【現代語訳】
「三日に当たる夜は、餅を召し上がるものです」と女房たちが申し上げるので、
「特別にしなければならない祝いごとなのだろう」とお思いになって御前でお作らせなさるのも分からないことばかりで、一方で親代わりになってお仕切りになるのも、女房がどう思うかと気が引けて、顔を赤らめていらっしゃる様子は、たいへんいい感じである。姉気質からかおっとりと気高いが、妹君のためにしみじみとした情愛がおありなのであった。
中納言殿から、
「昨夜、参ろうと思いましたが、せっかくご奉公に励んでも、何の効もなさそうなあなたとの仲で、恨めしい気がしまして。今夜は雑役でもと存じましたが、寝所がすげないお扱いで気分がすぐれず、ますますよろしくなく、ぐずぐずいたしております」と、陸奥紙にきちんとお書きになって、準備の品々をこまごまと、縫いなどしてない布地に色とりどりに巻いたりして、御衣櫃をたくさん懸籠に入れて、老女のもとに、
「女房たちの用に」といってお届けになった。
宮の御方のもとにあった有り合わせの品々で、たいして多くはお集めになれなかったのであろうか、染めもしてない絹や綾などを下に隠し入れて、姫たちのお召し物とおぼしき二領、たいそう美しく加工してあるのを、単重の御衣の袖に古風な趣向であるが、
「 小夜衣着て馴れにきとは言はずともかことばかりはかけずもあらじ
(夜の衣を着て親しくなったとは言いませんが、言いがかりくらいはつけないでもあ
りません)」
と、脅し申し上げなさった。
二人が二人とも奥ゆかしさをなくした御身を、ますます恥ずかしくお思いになって、お返事もどのように申し上げようかとお困りになっている時、お使いのうち何人かは、逃げ隠れてしまったのであった。卑しい下人を引き止めて、お返事をお与えになる。
「 隔てなき心ばかりは通ふとも馴れし袖とはかけじとおもふ
(隔てない心だけは通い合おうとも、馴れ親しんだ仲などとは言うまいと思います」
気ぜわしい上にいろいろと思い悩んでいらっしゃった挙句のことで、一段といかにも平凡な歌を、お心のままだと、待って御覧になる方は、ただもうしみじみとお思いになられる。
《第二夜が無事に過ぎて、第三夜を迎えます。いわゆる三日夜の餅の行事の日で、匂宮という新人の登場に戸惑っていた女房達も、どうやらそういう方向に事が進みそうだと理解して、大切な行事の準備を大君に申し出ました。
この行事は、この物語でも、紫の上の時(葵の巻第三章第二段1節)が大変印象的で、現代の読者である私たちにもなじみになっていますが、大君はご存知でなかったようで、女房たち言われて、そういうことがあるのかといった具合です。
彼女自身未婚なのだから仕方がないわけではありますが、しかし彼女にしてみれば、そういう立場で女房たちにその儀式の指図をする自分を、盛んに薫との結婚を進めようとした勧めたその者たちはどう思って見るだろうかと思うと、何とも居心地が悪く、顔が赤らむ気がします。
しかしまた、そういう様子が、またこの人の素直さ、いじらしさを感じさせて魅力的なのだと、作者が言います。
そこに薫から手紙が届きました。「今夜はいろいろあるでしょうから、行ってお手伝いをするといいのですが、昨日、寒いところで寝かせられたので風邪をひいてしまって、行かれません」と大変事務的に書かれてあって、しかし「(今夜の)準備の品々」が贈り物としてどんと添えてありました。「女房たちに」ということでしたが、その荷物の底には明らかに姫たちのためのものと思われるものも入っていました。「姫たちに(直接)贈るというのは失礼だとして遠慮した」(『評釈』)のだそうです。『光る』が「大野・薫はむやみにものの手当のいい男なんですよ」と言います。
その姫宛のものの中の衣の袖に、「かことばかりは」言わせてもらうと、「脅し申し上げ」る調子で歌が書かれてありました。言葉がきついので戸惑いますが、「大宮に近づき、顔まで見たことがあるので、いくらそっけなくされても駄目です」(『集成』)と、半ば訴え、半ば恨めしく言っているということのようです。
姉妹ともどもに顔を見られたことを恥じて、大君がためらっている間に、使いの内の何人かは帰ってしまいました。「禄などを心配し、馳走など手間をかけることを避けようとしたのだろう」(『評釈』)とされ、加えて、そのまま返事がなければ、次に来た時に薫のアドバンテージになるという狙いのようです。「返歌しなくては負けになる」(同)のですから、帰り遅れた者を引き止めて返事を持たせます。するとそれはそれで、薫にとってはうれしいものになって、歌については、少々評価も甘くなりました。》