源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻五十 東屋

第九段 薫と浮舟、琴を調べて語らう

【現代語訳】

 ここにあった琴や、箏の琴を召し出して、

「このような事は、またいっそうできないだろう」と残念なので、独りで奏でて、
「宮がお亡くなりになって以後、ここでこのような物に、ずいぶん久しく手を触れなかった」と珍しく自分ながら思われて、たいそう大事そうに弄びながら物思いに耽っていらっしゃると、月が出た。
「宮のお琴の音色が仰々しくはなくて、とても美しくしみじみとお弾きになったなあ」とお思い出しになって、  

「昔、皆が生きていらっしゃった時に、ここで大きくおなりになっていたら、もっと感慨は深いでしょうに。親王のご様子は、他人の私でさえ、しみじみと恋しく思い出され申します。どうして、そのような場所に長年おられたのですか」とおっしゃると、とても恥ずかしくて、白い扇を弄びながら、物に寄り臥していらっしゃる横顔は、とてもどこまでも色白で、優美な額髪の間などは、まことによく思い出されて感慨深い。いっそう、

「このようなこともふさわしく教えたい」とお思いになって、
「これは、少しお弾きになったことがありますか。『ああ、吾が妻』という和琴は、それでも弾き慣れていらっしゃったでしょう」などとお尋ねになる。
その和歌でさえ、不似合いに育ちましたのにましてこれは」と言う。まったく見苦しく気がきかないようには見えない。ここに置いて、思い通りに通って来られないことをお思いになるのが、今からつらいのは、並一通りにはお思いでないのだろう。

琴は押しやって、「楚王の台の上の夜の琴の声」と朗誦なさるのも、あの弓を引くばかりの所に住み馴れて、

「とても素晴らしく、申し分ない」と、侍従も聞いているのであった。

一方では、扇の色も心を配らねばならない閨の故事を知らないので、一途にお誉め申し上げているのは、心得がないことである。

「事もあろうに、変な詩句を口にしてしまったなあ」とお思いになる。
 尼君のもとから、果物を差し上げた。箱の蓋に、紅葉や蔦などを折り敷いて、風流にとりまぜて、敷いてある紙に、不器用に書いてあるものが明るい月の光にふと見えたので、目を止めなさったので、果物を欲しがっているように見えた。
「 やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおぼえて澄める月かな

(宿木は色が変わってしまった秋ですが、昔が思い出される澄んだ月ですこと)」
と古風に書いてあるのを、きまり悪くもしみじみともお思いになって、
「 里の名もむかしながらに見し人のおもがはりせるねやの月かげ

(里の名も私も宇治(憂し)という昔のままですが、昔の人が面変わりしたかと思わ

れる閨の月の光です)」
 特に返歌というわけではなくおっしゃったのを、侍従が伝えたとか。

 

《薫は浮舟と二人のいい時間を過ごしたく思って、「ここにあった琴や、箏の琴を召し出し」ました。いずれも八の宮の残した名品です。相手が大君であれば、これを一緒に奏でて、宮の思い出も語りながら、どれほど豊かでしめやかな時が得られたことでしょう。しかし浮舟にその素養は望むべくもなく、薫は初めから聞きもしないで、独りで奏でて、独りで感慨にふけります。折よく月が出ましたが、それを二人で眺めることもなしに、「ここで大きくおなりになっていたら」と、あらぬことを話しかけます。

 どうして東国などにそだったのか、と尋ねられて、浮舟は恥ずかしさに返事に窮します。その横顔はこの上なくと言えるほど美しく、大君に似てもいるのですが、和琴くらいはと尋ねても「その和歌(『ああ、吾が妻(原文・あはれわがつま)』・和琴を「あづま琴」というので、薫はそういう言い方をしたようです)でさえ、不似合いに育ちましたのに」という返事で、会話が全く続かないという案配です。

薫は仕方なく「琴は押しやって」詩を吟じます。その詩句の前の句は「班女が閨の中の秋の扇の色」で、さっき自分が琴を弾き、浮舟が「白い扇を弄」んでいたことから、思い浮かんだものです。

しかし実は、美しい「白い扇」は、夏には大事にされながら、秋には忘れられると、「寵の衰えを嘆く詩」(『怨歌行』)に歌われたもので、この場には決して相応しいものではなかったのでした。それを薫は思わず口にしてしまったのでしたが、それに気づくものは誰もおらず、みな「一途にお誉め申し上げてい」て、薫一人が胸のうちで「変な詩句を口にしてしまったなあ」と思うばかりです。

薫は浮舟に大君の姿を追い求めているのですが、顔立ちこそ似ているものの、その内面に大君に通う何ものもなく、どうやら作者は、薫と浮舟の間に超えられないような深い溝があるのだと言いたいようです。

弁の尼がかろうじて場を取り結びます。出された果物の間に添えられた弁の歌を覗き込む薫を、「果物を欲しがっているように見えた」と諧謔を添えておいて、ちょうど一年前の訪れに浮舟の話をした時(宿木の巻第七章第四段)とお気持ちは少しも変わらないでいらっしゃるのですね、と、その歌を紹介します。「月」は薫、「やどり木」は宇治の地、あるいは弁自身ということでしょうか。もっとも『集成』は「上の句、大君から浮舟に変わったことを暗に言」う、とします。

薫は、世を「憂し」と思っている私は昔のままだが、「閨の月の光」に見る人は、別の人であることだと、ひとりつぶやくばかりだったのでした。

どうも、幼くして都から東国に下り、はるばると上京しても、三条の隠れ家に追われ、今またさらわれるように宇治にやって来たのでしたが、ここも浮舟にとって、安住の地とも行かないようで、次から改めて彼女の物語が始まります。》

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第八段 薫、浮舟の今後を思案す

【現代語訳】

女の装束などは、色とりどりに美しくと思って襲ね着していたが、少し田舎じみたところが混じっていて、故人がとても着慣らして柔らかくなったお召し物のお姿で、上品に優美であったことばかりが思い出されて、
「髪の裾の美しさなどは、よく揃って上品だ。二の宮の御髪のたいそう素晴らしいのにも劣らないようだ」と御覧になる。

一方では、
「この人をどのように扱ってやるのがよいのだろう。今すぐに、重々しくあの自邸に迎え入れるのも、外聞がよくないだろう。そうかといって、大勢いる女房と同列にして、いい加減に暮らさせるのは望ましくないだろう。しばらくの間は、ここに隠しておこう」と思うけれども、会わなかったら寂しくかわいそうな気がなさるので、並々ならず一日中お話なさる。

故宮の御事もお話し出して、昔話を興趣深くこまごまと、冗談もおっしゃるが、ただとても遠慮深そうにして、ひたすら恥ずかしがっているのを、物足りないとお思いになる。
「間違っても、このように頼りないのはとてもよい。教えながら世話をしよう。田舎風のしゃれ気があって、品が悪く、軽はずみだったならば、身代わりにならなかったろうに」と思い直しなさる。

 

《改めて向き合ってみると、衣装もそれなりに気を配って合わせ着してはいるようですが、どうも少々田舎くさく、またしても大君の着こなしの見事さが偲ばれますが、まあ、髪の美しさは女二宮にも引けを取らないようだと、なにやら辻褄を合わせて収めた感じです。

 一方で、さて、この浮舟の処遇についてどうしたものかと、今ここに至っての思案のようですが、これまで、長く続いた宇治との交際の中での幾度もの贈り物にしても、匂宮を宇治に通わせる手はずを整えることについても、その他、さまざまに日頃見事に発揮されてきた彼の事務処理能力を思うと、大変意外な気がします。

振り返ってみると、宇治で弁に、京に上って浮舟を口説いてほしいと頼み込んでから、いったい彼は何をしていたのでしょうか。ことが計画的に運ばれた割には、収めどころが抜けているなどは、まったく彼らしくありません。

ともあれやり方は三択のようで、「しばらくの間は、ここに隠しておこう」と考えます。ここに置いておけば心配はなく、しかも少々遠いとは言え、自由に逢うことができる場所です。「外聞がよくないだろう」は、「女二の宮に憚る気持ち」(『集成』)と言います。

そう腹が決まると、話をして相手をしますが、どうも反応が今一つで、またしても「物足りない」と、大君を思ってしまいます。

それも、まあ、「間違っても」(同じ悪いにしても、というほどの意味でしょうか)品悪くはねっかえりであるよりも、「頼りない」方がまだ陶冶性があるだけいいだろうと、ここでも自分の気持ちに折り合いをつけたような感じです。

それにしても、ここまで、源氏が藤壺に似ているということで紫の上を連れ去ったのとそっくりの展開ですが、どうも双方ともにレベルの違いがありそうで、大丈夫だろうかと気になります。》

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第七段 宇治に到着、薫、京に手紙を書く

【現代語訳】

 宇治にお着きになって、
「ああ、亡き方の魂がとどまって御覧になっていようか。誰のために、このようにあてもなくさまよい歩くというのでもないのに」と思い続けられなさって、降りてからは少し気をきかせて、側を立ち去りなさった

女君は、母君のお思いになることなど思ってとても悲しく気になるが、優雅な態度で、愛情深くしみじみとお話なさるので、気を取り直して降りた。
 尼君は、わざと降りないで、車を渡殿の方に寄せたのを、

「わざわざ気をつかうべき住まいでもないのに、心づかいが過ぎる」と御覧になる。

御荘園から、いつものように人びとが騒がしいほど参集する。女のお食事は尼君の方から差し上げる。道中は草木が茂っていたが、こちらの様子はたいそうすっきりとしている。
 川の様子も山の景色も、上手に取り入れた建物の造りを眺めやって、日頃の鬱陶しい思いが慰められた気がするが、

「どのようになさるおつもりか」と、不安で心配な感じがする。
 殿は、京にお手紙をお書きになる。
「まだ完成しない仏像のお飾りなどを拝見していまして、今日が吉日なので急いで参りまして、気分が好くないうえに、物忌であったのを思い出しまして、今日明日はこちらで慎んでおります」などと、母宮にも姫宮にも申し上げなさる。

 くつろいでいらっしゃるご様子で、いま一段と風情のある様子で入っていらっしゃったのも恥ずかしい気がするが、身を隠すわけにもいかず座っていらっしゃった。

 

《宇治に着きましたが、薫は相変わらず大君のことを偲んでいます。

「(車から)降りてからは少し気をきかせて、側を立ち去りなさった」についても、『評釈』が、「浮舟を休息させるため気をきかして、という説もあるが(ちなみに『集成』はそう注しています)、『大君のなき玉(魂)やとまりて見給ふらんと思出るゆゑ』という説がおもしろい」と言います。大君の魂に、浮舟と二人でいるところを見られたくないという気持ちからということのようで、確かに面白く思われますし、浮舟の扱いについて一貫してくるように思われます。

 浮舟はまだ心が定まらないでいるようですが、薫の優しい態度に誘われるように、ともかくも車を降ります。

 弁は、わざわざ「車を渡殿の方に寄せ」させました。つまり浮舟を女主人として扱い、自分は同じ正面から家に入るのではなく、脇の入り口から入るように降りたということのようです。ここでは『集成』が次の「心づかいが過ぎる」について、「ほんのしばらくの仮住居だから、浮舟を女主人として扱う必要はない、といった気持ち」と言います。

 こうして読んでくると、どうも薫は浮舟を一段下の階級と見下していて、まったく大君の仮の身代わりに過ぎない扱いをしているように見えます。穿って考えると、彼が普段とは違った昨夜来のこうした大胆な行動をすることができたのも、一段下と思う者に対してだからであったのではないか、という疑いが起こりますが、どうなのでしょうか。

 浮舟の方は、もちろんそんなことは思いもしないで、食事は弁が自ら世話をし、「川の様子も山の景色も、上手に取り入れた建物」に迎えられて、すっかり満足しています。ただ、これからどうなるのだろうという気がかりはありますが。

 薫は京の人々に宇治での滞在を知らせる手紙を送っておいて、浮舟のところに帰って来ました。必要な措置をてきぱきと片付けて、自信に満ち、かつくつろいでいる薫の姿は、浮舟にはまぶしいほどに感じられます。》

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第六段 薫と浮舟の宇治への道行き

【現代語訳】

「近い所にか」と思うと、宇治へいらっしゃるのだった。牛なども取り替える準備をなさっていた。加茂の河原を過ぎ、法性寺の付近をお通りになるころに、夜はすっかり明けた。
 若い女房は、ほんのちょっと拝見して、お誉め申して、無性にお慕い申し上げるので、世間を憚る気にもならない。女君はとても驚いて、何も考えられずうつ伏しているのを、
大きな石のある道は、つらいものだ」と言って、抱いていらっしゃった。

薄物の細長を車の中に垂れて仕切っていたので、明るく照らし出した朝日の光に、尼君はとても恥ずかしく思われるにつけて、

「故姫君のお供をして、このように拝見したかったものだ。長生きすると、思いもかけないことにあうものだ」と悲しく思われて、抑えようとするがつい顔がゆがんで泣くのを、侍従はとても憎らしく、

「ご結婚早々に尼姿で乗り添っているだけでも不吉に思うのに、何で、こうしてめそめそするのか」と、憎らしく愚かしいとも思う。年老いた人は何でもないことに涙もろいものだ、と簡単に考えるのであった。
 君も、目の前の女を愛しく思わぬではないが、空の様子につけても昔の恋しさがつのって、山深く入って行くにしたがって、霧が立ち渡ってくる気がなさる。物思いに耽って寄り掛かっていらっしゃる袖が、重なりながら長々と外に出ているのが川霧に濡れて、お召し物の紅色にお直衣の花が大変に色変わりしているのを急坂の下る所で見つけて、引き入れなさる
「 形見ぞと見るにつけては朝霧のところせきまで濡るる袖かな

(姫君の形見だと思って見るにつけ、朝露がしとどに置くように涙に濡れることだ)」
と、ついうっかり独り言をおっしゃるのを聞いて、ますます袖をしぼるほどに尼君の袖も泣き濡れているのを、若い女房は、

「おかしな見苦しいことだ」と嬉しいはずの道中に、とてもやっかいな事が加わった気持ちがする。堪えきれない鼻水をすする音をお聞きになって、自分もこっそりと鼻をかんで、

「どのように思っているだろうか」と気の毒なので、
「長年、この道をいく度も行き来したことを思うと、何となく感慨無量な気持ちがします。少し起き上がって、この山の景色を御覧なさい。とてもふさぎこんでいますね」と、無理にお起こしになると、いい感じに顔を扇で隠して、恥ずかしそうに外を見い出しなさっている目もとなどは、とてもよく似て思い出されるが、おだやかであまりにおっとりとし過ぎているのが、頼りない気がする。

「とてもたいそう子供っぽかったが、思慮深くいらっしゃったな」と、やはり癒されない悲しみは、空しい大空いっぱいにもなってしまいそうである。

 

《弁の尼にお前がいなければ、と言ったのですから、読者は宇治と察しがつきますが、弁にしてみれば、よもやそんな遠くにはと思っていたのでしょうか、予想外だったようです。

 若い女房(侍従)は、一目で薫にうっとりしてしまって、うきうきしています。

 その薫は、思いもかけない展開に「何も考えられずうつ伏している」浮舟をしっかり抱き寄せています。そうするにも、「大きな石のある道は、つらいものだ」という理由をつけなくてはならないところが、生真面目な薫らしいのですが、そういう優しさも、またあっていい形です。

 弁の尼の方は、その二人の前で、「薄物の細長(貴婦人の上着)」を掛けて仕切られただけの室内では不吉な尼姿をさらすことになって、いたたまれない気持ちで、せめて相手が浮舟ではなく大君のこうした場面であったらと、涙顔ですが、それをまた、侍従は、薫と大君とのいきさつなど知る由もありませんから、この年寄りはただうろたえて泣いるのだと思って馬鹿にしています。

 と、ここまでのことを語っておいて、薫は、まだ浮舟よりも大君に心を残している、と言います。

薫は、宇治への見慣れた風景に包まれるにしたがって、「昔の恋しさがつのって」大君の印象が濃く浮かび上がってきます。「霧が立ち渡ってくる」というのは、彼の心の風景であるとともに、実景でもあって、その霧に袖がすっかり濡れていたと言いますが、霧のせいだけではないわけです。その袖に気づいて、「引き入れなさ」ったのは、彼がふと我に返ったことを言っているのでしょう。

しかしその時口をついて出たのは、浮舟が大君の「人形」に過ぎないのだと分かる歌だったのでした。薫の大君を思う気持ちに、弁の嘆きはいっそう深まります。

侍従には何のことかまるで分からず、ただ、何やら面倒なことになっているようだと思うばかりです。

薫は浮舟の気持ちを慮って、とりなすように、外の景色はいかがかと促します。この人は何も気づかないふうに、言われるまま体を起こして外を見るのですが、その横顔は大君に似てはいるものの、あまりに素直なだけで物足りず、またしても大君を偲ぶ思いになってしまいます。》

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第五段 薫と浮舟、宇治へ出発

【現代語訳】

 まもなく夜が明けてしまう気がするのに、鶏などは鳴かないで、大路に近い所で間のびした声で、何と言っているのか聞いたことのない物売りの呼び上げる声がして、連れ立って行くのなどが聞こえる。このような朝ぼらけに見ると、品物を頭の上に乗せている姿が、「鬼のような恰好だ」とお聞きになっているのも、このような蓬生の宿でごろ寝をした経験もおありでないので、興味深くもあった。
 宿直人も門を開けて出る音がする。それぞれ中に入って横になる音などをお聞きになって、人を呼んで、車を妻戸に寄せさせなさる。抱き上げてお乗せになった。誰も彼もが、とんでもない、あまりに急なことだとあわてて、
「九月でもありますのに。情けないことです。どういうことでしょう」と嘆くと、尼君も、とてもお気の毒で予期しないことだったことだったが、
「いずれ何かお考えのことがあるのでしょう。不安にお思いなさいますな。九月は、明日が節分だと聞きました」と言って慰める。今日は、十三日であった。尼君は、
「今回は、お供できません。宮の上が、お聞きになることもありましょうから、こっそりと行き来いたしますのも、まことに具合が悪うございます」と申し上げるが、早々にこの事をお聞かせ申し上げるのも、恥ずかしく思われなさって、
「それは、後からお話し申し上げも済むでしょう。あちらでも案内する人がいなくては、頼りない所だから」とお責めになる。
「誰か一人、お供しなさい」とおっしゃると、この君に付き添っている侍従と乗った。乳母や尼君の供をして来た童女などはとり残されて、まったく何が何やら分からぬ気持ちでいた。

 

《一夜が明けました。「鶏などは鳴かないで」は「暁の鶏の声に別れを惜しむのが、歌にもよく詠まれた情景。ここは、そんな鶏の声もせず」(『集成』)情趣がない、といっているようです。それどころか下賤の物売りの声が聞こえて、薫はその姿を、いつか誰かが鬼のようだと言っていた、と思いながら思い描くと、物珍しく、何やら別世界にいるような気がします。源氏が夕顔と過ごした十五夜の家(夕顔の巻第四章第二段2節)が思い出されます。

 夜回りの者たちが役目を終えて、それぞれに引き上げました。こうして「男がいなくなるのを待っ」て(『評釈』)、薫は、またしてもこれまでの彼らしくない大胆な行動に出ます。「車を妻戸に寄せさせなさる。抱き上げてお乗せになった」という畳みかけた言い方が、その意外性をさりげなく表現します。これも源氏が紫の上を連れ去ったとき(若紫の巻第三章第三段1節)のことを思い出させる行動です。

 「九月でもありますのに」は、九月は季の果て(秋の終わり)で結婚には不吉とされていたようで、それを理由に何とか引き留めようという口実ですが、弁が、自分でも驚きながらも、「九月は、明日が節分」だから、今日はまだ九月ではないと、現代ではわからなくなったらしい(『評釈』)理由を挙げて乳母をなだめました。

 その一方で、自分は薫に同行できないと言います。二条院の中の宮にお伝えしなければならないので…。

 しかし薫はここでもいつになく強引です。連絡は後ですればいい、お前がいないと行った先で困る(行く先がどこか、これで分かります)、一人供を、ということで、ずっと浮舟についていた侍従が乗り込み、四人を乗せて車は動き出してしまいました。

 薫としては予定の行動だったのでしょう。先に弁を露払いのように行かせて話し合いの場を作っておいて、その場にみずから乗り込んで来て、そのまま連れ去るというのは、有無を言わさぬやりかたで、いささか狡いとはいえ、なかなかうまいと言えます。

 後には、乳母を始めとする一同が残されて、急転直下の成り行きに、あっけにとられています。》

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