源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章中の宮の物語(二)

第三段 匂宮、六の君に後朝の文を書く~その2

【現代語訳】2

寝起きのご容貌がたいそうすばらしく見栄えがする様子でお入りになったので、臥せっているのもいけないと、少し起き上がっていらっしゃると、ちょっと赤くおなりになった顔の美しさなどが、今朝は特にいつもより格別に美しさが増してお見えになるので、思わず涙ぐまれて暫くの間お見つめ申し上げなさると、恥ずかしくお思いになってうつ伏しなさる、その髪のかかり具合や生え際などが、やはりまたとなく美しい。
 宮も何となくきまりが悪いので、心の籠った言葉などはすぐには口におできになれない照れ隠しであろうか、
「どうしてこういつも苦しそうなご様子なのでしょう。暑いころのゆえとかおっしゃっていたので、早く涼しい時期にと待っていたのに、なおすっきりしないのは、困ったことですね。いろいろとさせていたこともなぜか効果がない気がする。そうはいっても、修法はまた延長するのがよいだろう。効験のある僧はいないだろうか。何某僧都を、夜居に伺候させればよかった」など、といったような実際的なことをおっしゃるので、こんなことにも調子のよいのは嫌な気がなさるが、全然お返事申し上げないのもいつもと違うことになるので、
「昔も、人と違った様子で、このようなことはありましたが、自然と好くなったものです」 とおっしゃるので、
「とてもよくまあ、さっぱりしたものですね」とにっこりして、

「やさしくかわいらしい点ではこの人に並ぶ者はいない」とは思いながら、やはりまた、早く逢いたい方への焦りの気持ちもお加わりになっているのは、ご愛情も並々ではないのであろうよ。

 

《夕霧邸の六の君のところから帰って来てひと眠りした匂宮が、「たいそうすばらしく見栄えがする様子で」、中の宮のところにやってきました。

中の宮は起き上がって迎えます。「臥せっているのもいけないと」というのが大切なところで、本当は焼きもちを焼いて嫌がらせに知らん顔をしていたいような気持だけれども、しかし、と自制して迎えるあたり、以前宇治で、長い間遠の末の訪れてきた匂宮を、言葉は交わしながら部屋には入れなかった(総角の巻第七章第六段)のと対照的な振る舞いですが、それぞれにこの人の賢明さが思われます。

もちろんここの場合、そうせざるを得ない弱い立場になったからだと考えることもできますが、先に引いたことのある「一般にこの物語の女性たちには、こうした場合に功利的に、または現実的に対応する態度をとら」ない(『講座』所収・大君の死)という見方はここでも妥当するように思われ、彼女は、妻のあるべき姿としてこのように振舞っているのだと考える方が、後の匂宮の反応も自然に受け止められます。

 「宮も、何となくきまりが悪いので心の籠った言葉などはすぐには口におできになれない」というのは、そういう中の宮に気圧されるような気持ちと言えないでしょうか。

 匂宮はなんとかその場を取り繕おうと、中の宮の気を引くように実際的な気遣いを示すのですが、中の宮はそれをさらりと受け流して、新しい事態を気にするそぶりを見せません。

ところで、冒頭の「寝起き(原文・寝くたれ)のご容貌がたいそうすばらしく見栄えがする」というようなことがあるのだろうかと、ちょっと気になりました。そこでネットを見てみると「夕霧の寝くたれ顔」(山口正代著)というレポートがあって、『源氏物語』に登場する「寝くたれ顔」の四相がつづられています。もっとも、残念ながらここでの私の疑問の参考にはなりませんでしたが、やはり気に留められる人があるところなのだと、ちょっと安心しました。にわかには理解しにくい美意識ですが、普段きちんとした人がたまにしどけない様子であるのも色っぽい、というようなところでしょうか。

また、中の宮の「ちょっと赤くおなりになった顔」を、『集成』が「昨夜泣き明かした名残りであろう」と言いますが、それで「いつもより格別に美しさが増して」というのは無理があるような気がします。寝起きで赤らんでいるのだと考える方が、色っぽくもあって、いいと思うのですが…。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第三段 匂宮、六の君に後朝の文を書く~その1

【現代語訳】1

 宮は、たいそうお気の毒にお思いになりながら、派手好きなご性格は、何とか立派な婿殿として期待されようと気を張って、何ともいえず素晴らしい香をたきしめなさったご様子は、申し分がない。

お待ち申し上げていらっしゃるところの様子も、まことに素晴らしかった。身体つきは、小柄で華奢などといったふうではなく、ちょうどよいほどに成人していらっしゃるのを、
「どうだろうか。もったいぶって気が強くて、気立ても柔らかいところがなく、高慢な感じであろうか。そんなことだったりしたら、嫌な感じがするだろう」などとお思いになるが、そのようなご様子ではなかったのであろうか、ご愛着はいい加減になどお思いにならなかったのだった。

秋の夜だが、更けてから行かれたからであろうか、まもなく明けてしまった。
 お帰りになっても、対の屋へはすぐにはお渡りなることができず、しばらくお寝みになって、起きてからお手紙をお書きになる。
「ご機嫌が悪くはないようだわ」と御前の人びとがつつき合う。
「対の御方こそお気の毒だこと。どんなに大きなご愛情であっても、自然と引け目を感じてしまうことがきっとあるでしょう」などと、平気でいられず、みな親しくお仕えしている人びとなので、穏やかならず言う者もいて、総じてやはり妬ましいことなのであった。

「お返事も、こちらで」とお思いになったが、

「夜の間の気がかりも、いつもの夜がれと違ってどうかと」と、気にかかるので、急いでお渡りになる。

 

《六の君との婚儀の夜、宮は、どんな女性だろうと半ば案じながら対面したのでしたが、その様子は「秋の夜だが、…まもなく明けてしまった」と間接的に、その不安があっさりと打ち消されたことが、何とも思わせぶりに語られます。

 そして帰って朝寝の後、後朝の手紙を送っておいて、それでもなお、六の宮からの返事を待たないで、「急いで(中の宮のところに)お渡りにな」りました。彼としての中の宮への精一杯の誠意で、侍女たちの心配はそれとして、この人の「派手好きなご性格」の半面の誠実さが現れています。

しかし、ここでは何と言っても、匂宮が「何とか立派な婿殿として期待されようと気を張って(原文・いかでめでたきさまに待ち思はれむ)」と思ったというのが、大きなポイントだと思います。 

もちろんそれは普通の人なら当然の気持ちですが、この人はそういう気遣いをするような人ではなくて、父帝が宮中住まいを求めても意に介せずに里住みを通し(匂兵部卿の巻頭)、「ご自分のお気持ちから生じたのではない結婚などは、おもしろくなくお思い」(同第二段)であったという人であり、またこの結婚は花嫁側が「(匂宮にとっては)たいしてお気に入りでもない結婚」だと思うくらいのものであるのですから、もう少し自由人的な闊達な振る舞いがほしいところだと思うのですが、これではいささか軽い感じで、結局はいい家のいい子に過ぎないのではないかという疑いを免れません。

源氏には、このように他人の慮りを忖度して自分を飾ろうとするようなことはなく、例えばこういう時彼ならもっと誇り高く、あるいはうぬぼれ強く、自分の行動は当然「立派な婿殿として期待され」ることになるに違いないと思って振舞ったことでしょう。葵上との間はうまくいかなかったのですが、それでもこの匂宮のような気持ちであの三条邸に行ったことなど決して無かったに違いありません。

やはり源氏は偉大だったということのようです。

途中、女房の言う「どんなに大きなご愛情であっても…」は、以前あった「浮気なお心癖」(第一章第五段)のことを言っているのであって、たとえ匂宮の愛情があまねく天下に行き渡る太陽の光のようなもので、六の君に愛情が注がれるからと言って、中の宮への愛情がその分少なくなるというわけではないにしても、中の宮としては負けたような気がするだろう」という意味でしょう。彼女たちも、いわば「帝王の愛情」とでもいうべきもの(同)を想定しながら、その時の当該の女性の悲しみもまた理解しているようです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 中の宮の不安な心境~その2

【現代語訳】2

松風が吹いて来る音も、荒々しかった山下ろしに思い比べるととてものんびりとやさしく、感じのよいお住まいであるが、今夜はそのようには思われず、椎の葉の音には劣った感じがする。
「 山里の松の蔭にもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき

(山里の松の蔭でもこれほどに身にこたえる秋の風は経験しなかったことだ)」
 昔のことを忘れたのであろうか。
 老女連中などは、
「もうお入りなさいませ。月を見ることは忌むと言いますのに。あきれてまあ、ちょっとした果物でさえお見向きもなさらないので、どのようにおなりあそばすのでしょう。ああ、見苦しいこと。不吉にも思い出されることがございますが、まことに困ったこと」と溜息をついて、
「いえね、今度の事ですよ。いくらなんでもこのままいい加減なお扱いで終わることはなされますまい。そうは言っても、もともと深い愛情で結ばれた仲は、すっかり切れてしまうものでございません」などと言い合っているのも、あれこれと聞きにくくて、

「今はもう、どのようにも口に出して言ってほしくない、ただ黙って見ていよう」とお思いになるのは、人には言わせまい、自分独りお恨み申そうというのであろうか。

「いえね、中納言殿が、あれほど親身なご親切でしたのに」などと、その当時からの女房たちは言い合って、

「人のご運命のうまくいかないこと」と言い合っていた。

 

《冷たい月の光の下で悲しみに暮れている中の宮に、松の枝を吹きすぎる風の音が、その心をさらに掻き立てます。このトラブルが起こるまでは、その松風も、宇治の山里の「山下ろし」に比べれば、ずいぶんと快いものとして聞いていたのですが、今日は、無性にあの宇治の「椎の葉の音」(椎本の巻第四章第五段)が恋しく懐かしく思われるのでした。

 まったく共感できる、中の宮の悲しみであるように思うのですが、ここで作者は思いがけず「昔の(つらかった)ことを忘れたのであろうか」と冷たく突き放している感じです。このことについては、『講座』所収「幸い人中の君」(原岡文子著)が興味深い見解を提出していますが、ここではしばらく措いて、もう少し後(第五段)で触れたいと思います。

 そういう中の宮を、女房たちは無情にも、いや、彼女たちとしては中の宮を思ってのことなのですが、部屋に入らせようとします。そしてその一方で、匂宮と薫についての週刊誌的な取りざたです。

 匂宮様は六の君を迎えたからと言って、これまでのお気持ちをすっかりお変えになることなど決してない、というわが身を思っての希望的観測(ということは、逆にこの度の婚儀に自分たちの不安を持っているということであるわけですが)があり、また、こんな心配をするくらいなら、言わぬことではない、むしろ薫様をおすがりすべきだったのだ、といった、女性特有の取り返しようのない繰り言など、…。

 そしてここでもまた、「自分独りお恨み申そうというのであろうか」という、真意の測りかねる作者(語り手)の言葉が入り込みます。》

第二段 中の宮の不安な心境~その1

【現代語訳】1

「幼いころから心細く悲しい身の上の姉妹で、世の中に執着をお持ちの様子でなかった父宮お一方をお頼り申し上げて、あのような山里に何年も過ごしてきたが、いつも所在ない寂しい生活ではあったけれども、とてもこのように心にしみてこの世が嫌なものだと思わなかったのに、引き続いて思いがけない肉親の死に遭って悲しんだ時は、この世にまた生き遺って片時も生き続けようとは思えず、悲しく恋しいことの例はあるまいと思ったところを、命長く今まで生き永らえてみると、皆が思っていたほどよりは人並みになったような有様が長く続くこととは思わないが、一緒にいる限りは憎めないご愛情やお扱いであるので、だんだんと悩むことが薄らいできていたのに、この度の身のつらさは、言いようもなく、おしまいだと思われることであった。
 跡形もなくすっかりお亡くなりになってしまった方々よりは、いくらなんでも宮とは時々でも何でお会いできないことがあるだろうかと思うべきなのだが、今夜このように見捨ててお出かけになるつらさは、後先考えられなくなって心細く悲しいのが、自分の心ながらも晴らしようもなく、情けなくもあることだ。自然と生き永らえていればまた」などと気持ちを慰めるようなことを思うと、さらに「姨捨山の(いっそう悲しい思いを募らせる)」月が澄み昇って、夜が更けて行くにつれて千々に心が乱れなさる。

 

《さっきまで二人でいた月の光の中で、今は一人になって、中の宮は涙ながらに我が身の上を振り返ります。普通に訳すと逆接に続く逆接で、思い乱れている折とは言え、読む方が混乱しそうです。おこがましいながら、私流に言い換えますと、以下のようでしょうか。

幼いころからずっと、浮世を離れたような父の側での暮らしに慣れて、これといった不満もなくのどかに、父のいない暮らしなど思ってもみないで過ごして来て、いざ父が亡くなったときには、一度はそこで一緒に人生が終わってしまったように思ったのだったが、思いの外に生き延びたところ、都の貴人に迎えられるなどという「皆が思っていたほどよりは人並みになったような有様」になって、望外のことで多くを期待したのではなかったものの、それでも男の優しさに幸せな気持ちになれていたのに、今度こうしてその男がどうやら正室を迎えるらしいことになってみると、思ったよりもつらく思われて今度こそもう「おしまいだと思われることであった」…。

いや、ここまで書いて読み返すと、やはりまだしも訳文の方が哀切の感がうかがえるという気がしてきましたが、ダイジェストすればこういうこと、ということで残しておきます。

そうは言っても、もう二度と逢うことはできないあの恋しい父上や姉上とは違って、この男君には、時々はお逢いできるだろうから、それが自分の分と言うものと思うべきなのだろうが、そうも思えず、「自分の心ながらも晴らしようもなく、情けなくもあることだ」、いやいや、やはりそんなふうに思ってはならない、「自然と生き永らえていればまた」少しはいい日が巡ってくるかもしれないのだ、…。

必死の思いで心を鎮めようとする中の宮ですが、「そんな望みを打ち砕くような非情な月が空高くに冴えて」彼女を照らしています。月の光は、明るければ明るいほど、時に人の孤独感をかきたてるものです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 匂宮と六の君の婚儀

【現代語訳】

 右の大殿邸では、六条院の東の御殿を磨き飾って、この上なく万事を整えてお待ち申し上げなさるが、十六日の月がだんだん高く昇るまで見えないので、たいしてお気に入りでもない結婚なので、どうなのだろうと心配なさって、様子を探って御覧になると、
「この夕方、宮中から退出なさって、二条院にいらっしゃるそうです」と、人が申す。お気に入りの人がおありだからと、おもしろくないけれども、今夜が過ぎてしまうのも物笑いになるだろうから、ご子息の頭中将を使いとして申し上げなさった。
「 大空の月だにやどるわが宿に待つ宵過ぎて見えぬ君かな

(大空の月でさえ宿る私の邸に、お待ちする宵が過ぎても、まだお見えにならないあ

なたですね)」
 宮は、

「かえって、今日が結婚式だと知らせまい、お気の毒だ」とお思いになって、内裏にいらっしゃったのだが、お手紙を差し上げたお返事はどうあったのだろうか、やはりとてもかわいそうに思われなさったので、こっそりとお渡りになったのであった。かわいらしい様子を見捨ててお出かけになる気もせず、いとおしいので、いろいろと将来を約束し慰めて、ご一緒に月を眺めていらっしゃるところであった。
 女君は、日頃もいろいろとお悩みになることが多かったが、何とかして表情に表すまいとずっと我慢なさって、さりげなく心静めていらっしゃることなので、特にお耳に入らないふうに、おっとりと振る舞っていらっしゃる様子は、まことにおいたわしい。
 中将が参上なさったのをお聞きになって、そうはいってもあちらもお気の毒なので、お出かけになろうとして、
「直ぐに帰って来ます。独りで月を御覧なさいますな。上の空の思いでとても辛い」と申し上げておおきになって、やはり見ていられないので、物蔭を通って寝殿へお渡りになる、その後ろ姿を見送るにつけ、あれこれ思うわけではないが、ただ枕が浮いてしまいそうな気がするので、

「なさけないものは人の心であった」と、自分のことながら思い知られる。

 

《夕霧邸ではいよいよ念願の宮をお迎えするのだと、精一杯の準備をしていましたが、訪れがありません。様子を窺ってみると、二条院の、噂の人のところにいることが分かりました。このままにはできないと、早速息子を送って催促します。

 実は宮は、「今日が結婚式だと(中の宮に)知らせまい」と思って、昼の間は宮中にいて、宿直のようによそおって、そのままそこから夕霧邸に行くつもりだったようです。こういう気づかいは、何か子供じみたやり方で、中の宮にとってはおそらくたいへん不可解で、かえって心を乱されるのではないかと思われます。

先にも書きましたが、源氏は、女三宮を迎えるにあたっては、紫の上にずいぶん多くのことを語ったものでした。もちろん年齢もずいぶん言ってからですから、同日には論じられませんが、やはりそういうやり方の方が、女性の気持ちを汲んだもののような気がします(第二章第二段)。

その間に宮中から中の宮に手紙(不在を詫びるものでしょうか)を送ったのでしたが、その返事が彼の心を打つものだったのか、「やはりとてもかわいそうに思われなさったので」彼は方針を変えて二条院に帰っていたのでした。

 右大臣の姫との結婚式をすっぽかしかねないこの振る舞いは、皇子ならではのものと思われますが、ここはそれよりも中の宮への誠意の強さに驚かされます。それにしても、頭中将が行くと、二人で月を眺めていたと言いますから、悠々たるものです。

 中の宮の方も、それに応えるべく、不安な気持ちを懸命に抑えて、「おっとりと振る舞っていらっしゃる様子は、まことにおいたわしい」のですが、男宮からは、何ともいじらしく見えたことでしょう。

 使いの者に来られては、さすがにそのままというわけにもいかず、匂宮は優しくなだめる言葉を掛けて、それでもなお「物蔭を通って」と心遣いして、この西の対から「支度のために」(『集成』)「寝殿へお渡りに」なります。

 その後ろ姿を見送りながら「なさけないものは人の心であった(原文・心憂きものは人の心なりけり)」と中の宮は涙に暮れます。

この「人の心」は、普通には相手の男性の心を言うように思われますが、ここでは中の宮自身の心を言うようで、『評釈』は、「してみれば、自分も嫉妬心をもっていたのだ、と、中の宮は自覚する。高い身分に生まれた女は、嫉妬心をもつべきでなかった」と、鑑賞していますし、『谷崎』も、前の「あれこれ思うわけではないが」を「自分はそんなことを考えてはいないつもりだのに」と訳して、同様に理解しています。

わが心の至らなさに気付いて自責していると言うのですが、確かに相手を責めるよりも、そう考える方が、次の段の「哀切を極めた心情」(『集成』)は、いっそう哀切に感じられるように思われます。

そして前述「宇治の中君再論」(早蕨の巻第二章第一段)は「こういう自己発見ないし人生認識の深まりを通して成長していくところに中君の特色がある」といいます。この人は、そういう意味で、大変賢い人でもあるのです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ