ないことなどは、おっしゃいますな。私が生きている間は、頭上にも戴き申し上げよう。心細く、何を不足とお思いになることがあろう。たとい寿命が尽きて中途でお仕えすることができなくなってしまったとしても、遺産の財宝や所有していている領地など、一つとして他に争う者はいません。
 子供たちは多くいますが、この娘は特別にかわいがっていた者です。ただ誠意をもってお情けをかけてくださいましたら、大臣の地位を手に入れようとお考えになって、世にない財宝を使い尽くそうとなさっても、無い物はございません。
 今上の帝がそのように引き立てなさるというのであれば、ご後見は不安なことはあるまい。この縁談は、あの方のためにも、私の娘のためにも、幸福なことになるかも知れません」と、結構なように言うので、実に嬉しくなって、妹にもこのような話があったとは話さず、あちらにも寄りつかないで、常陸介の言ったことを、

「まことにたいそう結構な話だ」と思って申し上げるので、少将の君は、

「少し田舎者めいている」とお聞きになったが、憎くは思わず、ほほ笑んで聞いていらっしゃった。大臣になるための物資を調達するなどと、あまりに大げさなことだと、耳が止まるのだった。
「ところで、あの北の方には、このようになったことを伝えたか。格別熱心に思い立っておられるだろうので、変えたりするのは、間違った筋の通らないことのように取り沙汰する人もいるだろう。どうだろうか」と躊躇なさっているのを、
「何の。北の方も、あの姫君を、たいそう大切にお世話申し上げていらっしゃるのです。ただ、姉妹の中で最年長で年齢も成人していらっしゃるのを、気の毒に思って、そちらの方へと振り向けて申されたことなのです」と申し上げる。

「今までは、並々ならず大切にお世話していると言っていたのに、急にこのように言うのもどんなものか」と思うが、

「やはり、一度は冷たいと恨まれ、人からも少しは非難されようとも、長い目で見れば頼りになることこそ大切だ」と、実に抜け目ないしっかりした方なので、決心してしまったので、その日まで変えずに、約束した夕方に、お通い始めなさったのだった

 

《無責任な仲人口をまともに受けて、すっかり満足した介は、こちらも負けずに、我が財産のすべてはあなたの自由になるだろう、大盤振る舞いの返事です。

 その財産は、例えばあなたが「大臣の地位を手に入れ」るために使われても、不足はないでしょう。「無い物はございません(原文・なきものはべるまじ)」がよく分かりませんが、「お手に入らないものはございますまい」(『評釈』)というところのようです。

 仲人が言った、帝から直接お声がけをもらったという話を、そのまま本当のこととして信じているようで、こんないい縁談は必ずや双方にとって「幸福なことになる」だろうと、喜んでいます。

 「守(介)も有頂天なら、なこうども有頂天で、飛んで帰る。北の方のところになど、顔出しもしない」(『評釈』)のでした。「妹」とあるのは、姫に仕えていると言っていた彼の妹です。

 報告を聞いて、少将はさすがに冷静に「少し田舎者めいている」と思いますが、黙って言わせておきました。ただ、大臣になる話などを面映ゆく聞きながら、一方ではそれでもまだ北の方や、ひいては世間の思惑を気にしています。

 仲人役は、慌てて、その心配はないと保証しますが、その根拠もまた出まかせです。

 少将は、それを聞いて、どうもこの男のことをそのまま信じることはできないようだと警戒したようで、なお人がどう噂するかと気にかかりますが、しかし、そういう不評が立っても、それも一時のことで、いずれは人は忘れてしまうだろうと、徹底的に実利優先で、自分で腹を決めて、そこからは一気呵成、結婚の日取りまで前の姫の時の日をそのままにして、さっそく通い始めてしまいました。

 「実に抜け目ないしっかりした方(原文・いとまたくかしこき君)」は「少将を揶揄した言い方」(『集成』)で、終わりの「お通い始めなさったのだった(原文・おはしはじめける)」など、この人への敬語は、一貫してやはり揶揄と考えるのがいいのではないでしょうか(第三段)。》

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第五段 常陸介、左近少将に満足す~その2

【現代語訳】

介は、
「まったく、そのようなお便りがございますことは、詳しく存じませんでした。ほんとうに実の娘と同じように世話すべき人ですが、よろしくない娘どもが大勢おりまして、大したことでもないわが身でいろいろと世話しているうちに、母にあたる者も私がこの娘を自分の娘と分け隔てしていると、僻んで言うことがありまして、何とも口出しさせない人のことですので、うすうすそのようにおっしゃっているということは聞きましたが、私を期待してお思いになっていたお心がありましたとは、知りませんでした。
 それは、実に嬉しく存じられることでございます。

たいそうかわいいと思う幼い娘は、大勢の娘たちの中で、この子を命に代えてもよいと思っております。ご所望なさる方々はあっても、今の世の中の人の心は、頼りないと聞いていますので、かえって胸を痛めることになろうかという心配から、決心することもありませんでした。
 何とか安心できるようにしておきたいと、明け暮れ切ない思いでいましたが、少将殿におかれ申し上げましては、亡き大将殿にも若い時からお仕えして参りました。家来として拝見しましたが、たいそう人物が立派なので、お仕え申したいものだとお慕い申し上げて来ましたが、遠国に引き続いて過ごして来ました何年もの間に、お会いするのも恥ずかしく思われまして、参上してお仕えしませんでしたが、このようなお気持ちがございましたのを、返し返すも、仰せの通り差し上げますことはたやすいことですが、今までのお考えに背いたようにわが妻が思いますことが、気がかりに存じられるのです」と、たいそうこまごまと言う。

 

《介の返事は、なかなか理が通っていて、北の方が馬鹿にしているのは当たらないのではないかと思えるほど、立派なものに聞こえます。

 北の方の姫に縁談があるようだということは、うすうす知っていましが、「よろしくない娘どもが大勢おりまして」、そちらにかまけているうちに、北の方がえこ贔屓をすると怒って、その姫については口出しができなくなっていたので、と謙虚に事情を話します。

しかしそれでも、「私を期待してお思いになっていたお心がありましたとは」と喜んで語って、やはりこの点が彼の自尊心をくすぐったようです。

 その上で、残っている娘はひときわ大事な娘なのだと箔をつけておいて、次に「家来として拝見しましたが、たいそう人物が立派なので、…」(諸注、少将のことについて言っているのだとしています)と、少々ごまをすって、お世話になっった「亡き大将殿」の、あの立派だったご令息なら、「仰せの通り差し上げますことはたやすいこと」と請け合いますが、ただ一つ、さすがにそれでは「わが妻が思いますことが、気がかりに存じられるのです」と、まことにもっともな言い分です。

 言っていることもきちんとした話ですが、物言いも大変丁寧で、今目の前にいるのは、仲人役の男なのですが、彼に対しても「そのようなお便りがございます(原文・かかる御消息はべる)」から始まって、ずっと「はべり」の連続です。

やはり、介(正六位下・地下)である彼にとって、四階級上の少将(正五位下・殿上人)という地位はかなりのもので、願ってもない縁談ということなのでしょう。

 終わりの「このようなお気持ちがございましたのを」が、後につながりにくく思われます。原文は、「かかる御こころざしのはべりけるを」で、『評釈』はここで文を切って、「…お気持ちがございましたとは。」としています。その方が分かりやすく思われます。》

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第五段 常陸介、左近少将に満足す~その1

【現代語訳】

 この仲人は、妹がこの西の御方に仕えているのをつてにして、このようなお手紙なども取り次ぎ始めたが、常陸介からは詳しく知られていない者なのであった。ただずかずかと、介の座っている前に出て行って、
「申し上げねばならないことがあります」などと取り次がせる。介は、
「この家に時々出入りしているとは聞くが、前には呼び出したことのない人が、何事を言いにきたのであろうか」と、どこか愛想のない態度であるが、
「左近の少将殿からのお言葉で参りました」と言わせたので、会った。話し出しにくそうな顔をして、近くに座り寄って、
「ここ幾月も、御内儀の御方にお便りを差し上げておられましたところ、お許しがあって、今月のうちにとお約束申し上げなさったことがございましたが、吉日を選んで早くとお考えのところに、ある人が申したことには、
『確かに北の方のお産みになった方ではあるが、常陸介様の御娘さまではいらっしゃらず、良家のご子息がお通いになるには、世間の聞こえも取り入ろうとしているようであろう。受領の婿殿におなりになるこのような公達は、ただ私的な主君のように大切にされて、手の中の玉のように大事にご後見申されることによって、そのような縁組を結びなさる人びともいらっしゃるようですが、やはりその願いは無理なようなので、少しも婿として承知していただけず、劣った扱いでお通いになることは、不都合なことだ』ということを、しきりに悪く申す人びとが大勢ございますようなので、ただ今お困りになっています。
 『初めから、ひとえに羽振りがよく、後見者としてお頼り申すのに十分でいらっしゃるご評判をお選び申して、求婚し始めたのだ。まったく、他人の娘がいらっしゃるということは知らなかったので、最初の希望通りに、まだ幼い娘も大勢いらっしゃるというのをお許しくださったら、たいへんに嬉しい。ご機嫌を伺って来るように』と命じられましたので」と言うと、

 

《話の途中ですが、長くなりますので、ここで切ります。

 仲人役は、これまで自分の妹が「西の御方」(あの姫をさすようです)の侍女だった縁で、話を取り次いでいたようです(それならその妹の立場を思えば、なおさら乱暴な乗り換えの話ですが、そういう現実的な男なのです)。

ともかく少将と約束をしてしまっていますので、介に話をもって行きました。

 介は、初めてやって来た男が、何の話かと仏頂面ですが、「左近少将」の使いと聞いて会うことにしました。

 さすがに男は「話し出しにくそうな顔」でしたが、どうもこれもそういう格好をして見せているだけのようにも思われます。

 それかあらぬか、話し始めると、男は、何の飾ることもなく、まったくざっくばらんに、ただ実際は少将の不満だったところを「大勢」の人の「悪口」というふうに少し潤色して(さすがに少将の品格を落とさないように配慮したのでしょう)、少将は周りから言われて困っているということで、話しました。

 「ただ私的な主君のように大切にされて、…」は、婿に入ったものが父親の介から「私的な主君のように大切にされ」ようとして縁組を求めることはよくあることだが、相手が実の娘でなくてはそれは期待できそうになく、それどころか、他の婿とは一段劣ったあつかいになるだろう、という意味のようです。

 最後に少将の言葉をおおむねそのまま伝えるのですが、これもたいへん率直です。しかし「ひとえに羽振りがよく、後見者としてお頼り申す」は、介のような人の自尊心を間違いなく十分にくすぐるでしょう。》

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第四段 左近少将、常陸介の実娘を所望す

【現代語訳】

 この仲人は人に追従して嫌なところのある性質の人なので、これをとても残念なことと相手方とこちら方と対して思ったので、
「実の介の娘をとお思いならば、まだ若くていらっしゃるが、そのようにお伝え申しましょう。妹にあたる娘を姫君と呼んで、介様は、たいそうかわいがっていらっしゃるそうです」と申し上げる。
「さあね。初めからあのように申し込んでいたことをおいて、別の娘に申し込むのも嫌な気がする。

けれども、自分の願いは、あの介殿が人柄も堂々としてしっかりした人なので、後見人ともしたく、見込むところがあって思い始めたことなのだ。

もっぱら器量や、容姿のすぐれている女を希望するということもない。上品で優美な女を望むなら、簡単に得られよう。しかし、物寂しく不如意でいて風雅を好む人の最後は、みすぼらしい暮らしで、人から人とも思われないのを見ると、少し人から馬鹿にされようとも、平穏に世の中を過ごしたいと願うのだ。

介殿に、このように言っていると話して、それでもと承知する様子があったら、問題なかろう、そうしよう」とおっしゃる。

 

《少将に怒られて困ってしまった仲人役は、これが破談になったら、両方に対して自分の立場がなくなると思って、介の実の娘をお望みなら、「妹に当たる娘」がいますが、そちらと話をつけましょうかと、言い出しました。「妹」は介と北の方の間にできた、この姫の妹に当たる娘です。

 「これをとても残念なことと…」は、破談自体を残念がるのではなくて、それによって自分が双方と関係がなくなるのを残念と思った、ということでしょう。

 それなら代わりに、実の娘を取り持ちましょうと、あっさり言い出すというのも、ずいぶん乱暴な話で、初め、「相手方とこちら方(原文・こなたかなた)に対して」残念というのは少将と北の方に対して、であったはずですが、北の方の方は無視されてしまっていることになります。彼にしてみれば、それによって介と関係ができればその方がいいとでも考えていそうです。

 少将も、さすがに初めは一瞬、まずいのではないかと思ったようで、「さあね(原文・いでや)」、と切り出しますが、話しているうちに、だんだん考えがまとまっていくといった様子で、自分の本来の、きわめて現実的(打算的)な願いを思い出してみると、「問題なかろう、そうしよう(原文・何かは、さも)」となってしまいました。

 それにしても、娘の容姿よりも親が後ろ盾になるかどうかの方が大事とこうあっさりと割り切っているあたり、またその功利的な乗り換えることで後に世間から批判を受けるかもしれないことを「問題ない」と切り捨てて本音で語るあたり、みえみえの「追従」をする仲人とともに、これまでこの物語ではまったく見なかった、新しいタイプの人間像の登場です。》

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