源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 中の宮の物語(一)

第九段 薫、二条院を退出して帰宅

【現代語訳】

 日が昇って、人びとが参集して来るので、あまり長居するのも何かわけがありげに思われそうなので、お出になろうとして、
「どこでも、御簾の外は馴れておりませんので、体裁の悪い気がしまして。いずれまた、このようにお伺いしましょう」と言ってお立ちになった。宮が、

「どうして不在の折に来たのだろう」ときっと想像するにちがいないご性質なのもやっかいなので、侍所の別当である右京大夫を呼んで、
「昨夜退出あそばしたと承って参上したが、まだであったので残念であったが、内裏に参ったほうがよかったろうか」とおっしゃると、
「今日は、退出あそばしましょう」と申し上げるので、
「それでは、夕方にでも」と言って、お出になった。
 やはり、この方のお感じやご様子をお聞きになるたびごとに、

「どうして亡くなった姫君のお考えに背いて、お気持ちを汲まないことをしたのだろう」と、後悔する気持ちばかりがつのって、忘れられないのもうっとうしいので、

「どうして、自ら求めて悩まねばならない性格なのだろう」と反省なさる。そのまままだ精進生活で、ますますただひたすら勤行なさって、日をお過ごしになる。
 母宮が、依然としてとても若くおっとりしてはきはきしないお方でも、このようなご様子を、まことに危なく不吉であるとお思いになって、 
「もう先が長くないので、お目にかかっている間は、やはり嬉しい姿を見せてください。世の中をお捨てになるのも、このような出家の身では、反対申し上げるべきことではないが、この世が生きるかいもない気がしそうな心迷いに、ますます罪を得ようかと思われます」とおっしゃるのが、もったいなくおいたわしいので、何もかも思いを忘れるようにして、御前では物思いのない態度をお作りになる。

 

《薫という人は、たいへんこまごまとよく気の回る人で、ここはそのオンパレード、三連打といった場面です。

まずは「長居」への気遣いからですが、もちろん早朝、霧の晴れないうちにやって来ています(第五段2節)から、今、日が昇って来て出勤してきた人々が何事かと不審に思うことは十分に考えられます。そこで、長居しました、と引き下がればいいようなものですが、あえて「御簾の外は馴れておりませんので、体裁の悪い気がしまして」と恨み節の理由付けです。

次に、後で匂宮が「どうして不在の折に来たのだろう」と不審を抱くだろうと、右京大夫を使って、匂宮に会いに来たのだというアリバイ工作ですが、嘘をついての取り繕いで、うまいものだと思わせます。

「やはり、この方のお感じや」以下は、帰宅した後の話でしょう。大君の勧めをはぐらかして中の宮を匂宮に譲ったことを後悔しているという、というところから、大君逝去の後、ずっと「精進生活」をしていると紹介して、そこから、長いこと出てきたことのなかった母・女三宮を引っ張り出し、今度はその人の心配に対する気遣いが語られます。

そも必要な配慮ではあるのですが、この人は、このように語られて、今後またしばらく登場の機会はなく、ここは、まったくこれだけのためのチョイ役です。

そこで、気になるのは、話の本筋とはかかわりのない、こうしたこまごまとしたことを、作者が、どうして書こうと思ったのか、ということです。

やはり、こんなにも気の利く人だったのだと言いたいのでしょうか。

 先にも書いたように『無名草子』が「さらでもと思ふふし一つ見えず」と讃嘆していますが、こういう点も、重要な美質として作者に同意しているのかも知れません。

しかしそれはもう十分に語ってきたように思われて、それをこんなふうにそのいちいちを書かれると、何か滑稽感さえ感じられて、私には、かえって薫がたいへん小さな人間に見えてくるのですが、どうなのでしょうか。また一方で、いや、それが現実の人間なのだだということのような気もしますが…。》

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第八段 薫と中の宮の故里の宇治を思う

【現代語訳】

「『世の憂きよりは(山里はわびしいけれども世の中のつらさの中で暮らすよりは住みよいことだ)』などと昔の人は言いましたが、そのように比べる考えも特になくて、何年も過ごしてきましたけれども、今では、やはり何とか静かな所で過ごしたく存じますのに、さすがに思い通りになりそうもないので、弁の尼が羨ましいことです。
 今月の二十日過ぎには、あの山荘に近いお寺の鐘の音も耳にしたく思われますので、こっそりと宇治へ連れて行っていただけないだろうかと申し上げたく思っておりました」 とおっしゃるので、
「荒らすまいとお考えになっても、どうしてそのようなことができましょう。身軽な男でさえ、往復の道が荒々しい山道ですので、思いながら幾月もご無沙汰しています。故宮のご命日のことは、あの阿闍梨にしかるべき事柄をみな言いつけておきました。あちらは、やはり仏にお譲りなさいませ。時々見ますにつけても、迷いが生じるのも困ったことですから、罪障を消すようなものにしたい思いますが、他にどのようにお考えでしょうか。
 どのようにでもお考えなさることに従おう、と思っております。ご希望どおりにおっしゃって下さい。どのようなことも遠慮なく承ってこそ、本望でございます」などと、実際的なことをも申し上げなさる。経や仏など、この上もなお御寄進なさるようである。

このような機会にかこつけて、そっと引き籠もって暮らしたいなどとお思いになっている様子なので、
「まったくとんでもないことです。やはり、どのようなことでもゆったりとお考えなさいませ」とお諭し申し上げなさる。

 

《薫の宇治の話を聞いて、中の宮のかねての望郷の気持ち(第一段2節)がいっそう募ったようです。

 つらい世間の中で暮らすよりも、人知れず山奥で暮らす方がいいと古歌にあることは知っていたけれど、山里に暮らしていた時はそんことを比べる気持ちないままに、これが普通の暮らしだと思って過ごしていたことだった。しかし、今となってみると、その気持ち何とよく分かることか、…。

「今月の二十日過ぎ」、それは父宮の命日ですが、それを機会に宇治に連れて行ってほしいと、切ない頼みです。

 しかしそれはさすがにできない相談ですから、薫は慌てて引き止めます。

それにしても「往復の道が荒々しい山道」だから、というのは、一度そこを通って都にやって来た人に対してあまり説得力のある理由ではないように思われます。

「(邸を)荒らすまいお考えになっても」とは、彼女がそういう気持ちで言っているのではなく、本当の理由は匂宮の結婚にあるということを承知の上で、しかしそんなことをお考えになるはずもないという立場での言葉でしょう。

もっとも、もし薫が本当に匂宮から中の宮を取り返したいと思うなら、これができればいい機会になるはずです。

こういう場合、源氏ならやったかも知れないと思わせるところが、源氏がただの色好みではなく、スーパー色好みたる所以です。トランプとオバマのいいところを集めて大統領にしたのだった、「アメリカ・グレイト・アゲイン」も可能なのかも知れないように、薫にもう一歩の突破力があれば、新源氏の登場となったかも知れませんが、作者の意図はそういうところにはありません。作者は、若菜の巻を書いて以来、それまでの源氏のような男は存在しないことが分かってしまっているのです。

薫は、源氏とは違った人間を描き出そうとして語られているのです。いまひとつ、その輪郭ははっきりしないようには思われますが、…。

ともあれ、彼は宇治については万全の手を打っているようで、その点では心配ないように中の宮に話して、思いとどまらせようとします。

仮に中の宮が本当の理由を打ち明けて頼んだにしても、もともとが彼の勧めた匂宮との結婚ですから、そういう企てに加担しにくいことも事実でしょう。彼がもし昔の髭黒の大将のような一面を持っていたなら、あるいは、という気もしますが、彼にはできないのです。そういう人物を描こう(創り上げよう)としているわけです。》

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第七段 薫、源氏の死を語り、亡き大君を追憶

【現代語訳】

「秋の空は、いま一つ物思いばかりまさります所在なさの紛らしにもと思って、最近、宇治へ行ってきました。庭も籬もほんとうにますます荒れはてていましたので、堪えがたいことが多くありました。
 故院がお亡くなりになって後、二、三年ほど前に出家なさった嵯峨院でも六条院でも、ちょっと立ち寄る人は、感慨を抑えようがありませんでした。。木や草の色につけても、ただもう涙にくれて帰りました。

あの邸にお仕えしていた人たちは、身分の上下を問わず心の浅い人はございませんでした。それぞれの御殿におられた方々も、みなそれぞれに分かれ散っていき、おのおのこの世を捨てた生活をしていらっしゃったようですが、しがない身分の女房などは、まして悲しい思いを収めることもないままに、ものの分別もつかぬ考えにまかせて、山や林に入って、つまらない田舎人になりさがるなどして、かわいそうにうろうろと散ってゆく者が多くいました。
 そうして、かえってすっかり荒らしはて忘れ草が生えて後、この右大臣も移り住み、宮たちなどもそれぞれお住まいになったので、昔に返ったようです。その当時、世に類のない悲しみと拝見しましたことも、年月がたてば、悲しみの冷める時も出てくるものだと経験しましたが、なるほど、ものには限りがあるものだったと思われます。
 このように申し上げながらも、あの昔の悲しみは、まだ幼かった時のことでとてもそんなに深く感じなかったのでしょう。やはり、この最近の夢こそ、覚ますことができなく存じられますのは、同じように世の無常の悲しみでありますが、罪深い点では勝っていましょうかと、そのことまでがつらく思われます」と言ってお泣きになるのは、まことに心深そうである。
 亡くなった方をたいしてお思い申し上げない人でさえ、この方が悲しんでいらっしゃる様子を見ると、つい同情してもらい泣きしないではいられないが、それ以上に、ご自身も何かと心細くお思い乱れなさるにつけては、ますますいつもよりも面影に浮かんで恋しく悲しくお思い申し上げなさる気分なので、今一段と涙があふれて、何も申し上げることがおできになれず、収めかねている様子を、お互いにまことに悲しいと思い交わしなさる。

 

《中の宮のつらい物思いの中にも慎ましく、しかも毅然とした様子に、薫はそれ以上その話を続けることをやめて、話を変えました。

 彼は最近宇治に行ってきたようで、その時の邸の荒廃のさまを、源氏が亡くなった後まもなくの嵯峨院や六条院の荒廃と重ねて、宮に語ります。荒廃したのは邸だけではなくて、そこに仕えていた人々の生活も、壊れて行ったのだと、彼は語ります。この物語で言えば、幻の巻と匂兵部卿の巻の間に流れた、九年の間の話です。夕霧の第二夫人となった一条の宮(落ち葉の宮)が移って来たのは、その後ということでしょうか。

 そして今はまた夕霧が改めて六条院の管理をするようになり、現在、匂宮や薫もそこに住んで「昔に返ったようになっ」ていると言いますが、「かえってすっかり荒らしはて忘れ草が生えて後」の「かえって(原文・なかなか)」がよく分かりません。

 一度すっかり荒らしてしまったので、「昔に返った」という感慨が一層強い、ということでしょうか。

 そうなってみると、「その当時、世に類のない悲しみと拝見しましたことも、年月がたてば、悲しみの冷める時も出てくるものだ」という感慨も湧いてくる、というのも確かではあるのだだが、しかし、今の私にとって、「亡くなった方」(大君)への思いは、そういう感慨では片付かない気持ちであり、また、父・源氏の死の時は幼かったので悲しみも深くはなかったと思うのだが、この度は「女人に対する愛着だから」(『集成』)か、「罪深い点では勝って」感じられて、つらさも複雑なのだと語ります。

 宇治の邸の荒廃していることは、そうでなくてさえ宇治を離れて心細い中で、夫の心変わりを案じて悲しみに暮れている人に話すべきことだろうかという気がしますし、六条院の荒廃の長い話は、彼の大君への思いと比較するための材料だったようで、何とも持って回った話だという気がしますが、中の宮は、そんなふうにねじけては考えないで、真っすぐに、自分も「ますますいつもよりも、(大君が)面影に浮かんで恋しく悲しくお思い申し上げなさる気分なので、今一段と涙があふれ」るのでした。》

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[第六段 薫、中の宮と語らう

【現代語訳】

 もともと、感じがてきぱきと男らしくはいらっしゃらないご性格であるが、ますます物静かに振る舞うようにしていらっしゃるので、今は、自分でお話し申し上げなさることも、だんだんと、嫌で遠慮された気持ちも少しずつ薄らいで、お馴れになっていらっしゃる。
 つらそうにしていらっしゃる様子も、「どうしたのですか」などとお尋ね申し上げなさったが、はっきりともお答え申し上げず、いつもよりも沈んでいらっしゃる様子がおいたわしいにつけてもお気の毒な気がなさって、心を込めて、夫婦仲のあるべき様子などを、兄妹といった者がするように、お教えし慰め申し上げなさる。
 声なども、特に似ていらっしゃるとは思われなかったが、不思議なまでにあの方そっくりに思われるので、人目が見苦しくないならば簾を引き上げて差し向かいでお話し申し上げたく、苦しくしていらっしゃる容貌が見たい気がなさるのも、やはり、恋の物思いに悩まない人はいないのではないかと、自然と思い知られなさる。
「人並に出世してきらびやかになるというわけではなくても、心に悩むことがあり嘆かわしく身を悩ますことはなくて過ごせるはずの現世だと自分では思っておりましたが、自分から求めて、悲しいことも馬鹿らしく悔しい物思いをも、それぞれに休まる時もなく思い悩んでいますことは、不本意なことです。官位などといって大事にしているらしい、もっともな愁いにつけて嘆き思う人よりも、これはさらに罪の深さが勝るでしょう」などと言いながら、手折りなさった花を、扇に置いてじっと見ていらっしゃったが、だんだんと赤く変色してゆくのが、かえって色のあわいが風情深く見えるので、そっと差し入れて、
「 よそへてぞ見るべかりけるしら露の契りかおきし朝顔の花

(あなたを姉君と思って自分のものにしておくべきでした、白露が約束しておいた朝

顔の花ですから)」

 ことさらそうしたのではなかったが、露を落とさないで持ってきたことよと、趣深く思えたが、露の置いたまま枯れてゆく様子なので、
「 消えぬまに枯れぬる花のはかなさにおくるる露はなほぞまされる

(露の消えない間に枯れてしまう花のはかなさよりも、後に残る露はもっとはかない

ことです)
 何にすがって生きてゆけばよいのでしょう」と、たいそう低い声で言葉も途切れがちに、慎ましく否定なさったところは、

「やはり、とてもよく似ていらっしゃるなあ」と思うにつけても悲しみが先に立つ。

 

《「もともと、感じが…」は薫のことで、大君がなくなって以来、いっそうそうなった、ということ、「今は、自分で…」からは中の宮のことで、こちらは姉が亡くなって、止むを得ず薫と対面するうちに、薫の変化もあって、それなりに気軽な話ができるようになってきました。

 薫は、「お体が普通でないのに、その上にまた匂宮と六の君の結婚について一人でお悩みになっている」(『評釈』)中の宮の沈んだ様子をみて、兄妹のように、お教えし慰めます。

 話しながら、薫は、以前はそんなにまで思わなかったのに、今は、中の宮が大君たいへんよく似ているような気がしてきています。そして、御簾を挙げてその姿を見てみたい衝動に駆られました。

 「やはり、恋の物思いに…」は、「この自分ですら、こうなのだから、という気持ち」(『集成』)です。

 また、彼の言葉の中の「悲しいこと」は大君を失ったことでしょうが、次の「馬鹿らしく悔しい物思い」は微妙な言い方です。表向きは、大君の心を引き寄せ得なかったことと思われますが、彼の本心は「中の宮を匂宮に譲ったこと」(『集成』)なのでしょう。

 そこまで語っておいての、「よそへてぞ」の歌であるわけです。ここでは表向き、朝顔を詠んだのであって、それをどう解釈するかは読み手の問題となりますが、『評釈』が「『白露』は姫宮。姫宮は、中の宮を薫に、自分の身がわりに、と言ってくれたことをさす」と言います。「か」が変わった使い方をされているような気がしますが、『谷崎』が「疑問の語で、『やら』に当る」としています。

 中の宮も朝顔の歌として返します。双方とも表では朝顔の話をしながら、内心では、自分たち三人のことをほとんど直接的に語りあっているという、今更言うまでもない話ですが、素晴らしいというか、恐ろしいというか、そういう世界です。山崎正和著『劇的なる日本人』を思い出します。平たく言えば、当節の「忖度」というのでしょうか。

 ところで「露の置いたまま枯れてゆく」というようなことは、実際にあることなのだろうかと、またしてもつまらぬリアリズムが沸き上がりますが、どうなのでしょうか。》

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第五段 薫、二条院の中の宮を訪問~その2

【現代語訳】2

明るくなるにしたがって、霧が一面に立ちこめこめている空が美しいので、
「女たちは、しどけなく朝寝していらっしゃるだろう。格子や妻戸などを叩いて声を掛けるのは、もの慣れない感じがしよう。朝早いのにもう来てしまったことだ」と思いながら、供人を召して、中門の開いている所から覗き見させなさると、
「御格子は上げてあるようです。女房のいる様子もしていました」と申すので、下りて、霧の紛れに姿よく進んでお入りになるのを、

「宮がお忍びの所からお帰りになったのか」と見ると、露にお湿りになって高くなった香りが、例によって格別に匂って来るので、
「やはり、お目立ちになるお方ですこと。とりすましていらっしゃるのが憎らしい」などと、はしたなく若い女房たちはお噂申し上げている。慌てたふうでもなく、様よく衣ずれの音をさせて、お敷物を差し出す態度も、まことに物慣れている。
「ここに控えよとお許しいただけることは、人並みの気がしますが、やはりこのような御簾の前に放ってお置きになるのは情けない気がして、しばしばはお伺いできません」とおっしゃるので、
「それでは、どのようにするのがよろしいでしょうか」などと申し上げる。
「北面などの目立たない所ですね、このような古なじみなどが控えているのに適当な居場所は。それもまた、お気持ち次第なので、不満を申し上げるべきことでもない」と言って、長押に寄り掛かっていらっしゃると、例によって女房たちが、
「やはり、あそこまで」などと、お促し申し上げる。

 

《「作者はここに、中の宮がすばらしい女性であることを強調している」と『評釈』が言います。

 まず薫が、やって来はしたものの、少し早すぎたかと思って、昨夜主人の匂宮がおらず、女たちだけのこの邸では、朝寝坊をしているだろうと思って気を遣ったのでしたが、お供の者に覗いて見させると、すでに格子は上げられて、女房たちは働いているようでした。

 次に、それならばと、薫が車を降りで庭に入って行くと、その香りに彼と気付いた女房たちは、ひそひそと嘆声を交わしながら、迎えるのですが、その様子も「様よく」、「まことに物慣れて」います。

 こうした女房たちの見事な振る舞いは、すべて中の宮の普段の躾によるものなのだと、『評釈』は言います。

そして、薫が「御簾の前」(「簀子の座をいう。他人行儀な扱い」・『集成』)を与えられたことにやんわりと苦情を言うのに対して、中の宮を、「やはり、あそこまで(端近までお出ましください)」と「お促し申し上げ」るのが、そういう見事な女房たちですから、中の宮は、素直に安心して従うことができますし、読者としても、そうするのがよかろうという気になります。

薫が入って来てから、ここに至る全体の流れが非常になめらかで、きれいで、その中での女房たちが、確かに大きな役割をしています。

宇治出立の時に(早蕨の巻第二章第一段)中の宮を嘆かせた者たちだったことを思えば、大変な変化で、その躾に中の宮もなにがしのことをしたであろうと考えると、宇治ではできなかったことができているわけで、彼女の持ち前と、立場が人を作るということと、そして彼女の適応能力(それは「現実の人生に対する中君の認識の深まり(第二章第一段2節)」の一部です)が、それに預かっているのでしょう。

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