源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 薫と匂宮の物語

第五段 夕霧、匂宮を六の君の婿にと願う

【現代語訳】

 このようなことを、右大殿がちらとお聞きになって、
「六の君は、やはりこの君にこそ縁づけたいものだ。しぶしぶであっても、本気になって頼みこめば、結局は断ることはできまい」とお思いになっていたが、

「意外なことが出てきたようだ」と悔しくお思いになったので、兵部卿宮が、熱心にではないが、折々につけて風流なお手紙を差し上げなさることが続いているので、
「ままよ、いい加減な浮気心であっても、何かの縁でお気に召すようなことがどうしてないことがあろうか。水も漏らさないような仲の男を願って思い定めていても、並の身分の男に縁づけるのは、また体裁が悪く、悔いを残すだろう」などとお考えになった。
「娘が心配に思われる末世なので、帝でさえ婿をお探しになる世で、まして臣下の娘が盛りを過ぎては困ったものだ」などと、陰口を申しあげるようにおっしゃって、中宮をも本気になってお恨み申し上げなさることが度重なったので、お聞きあそばされて困って、
「お気の毒にも、このように一生懸命にお思いなさってから何年にもおなりになったので、不義理なまでにお断り申し上げなさるのも、薄情なようでしょう。親王たちは、ご後見によって、ともかくもなるものです。
 主上が、御在位も終わりに近いとばかりお思いになりおっしゃっていますようなので、臣下の者こそ、本妻がお決まりになると他に心を分けることは難しいようですけれども、それでさえ、あの大臣がまじめぶっていながら、こちらとあちらとに恨まれないように待遇していらっしゃるではありませんか。まして、あなたは、お考え申していることが叶ったら、大勢お傍に置かれても何の不都合がありましょう」などと、いつになく言葉数多く、道理をお説き申し上げなさるのを、ご自身でも、もともとまったく嫌とは、お思いにならないことなので、無理やりに、とんでもないこととお思い申し上げなさることはない。ただ、万事格式ばった邸に閉じ籠められて、自由気ままになさっていらっしゃったのが窮屈になることを、何となく苦しくお思いになるので嫌なのだが、なるほどこの大臣から、あまり恨まれてしまうのも困ったことだろう、などと、だんだん折れてこられたのであろう。

浮気なお心癖なので、あの按察大納言の紅梅の御方をも、依然としてお思い捨てにならず、花や紅葉につけてはお歌をお贈りなさって、どちらの方にもご関心がおありであった。けれども、その年は過ぎた。

 

《夕霧の娘六の君については、いったん匂宮に嫁ぐ話がまとまりかけていたのでしたが、宮が宇治から中の宮を二条院に引き取ったことで頓挫して、夕霧は、それなら薫に嫁がせようか打診したのでしたが、いい返事をもらえないでいました(早蕨の巻第二章第三段)。

 その後、それでも「本気になって頼みこめば」と望みをかけていたところに、この新しい情報が入って、夕霧は再び匂宮へと考え直さなくてはならなくなってしまいました。右大臣自慢の秘蔵の娘なのです(匂兵部卿の巻第六段)が、どうもめぐり合わせが悪いようです。

 さいわい匂宮から「熱心にではないが、折々につけて風流なお手紙を差し上げなさることが続いて」いたので、それを頼りにしての考えですが、「何かの縁でお気に召すようなことがどうしてないことがあろうか」というのでは、少々心細いような気もします。

 そういうことを考えねばならなくなったのは、ずっと以前から話のあっている匂宮が「大臣が仰々しくけむたくて、どんな浮気事でも咎められそうなのがうっとうしくて」(椎本の巻第五章第二段)などと言っていい返事をしてくれないからであり、しかも今度は薫に女二宮を考えておられるとあって、両方で邪魔をされているような気がして、とうとう「帝でさえ婿をお探しになる世で」と帝への嫌味の一つも言いたくなります。

それがすぐさま妹に当たる明石中宮の耳に入りますから、中宮も心を傷め、困った三男坊・匂宮を呼んでお説教です。宮も、舅は煙たいのですが、姫本人への関心はなくはありませんし、実力者の伯父の機嫌を損ねるのが得策でないことは分かりますから、次第に気持ちが傾いてきます。

と、突然そこに「按察大納言の紅梅の御方」(紅梅の巻末)のことが飛び出してきて、驚かされますが、『集成』の年立てでは去年の春ごろのことになります。

 ところで、ここで、作者が匂宮について、中の宮にあれほど誠意を尽くしているように語ってきながら、「浮気なお心癖なので」と言い出すのが、ちょっと違和感があります。先の紅梅の巻末でも「とてもたいそう好色人でいらっしゃって、お通いになる所がたくさんあり」とありました。

 しかしここで言う「浮気」とは、源氏がそうであったように、多くの女性に心を惹かれ、かつその女性すべてに対して中の宮に対すると同じような誠実な思いを寄せていたのだと考えるべきではないでしょうか。「一人に愛情を注いだら、それで他への愛が枯渇してしまうようでは、帝王の資格はない」(桐壺の巻第一章第一段2節)という考え方です。それは女性から見ると「浮気」ということになるのですが、彼自身としては、天下万民に幸福を与えようとするのであって、不実などではなく、勤めでさえあります。それは、中宮が、「臣下のものこそ、…難しい」ようだが、「あなたは…何の不都合」もないと半ば能力の問題のように言っていることからも推察できそうな気がします。もちろんそれが当該の個々の女性にとって、認め得ることであるかどうかは、別問題ですが。

 匂宮の浮気は、薫が時々とんでもない俗な考えを抱く(前段)、人格的不統一とは違うのでしょ
う。》

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第四段 帝、女二の宮や薫と碁を打つ

【現代語訳】

 御碁などをお打ちあそばす。暮れて行くにつれて時雨が趣きがあって、花の色も夕日に映えて美しいのを御覧になって、人を召して、
「今、殿上の間には誰々がいるか」とお問いあそばすと、
「中務親王、上野親王、中納言源朝臣が伺候しております」と奏上する。
「中納言の朝臣をこちらへ」と仰せ言があって参上なさった。なるほど、このように特別に召し出すのもかいがあって、遠くから香ってくる匂いをはじめとして、人と違った様子をしていらっしゃる。
「今日の時雨はいつもより格別にのどかに感じられるのに、音楽などは折に合わず、まことに所在ないが、何となく日を送る遊び事として、これがよいだろう」と仰せになって、碁盤を召し出して、御碁の相手にお呼び寄せになる。いつもこのように、お身近に親しくお召しになるのが習慣になっているので、

「今日もそういうことだろう」と思っていると、
「ちょうどよい賭物はありそうだが、軽々しくは与えることができないので、他にはないし」などと仰せになるご様子は、どのように見えたのであろう、ますます緊張して控えていらっしゃる。
 そうして、お打ちあそばすうちに、三番勝負に一つお負け越しあそばした。
「悔しいことだ」とおっしゃって、

「まず、今日はこの花一枝を許す」と仰せになったので、お返事を申し上げずに、降りて美しい枝を手折って持っておいでになる。
「 世のつねの垣根ににほふ花ならば心のままに折りて見ましを

(世間の家の垣根に咲いている花ならば、思いのままに手折って賞美しましょうが)」
と奏上なさる、心づかいは浅くなく見える。
「 霜にあへず枯れにし園の菊なれどのこりの色はあせずもあるかな

(霜に堪えかねて枯れてしまった園の菊であるが、残りの色は褪せていないことだ)」
と仰せになる。

このように、ときどきほのめかしあそばす御様子を、直接承りながら、例の性癖なので、急ごうとは思わない
いや、本意ではない。いろいろと心苦しい人びとのご縁談を、うまく聞き流して年を過ごしてきたのに、今さら出家僧が、還俗したような気がするだろう」と思うのも、

「また妙なものだ。特別に恋い焦がれている人さえあるというのに」とは思う一方で、

「后腹の姫宮でいらっしゃったら」と思う心の中は、あまりに大それた考えであった。

 

《帝は、女二の宮と語りながら密かにその行く末を思い、悲しみに沈んでいる娘の気を紛らわそうと、碁の相手をしていました。ひとしきり遊んでいると、いつの間にか外は夕暮れとなって、時雨も趣を増し、色の移ろった菊の花も雨の合間の夕日に映えて美しく、少しにぎやかな話もしたくなったのでしょうか、すぐに来られそうな者を尋ねると、折よく薫が参内していました。早速呼ばれます。「音楽などは折に合わず」は、「女二の宮が服喪中であるから」(『集成』)で、碁を打とうということになりました。

 気軽にやって来た薫でしたが、適当な賭け物があるという謎の言葉に緊張してお相手を勤めることになりました。ところが結果は帝の一勝二敗の負け越し(予定の行動なのでしょうか)、賭けの負け物として「まず、今日はこの花一枝を許す」とおっしゃいました。「聞き得たり園の中に花の艶を養うことを 君に請う一枝の春を折らんことを」(『和漢朗詠集』)を踏まえた言葉だそうで、こういう対話ができたら楽しかろうという気がします(横笛の巻第二章第四段)。「これは暗に薫に女二の宮を許すという意味にとってよい」(『評釈』)のでした。

しかし薫は黙って庭に降りて、文字どおりに菊一枝をいただき、歌で御前の花では畏れ多くて、とそっと辞退の意向を伝えました。もっとも「こういう場合は、一応ていねいにことわるもの」(『評釈』)で、そこで帝は「女二の宮は美しく育っている」ともうひと押しおっしゃった(同)ということのようです。

この場面、ここまでは自然な流れで、納得なのですが、「このように、ときどき…」から後の薫の気持ちがうまく辿れません。

まず「急ごうとは思わない」と、この縁談に乗り気であるようですが、大君追慕の気持ちはどうなったのか、気になります。果たして「いや、本意ではない…」と思い直す格好なのですが、それも「また妙なものだ。特別に恋い焦がれている人さえあるというのに」と言われると、これはまた乗り気な気持ちになっている自分の心を評しているようです。

そして最後に「后腹の姫宮でいらっしゃったら」と思ったというのには、少々ではなく驚かされます。出家でもしようかと思っており、また大君にあれほど純粋に思いを寄せていた彼が考えることとは、到底にわかには信じられない気がします(途中「また妙なものだ」は、草子地とする訳もあります)。

この人については、以前、弁の君から出生の秘密を聞いたときにも、この種のなんとも俗な思いを抱いたことが語られていました。野心を捨てきれない青臭さを出している、とも言えますが、やはりこの作者は、人格の統一性ということについての関心は、特に男性に関してはあまり深くないように思われます(椎本の巻第三章第七段)。》

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第三段 帝、女二の宮を薫に降嫁させようと考える

【現代語訳】

 お庭先の菊がすっかり色が変って盛んなころ、空模様が胸打つように時雨れるにつけても、まずこの御方にお渡りあそばして、故人のことなどをお話し申し上げあそばすと、お返事なども、おっとりしたものの、幼くはなく少しお答え申し上げるなさるのを、かわいらしいとお思い申し上げあそばす。
「このようなご様子を理解できるような人で、慈しみ申し上げるのも、何の不都合があろう」と、朱雀院の姫宮を六条院にお譲り申し上げなさった時の御評定などをお思い出しあそばすと、
「暫くの間は、いやいや感心できないことだ、そうまでなさらなくてもよかったろうにと申し上げる意見もあったが、源中納言が、人に優れた様子で、いろいろとご後見申し上げているので、昔のご威勢も衰えず、高貴な生活でずっといらっしゃるのだ。そうでなかったら、ご心外なことがらが出てきて、自然と人から軽んじられなさることもあったろうに」などと、お思い続けになって、

「いずれにせよ、在位中に決定しようか」とお考えになってみると、そのまま、順序に従って、この中納言より他に、適当な人は、他にいないのであった。
「宮たちのお傍に並べても、何につけても目障りなことはあるまいに、もともと心寄せる人があって聞き苦しい話が入り込むというようなこともなさそうだし、結局は結婚してしてしまわないないともかぎらない。そういうことにならないうちに、それとなく当たってみよう」などと、時々お考えになっているのであった。

 

《「お庭先の菊がすっかり色が変って盛んなころ」というのは変な言い方のようですが、当時はこのように花が色あせていく、その時々に興趣をそそられたようです。それにしても、それによって秋が深まっていくわけで、ものわびしくなって行くことは、変わらないでしょう。帝は、そうした様子に手元に呼び寄せた姫を思いやって、折々に出かけて行っては声をお掛けになります。するとその応対がまたかわいらしく、いとおしく思われます。

 そうなると、その姫の行く末が案じられて、誰か確かな後見のできる者を探さねばならないという気持ちになられるのでした。

 その時に思い出されるのは、父朱雀院が女三宮を源氏に降嫁おさせになったことです。私たち読者はあの宮と柏木の悲劇を知っていますから、いい印象は残っていませんが、帝はもちろんそういうことはご存知ではなく、現在のことを見られるだけですから、確かにあの当時は「いやいや感心できないことだ…」と批判的な陰口も耳に入ったのでしたが、今や、孝養を尽くす薫に守られた宮は、申し分のない暮らしをしているように見えて、そういうことさえあれば、降嫁に何も問題ないようにお思いになります。

 となると、その相手ですが、思いめぐらしてみると、これがまた、当の薫という願ってもない候補がありました。「順序に従って」、つまり「父朱雀院が女三の宮を源氏に、帝が女二の宮を、源氏の子の薫に」(『集成』)降嫁させれば、何の問題もないと、考えられたのでした。

 薫なら、我が一族と並べても遜色ないし、幸い今はまだ浮いた話もない、そうとなれば、いつライバルが登場するかもしれないから、その前にこちらから話を出してしまおう、…。

 ところで、「このようなご様子を理解できるような人で、慈しみ申し上げる方がいないなどということはあるまい」のところ、後半の原文は「もてはやしきこえむも、などかはあらむ」で、そのまま言葉通りに訳すと「あるはずがない」となりそうですが、ここは『集成』の訳で、同書が「同様の言い方、後の一五八頁(後の第五段)、藤袴一九七頁(藤袴の巻第三章第一段「何の難があろうか」と訳しています)に見える」と指摘しています。》

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第二段 藤壺女御の死去と女二の宮の将来

【現代語訳】

 十四歳におなりになる年、御裳着の式をして差し上げようとして、春から始めて余念なく御準備して、何事も並々ならず立派に、とお考えになる。
 昔から伝わっていた宝物類を、ぜひこの機会にと次々に探し出して、大変な準備をしていらっしゃったが、女御が、夏頃に物の怪にお患いになって、まことにあっけなくお亡くなりになってしまった。言いようもなく残念なことと、帝におかれてもお嘆きになる。
 お心も情け深く、やさしいところがおありだった御方なので、殿上人たちも、

「この上なく寂しくなってしまうことだ」と、惜しみ申し上げる。一般の特に関係ない身分の女官などまでが、お偲び申し上げない者はいない。
 宮はそれ以上に若いお気持ちとて心細く悲しく沈み込んでいらっしゃるということをお聞きになって、おいたわしくかわいそうにお思いあそばすので、御四十九日忌が過ぎると早速に、こっそり参内おさせになった。毎日、お渡りになってお会い申し上げなさる。
 黒いお召し物で質素にしていらっしゃる様子は、ますますかわいらしく上品な感じが以前以上でいらっしゃった。お考えもすっかり一人前におなりになって、母女御よりもさらに少し落ち着いて、重々しいところはまさっていらっしゃるのを、危なげのないお方だと見申し上げあそばすが、実は、御母方にも後見役をお頼みなさることのできる伯父などといったようなしっかりとした人がいない。わずかに大蔵卿、修理大夫などという人びとは、女御にとっても異母兄弟なのであった。
「特に世間の声望も重くなく、高貴な身分でもない人びとを後見人にしていらっしゃるのでは、女性はつらいことが多くあるだろうことがお気の毒である」などと、お一人で御心配なさっているのも、大変なことであった。

 

《さてその姫が十四歳になり、帝が率先して盛大な御裳着の式の準備をしておられるという晴れがましい頃、母女御が突然亡くなってしまいました。

 気立ての大変いい方だったようで、「他人に圧倒され申している運命を嘆かわしく思ってい」た(前段)わりには、人望があったようで、多くの人がその死を悲しむみました。

 しかし、若くして母を亡くした姫の悲しみは、もちろんその人たち以上で、心配した帝は、四十九日が過ぎると、まだ服喪中にもかかわらず、「こっそり参内おさせになっ」て、相手をされます。

 姫は、外見的には「ますますかわいらしく上品な感じ」になり、また内面的にも「母女御よりも少し落ち着いて、重々しいところはまさっていらっしゃっ」て、年の割にしっかりはしているようですが、今後のことを考えると、縁者は「大蔵卿、修理大夫」しかおらず、しっかりした後見もなくて、帝一人がその行く末を案じておられる、といったことになってしまいました。

 境遇はなにやら朱雀院の女三宮と大変よく似ています(若菜上の巻頭)が、本人は数段こちらが上のようです。

途中、「大蔵卿、修理大夫」しかいなかったというのは、つまり、「上達部(公卿)」(貴族の上位二十人ほどと言われるようです)に入らない階位程度の人しかいないということのようで、改めてですが、この物語は、皇室とその二十人ほどに入らなければ、相手にされないという社会でのドラマであることを思い出させられます。思えば、極めて濃密な人間関係の中での物語なのです。》

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第一段 藤壺女御と女二の宮

巻四十九 宿木 薫君の中、大納言時代・二十四歳夏から二十六歳夏四月頃までの物語

第一章 薫と匂宮の物語 女二の宮や六の君との結婚話

第一段 藤壺女御と女二の宮

第二段 藤壺女御の死去と女二の宮の将来

段 帝、女二の宮を薫に降嫁させようと考える

第四段 帝、女二の宮や薫と碁を打つ

第五段 夕霧、匂宮を六の君の婿にと願う

第二章 中の宮の物語(一) 中の宮の不安な思いと薫の同情

第一段 匂宮の婚約と中の宮の不安な心境

第二段 中の宮、匂宮の子を懐妊

第三段 薫、中の宮に同情しつつ恋慕す

第四段 薫、亡き大君を追憶す

第五段 薫、二条院の中の宮を訪問

第六段 薫、中の宮と語らう

第七段 薫、源氏の死を語り、亡き大君を追憶

第八段 薫と中の宮の故里の宇治を思う

第九段 薫、二条院を退出して帰宅

第三章 中の宮の物語(二) 匂宮と六の君の婚儀

第一段 匂宮と六の君の婚儀

第二段 中の宮の不安な心境

第三段 匂宮、六の君に後朝の文を書く

第四段 匂宮、中の宮を慰める

第五段 後朝の使者と中の宮の諦観

第六段 匂宮と六の君の結婚第二夜

第七段 匂宮と六の君の結婚第三夜の宴

第四章 薫の物語(一) 中の宮に同情しながら恋慕の情高まる

第一段 薫、匂宮の結婚につけわが身を顧みる

第二段 薫と按察使の君

第三段 匂宮と六の君

第四段 中の宮と薫、手紙を書き交す

第五段 薫、中の宮を訪問して慰める

第六段 中の宮、薫に宇治への同行を願う

第七段 薫、中の宮に迫る

第八段 薫、自制して退出する

第五章 中の宮の物語(三) 中の宮、薫の後見に感謝しつつも苦悩す

第一段 翌朝、薫、中の宮に手紙を書く

第二段 匂宮、帰邸して、薫の移り香に不審を抱く

第三段 匂宮、中の宮の素晴しさを改めて認識

第四段 薫、中の宮に衣料を贈る

第五段 薫、中の宮をよく後見す

第六段 薫と中の宮の、それぞれの苦悩

第六章 薫の物語(二) 中の宮から異母妹の浮舟の存在を聞く

第一段 薫、二条院の中の宮を訪問

第二段 薫、亡き大君追慕の情を訴える

第三段 薫、故大君に似た人形を望む

第四段 中の宮、異母妹の浮舟を語る

第五段 薫、なお中の宮を恋慕す

第七章 薫の物語(三) 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く

第一段 九月二十日過ぎ、薫、宇治を訪れる

第二段 薫、宇治の阿闍梨と面談す

第三段 薫、弁の尼と語る

第四段 薫、浮舟の件を弁の尼に尋ねる

第五段 薫、二条院の中の宮に宇治訪問の報告

第六段 匂宮、中の宮の前で琵琶を弾く

第七段 夕霧、匂宮を強引に六条院へ迎え取る

第八章 薫の物語(四) 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁

第一段 新年、薫権大納言兼右大将に昇進

第二段 中の宮に男子誕生

第三段 二月二十日過ぎ、女二の宮、薫に降嫁す

第四段 中の宮の男御子、五十日の祝い

第五段 薫、中の宮の若君を見る

第六段 藤壺にて藤の花の宴催される

第七段 女二の宮、三条宮邸に渡御す

第九章 薫の物語(五) 宇治で浮舟に出逢う

第一段 四月二十日過ぎ、薫、宇治で浮舟に邂逅

第二段 薫、浮舟を垣間見る

第三段 浮舟、弁の尼と対面

第四段 薫、弁の尼に仲立を依頼

 


【現代語訳】

 その頃、藤壺と申し上げた方は、故左大臣家の女御でいらっしゃった。帝がまだ東宮と申し上げていたとき、誰よりも先に入内なさっていたので、仲睦まじくいとしくお思いになるという点では、格別でいらっしゃったらしいが、その甲斐があったと見えることもなくて長年お過ぎになるうちに、中宮におかれては宮たちまでが大勢成長なさっているらしいのに、そのようなことも少なくて、ただ女宮をお一方お持ち申し上げていらっしゃるのだった。
 自分が、たいへん残念なことに、他人に圧倒され申している運命を嘆かわしく思っている代わりに、

「せめてこの宮だけは、何とか将来自分も満足のいくようにして差し上げたい」と、大切にお世話申し上げることは並々でない。ご器量もとても美しくおいでなので、帝もかわいいと思い申し上げていらっしゃった。
 女一の宮を世に類のないほど大切にお世話申し上げあそばすので、世間一般の評判こそ及ぶべくもないが、内々の御待遇は少しも劣らない。父大臣のご威勢が盛んであったころの名残が、たいして衰えてはいないので、特に心細いことなどはなくて、お仕えする女房たちの服装や姿をはじめとして気を抜くことなく、季節季節に応じて趣味よく整えて、はなやかで奥ゆかしくお暮らしになっていた。

 

《巻名は第七章第五段の歌によります。

 「その頃」と改めて語り始められて、大きく場面が転換します。「その頃」とは『評釈』と『谷崎』は椎本の巻の頃(一、二年前)と言い、『集成』の年立ては、早蕨の巻にそのまま繋げていますが、総角の巻と重なるという宣長説を注していて、ここから薫の年齢を二十五歳としながら、「(二十四歳)」を付記し、以後最後まで併記しています。ここでは便宜上『集成』説に従っておきます。

 さて、「藤壺の女御」というのは三十年余り前に明石の姫君の入内の折にその競争相手として先に入内した人(梅枝の巻第二章第二段)で、当時の左大臣(昔の頭中将)の三女、麗景殿の女御と呼ばれていました。それが今は藤壺(飛香舎)ですから、「仲睦まじくいとしくお思いになるという点では格別でいらっしゃった」ことの結果の、それなりの出世はあったということでしょうか。それにしても、あの時にすでにこの場面を予定して出しておいたのだろうかと、驚いてしまいますが、どうなのでしょうか。

さて、その女御は、「その(先に入内した)甲斐があったと見えることもなくて」、子供運に恵まれず、たった一人、姫があって、今や女御の希望はただただこの姫の将来の幸福でした。明石中宮に先に「女一の宮」が生まれていて、こちらは「女二の宮」です。帝の関心は多く女一の宮に傾いていたので、「世間一般の評判こそ及ぶべくもないが」、それでも「内々の御待遇は少しも劣ら」ず、また、さいわい美しい姫で、経済的基盤も故「父大臣」の「名残」があって、暮らしぶりもしっかりしているのでした。

ところで、実は「その甲斐があったと見えることもなくて」については、諸注いずれも、後から入内した明石姫君の威勢に押されて「立后のこともなかったことをいう」(『集成』)としています。しかし、本文に即せば、明石に比べて子供運がなかった、特に皇子が生まれなかった、と言っていると考えるのが普通ではないかと思われるのですが、どうなのでしょうか。》

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